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スプリーム☆シャイン!  作者: 丸山梓
11/21

第十一話 最初の試練

アリエルがこの回で初めてプロジェクト・カルムの敷地に足を踏み入れます。さて、どんな展開になるでしょうか。乞う!ご期待!

 それから何日かして、エレーヌと一緒にプロジェクト・カルムを訪問した。入団試験を受けるためだ。センター長からは、今月いっぱい有給にしていいと言われてしまった。来たかったら来ればいいし、用事があればそちらを優先していい、と。実際、アデルはもうずいぶん仕事を覚えてしまっていたし、シンシアが教育係をしているから特にあたしがいなくても何の問題もないのだった。


「ああ、なんだかさみしい」

 あたしがつぶやくと、隣を歩くエレーヌはくすっと笑った。

「全て順調ってことで、喜ばなくちゃ」

「エレーヌが余計なことするから、居場所がなくなっちゃったんだよ」


 でも、エレーヌから電話を受ける前に、センター長はアデルを採用してたんだもんなあ。ああ、これはもう本当に覚悟を決めるしかない。あたしは、とにかくエレーヌを責めるのはやめようと思って、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見て歩くエレーヌに言った。


「ごめん。今の発言はなしで。カイトはその後、どう?」

「ああ、もうすっかり元気。落ち着きがなくて困るくらい。本当にありがとう、アリエル」


 まるで、エレーヌからその言葉を引き出したくて聞いたみたいになってしまって、あたしは慌てて手を振った。

「いやいや」


 エレーヌは今日も腕にアームカバーをしている。

「その腕、まだ傷は治らないの?」


 エレーヌくらいの能力者なら、少々の傷なら自分で治せるはずなのだ。だけど、それをしないということにはなにかわけでもあるんだろうか。あたしが素朴な疑問を口にするとエレーヌは少し困った顔をした。


「うーん、まあ、治ったっていえば治ったんだけど、なんとなくカバーがあった方が落ち着くんだ」

「そうなの。ならいいけど」


 大きな門を抜けて歩いて行くと、ばかでかい四角の建物が見えて来た。


「さあ、ここだよ。ここ入ったらいきなり試験だから、緊張しないで自然体で臨んで。アリエルなら大丈夫。私が保証する」


 エレーヌの言葉にあたしは素直に頷いた。少し前のあたしなら、なにそれ、嫌み!? って絶対つっかかったと思うんだけど、今のあたしは全然そうは思わなかった。むしろ、エレーヌがいてくれることに感謝すらした。エレーヌがいてくれるんだから大丈夫。きっと大丈夫。


 エレーヌが無機質なアルミの扉をあけると、そこには二人の人物が立っていた。背の高いすらっとした金髪の女性と、青い髪をレゲエのように束にしている男性だ。どちらも目つきが厳しい。いかにも日々危険な仕事をしていることを想像させる精悍な顔立ちだ。金髪の女性はキラ、男性の方はケンと名乗った。


 建物のなかはガランとしていて何もない。大きな体育館のような殺風景な場所だ。


「初めまして。アリエルと言います。今日はよろしくお願いします」


 あたしはできるだけ丁寧な物腰を心掛けたつもりだったが、そんなあたしを全く無視して二人は、エレーヌを見る。ケンが口を開いた。


「君が紹介したい人物が彼女?」


 エレーヌは、ケンの冷たい声質を無視して、明るく答える。

「ええ、そうよ。ケン」


 それを聞いたキラもちらりとあたしを見て、エレーヌを睨みながら言う。かなりどすのきいた低い声だ。

「とてもあなたのメガネにかなう人物には見えないんだけど」


 一瞬あたしは、イラっとしたが、極力表情に出さないように気を付けた。エレーヌは口元に笑みを浮かべて言う。余裕たっぷりのいつものエレーヌだ。


「まあいいじゃないですか、お二人とも。とりあえず、実力をまず見てください」

「うーん、まあ、そうね。エレーヌがそこまで言うならね」


 そう言ってキラはあたしを下から上までなめるように見た。


「まずは飛行からね。じゃあ、この建物のなかを飛んで一周して見せて」


 あたしは言われた通りに、今立っている場所から、建物の端っこまで天井すれすれに飛んで一周して帰ってきた。飛ぶことはベルヴォル山ですっかり身に付いたようで、もう息も切れない。子どもの頃の勘がだいぶ戻ってきている。キラはその様子を見て、ふうん、と呟いた。


「いいでしょう。じゃあね、今度は、そうね、このやけどを治してみせて」


 そう言ってキラは、制服をめくってふくらはぎのやけどを見せた。かなり重症のやけどだ。縦に五センチほどの傷だが、じゅくじゅくしておりここまま放置すれば、確実に跡が残るだろう。もちろん、試験であることを除いても治してあげたい。でも、浄化の能力は、植物、動物、人間の順番に難易度が上がっていく。この前初めて、兎を治したが、人間は初めてだ。あたしにできるだろうか。不安になってエレーヌを見ると、エレーヌはいつもの顔でほほ笑んで頷いた。


――エレーヌが、ああも信じてくれてるんだから、きっとできる!


 あたしは、そう思って自分を鼓舞して、キラの前にしゃがみ込むと、患部に両手をかざして意識を集中した。バスケットボール大の青白い炎、スプリームブルーが生まれる。しかし、五分、十分と青白い光を当て続けても、やけどの傷はじゅくじゅくしたままだ。


 あたしはウサギを治療したときのことを思い出した。あのとき、あたしはただ純粋にこの子の傷を治したいと思った。同じようにキラの傷も同じように治したいと望めばいいのかもしれない。


 でも、さっきのキラの態度が頭から離れない。「とてもあなたのメガネにかなう人物には見えないんだけど」と言い放ったキラの表情は氷のように冷たかった。人を癒すことが最大難度となるのは、おそらくこの辺りが問題なのだろう。


 いろんな感情が複雑に絡み合って純粋に治癒へと気持ちが向かないのだ。思えば、エレーヌはあたしの全身打撲と極度の疲労を一瞬で治した。それだけ純粋な気持ちに一瞬でなれるということだ。あたしの今までのエレーヌへの態度は、お世辞にも友好的なものじゃなかったにも関わらず。あたしはエレーヌのすごさを改めて思い知った気がした。


 あたしは必死でキラの良いところを探そうとした。手を患部にかざしたままキラを見上げると、ケンとなにやら言葉を交わしていた。小声なので会話の内容までは分からないが、その表情はさきほどと打って変わって柔らかく、瞳はわずかに輝いてみえる。この人にも大事な仲間や家族がいて、きっとその人たちに日々大きな愛情を注いでいるに違いない。


 そう思ったら、光の大きさが即座に変わった。人一人を丸ごと包み込めるほどの、今まで見たことのない大きさになり、たちまちやけどを癒し、やけどの箇所はつるんとした肌になって、スプリームブルーはゆっくりと消えていった。


「で、でかい」

 あたしは驚いて、尻持ちをついた。それを見たキラは言う。

「おやおや、この子は自分で自分の力に驚いているようだね。ま、こっちも驚いたけど」


 エレーヌがあたしの手を取って、立ちあがるのを助けてくれる。あたしはお尻についたほこりをぱんぱんと叩いて落した。


「うーん、まだ浄化の能力はコントロールに難があるようだけど、まあ、いいでしょ。実技は合格」


 キラの言葉を聞いたケンは険しい顔で首を横に振る。キラは分かってる、という風に頷いた。そしてエレーヌに向かい言う。あたしは嫌な予感がした。胸がざわつく。


「エレーヌ、君もよく知っているようにプロジェクト・カルムの入隊条件は能力の有無だけではない」

 エレーヌは素直に頷く。

「はい、知っています」


「うん。なら単刀直入に言おう。この者、アリエルだったか、アリエルは、プロジェクト・カルムの二つ目の入隊条件を満たしていない」


 エレーヌの表情が曇った。珍しいことだ。一体、二つ目の入隊条件ってなんなのだろうか。いぶかしげな顔をしたあたしに、キラは言った。


「傷を治してくれてありがとう。アリエル。素直に礼を言うよ。二つ目の入隊条件とはね、簡単にいえば人間性だ。この隊に入ってからの試練は並大抵のものじゃない。根底にある精神が乱れていれば、全隊員の命に関わるんだ。我々は、みな高い志、地球を守ろうという強い信念をもって任務にあたっている」

「あたしにはそれが欠けているとおっしゃりたいのですね」

「ああ。残念ながら。志の高い者なら、どんな言葉を浴びせられようとも動揺せず、確実に能力を発揮するものだ。しかし、アリエル、お前にはそれがとっさにできなかった」


 あたしは言葉を失った。


「お前の心にあるのは、傲慢さだよ。私にはそれが見える。常に人にほめてもらいたい気持ちが胸に渦巻いている。自分を見下す者を許せないのだ」


 まったくもってその通りです、とあたしはうつむくしかなかった。だいぶ能力が向上してきたとはいえ、あたしはあたしの能力に完全に自信をもてたわけじゃなかった。あたしのなかにはまだ、自分自身のなかに強烈な劣等感が残っている。だから、人にけなされるとつい過剰に反応してしまう。どうせ、あたしなんてって思ってしまう。


「待ってください、リーダー」

 エレーヌはきりっとした瞳で、キラを見つめていた。

「アリエルとは私がバディになります。なにかあったら私がフォローします。まずは私たち二人で任務に当たらせてもらえませんか。アリエルは他人のために自分を投げ打つことのできる人物です。志はすでに十分と言えます」

 

 ケンがふっと息を天井に向かって吐いた。


「エレーヌがそこまで言うなら、キラ、どうですか。少し試用期間を設けては。実績を見て判断してからでも遅くないでしょう。それにあの光、なかなかの大きさでしたよ。これなら、ホシの穴埋めにちょうどいいのでは」


 ホシという名前が出た途端、キラの眉がピクリと動くのをあたしは見逃さなかった。しばしの沈黙の後、キラは口を開いた。


「試用期間は三カ月。バディはエレーヌ。実績をあげられなければ入隊はなし」

 つぶやくように言って、キラは扉を開け、金髪をなびかせてそとに出ていった。ケンもあとに続く。


 二人が出ていったあと、エレーヌはあたしに向かって言う。

「ごめんね。嫌な思いさせて。説明しとかなきゃいけないことがあったんだ。キラはね、この班のリーダーで、人の心が読める読心術の持ち主なんだ」

「!」


 読心術は、あらゆる能力のなかでもっともレベルの高い技だ。やはりここは、プロジェクト・カルム。エリート集団の頂点を極めた人間だけが集まる場所なのだ。


「でも、キラはアリエルを傲慢だと言ったけど、私はそうは思わない。まだ能力が開花して間もないんだ。すこしずつ自分を信じることができるようになるよ。そしたら、誰になんと言われようと少しも気にならなくなる」


 エレーヌはあたしの本心、心の核になってるものまで全部分かってるんだ。今までエレーヌに辛く当たってしまっていたあたしの劣等感まで見えている。全部分かって全部受け入れて、全部許している。もしかして、エレーヌもやる気になれば読心術がすぐ見につくのではないだろうか。エレーヌにはとてもかなわない。


「ありがとう。でも、あたし、キラにあそこまで言われて、それでもここでやっていける自信ないよ」


 あたしの言葉を受けて、エレーヌは切り込むような口調で言った。


「じゃあ、聞くけどアリエル、あなたはそんなに傲慢な人間なの?」


 エレーヌの目は真剣だ。あたしは言葉につまる。


 今の自分はそうじゃないと思いたかった。少なくとも飛び級試験なんて楽勝と思っていたあの頃とは違う。


「そうじゃないなら堂々としてればいい。もっと自分に自信をもって」

「うん。ありがと」

 あたしは素直にエレーヌに感謝した。


「ところで、ケンが言ってたホシって誰? その名前が出た途端、キラの動きが一瞬止まったように見えたけど」

 エレーヌは目を伏せる。

「ホシはリーダーの恋人だったんだ」

「だった?」

「ホシはこの前の山火事で亡くなった。不幸な事故だった」


 ホシは、ふいにおそってきた火柱からキラを守ろうとして、まともに火の粉を被って亡くなった。その場に居合わせた全員の浄化の能力を結集しても、ホシが体全体に受けたダメージを回復させることは叶わなかった。エレーヌはあたしに当時の状況をそう教えてくれた。キラのふくらはぎのやけどはそのときに負傷したものだという。


「だから、リーダーは普段以上に神経質になっている。まだ喪の悲しみからぬけきれていないんだ。ちょっと言葉はきついけど、仲間意識の強いいい人だよ。だから、あんまり深刻に捉えないで」

「分かった」

 

今はエレーヌの言葉を信じようと思った。それからエレーヌはあたしをプロジェクト・カルムのスタッフルームに案内してくれた。


「普段はここに詰めていて、何かあったときにここから出動するんだ」


 そこはアクアポニクス・センターでいう事務所みたいな場所だった。各人に一つデスクがあり、壁に沿って棚に分厚いファイルが並んでいる。一番奥のデスクには、さきほど試験をしたキラがいた。あたしは、あんまり見つめるとキラに睨まれそうな気がして、すぐさま視線をそらす。


「メンバーを紹介するよ。奥からキラ、ケン、この二人はさっき会ったよね、それから順番にスーリ、ゲル、サラ、ラス、シン、マホ」


 デスクに座ったまま、みんな名前を呼ばれるとこちらを見て会釈してくれる。あたしはあわてて手帳を取り出してメモした。


「急には全員は無理だから、少しずつ覚えるといいよ」

 エレーヌはそう言って、今度はロッカールームに案内してくれた。


「制服は用意しといたよ。はい、これに着替えて」

 

 渡されたのは緑色の制服だった。これを着たエレーヌが上空を飛んでいくのを見ると、生きている世界の違いを見せつけられたように思ったものだけど、今は憧れた世界が目の前にある。そのことが何よりの驚きだ。着替え終わって、サイズもぴったりなことに驚いていると、急にどこからか大音量でウーというサイレンの音が聞こえてきた。


「いけない。召集命令だ。ついてきて」


 エレーヌと二人でスタッフルームに走っていくと、ほかのメンバーたちがベランダから次々と飛び立っていくところだった。


「よし、行こう」

 

 エレーヌも飛び立ったので、あたしは後を追った。追いついてエレーヌに聞く。


「あたしは何をしたらいいの」

「今日は、見学でいいよ。私たちの動きを見ていて。もし9人でだめだったら協力をお願いするかもしれないけど」

 

 だ、だめだったらってどういう状況よ、と思ったけど、怖くなるのでそれ以上、質問するのは止めておいた。


 少し先のところで、エレーヌを除いたほかの8人のメンバーが上空で静止していた。その下は広大な森林地帯で、火の手が上がっているのがみえる。


「よかった。今回は思ったより小規模」


 エレーヌはあたしの隣でそう呟いたかと思うと、ほかのメンバーと合流して円陣を組みだした。みるみるうちに青白い光が、円陣の中心に形成されていく。遠くで雷の音がした。バリバリバリっと激しい音がする。


 そうか、山火事の原因って雷なんだ、とあたしが一人で納得した次の瞬間には、巨大な光が、斜面にぶつかり、あっという間に焦げた木々が再生していった。


「雷が来る!」


 キラの大きな声がしてメンバーたちはそれぞれ散らばって森の中に入っていった。その身のこなしの素早さに感心していると、あたしもエレーヌに手首をつかまれて、森のなかの地面に急降下し着地した。どんな強力な能力者でも雷にはなすすべがない。あたしは肩で息をするエレーヌを見た。


「いつもこんななの?」

「そう。雷のときはね、いつも大変」


 エレーヌは笑っているが、大変どころじゃないよ、とあたしは思う。上空では特に雷に狙われやすい。そして雷に打たれたらまちがいなく死ぬ。遠くでまたゴロゴロという音が聞こえた。


「小さな火災があったら、今度は二人で出動しよう」


 エレーヌは小声であたしに言う。そのささやきが耳に響いてくすぐったい。そうだ、今のあたしにはどこにも行き場所がない。アクアポニクス・センターにももうすぐ籍がなくなってしまう。今はリーダーであるキラに受け入れてもらえるまで、ただひたすらやってみるしかないんだ。


「分かった」


 空を見上げると、雲の隙間から青空が見えた。一筋の光がそこから地上へと降り注いでいる。とても崇高で美しい光に見えた。そして、あたしにはそれが、今のあたしが掴みかけているチャンスのように思えた。プロジェクト・カルムの一員として認めてもらうまで、あたしは諦めない。挑戦しつづける、そう思った矢先、白い物体が空を横切った。


「あ、鷺が飛んでる。きれいな白い羽。アリエル、あれ」


 エレーヌが楽しそうに、あたしの肩を叩いて指差した。あたしは初めて砂漠で空を飛んだときのアダンの言葉を思い出していた。


「アリエルはもっと人生を楽しめばいいと思う。今ここに生きてること。空を飛べること。それってほんと、素敵なことだと思わない?」


 あたしはいつも必死で目の前のことに追われている。だけど、どんな状況にも救いはあるし、見方を変えれば幸せだって感じられる。そのことに気付かせてくれたアダンは、やっぱりあたしとって必要な人なのかもしれないな。


 それからはずっと、エレーヌと二人での任務が続いた。小規模な山火事が発生すると、エレーヌと二人で出動する。最初はなかなか息が合わなかった。せーの、の掛け声で二人同時に光を発生させようとするのだが、あたしの方が遅れてしまいうまくいかない。


 ようやく光の玉が完成したと思う頃には、エレーヌの光だけで、完全な修復が行われてしまっている。エレーヌもこれではいけないと思い、あたしの準備が整うのを待っていてくれるのだが、完全に合わせるのはエレーヌでも難しいらしく、今度はエレーヌが遅れてしまったりする。


 プロジェクト・カルムのメンバーは十人でタイミングを完全に合わせていたのだ。二人でもこんなに難しいのに十人でなんて。あたしは改めてプロジェクト・カルムのすごさを思い知った。


 プロジェクト・カルムの任務は、山火事だけではなかった。集中豪雨で土砂崩れを起こした森林の再生、動植物の保護、氾濫した河川の水質浄化、整備。いずれも自然の力で短期間に修復可能なものであれば、プロジェクト・カルムは手を出さない。


 自然の営みに可能な限り、干渉しないというのが大原則だ。けれど、被害が広範囲かつ長期間に及ぶと予想される場合に、浄化班は全国各地に赴き、スプリームボールを照射する。自然物の再生に関しては浄化班が、建物や生活道路などの復旧には災害対策班が担当する。今のところ、災害対策班と一緒になったことがないので、どんな集団なのかいまいちよく分からないけど。


 それでもあたしたちは徐々にタイミングを合わせるコツをつかみ、エレーヌの光に0.5秒遅れてあたしの光が追いつくくらいの誤差に修正されてきた。山火事、土砂崩れ、河川の浄化などあらゆる仕事をこなし、十五回目の任務が終わったとき、息切れするあたしの隣でエレーヌが言った。


「これなら8人と合流できるかもしれない」

 あたしはまだまだ自信がなかったけれど、試用期間も終わりに近づいていたので、しぶしぶ頷いた。

「とにかくやってみるよ」


 エレーヌは一度だって、あたしの出来の悪さを責めなかった。そのエレーヌの優しさ、寛大さに報いたいとあたしは思った。


「まだ少し自分の力をコントロールしかねているようだけど、アリエルのスプリームブルーの威力はすごいよ。多分、浄化班のなかでも飛びぬけている。合流してうまくいったらみんな驚くよ。そして喜ぶはず。自信をもって」


 エレーヌが励ますようにそうあたしに言ったとき、エレーヌの体は純白のパールのようなオーラにふわっと包まれていた。エレーヌが天使に見えた。ふわふわの羽をもった心優しい天使。こんな完璧な存在にあたしもなれたらいいのに。


 力を使いきってフラフラしながら家に帰った。ここのところの激務で心も体も疲れている。台所では、母がいつものように、ペリカンの嘴をプロジェクタにしてニュースを見ていた。


「ねえ、ねえ、ローズドメリアで政変が起きたって」

「え!」


 あたしは思わず、ペリカンが映しだす画面を覗き込んだ。おととい、アダンから来たメールにはそんなこと一言も書かれていなかったのに。そのニュースが伝えるところによると、ローズドメリア国内で、クーデターが起きたらしい。


 その首謀者はなんとあの、ブランデルさんだった。そこには「干拓事業を巡り、旧勢力と新勢力の対立が激化」と書かれていた。おそらく旧勢力がミシェルの父親で現大統領、副大統領のブランデルさんが新勢力だろう。記事にはブランデルさん率いる武装勢力が、首都の主要機関を占拠、事実上、政が行えない状態になっているとある。


 ブランデルさんは、あたしの助言を聞いて、ミシェルの裏をかき、アクアポニクスの施設を一基から三基に増やして、干拓事業の推進を阻止すべく増産を狙った。けれどもそれで諦めるような旧勢力ではなかったようだ。無理にでも干拓事業を推し進めようとし、反干拓派、つまりはブランデルさんを代表とする新勢力との衝突に至った。


「これは戦争になるわね、きっと。アリエル、いい時期に帰ってきたわ。危なかったわよ」


 と母はほっとしたように言うが、あたしはアダンが心配だった。

「ママ、先に夕飯食べてていいよ。あたし、ちょっと電話してくる」


 自分の部屋に小走りで入って、アダンのインコにかけると電話はすぐつながった。

「もしもし、アダンですけど」

「アダン、ニュース観たよ。大丈夫なの、そっちは?」

「うん、まあなんとか。アリエル、君から電話かけてくれるなんてうれしいな」


 ちょっと照れ気味のアダンに、そんな場合じゃないでしょ、と突っ込みたくなる。


「この電話、盗聴されている可能性があるから、詳しくは言えないけど、僕自身は安全な場所にいるから大丈夫。心配ないよ」

「そう」


 あたしがほっとして黙ると、アダンは堰き切ったように聞いてくる。

「ね、プロジェクト・カルムの任務は危険だって聞いたけど、順調? 何か困ったことになってない?」

「いや、全然。あたしのバディは、超がつくほど優秀なエレーヌだし、心配ないよ」


 ローズドメリアの今の状況の方が、よっぽど危険だと思うのだけど、アダンはそれでもあたしの身を気遣ってくれる。そのことがなにより嬉しかった。


「ほんとうに? 怪我しないでよ」

「うん」


 あたしはなんだかあったかい気持ちになって電話を切った。アダンは安全な場所にいるから大丈夫。と、あたしはそのとき一人で勝手に納得したけど、それ以降、ローズドメリアは内戦状態となり、アリストメリアからローズドメリアへは渡航禁止命令が出るほどになってしまった。


 毎日入ってくるニュースを、あたしはじっと見つめた。出張で出会った人々、プロジェクトのメンバーや、アクアポニクスの事業を一緒に立ちあげた仲間たち。それらの人々を一人一人思い浮かべては、みんな無事だろうか、無事でいてほしいと願うしかなかった。


 その日、あたしは久々にシンシアと会った。もう有給も終わり、アクアポニクス・センターの在籍期間も終わってしまったので、久々に外でランチでもしよう、ということになったのだった。


「あれからどう? アクアポニクス・センターは」

「うん。相変わらず。ただちょっとアデルが……」

「アデルがどうかしたの?」

「女性好きで、限度を知らないっていうか」


 あたしは初めて会ったときのアデルの振る舞いを思い出した。あの様子ならやりかねない。


「仕事はできるし、男手が増えて助かるんだけどね、この前なんてセンター長の奥さんまで声かけちゃって、センター長にそれが知れて、もう大変」


 センター長の奥さんは同じ施設内の事務方で働いている。そこまで手を伸ばすとはいくらなんでもやりすぎだ。


「でも奥さんは相手にしないでしょ」

「もちろん。でも声かけただけでも、センター長は気に入らなかったみたい」

「ふうん」


 センター長はいつも穏やかなイメージしかないだけに、機嫌を悪くしたところを想像できない。嫉妬心に身をこがしているところを見てみたいものだ。


「ルークはどうしてる?」

「うん、それがね」


 シンシアは、そう言ったきり黙りこんでしまった。考え込んでいる様子で目の前のサンドウィッチにも手をつけない。


「どうしたの」

「うーん、あれはどう解釈すればいいのかな。私にもよく分からない」


 シンシアは動植物と会話する能力の持ち主だ。そのシンシアがどう解釈すればいいのか分からないというのは初めてのことだ。


「地球が危険。危険。危険。危険。危険。って最近はそればっかり」

「せっぱつまってる感じなの?」

「うん」


 ローズドメリアで激化する内戦のことを指しているのだろうか。ローズドメリア国内の争いが、いつかアリストメリアにも波及して地球全体の問題になる、と。


「ねえ、アリエルはもう空も飛べるし、浄化もできるようになったんだよね?」

 シンシアが目を輝かせて聞いてくる。

「まだ完全にはコントロールできてないけどね」

「すごーい。それで今はエレーヌと一緒の班なんでしょ。ますます、すごーい」

「いや、それは、なんというか、ことのはずみで…」


 そんなに褒められると照れてしまう。シンシアはさらにあたしを見上げるように胸の前で手を組んで言う。


「ならさ、ならさ、この危機を二人で力を合わせて解決してよぅ。シンシアからのお願い」


 なんだ、最初からそれが言いたかったのか。あたしは、もっていた紅茶のカップをあやうく落っことしそうになる。


「そんなにうまくいけばいいけどね」


 あたしは、お茶を濁した。まだあたしは正式にプロジェクト・カルムのメンバーに採用されたわけじゃない。試用期間が終わってもここに残れるかどうかは、キラの判断次第なのだ。あたしは自分の身の危うさに大きくため息をついた。

 

 なんとかしなれば、とあたしは改めて思った。徐々にエレーヌとタイミングは合わせられるようになってきたけど、次は9人と合わせるのだ。あたしのせいで足並みがそろわず、任務が果たせなかったら大問題だ。


 とにかく今は、自分の能力をコントロールできるように少しでも努力しなければ。エレーヌに相談しても、アリエルなら大丈夫というばかりだしなあ。スタッフルームの自分の机で一人ふーと大きなため息をつくと、任務が終わって帰ってきたマホに声をかけられた。マホは浄化班のなかで一番小柄だ。そんな細身の体で結婚もしていて子どももいるというのが信じられない。


「アリエル、何か悩みごと?」

 マホはいつも優しい。常に周囲に目配りを忘れない。あたしはそんなマホをエレーヌの次に尊敬していた。

「はい。そうなんです。実は、能力のコントロールがいまいちできなくて。このままじゃあたし正式なメンバーになれるか不安で」


 あたしが、自分の気持ちを素直に打ち明けると、マホはあたしの頭をやさしくなでなでしてくれる。


「アリエルは瞑想ってしたことある?」

 あたしは首を横に振った。瞑想ってなんか難しそう。


「瞑想っていうとそれだけで引いちゃうかもね。じゃあ、イメージトレーニングって言った方がわかるかな。実際にはスプリームブルーは発生させないで、とにかく頭のなかだけでイメージするの」

「どんなことをですか」

「完璧に能力をコントロールできるイメージ。自分を信じて実際のシーンを強くイメージする。それだけ。ね、簡単でしょ?」

 マホはそこでにっこり笑う。なんとなくエレーヌのノートと言ってることは同じな気がする。自分を信じるってことが、それだけ大事ってことなんだろうな。


「なんとなく分かります」

「自信がなくても、失敗するところはイメージしちゃだめ。もし、しちゃったら、必ず成功するところで終わりにすること」

「はい」

「そしたらきっと、見違えるほど安定するよー。健闘を祈る! じゃあね」

 そう言ってマホは帰っていった。


 入れ違いにロッカールームで普段着に着替え終わったエレーヌが入ってきた。そうだった。今日は帰りにおいしいクレープ屋さんに行こうと話していたんだった。


「お待たせ。さあ、帰ろう。やけに明るい顔してどうしたの」

「うん。マホにイメージトレーニング勧められた」

「あ、それはいいかも! ふふふ」


 エレーヌが口元を押さえて笑う。


「何がおかしいのさ」

「アリエルもどんどん浄化班になじんでいくなあと思って。イメージトレーニングは家でメンバー全員やっているよ。そうやって自分の能力と常に向き合って、不安やプレッシャーに負けない精神状態を、自分自身で作り出しているんだ」


 そうでもしないと不安でいられないってこと? プレッシャーに負けそうになる? そうかなあ。みんないつも生き生きとして、自信に満ちた顔でいるのに。


「エレーヌもそうなの?」

「うん。少しでも自分の能力に不安が出たら、イメトレしているよ」

「へえぇぇ」


 ますます意外だった。みんな影で努力してるんだなあ、と思う。一番、意外なのはエレーヌが自分の能力に不安をもつことだけど。


 家に帰って、夕飯をすませたあと、自分の部屋であたしはベッドに腰掛け、目を閉じた。目の前は土砂で崩れた林がある。土砂の間から水が流れ出ている。浄化班はあたしを入れて十人。円陣を組み、それぞれが静かに集中する。キラの合図がかかる。円陣の中心にスプリームボールが形作られる。大きさが十分になったところでキラが再び合図する。


「Ready, set, go!」


あたしも、今ここだっと思い、思い切り振りかぶってスプリームボールを投げた。と、そこまではよかったんだけど、なんか一瞬手がすっぽ抜けたような気がした。と思ったらスプリームボールはとんでもない方向へ。


 幸い、スプリームボールは何に対しても無害だ。土砂崩れしていない木々に当たって、光の粒がキラキラ輝きながら、ゆっくりと消えていく。あちゃー、失敗。失敗。こんな感じでうまくいかないイメージを何度となく繰り返した後、最後にはタイミングもばっちりで、しっかりキラに褒められるところまでイメージして、あたしは眠りに落ちた。


 イメトレって難しい。でもうまくいけば結構楽しいかも。夢のなかでもあたしはイメトレしていた。椅子に座ったままイメトレする自分と、自分でイメージしている映像が交互に出てくるので、これはあたしのイメトレなのだと分かる。あたしは、自分のイメージのなかで人生最大の危機に直面していた。


 地面が割れ、そこから火が噴き出す。あたしは果敢にも一人で立ち向かうが手も足もでない。というより、極度の緊張から、いつものスプリームシャインがあたしの両手からどうやっても出てこないのだった。


 地割れがどんどんひどくなり、噴き出す炎も勢いを増していく。ついにあたしは周囲を炎で囲まれてしまった。頭のなかが真っ白になり、肌にはじりじりと強い熱を感じ、あたしはもうだめなんだと覚悟した。


 諦めて上を向き、イメトレを終了しようとしたとき、上空にミストレイアスさまが見えた。ミストレイアスさまはただ黙ってほほ笑んでいる。あたしは、そのとき、反射的にできる、と感じた。


「はっ」


 とおなかから声が出るのと同時に、全身から発光してスプリームシャインが辺り一面に広がっていく。両手じゃなくて、全身からなんて。そんなことは今までに経験がないことだった。


「はあ、助かった~」


 と大声で言ってしまい、自分の声で目が覚めた。大きな寝言を言ってしまったことが、我ながら恥ずかしい。それにしても、ミストレイアスさまは、なんでいつもあたしを助けて下さるんだろう。いやいや、アンタレ湖では完全に助けてもらったけど、今回は違う。正確には、あたしはミストレイアスさまを見るとどうして普段以上の力が出るんだろうってとこか。それにしても、うーん、なぞだ。

まだまだ続きま~す!

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