第十八話 家族
ワシのアキナですが、なかなかやってくれます。ワシってかっこいいですよね。まさか自分のお話のなか出てくるようになるとか思いもしなかったのですが。賢くて、かわいいところが好きです。
あたしの心に今まで経験したことのないような絶望感が押し寄せる。エレーヌはあたしがプロジェクト・カルムに入る前も、入ってからも、物心両面から全力で、あたしを支えてくれた。
それなのに、あたしはエレーヌに何もしてあげられなかった。そうだ、カイトの病気を治したって、エレーヌ自身がいなくなってしまうんじゃ、あたしにはなんの意味もないのだった。心のなかが真っ白すぎて、あたしは涙もでなかった。
アダンは一人だけ冷静だった。エレーヌの腕をとり脈を確かめる。
「まだ脈はある。ミレナさん、この家にすり鉢はありますか。すりつぶしてエレーヌの口にふくませたいのですが」
「え、ええ、もちろん」
ミレナは走って部屋を出ていった。あたしは祈るような気持ちでエレーヌの手を握る。
「エレーヌ。お願い、まだ逝かないで。あなたはあたしの大事な親友だから」
そう言った途端、堰き切ったように涙があふれてきた。泣いてる場合じゃない、と思えば思うほど、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
ミレナがすり鉢を持って戻ってきた。アダンは手なれた手つきでユキノハナ草をすりつぶし、あたしに渡す。あたしは涙が止まらず、手が震えてうまく持てない。
「アリエル! 早く」
アダンにせかされて、あたしはどうにかエレーヌを抱き起こし、すりつぶした緑色の液体をエレーヌの口元へ持っていった。
「ごほっっ、ぐほっっ」
エレーヌは思いっきりむせて目を覚ました。
「ア、アリエル、ひどいよ。もう少し、ゆっくり、飲ませて」
「ごめん」
あたしが謝ると、エレーヌはふふふ、と恥ずかしそうに笑う。呼吸が整ったところで、もう一口飲ませると、エレーヌはまた深い眠りに落ちていった。
エレーヌはもしかして、今まで完璧な自分を演じようと孤軍奮闘していただけだったのかもしれない。この恥ずかしそうに笑うエレーヌこそ、本当の姿なのかも。
「これって、もう大丈夫ってことなのかな」
アダンは頷く。
「多分、大丈夫だと思う。あの、ミレナさん、エレーヌの弟さんがこの花びらを食べたとき、完治するのにどれくらいかかりましたか」
あたしは、それを聞いてそうだった、と思った。それを聞かなくちゃ。アダンはぼやっとしていそうに見えていつも的確だ。
「そうねえ。腕の斑点が完全に消えるまで二週間くらいはかかったわねえ」
あたしは思わず、エレーヌの腕を見た。この前見たときは恐ろしい色をしていたけど、今はそうでもない。明らかに色が薄まってきている。きっと快方に向かっているのだ。もしかして、花びらより葉っぱや茎の方が効くのかもしれない。
あたしは、ミレナにお願いして、今晩はエレーヌに付き添わせてもらうことにした。アダンは、じゃあ、アデルのことに行くよと言って、寂しそうに去っていった。よっぽど、あたしのうちに居候することを楽しみにしていたんだと思う。気の毒だけど、今の状況じゃ仕方ない。
エレーヌの寝顔をじっと見る。あたしはあたしのできることをしようと思った。小さなスプリームボールを作っては、エレーヌの胸に注ぎ、作っては注いだ。一体何個のスプリームボールをエレーヌに注いだだろう。
段々と疲労がたまってきて、眠くなってきた。それでも何個かは頑張ったが、それからの記憶がない。いつの間にはあたしは、エレーヌのベッドに突っ伏して寝てしまったようだった。
変な姿勢で寝てしまったので、体の節々が痛くなって目が覚めた。頬にあたる毛布がふかふかで柔らかい。まだ夜中なのか、部屋のなかは暗い。あたしはがばっと起き上がって、エレーヌを見た。
さっきまで瀕死の状態だったとは考えられないほど、静かに呼吸をしている。そして、二時間、三時間と経つうち、エレーヌの顔色はどんどんよくなり、やせこけた頬もふっくらとしてきた。朝日が射してきた頃、エレーヌはぱっと起き上がった。そして、自分の頬に触り、腕をさする。
「どこも痛くない。信じられない」
あたしは心から安心して呟いた。
「よかった」
エレーヌはそばにあたしがいるので驚いたようだ。
「ずっとここにいてくれたの」
「うん」
「ありがと」
「ねえ、ユキノハナ草を飲んだとき、どうして笑ったの」
「え。ああ」
エレーヌは最高の笑顔になって言う。
「それは、うれしかったから。アリエル、あなたはあたしの大事な親友って言ってくれた」
あたしは自分の顔が赤くなるのが分かった。確かにあたし、そう口走った気がする。
「あたしには、今まで親友って言える人がいなかったから。いつも特別扱いでつらかった。クラスメイトからも距離置かれているのいつも感じていた。心の奥底ではいつも悲しかった。消えたいって気持ちを打ち消すために、いつも笑顔でいるようにしていた」
そうだったんだ。あたしはいつも自分のことばっかりでエレーヌの気持ちを想像しようともしていなかった。エレーヌの孤独さは、あたしには想像もできない種類のものだ。
「知らなかった、ごめん」
「これは私の問題。アリエルは、気にすることないよ」
エレーヌが、おなかが空いたというので、二人でこっそり台所に行って、シリアルに豆乳をかけて食べた。シンプルだけどおいしい。
「ねえ、エレーヌ、体の調子、もう本当にいいの?」
エレーヌは首をぐるぐるまわし、腕を曲げ伸ばししながら答える。
「いいみたい。ユキノハナ草ってほんとにすごいんだね」
あたしはエレーヌに、昨日のキラから聞いた任務を言うべきか否か迷った。できればもう二、三日休ませてあげたい。でも作戦の決行は今日なのだ。
「そっか。じゃあ、思い切って言うけど、ローズドメリアに一緒に来て。それが今日からの浄化班の任務なの」
あたしは、昨日キラから説明を受けたことをそのままエレーヌに伝えた。エレーヌの顔がどんどん厳しくなっていく。災害対策班から禁を犯す者が出たことが許せない、という顔をしていた。
「行く」
エレーヌは徐々に仕事の顔になっていった。それから、あたしはインコ電話でキラに連絡した。キラは驚いていたけど、やっぱり嬉しそうだった。しばらくすると、弟のカイトや、エレーヌの両親も起きてきて、エレーヌが健康を取り戻したことを喜んだ。エレーヌのパパは言う。
「これから任務なのか。慌ただしいな。体はもういいのか」
エレーヌは真剣な表情で頷く。
「悔いのないようにやりなさい。父さんはお前を信じているよ」
これがどれくらい危険な任務なのか、あたしもエレーヌも分かっていたけど、言えなかった。言わない方がいいと思えた。エレーヌが家族みんなと順番にハグするのを黙ってみていた。
カイトの番になると、カイトは堰き切ったように言う。
「お姉ちゃん、僕ね、大きくなったらプロジェクト・カルムに入る! そしてお姉ちゃんみたいに地球を守るんだ」
「うん。待っているよ」
エレーヌはそう言って笑うと、じゃあ、と言って飛び立った。あたしもすぐ後を追ったけど、振り返るとミレナがハンカチで目を抑えるのが見えた。あたしがエレーヌの家族だったら、と思うと胸がしめつけられる。
見送られるより、見送る方がつらい。病気が治った直後なのに、特殊能力保持者であり、プロジェクト・カルムの一員だからと言って、任務があれば飛び出して行ってしまう。あたしは心の片隅で、地震直後に出動しようとするあたしを見る、ママの不安げな表情を思い出した。ママ、いつも心配かけてごめん。
そろそろ終わります。




