第六話 干拓推進派
ついにアリエルがローズドメリアの地に足を踏み入れます。どんな展開が待っているんでしょうねえ。そもそも能力開発以前に、あんな付け焼刃でお仕事はうまくいくのでしょうか。どうか見守ってやってくださいませ。
ローズドメリアに旅立つ日が数日後にせまり、最後にピラルクのルークに挨拶がしたいと思った。あの優雅な泳ぎを最後に眺めるのも悪くない。
「アリエルがいないなんて、寂しくなるな」
後をついてきたシンシアの呟きが聞こえてきた。
「私だってさみしいよ。悪いけど、ルークをよろしくね」
ルークの定位置に行ってみると、いつものように水槽の端から端までをゆったりと往復していた。きらきらと鱗一枚一枚が自己主張するようにキラキラと光っている。まるで私ってきれいでしょ、と見る人にアピールするかのように。
その様子にうっとりと見とれていたその時だった。ピラルクを覆っていたオーラが、黄、赤、緑、青、紫、とどんどん色を変えていく。こんな現象をまの辺りにするのは始めてだった。あたしは慌ててシンシアを振り返った。
「シンシア、ルークは今なんて言ってるの?」
「今、ルークにアリエルはしばらくいなくなるよって伝えたの。そしたら、カタストロフィーはもう少し先になりそうって。でも必ず来るからそれまでには必ず帰ってきてね、絶対、絶対、ぜーったいだよって」
「あ、そういえばそんなのもあったな」
「え、忘れてたの?」
「はは」
あたしは、笑いながらあちゃーと思っていた。最近は特訓ばかりで、さっぱり忘れていた。
「もう、笑ってごまかすんだから。どれくらいで帰って来れそうなの?」
シンシアは真剣な表情で聞いてくる。
「うーん、分からない。向こうのプロジェクトが軌道に乗るまで」
「そっか。プロジェクトが早くうまくいって、アリエルの浄化の能力もグレードアップできるといいね」
「う、うん」
分かってたんだ。シンシアにはこの旅の本当の目的を話していなかった。けれど、シンシアには分かっていた。あたしがローズドメリア国に行こうと決心したのは、アクアポニクスの技術者としての腕を磨くためだけじゃないって。
「もしかして、このカタストロフィーから地球を救うのはエレーヌじゃなくてアリエルかもよ」
「ないない。それはないから」
あたしは首をぶんぶんと横に振った。最近、ママからもセンター長からもプレッシャーがきついのにシンシアまで、と思う。それでもシンシアに言われるとそれほど追い詰められた気分にはならなかった。シンシアならもし失敗しても、笑って聞いてくれそうな気がする。
あたしは大きく深呼吸をした。まずは自分に自信をつけることから。自分に自信がついて、自分を心から好きになれたら、エレーヌのノートにあるように、自分の能力も信頼できるようになるのだろう。
――今のこの状態では何も分からない。でも、できることから始めよう。その方がうじうじここで悩んでるよりずっといい気がする。
あたしは、優雅に旋回を続けるルークに向かって、心のなかで呟いた。絶対、頑張るから、ここで成功を祈ってて。
それから数日後、あたしはローズドメリア国に向けて旅立った。アリストメリア国際空港からドラゴンに乗って五時間の道のりだ。
五百年くらい前の旧時代の地球には、ヘリや飛行機っていう乗り物があって長距離の移動には欠かせないものだったと歴史の授業で習った。けれど、今の地球にはそういった人工物はほとんどない。
普通の移動は馬だし、国営放送の画像はペリカンの口をプロジェクタのようにして観る。ドラゴンも同じで、布と木で作られた飛行船をドラゴンの強靭な足づめで持ってもらい、空を飛んでいくのだった。インコ電話と同じくドラゴンも人間と協定を結び、日々任務に励んでくれている。揺れることは滅多にないし、なかなか快適な乗り心地だ。旧時代にあったヘリや飛行機もこんな感じで空を飛んでいたんだろうか。
ローズドメリア・セントラル空港のエントランスを抜けると、雲ひとつない真っ青な青空が広がっていた。
「うー、なんか暑い」
空気は乾燥しており、目の前は砂漠。そして遠くには高く連なる山々がそびえている。
義務教育で習ったことをもう一度思い出してみる。2050年の地球規模の地殻変動で、ほとんどの大陸は海に沈んでしまった。地殻変動以前の大陸で海から顔を出しているのは、四千メートル級の山々の鼻先だけだ。
事前に地殻変動の情報をつかんでいた人々は大半が宇宙ステーションへ避難した。その後、二十年から三十年かけて隆起したのが、アリストメリア国とローズドメリア国だ。両方とも大陸だが、地理的な状況はかなり異なる。アリストメリア国は国土の七十パーセントが森林で、気候も一年を通じて過ごしやすい。
このため、一旦宇宙ステーションへ避難していた人々が、再度地球へ戻ろうとしたとき、ほとんどの人々はアリストメリア国を選んだ。一方のローズドメリア国はあちこちに山脈が連なり、空気は乾燥していて、夏は極端に暑く、冬は恐ろしく寒い。この悪条件から、この国の人口はアリストメリア国の三分の一以下だと聞いた。
この国にアクアポニクスの技術が普及すれば、食糧調達はさらに容易になり今後ますます宇宙ステーションからの移住者が増えるだろう。宇宙ステーションから地球へ人類が続々と帰ってくるのはいいことだ。人類の故郷、地球で人々が完全なる循環型社会を維持しつつ平和に暮らす。これがきっと現代の人類の本来のあるべき姿なのだ。
壮大な夢を思い描きつつ、アリエルは迎えのラクダを待った。空港を出たところで、今回のプロジェクトの関係者が迎えに来てくれるはずなのだが、待てど暮らせど、それらしき姿はない。連絡先も分からないので諦めてスーツケースから、センター長から渡された千ページにも及ぶ分厚いマニュアルを取り出し、アリエルはマーカー片手に読み始めた。約束の時間から二時間ほど経過したころだろうか。肩に乗ったインコが電話だよ、という。
「はい。アリエルですけど」
「ああ、アリエルさん。実はラクダの手配をド忘れしちゃって。悪いけどタクシーで来てくれる? 今から迎えに行くよりそっちのが早いから。ごめんねー」
言うだけ言って電話は切れた。
ああもう、これだけ待たされた挙句、この仕打ち。あたしはイライラしながらタクシーを拾って、目的地を告げた。タクシーと言ってもやっぱりラクダだ。強い日差しが直接当たって、腕や首など肌の露出した部分が痛い。もっと格好を考えてくるべきだったと今さらながら思う。
ラクダの上から景色をぼんやりと眺めていると、しばらくして市街地らしき建物の集合体が見えてきた。道路の両側にはヤシの木のような木が並んでいる。どの建物もレンガか石で積み上げられたとても簡素な造りだ。過酷な気象条件に耐えるためにどの家も見た目より耐久性重視で建てられているのかもしれない。
国会議事堂前でラクダのタクシーを降りると、四角くて簡素だが、造りはがっしりとした石造りの建物がそびえていた。受付で名前を告げると、秘書らしき女性が現れ、応接間のような部屋に案内された。
ここで待つように言われたアリエルは改めて自分が参加しようとしているプロジェクトの大きさに覚悟を新たにした。ローズドメリア国のアクアポニクス・プロジェクトは国家を挙げての一大事業なのだ。
――これじゃあ、センター長も張り切って特訓したわけだ。こんな大きなプロジェクトならセンター長みずから来たって全然おかしくない規模だ。
しばらくするとドアが開いて、アリエルは慌てて立ち上がった。中年の男性に続いて髪の長い女性が入ってくる。
「初めまして。私はアルフォンス・ブランデルと言います。あなたが、オドランセンター長が紹介してくれた技術者ですね。期待していますよ。アリエルさん。」
名刺には、ローズドメリア国副大統領兼アクアポニクス・プロジェクト統括リーダーとある。それを見たアリエルはふかぶかと頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ブランデルはさらに続けた。
「こちらは、シェイラ・コルベールです。私は副大統領としての職務があるので、実際には実働部隊の長は彼女になります」
「シェイラと呼んでください。どうぞ、よろしく」
シェイラが頭を下げると、長い髪がさらさらと流れる。
「こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げながら、あたしはやっぱりそうかと思った。副大統領を統括リーダーとするのはあくまで形だけの話。実働部隊は別にいるのはまあ当然だよね。
「アリエルさん、今日はいろいろとお疲れでしょう。私がホテルへと案内しますので、今日はゆっくり休んでください。明日午前にはプロジェクトミーティングもありますし、その後は施設の建設予定地の視察へとご案内します」
シェイラの言葉に甘えて、アリエルはホテルへと向かった。ホテルといっても洞窟のようなところだ。案内された部屋の窓には激しく風が打ちつけ、その度に砂漠からの砂が窓ガラスに当たってさらさらと音をたてる。
――すごいところに来ちゃったんだな。
ローズドメリア国の独特の雰囲気に圧倒されながら、あたしは一人呟いた。
翌日、意気込んで少し早めにミーティング会場に着くと、すでに一人の男の子が腰かけていた。金髪でくるくるの天然パーマがかわいい。まだあどけなさが残る少年といった感じだ。
「あのう、となりいいですか」
テーブルは十人がけの円卓だった。せっかくなら先に来ている人と話した方がいい。
「もちろん。いいですよ。あなたはもしかしてアリエルさん?」
「はい。そうですけど」
「やっぱりね。昨日、ラクダの手配忘れたからタクシーで来てってあなたに電話したの僕ですよ」
あたしは思わず、男の子を睨んだ。すぐ感情が顔に出てしまうのは、アリエルの長所でもあり短所でもあるよねってよくシンシアに言われるっけ。あたしって進歩がない。
「いやいや、僕を恨まないでください。手配するように指示出すのを忘れたのはシェイラなんですから」
「え? そうなの」
「そうです。あの人、ハナからこのプロジェクトにやる気ないんです。だた上から言われてやってるだけって感じで」
あたしがさも意外という顔をすると、その男の子は笑った。
「意外ですか。ま、いろんな利害関係が絡んで結果的に、やる気なくすことになっちゃってるんだと思うんですけどね」
「そうなの」
「うん、まあ、おいおい分かりますよ」
そうなのか。一大国家プロジェクトといえど、内情はいろいろあるものらしい。
「名前を聞いてもいいですか」
「あ、忘れてた。ごめんなさい。僕、アダンって言います。以後、よろしく。僕は全体のコーディネーターです」
アダンは明るくて友好的な青年だった。話していて疲れない。昨日会ったシェイラは、なんとなく全てにおいて感情がなく事務的な感じがして苦手だった。この国に来て、初めてリラックスできる人に会ったかもしれない。聞けば年はあたしの一つ上だった。
それから少しして出席者がみな揃いミーティングは始まった。集まったのは、設計者、資材調達係、科学者、作業班のメンバーと、シェイラとアダンだ。候補となる設計図はもういくつか出来ていたので、それを最終的に一つに決め、あとは資材と調達して、資材を組み立て、本格稼働までもっていくだけだった。
しかし、シェイラが何かご意見ありますかと聞いたところで、白髪の顎髭の科学者が手を挙げた。
「この国でアクアポニクスを難しくする一番の問題は、水の確保です。この国には、まず湧水地が少ない。住民の水を井戸水で確保するのがやっとの状況ですから」
確かに、とあたしは思う。空港から降りた途端、目の前に広がるのは一面の砂漠だった。ホテルのバスルームに入っても、「節水にご協力を!」の大きな文字がまず目に飛び込んでくる。年中温暖な気候で水量豊富なアリストメリア国とはその点で大きく異なる。
「多段式にしたらどうかな」
発言したのは、アダンだった。出席者全員がアダンを見る。
「設計図の候補にはないけど、植物の栽培スペースを少しずつずらして積み上げていく方式なら、水槽から水を最上段まで汲みあげて、そこから順次上段から下段へ水を落とすだけだから、最小限の水量ですむし、コストもそれほどかからない」
「それはいいアイデアね。もう一度、多段式の設計図もお願いできるかしら。それをもとにもう一度みんなで集まって議論したいのだけれど」
シェイラは、設計者のケビンを見た。そのケビンが言う。
「ああ、それは構いませんが。多段式にするには一つ問題が」
また問題。なんだか聞いているだけで疲れてくる。
「火山が多数ある我が国では地震が頻発しています。目標の収穫量を目指すには相当数の段が必要となるわけですが、段を積み上げれば積み上げるほど、耐震面での補強が不可欠になります。建築費用もその分かさむかと」
「ま、費用のことはひとまず置いておきましょ。とりあえず設計図をお願い」
「はあ」
ケビンは曖昧に頷く。あたしはその反応を見てつい思ってしまった。この人やる気なしな感じがぷんぷんするんだけど。アダンの言う通りなら、シェイラも結構いい加減だというし、科学者も設計者も水かけ論ばかり。なんかもっと信念に燃えるアツい人はいないんだろうか。なんだか予想と違ってがっくりしてしまう。
昼食を挟んで午後は、アクアポニクス施設の建設予定地にシェイラが案内してくれた。シェイラがここですよ、と指差した先には、見渡す限りの砂漠、砂漠、砂漠。予想以上に広大な土地が用意されている。砂漠だからどこからどこまで、と聞くにも目印がない。とりあえず、百メートル四方くらいの土地があれば十分なのだ。あたしは、境界のことはあまり気にしないことにした。
「広い土地ですね。ところでさきほどのミーティングで、水の問題と耐震の問題が取り上げられていましたが」
「ああ、あれですか。ローズドメリア国ではアクアポニクスはあまり歓迎されていないのです。だからみんなああやって、さも重大な問題があるかのように発言する」
「それはなぜ」
ですか、とあたしが最後まで言い終わる前にシェイラはふふふ、と静かに笑いだした。
「やる気がでないのは実は私も同じなのです」
風が強くなってきた。あたしはとっさに帽子を押さえながら、アダンの言葉を思い出していた。
――あの人、ハナからこのプロジェクトにやる気ないんです。
シェイラは、強風によって舞い上がる砂埃が入らないように目を細めて言った。
「実はこの国のなかには、農業に関して二つの考え方があります。一つは干拓事業推進派。ローズドメリア国東部沿岸地域に広がる浅瀬を利用して、水門を作って淡水化し、そこで農業をやろうという考え方です。もう一つは、ご存じのようにアクアポニクス推進派です。」
「まさか」
あんまり前向きとは言えない発想が浮かんでくる。
「そのまさかです。私たちプロジェクトメンバーの大半は、前者の干拓事業推進派なのですよ。アクアポニクスはやりたくない。やったとしてもできれば小規模に抑えたい」
あたしはだた呆然とするしかなかった。五〇〇年前に地球が起こした大規模な地殻変動により、我々人類はもう十分に学んだのではなかったのか。いかに自分たちがしたことが愚かだったのか。もう地球環境を破壊しながら文明を維持することは、こんなにも無意味だと知ったはずなのに。どうしてこの国の人たちは時代の流れに逆行するような道を選ぶのだろう。
思ったことがすぐ顔に出てしまうあたしの顔から察したのか、シェイラはさらに続ける。
「あなたはアリストメリア国の方ですから、私たちの考えが理解できなくても当然です。ですが、私たちも考えなしに干拓を推し進めているのではないということも同時に知っておいて頂きたいですね」
「何か重要な意味でも?」
「はい。干拓事業には沢山の人手が必要です。海水を排水し堤防を作り、農業用地を造成する。そして人々がそこで農業を営む。莫大なマネーが動き国が潤います。これがローズドメリアの発展を助けるのです。アクアポニクスは一度導入してしまえば、あとはそれほど手間はかからないと聞いています」
昔、祖父から聞いた旧時代の公共事業みたいだ。仕事がないから経済が発展しない。なら、公共事業で無理やり仕事を作ってしまおう、と。まさしく旧時代の経済優先の人々が考えそうなことだ。経済の発展、豊かな国づくりを掲げて貴重な自然を破壊した。アリストメリア国はそんな過去の反省から、自然との共存共栄を目指して暮らしてきた。
けれど、国境を一つ越えれば、今でも旧時代と同じ過ちが繰り返されているのだった。あたしは、シェイラに反論したい気持ちを抑えた。シェイラに何を言ってもどうにもならない。この国の体質はそんなに簡単に変わらないだろう。
それにしても、実際にその土地に来てみなければわからないことが世の中にはあるものだ。国家を挙げての一大プロジェクトだと思ったのに、蓋を開けてみればこのありさま。センター長も事実を知ったら驚くに違いない。でもあたしはもうここに来てしまった。できることをやるしかない。あたしは割り切って、ざっくばらんにシェイラに聞いた。
「では、このプロジェクトの落としどころはどこに?」
シェイラは満足げに口角を上げてほほ笑む。
「ええ。落としどころが肝心だと思っています。試験運用という名目で、最初はなるべく小さな設備から始めるのです。生産が安定してきたら徐々にその規模を拡大していくと上には説明します。ですが」
「水質不良で生産が安定しないとかなんとか理由をつけて、小さな設備のまま、恒久的に維持すると」
「そういうことですね、ふふ」
あたしは、昨日会った副大統領ブランデルさんの意欲に燃えた顔を思い出した。あの人はおそらくアクアポニクス推進派だろう。だからこそこれだけの土地が用意されている。けれど、政府内も含めてこの国の大多数がおそらく干拓事業派。やはりシェイラの言う通り、小規模なアクアポニクス設備で体裁を整えて、あとはそっとしておくのが一番なのかもしれない。なるべく摩擦を起こさず、他のメンバーとも仲よくやりたい。
まだまだ続きま~す!