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スプリーム☆シャイン!  作者: 丸山梓
9/21

第九話 ユキノハナ草

ユキノハナ草は、あたしが勝手に作った架空の名前ですが、似た名前でユキノシタ草というのが、実際にあるそうです。おだまきのような葉っぱに、大きな半月状の白い花びらが二枚と、ピンク色の小さな花びらが三枚。真ん中には黄色いめしべがあります。こちらも不思議な形をした花です。気になった方は、ネットで調べてみてください。きっと驚きますよ。

 アクアポニクスでスタッフの養成にあたる一方で、あたしはユキノハナ草についての調査にも力を入れた。


 まず、ユキノハナ草とはどんな色形で、どんなところに咲く花なのか知りたいと思った。一番いいのは、実際に採取したという登山家の人に話を聞くことなのだが、その人の奥さんによると今のシーズンは別の山に挑戦していていつ戻るか分からないということなので、断念した。毎年この時期にいろんな山に登るらしい。本当に折り紙つきのプロの登山家のようだ。


 なので、仕方なく、という言い方は失礼だけれど、実際にその花びらを食べて、ガント病を直したハンナン一家に話を聞くことにした。ハンナン一家は、あたしが宿泊しているホテルからタクシーで一時間ほど行った郊外で暮らしていることが分かった。


 登山家の奥さんの連絡先もハンナン一家の住所も調べてくれたのはアダンだった。アダンのバッグにはブランデル副大統領がおり、この前の約束通り、副大統領の人脈でいろんな人にあたってくれたらしい。本当にアダンがいなければ何もできないあたしだ。しばらくアダンには頭が上がらないな、と思う。


 ドアをノックすると、出てきてくれたのは人のよさそうな男性だった。おそらくこの家の主だろう。話が行っているのか、あたしが名前を名乗るとすぐ家に入れてくれた。


「急にお伺いしてすみません」

「いえいえ、私たちもガント病で苦しんでいる方のお役に立ちたいと、常々思っていたところです」


 案内された居間には、奥さんがいた。恰幅のよい女性でエプロンをしている。ほほ笑むと二重あごが強調されるが、それがなんとも言えない、包み込むような優しさを感じさせる。


「知りたいことはなんでも聞いてください」

「すいません。本当に。感謝します。」


 二人の話によると、ガント病にかかっていたのは、夫妻の長女と次女だった。今は保育園と小学校にそれぞれ行っていて不在とのこと。実際の二人の元気さを確認できないのが残念だけど、仕方ない。


 ガント病発症については、腕に褐色の斑点が出てきてすぐに気づいたが、不治の病ということで病院では気休めの薬しかもらえなかった。このまま悪化していく一方なのかと、すっかり落胆していたとき、近所の登山家が珍しい花を採取できたと言って見せてくれた。とても綺麗な花で、奥さんはすっかりその花が気にいってしまい、登山家の武勇伝もそっちのけで花ばかり眺めていたという。


「本当に雪の結晶のような、この世のものとは思えない、それは綺麗な花だったのよ」と奥さんはうっとりとした表情で言う。


 その時点では、その花がガント病に効くなんて想像もしないことだった。ただ、いつも留守のとき、登山家の犬の世話をしてあげたり、家の点検をしたりしていたので、気にいったのならお礼に、と言って登山家はその花を夫妻にプレゼントした。


 奥さんは大喜びでそれを居間のテーブルの花瓶に挿しておいておいたところ、当時二歳の次女が、その花びらを手にとって食べてしまった。一瞬のできごとで、気づいたときにはもうのみ込んだあとだった。


「つまり、生のままでいいってことですね。煮だしたりする必要はないと」

 あたしがメモをとると奥さんは頷く。

「ええ、これで病気が治るなんてことはつゆほど考えませんでしたから」

「そうですよね」


 普通に考えて、そこらに生えている草が難病を治すなんて思いもしないことだろう。


 翌朝になって、次女の斑点が消えているのを見て、慌てて長女にも食べさせたという。量はごく少量。花びら一枚か二枚程度。それから二人を病院に連れていって検査をしたが、ガント病はあとかたもなく消え去っていた。夫妻は歓喜し、新聞社に情報を寄稿した。ほかにも苦しむ人がいたら是非参考にしてほしいと考えたからだった。


「その記事がこれです」


 旦那さんが見せてくれた記事には、ありがたいことにカラーで花の写真まで載っていた。その登山家が植物学者に渡したものを写真に納めたものだと言う。真っ白い大きな花弁と同じく白くて細長い花弁が組み合わさった花だ。


 確かに奥さんが雪の結晶のような花というのも分かる。優美というか繊細というかとにかく見る人を引き付ける花だった。二歳の子供が口に入れたくなるのも分かるような気がした。


「それでそのう、登山家の方は湖のアンタレ湖のどの辺でその花を見つけたと言っていましたか」


 アンタレ湖の直径は約4キロある。その周辺を全部くまなく探すのはさすがに無理がある。できればヒントがほしいところだ。それを聞いた奥さんは心配そうに言う。


「もしかして、あなた一人で登ろうというの? あの山に。やめておいた方がいいわ。とても危険よ」


 これがやだったんだよなあ、あたしは思いながら頭をかいた。


「いえいえ、私が登るなんてさすがに無理なんで、それは専門家に頼るつもりです。ただ情報がとにかくほしくて」


 奥さんはほっとした表情を見せたが、旦那さんは残念そうに首をふった。


「それが、やつが花を持ってきたときに私たちもよく聞くべきだったんだが、やつは場所については何も言わなかったんだよ。彼にもポリシーがあってね。乱獲されてこの珍しい花が絶えてしまうのを恐れたんじゃないかな。もし連絡がつくものなら私から聞いても、もちろん構わないのだが、やつの奥さんが言うように今やつは登山中でね。インコを連れていくことのできない場所なんだ。やつの冒険好きには困ったものだよ」


 一番知りたかった情報なだけに、あたしは肩を落とした。とにかく実際に行ってみるしかないようだ。


 無事に第一回目の収穫がすんで、設備関係の引き継ぎも終わった。シェイラには悪いがレタスの出来もなかなかのものだ。素晴らしい色とツヤ。サラダにしたら最高だろう。誤算だったのはその大きさだ。ローズドメリアの強い日差しを受けて、レタスはぐんぐん大きくなった。あたしの予想を越えて、一番外側の葉の大きさはついに1メートルに達した。スタッフのイムデンには冗談を言ったつもりだったのに、それが現実になってしまった。


 この結果を受けて、シェイラがどう出るのか、そしてこのプロジェクトがどうなるのかは、もうここで働く現地の人たちに任せたいと思った。できることは全部やった。あたしは、いよいよユキノハナ草の採取に取りかかるときが来たと思った。


 アダンとは前もって相談しておいたので、明日、計画を実行すると伝えると準備はすべて整っているとのこと。やっぱり協力者がいると安心感が全然違う。

 夜のうちにラクダを走らせて、アダンとあたしはアンティ山脈のふもとまで移動した。ラクダはアダンのお父さんのものだ。何から何まで本当に申し訳ない。


「アリエル、お願いだからあんまり無理をしないでよ」

「分かってる」


 計画を練り出した当初からアダンは、相当な心配症になった。一緒に仕事しているときは、いつも自信にあふれて、余裕な感じすらするのに、ベルヴォル山登頂となると急に弱気になる。この差は何なんだろうといつも思う。


「だいじょうぶ。安全面については、アダンが一番知恵を絞って考えてくれたじゃない」

「そうだけど、心配なんだよ。アリエルは無茶するからなあ」


 あたしはそれを聞いて、砂丘での飛行訓練を思い出した。もし、あれがうまくいっていなければ、この計画はなかった。あの飛行訓練のさなか、一番高いところで強風で墜落していたらどうなっていただろう。そう考えて、あたしは顔をぶんぶんと横に振った。


「大丈夫。初めて砂丘で飛んでから、何度も練習したし、急な突風にも耐えられるようになった。自信はあるの」

「アリエルの力を信じてるよ。でも、なにかあったらどんな小さなことでも連絡してね。約束だよ」


 ふもとの登山口に到着して、装備を確認すると、早速あたしは空めがけて飛んだ。数歩の助走で高く上昇することができる。十メートルほど上昇したところで、振り返ってアダンに手をふるとあたしは、さらに高度を上げて頂上を目指した。


 後ろから、ワシのアキナがあとをついてくるのが確認できた。これもアダンが用意してくれたもので、ワシが見た映像が、アダンと一緒に待つペリカンが映し出す画像に映ることになっている。インコ電話では、テレパシーで音声だけを拾うのに対し、アキナはペリカンに映像を送ることができる。ワシってなんて優秀なんだろうか。


 もし、私に何かあれば、山岳救助隊に救助を依頼することになっていた。アキナにユキノハナ草を採ってきてもらうことができればなあ、とアダンは心底悔しそうに言っていた。そうすれば、アリエルをそんな危険な目に遭わせなくてすむのに、と。


 でも、これはあたしの挑戦なんだ。あたしがやらないでどうする、とあたしは思ったんだっけ。全てはエレーヌのために。あたしが自分で決めたことなんだから。


 あと数分で朝日が昇るはずだけど、上に上昇するにつれてどんどん気温が下がっていくのが分かる。防寒用に分厚いジャケットを着て来たけど、それでもまだ寒い。暗いのにだいぶ目は慣れてきたけど、雲がかかっているのかベルヴォル山の頂上はまだ確認できない。


 アンティ山脈はその名の通り、山脈でいくつもの山が連なっているのだ。どれがベルヴォル山なのかは、一番奥から三つ目を数えるか、それとも、満々と水を湛えるアンタレ湖がそばにあるかで判断するしかない。山頂付近にカルデラがあるのはベルヴォル山のみのはずだ。


 そんなことを考えているうちに、朝日が山脈の向こうから昇ってきた。辺り一面に日が射すと、あたしはその光景に息をのんだ。真下に広がるのは一面の緑。濃い緑もあれば、薄い緑もある。ところどころ花が咲いている木もあり、圧巻の景色だ。緑と緑の間に土と岩がむき出しになった白い箇所が細長く続いているが、あれはきっとその中心に細長く川が流れているのだろう。


 朝日がさらに昇ると、その光を浴びて木の葉っぱ一枚一枚や、川の水があちらこちらで輝きだした。まるで、宝石があちらこちらで輝きを放っているかのようだ。その美しさには思わずため息が出てしまう。アリストメリアでは森林は国家の財産だ。神のように崇め、大切に守る。


 だから、プロジェクト・カルムにも浄化班があって、常になにかあれば山や森林を再生し、保護しているのだろう。アリストメリア国民にとって森は命そのものだ。森がなければ生きていけない、そうした思いがアリストメリア国民の間で根強く生きている。


 あたしは、その川に沿って上へ上へと昇っていった。途中、風が前触れもなく吹き付けることもあったが、すんでのところでバランスを保った。


 後ろを見ると、アキナも無事についてきている。アキナの体力がもつのは、6時間までと言っていたっけ。それと、あんまり急に高度を上げるとついていけないからゆっくりお願い、とも。アキナはまだ幼鳥なのだ。アキナの体力のことを考えたら急ぎたいけど、一気に高度をあげるわけにもいかない。もうどうしたらいいの。でも、その方が冷静に、慎重になれるからいいのかも。


 急に木々の高さが低くなり始めたかと思うと、今度は木々の数さえまばらになってきた。そう思っていると次第に木がなくなり、石や岩ばかりのごつごつした地面が始まる。頂上はもうすぐだ。あたしが、そう思ったとき目の前に真っ青な湖が現れた。


――アンタレ湖!


 そう思って上を見上げると確かに、山の稜線が見え、槍のような鋭いカーブを描いている箇所も見えた。あれがきっとベルヴォル山の山頂なのだろう。ユキノハナ草はどこにあるのか。あたしは、アンタレ湖の湖畔に下りると必死になって辺りを見回した。


 あんなにごつごつしていた山頂なのに、アンタレ湖の周囲だけは草原地帯のように草が生えている。アンタレ湖の直径が4キロということは、湖を一周すれば約12キロということになる。


 降り立った地点の周辺には、青々と茂る背の低い草か苔しかないようなので、あたしは、湖の周りを低空でゆっくりと飛行することにした。多様な高山植物が自生している。球体で紫色のアザミのような花、釣鐘のような形をした鮮やかなピンク色のラン、淡い青色の星型に咲いた花などが、緩やかな斜面に一面に咲いている光景は、まさに可憐なお花畑が広がっているとしか言えない。どこか心がわくわくするような、そんな景色だ。


 後ろを振り返るとやはりアキナがついて来ている。時計を見ると、アキナと共に飛行してきてすでに三時間が経っている。あと三時間で見つけて帰らないと、アキナから送られる画像が途切れてアダンが心配する。それに協力してくれるアキナを生命の危険にさらすわけにもいかない。


 でも、湖を三周しても白い花らしきものは見当たらなかった。新聞の記事で見た限りでは大きな花びらなのですぐに分かるかと思ったんだけど。


 ユキノハナ草の開花時期は、話を聞いた夫妻の言葉から察するに、今は少し遅いくらいの時期のはずだ。もう散ってしまっているんだろうか。なら、葉っぱだけでも探しあてて持ち帰りたい。そう思ってお尻のポケットに入れた新聞記事を取り出して、葉っぱの特徴を頭に刻み込む。先端が少しとがっててギザギザした形。


 よし、と思ってあたしはまた飛び始めた。四周目になるとさすがに体が重く感じる。アダンの待つふもとまで戻ることを考えると、そろそろ体力もギリギリのところまできているのかもしれない。


――それでもまだ諦めたくない!


 あたしは体力の限界をすぐそこに感じながらも飛んだ。あたしの想いとは裏腹に、霧が辺りを覆い始めた。視界がどんどん悪くなる。すぐそばに見えた山頂もすっかり霧に覆われて一瞬で見えなくなった。と同時に、体もどんどん重くなり、ふらつき始める。こめかみが急に、ズキン、ズキンと痛み出して、あたしは急に不安になった。


――このままじゃ、まずい。


 そう思ったときには、急に視界が暗くなって、地面にたたきつけられるように落ちていた。地面には、ごろごろとした石があり、その間からかろうじて草木が生えているのだった。全身に打ち身のような鈍い痛みを感じる。


 急な斜面に落ちてしまったらしく、体ごとそのまま何メートルかずり落ちた。落ちる間も全身に激痛が走る。頭痛もひどい。わずかだが日差しを感じて薄目を開けると、目の前に白いものがちらちらと揺れているのが見えた。その下の葉っぱはとがってギザギザしている。大きな岩の陰になっていて上からでは見えなかったのだ。


――これってもしかして。


 どうにか手を伸ばして、その茎ごと折り取る。そしてそれを胸に抱えると同時にあたしは完全に意識を失った。どれくらいそうしていたんだろう。あたしは夢を見ていた。夢のなかであたしは霧のなかを花を探して彷徨い歩いていた。


 すると目の前にぼんやりと人影がみえた。真ん中にエメラルドの石が入ったティアラをつけた長い髪の女性だ。周囲は相変わらず霧が濃く、女性の輪郭はぼやけていまいちはっきりしない。女性はきっぱりとあたしの目を見て言う。


「ここはあなたの来る場所ではありません」

「ハイ。すみません」

 あたしは、素直に頭を下げた。威厳のある高い声に、なんだかほんとに悪いことをしてしまった気分になる。

「地上へお帰りさない。あなたには使命がある。まだ死んではいけない」

「ハイ」


 その女性が、女性自身の背丈ほどもある大きな杖を振りかぶるのが見えた。

「あ、ちょっとまって」

 女性の杖の動きが止まった。

「なんですか」

「あなたはもしかして、この山の神様ですか」


 ふふ、と女性の口もとが笑うのが見えた。きれいな笑顔だ、と見とれた瞬間、女性の持つ杖が降り下ろされ、あたしはまた意識を失った。


「アリエル! アリエル!」


 なんだか遠くで声がする。うるさいなあ、もう。疲れてるんだからもう少し寝させてよ、と思いつつ、あたしは目を開けた。アダンがもうすぐ唇と唇がくっつきそうな距離で、あたしの顔を覗きこんでいる。あたしがえっという顔をするとアダンは慌てて、飛び退く。


「ごめん」


 謝るアダンを尻目に、体を起こして、辺りを見回すと、ふもとの風景になっていた。あたしの右手にはユキノハナ草が、左腕ではアキナを抱えている。アキナは目を閉じぐったりとしているが、かろうじて命はあるようだ。


「どういうこと?」


 あたしが首を傾げると、アダンが堰を切ったように話しだした。


「いや、びっくりしたよ。アリエルが無事に湖に着いたところまでは画像で確認できてて、安心してたんだけど、途中から霧が深くなって、画面が完璧に真っ白な状態が続いて、そのまま画像が切れちゃうし。きっとアキナに体力の限界が来て目を閉じたんだと思うんだけど。救急隊を呼ぶべきかそれとも待つべきか真剣に迷っていたら、急に君が現れて」

「急にあたしが?」

「うん。瞬間移動っていうのかな。飛んで帰ってきたって感じじゃなかったよ。急にラクダの横にぽんって現れて、倒れちゃったんだ」


 あたしはそこまで聞いて、ふふっと笑ったあの美しい女性を思い出した。あの女性はきっとベルヴォル山の神様。あたしを助けてくれたんだ。アキナまで左腕に持たせて、元いた場所に帰してくれるなんて、なんて几帳面な神様だろう。


「ねえねえ、アリエルって空を飛ぶだけじゃなくて、瞬間移動もできるの?」

 目をランランと輝かせて、聞いてくるアダンに

「いやあ、よく分かんないけど、切羽詰まるとできるみたいだね。あはは」


 髪の長いあの女性の話は、アダンにはしないでおこうと思った。だってきっと信じてもらえないし、できることにしておいたほうが、なんとなくかっこいい気がしたんだもん。


 この苦労して手に入れたユキノハナ草をエレーヌに届けるために、あたしは急いで帰国の途に就いた。アダンはさみしがったし、アクアポニクス・センターのスタッフ達は送別会を開きたいと言ってくれていたんだけど、あたしはとにかくもう一日も早くアリストメリアに戻りたかったので、辞退すると、空港での待ち時間に、イムデンにインコ電話した。イムデンは悲しそうだったけど、本当にごめんなさいとしか言えない。


 あたしはアリストメリア行きのドラゴンの持つ客車のなかで、アダンが帰り道に言った言葉を思い出していた。


「アリエル、僕は君が好きだ。最初会ったときから、ずっと好きだったんだけど、君のアクアポニクスにかける思い、知識、それから友達のためにユキノハナ草を手に入れる行動力、知れば知るほどどんどん好きになる。ねえ、帰国してからでもいいから、僕と付き合うこと、真剣に考えてくれないかな」


 あたしが、アダンと付き合う? 正直、まったく想像がつかない。アダンは今回の件で、本当によく協力してくれた。感謝もしている。でも今はそこまで頭が回らない。今は一刻も早くエレーヌの弟、カイトにユキノハナ草を食べさせること、それしかなかった。


 飛行機の窓から外を見ると、飛行機の下に雁の群れが見えた。一、二、三、と端っこから数えると十二羽が編隊を組んで飛んでいる。ちょうどきれいな逆さのVの字を描くようなきれいな整列にあたしは思わず見とれた。いつかスクールで習ったところによると、逆さのVの字の先頭にいるのは、一番体力のある雁なのだ。その位置で飛ぶのが一番疲れる。なので、疲れてくると次に体力のある雁と場所を交換する。そうやって少しずつ交代で飛行しながら、長距離飛行を可能にしているのだという。アダンと付き合うかはともかく、協力できる仲間がいるってほんと言葉にできないほどありがたい。それだけは言える。


 そのとき、雁の群れの隊列が一瞬崩れたかに見えた。でも、単に先頭の雁がすぐ後ろの雁と場所を交代しただけだった。雁の群れが一瞬、プロジェクト・カルム浄化班に見えた。一糸乱れぬ連携プレー。サブリーダーのエレーヌ。今のあたしとっては、本当に遠い、遠い世界だ。


 半日かけて家に着いて、母にただいまと一言だけ告げると、ユキノハナ草の入ったバッグを持って家を飛び出した。後ろから母のぼやきが聞こえた。

「何よ、もう。落ち着きがない子ね」

まだまだ続きま~す。

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