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スプリーム☆シャイン!  作者: 丸山梓
4/21

第四話 スプリームシャイン

アリエルって、素直じゃないですよねー。まあ、でもそこが魅力というか。分かりやすくて書きやすい人です。

 センターからの帰り道、東の空がずいぶん明るいのに気づいた。いや、明るいというより真っ赤だ。あたしはその様子がなんだか気になって、野次馬はいけないとは思いつつも、遠回りして帰ることにした。


 プロジェクト・カルムの浄化班など、高度な能力をもつ人は飛べるけど、私は飛べない。昔は飛べたのだが、とあることがきっかけであたしはその能力を完全に封印していた。


 今の時代、乗り物の主流は馬だ。ママも通勤で馬に乗るけど、あたしはあの揺れる感じが苦手で、必要に迫られたときしか乗らない。だから、ただてくてくひたすら歩いていく。


 現場に行ってみるとそこは森林地帯で、木々の間から大きな炎が立ち上っているのが見えた。


――かなり大規模な山火事だ。これは、まずいんじゃ。


 もし住宅地まで延焼したらどうするの。辺りを見まわすとほかの野次馬と思われる人々も同じようにその場に立ちつくして、様子をうかがっていた。


 そのとき、空から飛んでくる一団が現れた。すごいスピードでこっちに向かってくる。緑色の制服の色からして、プロジェクト・カルムの浄化班だ。そこにはエレーヌの姿もあった。


――エレーヌは、こんな危険にいつも身をさらしているのかあ。


 プロジェクト・カルムの仕事の危険さに改めて気づかされる。自分の能力一つで自分の身を守りつつ地球環境を守るなんて、そんなことはとてもできる気がしない。やはりエレーヌは人並み外れた能力を持つ者なのだ。あたしのような凡人とは違う。格の違いを見せつけられた気分になる。


 プロジェクト・カルムのメンバーは、空中で静止したまま十人で円陣を組んで、全員で目を閉じる。おそらく、意識を火災現場に集中しているのだろう。やがて、円陣の中央にスプリームボールと呼ばれる青白い球体が現れた。その球体はだんだんと大きくなり、やがて十人はそれぞれ球体の下に回って球体を支えている。十人のうち誰も苦しそうな表情の者はいなかった。ただ平然としている。余裕の笑みを浮かべている者さえいた。


「じゃあ、いくよ」

「オーケー」

 プロジェクト・カルムのメンバーがお互いに声を掛け合う。


 リーダーと思しき金髪女性の「Ready, set, go!」の合図で、全員が両腕で球体を持ち上げ放り投げる動作をした。実際には球体に触ってはいないのだが、遠隔操作ができるようだ。まるでバスケットボールの試合でゴールを決めるかのように軽々と投げる。


 青白く光る球体、スプリームボールは勢いよく火の一番強く燃え盛っている林に突っ込んでいき、地面に当たると四方八方にはじけ飛ぶ。やがて青白い光、スプリームシャインが森林地帯全体を包みだした。ここまで来るとうす目を開けているのがやっとのまぶしさだ。


 燃え盛る炎のぱちぱちという音が消え、辺りは一瞬で静まりかえった。焼け焦げた黒一色の森林が、再び鮮やかな緑色をとり戻していく。


 アリエルの近くで様子を見ていた人々が、次々に歓声をあげる。

「やったな」

「すばらしい」

「これが浄化班の仕事か。まだ自分の目が信じられないよ」


 エレーヌは、その後も仲間たちと一緒に、燃え残っている箇所がないか確認して回っている。少しの燃え残りであれば、一人でその部分に手をかざすだけで植物を元に戻すことができる。アリエルは以前、間近でその一部始終をエレーヌが行うのを見たことがあるので、よく分かっていた。


 しかし、複数の人間で協力して浄化にあたる様を見たのはこれが初めてだった。その威力のすさまじさには、圧倒されるばかりだ。


――どうせあたしは落ちこぼれ。


 投げやりな気分のまま、あたしは、足元に飛んできた小さな火花に手をかざしてみた。エレーヌの弟、カイトを見ていて思い出したけど、ちょうどあのくらいの年齢の頃、自分にも浄化の能力があるんじゃないかと期待して、同じように試みたことがあった。うまくいくこともあったのだが安定せず、最終的にはママから火遊び禁止令が出て諦めたのだった。


 意識を目の前の火花に集中する。火花は雑草の上に落ちて、雑草の葉脈に小さなコゲを作り始めていた。さらに歯を食いしばって意識をコゲに集中する。一瞬だが、自分の手の向こうに青白い光、スプリームシャインが見えた気がした。しかし、コゲを修復するまでの威力はなく、雑草のコゲは少し広がったところで自然に止まった。


――やっぱり私には無理だよね。分かってますとも。


 あたしは立ち上がって元来た道を帰った。冷たい風がアリエルの顔に吹き付ける。そういえば、今日はママは友達と外出するから、夕飯一人で食べてって言ってたなあ。なんかつまんないの。そんなことを考えて歩いていると、後ろから声がした。


「アリエルじゃない、子どもたちの社会科見学は無事に終わったの? 子どもたちは楽しそうだった?」


 その透明な弾んだ声から判断するに、エレーヌだ。まずいところを見られた。一刻も早くここから立ち去りたい。


「待ってよ」


 なおも追いかけてくるエレーヌの気配に、あたしのイライラはピークに達した。


「ついてこないで! あなたはプロジェクト・カルムの花形で、エースで、まあとにかくご立派よね。こんなに規模の大きな森林火災だって仲間と協力して一瞬で浄化できるんだし。さぞかしいい気分でしょうよ。あなたには私みたいなおちこぼれの気持ちなんて分からない!」


 大声でまくしたてた後で、後味の悪い嫌な気分だけが残った。これじゃ、自分のコンプレックスを一気に暴露したようなものだ。脳裏には、飛び級試験での思い出したくもないワンシーンが浮かぶ。あたしは森に向かってまっさかさまに落下する。心のなかで増大する恐怖。死ぬかもしれないという胸がひりひりする予感。


 エレーヌは複雑な表情を浮かべながらも、落ち着いた声で言った。

「アリエルには私がキラキラ輝いた、どこか特別な存在に見えるみたいだけど、そんなことは全然ない。私だって悩みを抱えたセントラル・シティの一市民であることに変わりないわ」


 優等生があえて凡人のふりをする、そのありふれたやり方が、かえってあたしをイライラさせた。


「じゃあ、あなたの人生も私のように敗北感でいっぱいで毎日辛くて苦しいって言うの。 私は絶対そんなの信じない。あなたは、セントラル・シティで、いえ、このアリストメリア国で、もっといえばこの地球で歴史に名を残す、永遠に輝く存在なんだから」


 エレーヌは、あたしの一語一語に反応し、本当に苦しげな、悲しげな顔をした。けれどもそういった感情を一瞬で吹き飛ばすかのように、エレーヌはふうと大きくため息をついて、さらりと言った。


「アリエルがそう思うなら、それはそれで構わない。自由だわ」

 

 余裕たっぷりのそんな態度がむかつくのよ。


「ところで話は変わるけど、あなたには浄化の能力があるみたい。一度、開発しにプロジェクト・カルムのトレーニングセンターに来てみない?」


 あたしはそれを聞いて絶句した。さっきの馬鹿げた試みをエレーヌはもしかして。


「もしかして上から見てたの? さっきの」

「うん、ちらっとスプリームシャインが見えた」


 あたしはえっと思った。気のせいだと思ったのに、あれはやっぱり浄化の光、スプリームシャインだったというのだろうか。


 しかし、浄化の能力の第一人者であるエレーヌが言うのだ。もしかしたら本当にそうなのかもしれない。でも心の底では怖かった。もし訓練を重ねても、さっきと同じ程度にしかできなかったらどうなる。


「嫌よ、そんなの。きっと見世物にされて、失敗して笑われるだけ」


 さっきのコゲがそのまま残った雑草が脳裏によぎる。あたしは頭のなかでその雑草を思い切り踏みつぶした。


 エレーヌは手を口で覆いながら、遠慮がちにふふっと笑った。そんな仕草もかわいい。くやしいけどかわいい。


「そう。じゃ、自分で開発することね」

「は? どうやって?」

「トレーニングに来たくないなら、それは自分で考えて」

「あんたってほんっと、やな奴」

 エレーヌは、気分を害した様子もなくさらりと言う。

「やな奴で結構よ。じゃ」


 エレーヌは天高く跳びあがって行ってしまった。


――あたしに、浄化の能力?


 あたしはただ呆然として、すすきの生い茂る家路をすたすたと辿りながら、そういえばエレーヌの悩みってなんなんだろうか、と、ふと冷たい風に吹かれて満月を見上げながら思った。まっすぐ天に向かって伸びたすすきが、ざわざわと音を立てて揺れた。


 家に帰ってもエレーヌの言葉が、あたしの頭から離れなかった。浄化の能力。そんなものが本当に自分にあるのか。もしあったら、あたしはこの国で十一人目の浄化の能力所持者となる。国をあげて歓迎されるだろう。それくらい希少な能力だ。そんな、まさかと思いながら、あたしはベランダに走った。ベランダの片隅に背丈ほどのサボテンが置かれている。水やりを怠ったせいですでに枯れ始めている気の毒なその葉っぱたちに両手をかざしてみる。かつて見たエレーヌの姿を思い出し、意識を一心にサボテンに集中する。


 五分続けても小さな青白い光を放つスプリームシャインが二、三回ちょぼちょぼと現れるだけで、サボテンが生き生きとした生気を取り戻すことはなかった。


「やっぱりね」


 あたしは思わずうつむいていた。光が出るだけじゃだめなのだ。もっと大きな、周囲を圧倒的するような力が必要だ。あの森林火災で、プロジェクト・カルムが十人結集したときに見えたスプリームボールのような凄まじい威力が。


 翌日、出勤するともう事務所にシンシアは来ていた。


「お、早いね。もう体調はいいの?」

 あたしが聞くと、シンシアはほほ笑んで答える。

「うん。もう大丈夫。昨日はごめんね」

「ならよかった。昨日は植物や魚たちのどんな声をひろったのさ?」


 それを聞いた途端、シンシアの顔は曇った。そっと近づいてきて、あたしの耳元で囁くように言う。


「実は、ルークが言うには、もうすぐカタストロフィーが地球を襲うって」


 シンシアの言うルークとは、あたしがここに持ち込んだピラルクのことだ。シンシアは、あたしと同じくこのピラルクを一番に気に入ってくれている。


「カタストロフィーって何? 大災害って意味? 昨日の山火事ならプロジェクト・カルムの浄化班がきれいに処理してたよ」

「うーん、どうやらそんな規模じゃないみたい」

 シンシアの顔は心底、不安気だ。そんな顔を見るとあたしまで不安になる。

「えー、何が起こるっていうのさ」

「分かんない。とにかく地球規模の何か」

「ふーん」

「とにかく、ルークが怖い、怖いっていうものだから、私までおなか痛くなってきて」


 シンシアはまた昨日のことを思い出したのか、おなかを押さえて苦悶の表情を浮かべる。


「興味本位で聞いて、ごめん。もう思い出さなくていいから」


 そう言って、シンシアの背中をさすりながらも、あたしは思った。


――何か起こるって何が? なんかぴんと来ないんだよね。だって世界はこんなに平和だし。


 事務室の窓の外では、木々にとまった鳥たちが朝からぴちぴちと鳴いていた。空も良く晴れており、遠くにセスンナ山もよく見える。


 今日は三期目の野菜の収穫日だった。栽培室に歩いていくと、もうセンター長が先に来ていた。


「おはようございます。センター長、今日も早いですね」


 あたしが声をかけると、中年の男性が笑顔で振り向いた。その顔には深い皺が刻まれている。皺のある顔が笑顔になると、なんだか独特の包容力というか安定感を感じさせる。まるで一本のどっしりした松の木がそこに立っているかのようだ。


「やあ、アリエル。おはよう」

「昨日の山火事のニュースはご覧になりましたか」

「ああ、もちろん。はやり、プロジェクト・カルム浄化班は大したものだなあ。一瞬で焼け焦げた森林を再生してしまうのだから」

「ええ」

 あたしは自分の顔が少し引きつるのを感じた。

「どうした? 何かあったのかい」

「いえいえ」

「あ、そうだ。確かプロジェクト・カルムにはエレーヌがいたね。君と同級生の」

 

 そうです。でもエレーヌだけ飛び級の試験に合格して、私は落ちたんです、だから正確には途中から同級生じゃありません、という言葉をあたしはかろうじて呑みこんだ。冷静になって次の言葉を探す。冷静に。そう、冷静に。


「ええ、昨日野次馬してたらエレーヌに見つかってしまって。そしたらエレーヌが変なこと言うんです。私にはエレーヌと同じ浄化の能力があるなんて」


 あたしは昨日自宅で試みたようにスプリームシャインをセンター長の前で出してみせた。目の前の水槽のガラスが一瞬、ぽわっと青白い発光体を反射して光る。


「おお、それはまさしく浄化の能力だな。うーん、驚いたなあ。君にそんな能力があったとは」


 センター長のもつ能力は、その人がどんな能力をもつのか読みとる能力である。そんなセンター長でさえ気付かなかったのだから、いかに貧弱なものであるかは推して知るべしだ。


「いえ、こんなの能力のうちに入りません。今のところ、何の効力もないんですから。昨日自宅で背丈ほどのサボテンに試したけど、まるっきりだめでした。エレーヌはこれを自分でもっと開発しろって言うんです」


 あたしはつい都合よく、プロジェクト・カルムの訓練施設に来るように誘われたことは端折ってしまった。


「ほう。そりゃまた、難題だなあ。自分の能力ほど自分でコントロールするのは難しいものだから。生まれつきのもだしねえ」

「なんかいい方法、ないですかねえ」


 センター長は、施設の運営から施設設備、水質管理まで多彩な人物である。なにかヒントをくれるかもしれない。センター長は顎に手をやりながら、うーん、とうなり、そして言った。


「一度に大きな浄化に取り組まないで、小さなことを少しずつ積み上げてみるやり方はどうだい? 例えば、大きなサボテンがだめなら、もう少しで花を咲かせそうなイチゴの花で試してみるとか。僕だって最初この施設を任されたときは緊張したけどね、自分のできる小さなことから始めたもんだよ」


 やっぱりそれくらいの方法しかないですよね。ごもっともですね。


「さあさあ、収穫を始めようか。今日はこの二列をやろうと思うんだけど。うーん、しかし大変な量だね。急いでやらないと旬が過ぎてしまう。頑張っていこうね」


 あたしは、元気よく頷いた。なんだかんだいってもこの仕事が好きだ。

「はい!」

 自分のできる小さなことから始める。月並みな方法だが、折角センター長が教えてくれたのだ。あたしは早速帰ったらアドバイス通りにやってみようと思った。


 目の前には、会社からの帰り道、公園の片隅でちぎってきた三つ葉のクローバーが三十枚ほど並んでいる。わざと花瓶に挿さないで水を与えず、少ししなっとさせてある。それを一枚手に取って、手のひらに乗せ、もう片方の手でスプリームシャインを生みだし、そのしなっとしたクローバーに浴びせてみる。一瞬の光を浴びたクローバーは、少しだけ生気を取り戻してピンとした。


「お、いけるか」


 これくらいのレベルであればあたしの浄化の能力も有効であるらしい。よし、次、と手をかざすが、次のクローバーでは成功しなかった。しなっとしたまま元気なハリを取り戻してはくれない。


 うーん、次こそ、いや今度こそと次から次へと試すが、全く効果はなかった。青白くスプリームシャインは出るのだが、光の加減からして二回目以降は明らかにパワー不足のようだ。


「あー、無理。これ以上、集中できない」


 こんなに連続して試したのは始めてだった。どっと疲労感が押し寄せる。あたしは、手を止めて自室の窓から外を見上げた。星が夜空一面に輝いている。雲ひとつない夜空だ。


「あたしっていつまでたってもだめだ。進歩がない」


 あたしは十歳のときエレーヌとともに受けた飛び級試験を思い出した。筆記試験のあとすぐに行われた実技試験でエレーヌは次々と課題をこなしていく。目の前の三分咲きの薔薇を満開にするとか、崖から飛び下りてそのまま飛行するとか、垂直の壁を体を九十度にして手を使わずに足で歩くとか。


 当時のあたしならエレーヌほど淡々と簡単にではないが、努力すればどうにかクリアできるはずの課題だった。クリアできると思えばこそ、担任の先生も推薦してくれたのだし、できないはずはない。


 必死に自分にそう言い聞かせたが、緊張のあまり本来の力が出せなかった。肝心の飛行で失敗し、失格となったあたしにエレーヌが心底気の毒そうにかけてきた言葉がある。


「残念だったね。一緒に受かりたかったな」


 エレーヌにはあのとき、悪気なんてひとかけらもなかったと思う。けれど、あたしには受け入れられなかった。エレーヌの優しいほほ笑みを振り切るように無言で走って試験会場を出たのだった。


 試験に落ちてから、あたしの能力は急激に落ちていき、しまいにはシンシアと同じくらい、つまりごく一般的な能力に落ち着いた。周囲からは十歳に能力のピークを迎えた、気の毒な生徒という目で見られた。実際過去にそういう生徒もいないことはなかったから、当たり前のように受け入れられ、以降は普通の生徒と同じように十五歳まで教育を受けて、義務教育を修了した。


 卒業式に担任の先生から言われた言葉がある。痛い言葉なのでできれば思い出したくなかった。でも封じ込めようとすればするほど、それは浮かんでくる。


「ねえ、アリエル。あなたの能力は十歳がピークだったんじゃないわ。試験に落ちたショックで自分の能力を閉じ込めているだけなの。また時期が来れば開花するはずよ。先生はそう信じている。だから諦めないで」


 先生、私はあなたを心底尊敬していました、大好きでした、だけど、これ以上もうどうしたらいいって言うんですか。これ以上、自分で自分の能力のなさを実証してどうなるっていうんですか。


 大粒の涙が頬をつたう。慌ててその涙を長袖の裾で拭いたときだった。空の彼方から一直線に飛んでくる人影が見えた。エレーヌだった。その姿はどんどん大きくなり、あたしの部屋の窓の手前で止まった。


 あたしは慌てて涙をぬぐって、窓を開けた。


「何よ。もう夜中よ。こんな時間まで仕事?」

「また郊外で森林火災があって。今帰ってきたとこ」

「ふうん」

「お、やってるね。調子はどう?」


 エレーヌは、机に並べられたクローバーの列を見て言う。アリエルは慌てて、クローバーをまとめてゴミ箱に投げ入れた。


「うるさいなあ。どうだっていいでしょ。あんたには、立派な仕事があるんだからそれに全神経を集中させていればいいのよ」

「そうね、そうする」

 素直に同意されると逆に腹が立つ。あたしは、腹立ちまぎれにこの前エレーヌが言っていたことを思い出した。


「そういえば、あんたがこの前言ってた、悩みって何?」


 エレーヌはそれを聞いた途端、急に眉間にしわをよせ、うつむいて下を見た。あたしにだって、多少の分別はある。


 しまった、聞くんじゃなかったと思ったが、もう後の祭りだ。エレーヌはしばしの沈黙のあと、ぽつり、ぽつりと話しだした。


「……この前会わせた弟、カイトは、ガント病っていう難病なんだ。私の浄化の能力を百パーセントつぎ込んでも、現代の最新医療を駆使してもどうにもできない。あと数年で死ぬ。確実に。」


 あと数年で死ぬ、という言葉にあたしは圧倒され、しばらくは声も出なかった。ガント病という名前は聞いたことがあった。このセントラル・シティでも近年着実に患者が増えていると、この前観たニュースでやっていた。


 ガンやエイズといった過去、不治の病と言われた病気は、医学の進歩により特効薬ができ、ほぼ確実に完治するようになったものの、一つ人類が病気を克服すると、また違う新たな疾患がでてくる。まるでいたちごっこだ。


 聞くところによるとガント病は、神経系統が徐々に機能しなくなる原因不明の難病だった。徐々に手足が動かなくなり、最終的には自分で立つことも難しくなる。初期の段階では皮膚に斑点が出るという。特有の褐色の斑点が出ることにより、血液検査を行う前にガント病と分かってしまうことも多い。


 エレーヌは珍しく自分の感情を絞り出すように唸るような声で言った。


「斑点が出た時点で両親は諦めているけど、弟がこの世にいない人生なんて考えたくないんだよ、私は。プロジェクト・カルムの仲間には、なんであれ執着心をもつことは感心しないと言われている。たとえ身内の不幸であっても執着心をもつことは、能力を十分に発揮するためには、邪魔にしかならないってね」


 そんな悲しみがエレーヌの心を覆い尽くしていたとは、予想もしないことだった。いつも笑顔で明るくてみんなに親切で、信頼し合える仲間もいて、毎日が幸せいっぱい。そんな風にしか考えていなかった自分の浅はかさに、あたしは苦笑するしかなかった。


「何か、おかしい?」


 エレーヌは睨むようにあたしを見た。こんな風に感情を乱すエレーヌを見るのは初めてだ。あたしは首を横に振った。


「ただ、自分を笑っていただけ。あたしは今自分の能力のなさに泣いてたとこ。だけど、もっと重大なことでエレーヌは苦しんでいたんだね。あたしの悩みってなんか小さすぎて馬鹿みたい」


 あたしは一人っ子だけど母も元気だし、うちの家族に病人はいない。あたしはいつも自分の平凡な能力を嘆いているけど、家族がみんな健康っていうだけで十分幸運な恵まれたことなのかもしれない。


 ふっと笑みをもらして、エレーヌは言った。


「お互いの辛さが分かったところで、アリエルにこれをあげる」


 エレーヌが背中のバッグから取り出したのは一冊のノートだった。あたしはそのノートをパラパラとめくって息をのんだ。


「これは」

「私のマル秘ノート。私がこの能力を開発して維持するまでのプロセスが全部書いてある。アリエルに自分の能力をもっともっと引き出してほしいから、あげる」


 それはエレーヌが六歳から十歳になるまでの全記録と言ったほうがいいかもしれないくらい緻密な記録だった。彼女の場合は、しなびたニンジンを生き生きと復活させたり、飼い始めたのら猫の感染症を治したりしている。


 やはりセンター長の言うように、簡単なことから始めて徐々にその難度を上げていったようだった。実際にどうやって能力を伸ばしたのか具体例まで書かれているのは、本当に助かるとしか言いようがなかった。


「じゃね。うまくいったら教えてよ」


 よ、の辺りでエレーヌはあたしの目の前から姿を消していた。遠く空の彼方にじっと目をこらすと、緑色の制服の裾がはためくのが、かろうじて見えた。


「相変わらず可愛くない奴」


 そう呟いてあたしは満天の夜空を見上げた。数え切れないほどの多くの星たちが、地球を見降ろしていた。


まだまだ続きま~す。

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