第二話 プロジェクト・カルム
ママとペリカン登場。この二人の軽妙なやりとりが好きです。
家に帰ると、母がキッチンで夕飯の支度をしながらペリカンの嘴をプロジェクタにしてニュースを観ていた。
「あら、アリエル、お帰り。ねえ、見て、これ。またエレーヌよ。浄化班のサブリーダーに就任ですって。やっぱりエレーヌは、プロジェクト・カルムの出世頭ね。まあ、実力もあるし当然よね」
「ちょっとママ、エレーヌの話をあたしの前でしないでっていつも言ってるでしょ」
エレーヌはあたしとシンシアの同級生だ。母親同士も仲がいい。だからこそ、そんな話を聞くと気が滅入ってくる。あたしは水槽の給水ホースすら満足に直せないのに。
プロジェクト・カルムとは、アリストメリア国内の選抜エリート集団のことである。所属は国家公務員で、一度入隊すれば一生国に生活の面倒を見てもらえる。
また、その組織は、浄化班、災害対策班、機密班の三班で構成され、浄化班は、主に自然災害発生時の自然保護を、災害対策班は、災害や事故発生時の人道支援、道路や建物などの復旧を主な任務としている。機密班の仕事は、文字通りトップシークレットで何を任務とするのかあたしにはわからない。それを知っているのは、この地球上できっと数えるほどだろう。
幼馴染のエレーヌは、そんなみんなが憧れるプロジェクト・カルムの浄化班に属するのだから、毎回比較されるこっちはたまったもんじゃない。
そのとき、口を大きく開いて、嘴の上から下までの空間でプロジェクタのように光を生みだし、壁に画像を映し出していたペリカンが口を閉じて、ぜいぜいと息をする。
「ちょっと、ちょっとお母さん、あっしはもう限界ですぜ。一回口を閉じさせていただきやす」
「あら、まだ三十分は経ってないはずよ。根性ないのねえ」
ママはしゃあしゃあと言ってのけるが、ペリカンが口を開いていられるのは三十分が限度なのである。テレビ好きのママにとっては三十分でも短すぎるのに、それすらもたないなんて、というところなのだろう。
「今日は朝から顎の調子が悪いって言ってるじゃないですか。全く人使いが荒いんだから」
「ペリカン使いでしょ」
「今、そこはどっちでもいいと思いやす」
あたしは二人のやりとりに苦笑しながらも考える。
シンシアとエレーヌ、それにあたしの三人のなかでエレーヌだけ、スクール時代から突出した才能を持っていた。
エレーヌはみんなのアイドル、みんなの憧れであり常に注目の的だった。エレーヌは十一歳にして義務教育を終え、史上最年少でエリート集団プロジェクト・カルムに加わり、以降さまざまな輝かしい功績を納めてきた。
地球の浄化能力において彼女の右に出る者はいないと言われている。百年に一度の逸材だ、と近所の人が顔を輝かせて話すのを聞いたことがある。けれど、あたしはそれを知ってもなぜか胸にすとんと落ちず、釈然としない思いばかりが募った。
なぜ彼女だけそんなに特別扱いなのか。所詮は同じ人間じゃないのか。昔からエレーヌに笑いかけられても、嫌な気分ばかりが後味悪く残った。それは今も変わらない。近所に住んでいるけど、最近は職場も違うし、会わないようにしようと思えばいくらでもできる。実際、エレーヌと言葉を交わしたのはもうずいぶん前だ。まあ、それが救いと言えば救いかもしれない。
アリストメリア国の教育制度は隣国ローズドメリアとは一線を画している。六歳から十五歳までが義務教育だか、早く教育を終えれば、早く社会に出られる。いくらでも飛び級が可能だ。だから早い者では十歳くらいからもう学校には通わず、働きだす子どももいる。
エレーヌも飛び級を重ねたのち、十一歳で社会に出ていった。一方、あたしはいたって普通の生徒だったので、十五歳でスクールを卒業し、以後ずっとシンシアとともにアクアポニクス・センターの正規職員として、設備のメンテナンスや野菜の収穫に汗を流す毎日だ。
ペリカンのあまりの疲れっぷりに、テレビ視聴をしぶしぶ諦めたママは言った。
「さ、じゃあ、ご飯にしましょ。今日のサラダは、アクアポニクス・センターで今日採れたばかりの新鮮野菜よ。うん、見るからにおいしそうね」
「あたしやシンシアが毎日頑張っているんだから、おいしくて当然」
あたしが胸をはって言い返すと、ママはけらけらと笑った。ちなみに我が家には父親がいない。あたしがものごころついたときにはもういなかった。あたしが生まれる前に亡くなった、ということしか分からない。
まだまだ続きま~す。