第二十一話 エピローグ
大司教さまを登場させてみました。この回でラストになります。楽しんでいただければ幸いです。
この一件後、大統領率いる旧勢力はアリストメリア政府からの強い非難を受け(当たり前だ。意図しなかったにせよ、地球の気候変動により人類を滅亡の危機にまで追い込んだのだから)、退任に追い込まれた。
それと同時にアリストメリア政府はローズドメリアを自らの管轄下に置いた。内乱や噴火、地震、巨大台風などにより、ローズドメリアは自力での再建が困難なほど、弱り切ってしまっていた。
アリストメリアも地震や巨大台風に見舞われた点では同じだったが、人口が多く、前向きでエネルギッシュな国民性が幸いして、復興は予想されたよりもだいぶ早く進んだ。悔しいけど、ここでは災害対策班の活躍が復興の大きな力になったことも認めないといけない。
ブランデルさんは、旧勢力の失脚と同時に解放され、今はアリストメリア政府のなかで、ローズドメリア地域担当として要職に就いている。これを機に巨大なマネーを求めて暗躍する干拓推進派も一掃されることだろう。
あたしは久しぶりに休暇をもらって、アダンとセントラル・シティ全体が見渡せるマルセール台にいた。アダンがワシに乗って、はるばるやってきた丘だ。二人で芝生に寝転がって空を見上げる。薄い雲がベールのように青空を覆っている。なんだか、ほのぼのするなあ。
あたしは、昔アダンにもっと楽しんで飛んだらって言われたことを思い出した。あたしはアダンの横顔を見ながら言う。
「なんか最近、任務で空飛んでると、楽しいなって思うよ」
噴火は収まったけど、浄化班の仕事は相変わらずある。山火事やら、豪雨災害やら、いろいろと大変だ。けれど、今ここにいて、こうして仕事がきることが何よりも幸せに思えるのだった。
「ほんと? よかった。プロジェクト・カルムの仕事もだいぶ余裕でてきたんだね。」
「うん。そうみたい。ねえ、アダンはこれからどうするの」
「アデルがローズドメリアに帰るから、その代わりを僕に穴埋めさせてくれないか、今オドランセンター長に頼んでるところ」
「アデル帰るんだ?」
「うん。こっちで学んだことをローズドメリアで生かしてもらう。半年いたんだから、何も分かりませんとは言わせない」
あたしは、それを聞いて少し安心した。女好きのアデルが去るおかげで、アクアポニクス・センターにも平穏な日々が戻るに違いない。ローズドメリアのアクアポニクス・センターは、この内乱でめちゃくちゃに破壊されてしまったと聞いた。また一からの立ち上げだ。アデルには是非頑張ってほしいと思う。
「じゃあ、アダンはこっちにしばらくいるんだね、なんかうれしいな」
アダンが真剣な顔であたしの顔を見つめてくる。あたしは、少しどきどきしながら、アダンの頬にちゅっとキスをした。
「これからずっと一緒だよ」
そう言って、アダンは体を起こすと、少し照れながら、あたしの唇にそっとキスを返してくれる。あたしは素直にうれしかった。アダンはもうあたしにとって、かけがいのない存在であることに間違いなかった。
シンシアは、それからしばらくして無事お母さんと再会できたようだ。アクアポニクス・センターの復活のためにセンター長とともに今日も汗を流している。アダンも無事にアデルと仕事を交代して、慣れない仕事に取り組んでいる。
アダンはシンシアの動物と話せる能力を知って、シンシアにアキナを紹介した。二人(というか一人と一羽)はすぐに意気投合したらしい。
アキナは二回、ベルヴォル山に登頂しているけれど、一回目に会った女神さまにもう一度会えると思って、隣ではブロゴブ山が噴火していたけれど、二回目はうきうきしながら、喜び勇んで飛んでいったらしい。
けれど、女神さまには会えないわ、噴石は飛んでくるわで散々だったと、シンシアに話したという。女神さまっていうのは、おそらくミストレイアスさまのことだろう。アキナにもちゃんと見えていたんだ。
アキナにローズドメリアに帰りたくないか聞いたら、ここの方が気候もいいし、食べ物もおいしいからここにいたいという返事だったというから、少し意外だった。まあ、アクアポニクス・センターの野菜が新鮮でおいしいということもあるんだろう。アダンが勤めている限り、本当に好きなだけ食べられる。
あたしは、珍しく休暇が取れたので、アダンと一緒にセントラルセイクリッドに参拝に行くことにした。アダンにもこの場所を知っておいてほかったのでちょうどいい。なんだかんだいろいろあって、ローズドメリアでミストレイアスさまに命を助けられてから、ここに参拝に来ることは、まだできていなかった。
石柱が何本も並ぶ神殿のなかを二人でそろりそろりと歩いていく。すれ違う人がみんなあたしを見ると膝をついておじきするので、ゆっくりとしか進めないのだ。あたしがエレーヌ、キラとともにこの地球を救ったことは国営放送で報道され、多くの人を驚かせた。おかげであたしは、国中に顔が知れた存在になってしまった。
アダンがあたしの脇をつついて言う。
「アリエルはこの国の英雄だね」
「うーん、なんかこういうの慣れなくてやだな」
あたしは膝をつく人々に握手したり、言葉を交わしたりしながら前に進んだ。涙を流す人までいる。でもあたしはやれることをやっただけという気持ちなので、なんだか居心地が悪かった。
ミストレイアスさまの祭壇まであともう少しというところで、初老の男性に声をかけられた。
「アリエルさまでいらっしゃいますね」
年はセンター長の一回り上くらいだろうか。顔には深い皺が刻まれ、顎の白いひげはとても長く、よく手入れされていた。でも、服装はくたびれた紺色のネルシャツに、これまた年季の入った緑色のだぼだぼのズボン。あしは素足にサンダル。申し訳ないけど、あんまり裕福そうじゃない。
「アルフォンス家の末裔、アリエルさま。どうかこれをお持ちくだされ」
と言うと老人は、小さな額縁に入った絵画をあたしに差し出す。
「あなたのご先祖さまですぞ。今回のこともきっとアルフォンス一族のお力添えがあったに違いありません」
「え、あたしの先祖はルルーブ家ですけど」
人違いじゃないかな。代々巫女をしているママの家系は確かだ。
「それは、あなたのお母様の家系でございましょう。その絵に描かれた人物をご覧ください。その目の輝き、シャープな顎のライン。あなたさまに瓜二つでございます」
そうかなあ、と思ってアダンと二人で絵をまじまじと覗き込むアルフォンスⅠ世と書かれた人物がそこにはいた。
あたしには父親がいた。ってまあそりゃそうなんだろうけど、生まれたときからママと二人暮らしで特に不便も不幸もなかったし、考えたこともかった。父親が誰か、なんて。
いや、それはいくらなんでも嘘か。ものごころついたとき母に聞いたことがある。でも母は、ああ、その話。うん、まあ、いい人だったよー。え、会いたい? そりゃ無理だ。もう死んじゃったから。と明るく言うのであたしもそこで納得していたのだった。もうこの世にいないなら仕方ない、と。
「それにあなたの回りで光り輝く黄金のオーラ。あなたさまはご自身のオーラをご覧になったことはございませんか」
「え、あたしのオーラは確か赤とか黄色のはず……」
自分のオーラはいつも自分で定期的に確認していた。でも、ブロゴブ山の噴火を鎮めてからは見てないな。うん? と思って自分の手をまじまじみてみた。確かにゴールドに光っている。でもあたしのオーラってこんなに強かったっけ。あたしのそんな様子に老人はただほほ笑んでいる。
「アルフォンス家に永遠の栄えあれ」
そう呟くと、初老の老人は去っていった。
ミストレイアスさまの神殿の前まで来た。あたしは、その石像の前で驚きを隠せなかった。ママのいう通り、ベルヴォル山であたしを助けてくれたのは、目の前で石像として祭られている女性像に間違いなかった。
女性像の上は吹きぬけの広い天井になっており、天窓から女性像に、燦々と太陽の光が降り注いでいる。あたしはただ感謝して頭を下げるしかなかった。
「この人がミストレイアスさま。とってもきれいだね」とアダンが言う。
本当にこの世のものとは思えないほど、超絶美人なのだった。高い鼻、切れ長の目、シャープな頬、ほっそりとした女性らしい体格。どれをとっても完璧で、言葉にできない。
その後もアダンと二人で女性像の前で立ち尽くしていると、しばらくして巫女の正装をしたママがやってきた。
「あら、来たのね。よかった。ちゃんとアンタレ湖で助けてもらったお礼は言った?」
「ああ、うん。でも、ホントにびっくりだよ」
「そうね」
ママも頷く。
隣にいるアダンだけが訳が分からないという顔をしている。そうだ、アダンには何も話していなかったんだっけ。あたしが慌てて事情を話すと、アダンは少し白けた顔をした。
「なんだ、じゃあ、あのときアリエルは瞬間移動できるって言ったけど、それは嘘だったんだね」
ああ、そういえば、あのときはそういうことにしちゃったんだっけ。そのほうがかっこいいかなと思って。ママがすごい顔であたしを睨んでくる。
「ちょっと、アリエル、どういうこと? 嘘はよくないって子どもの頃から、ずっと教えてきたわよね」
最悪のタイミングで嘘が暴露されてしまった。あたしは、あはははー、と笑いながら後ろに後ずさった。神殿の壁一面には歴代の勇者たちの肖像画が並んでいる。一番手前にさっき初老の男性がくれたアルフォンソⅠ世の絵と全く同じ肖像画があり、あたしは思わず、あっと叫んでいた。
「ねえ、この人あたしと関係があるの?」
無邪気に振り返って言うと、今度はママが絶句している。呆然として声も出せないようだ。あたしはさっきもらった額縁に入った肖像画をママに見せた。
「この絵、さっきそこで、初老の男性がくれんだよ。この絵とこの人って同一人物でしょ」
ママはじっと考え込んでいる様子だ。アダンはママとあたしを交互に見て、途方に暮れた顔をする。あたしはママがたとえしらばっくれたとしても、引き下がるつもりはなかった。今聞かなければ、ママはこのまま一生何も教えてくれない気がした。
ママは困惑気味に聞いてくる。
「初老の男性ってどんな人だった?」
あたしが特徴を話すとママは苦笑いした。
「それは、間違いなく大司教ね。このセントラル・セイクリッドのトップ」
「でも普通のカッコしてたよ」
「それが大司教の趣味なの。いつも一般人のふりして参拝者に話しかける」
人との間に垣根を作りたくないってことなんだろうか。それにしても変わってるなあ。
「大司教からは、折をみて、必ずあなたの出生について話しなさいと言われていたからねえ。でもこのタイミングで…。まあ、いいや。この際話しましょ。でももう二度とこの類の話はしないから、覚えておいてね」
ママがそう言うなら本当にこれが最後なんだろう。あたしは、うんと頷いた。心臓の鼓動が急に早く打ち始める。落ち着いて、落ち着いて、と自分に言い聞かせても、なかなかどきどきは収まらない。
ママが語りだしたのは、あたしにとっては意外なママの若かりし頃の物語だった。
当時もママはこの神殿で巫女をしていた。その年はミストレイアスさまの誕生50億年に当たると言われ、誕生祭が盛大に行われた。誕生祭のメインイベントとして、行われていた降臨の儀の最中に、ときの皇太子アルフォンスⅢ世はママに一目ぼれした。
「そう、まさにこの場所で、ママはアリエルのパパと出会ったの」
でもパパにはすでに奥さん、つまりは皇太子妃がいた。ママとの恋は道理に反するものだったのだ。ママはそのことを悶々と悩みながら過ごしていた。
意外だった。ママにそんな過去があったなんて。ママはいつもさばさばしていて、仕事が忙しいこと以外に、悩んだことなんてないと思っていた。
そんなとき、国の行く末を左右するほどの大きな地震が起きた。その原因は、セスンナ山の噴火だった。
「え、それって今回のブロゴブ山の噴火の話みたいじゃないですか」
アダンも興味を引かれてきたらしい。アルフォンスⅢ世はその災害に命がけで挑み、地球に平和は戻ったものの、土石流に巻き込まれて亡くなった。あたしは、それを聞いて思い出した。大地震の直後、ママに昔あった地震のことを聞いたとき、ママが珍しく涙ぐんだことがあったのを。あの涙はそういう意味だったんだ。
「あなたのパパも、能力者だったのよ。しかもかなり強い浄化の能力保持者。アリエルが飛び級の試験に落ちたとき、あたしはこのこと一生言わないでおこうと思った。だって、さらにあなたの心の傷を深めることになるでしょう。あたしはパパとは違んだって」
確かにあのときあたしは酷く自分を蔑んだ。あの日からあたしは劣等感の鎧をかぶって生きるようになった。エレーヌも大嫌いになった。
「でも、今なら言えるわね。あなたはアルフォンスⅢ世の娘。誇り高く生きなさい」
「うん!」
「代々アルフォンス家はね、ミストレイアスさまの守護を強く受けてきたと言われているの。だから、あなたがベルヴォル山でミストレイアスさまに守られたと聞いたとき、なるほどと思った」
肖像画のアルフォンスⅠ世は、あたしの曾祖父なのだ。アルフォンスⅠ世もまたこのアリストメリアの発展につくした功労者なのだと言う。ミストレイアスさまの守護を受けてあたしのご先祖さまは生きて来た。
だからみんなあたしを見ると頭を下げるのか。みんなきっと、あたしの後ろにアルフォンス家とミストレイアスさまを見ている。あたしは、自分が王族の血を引いているなんてことはどうでもよかった。ただ自分の能力の源が何から来ているのかが、はっきりしたことが嬉しかった。
これで、きっとこれからも前も向いて生きられる。毎日ご先祖さまや守護して下さるミストレイアスさまに感謝しながら暮らすことができる。
「ねえ、アダン、帰りにクレープ食べてこうよ」
「いいね。でもその前に洋服見に行っていい? 急にこっちに来ちゃったから、あんまり着るものがないんだよ」
「えー! ダメ! 絶対クレープが先!」
「うーん。まあ、いっか。分かったよ」
あたしはもう一度、ミストレイアスさまに深くお辞儀して、アダンの差し出す手をとった。アダンのあったかい手の感触。吹き抜けの天井から見える青空。遠くにはセスンナ山も見える。
「じゃあ、いこっか」
そう言ってあたし達はママに見送られて、歩き出した。
あたしは今日も、明日も、あさってもずっと、自分を、自分に与えられた能力を、そしてプロジェクト・カルムの任務を、好きでいられる気がした。あたしは、これ以上ない幸福感に包まれたまま、もう一度振りかえってミストレイアスさまに頭を下げた。
これで完結です。今まで読んでいただき、本当にありがとうございました。おかげで手直しも楽しくすることができました。お叱りも含め、感想をいただければ嬉しいです。




