俺と現実
グリューネに連れられて聖堂の中に入った。
大理石で作られた厳かな建物だ。色とりどりのステンドグラスが美しい。
中央に女の子が一人立っていた。
「呪いをかけられたメイドを連れてきたよ。王室付き魔導士のミーナ」
「ごくろうじゃったな、グリューネ」
魔導士と言うからどんな爺さんなのかと思ったら、10歳くらいの女の子だった。
ただし、口調はとても偉そうだ。
「あんたみたいなチビが魔導士?」
「チビじゃと!?」
ミーナと呼ばれた少女は腕を組んだ。
「ふ、ふん。寛大な私はこれしきのことで怒ったりはしないのじゃ。以前とは違う」
ミーナはごてごてと飾りがついた長剣を取り出した。
「無駄話は止めにしよう。さっそく、神様のご加護で呪いを解いてやるとしようかの」
「まさか本物じゃないだろうな?」
「本物の剣に決まっておろう」
「そ、その剣で何をするつもりだよ」
「この聖剣でおぬしの首を切る」
向けられた剣先がぎらりと光った。
ミーナのその目はとても冗談で言っている様子ではない。
「ふざけんな! 死ぬだろ!」
「無論。だがこれでおぬしは転生し神の元で新たに生まれ変われるのじゃ。
これ以外に呪いを解く方法はない」
「この世界はアトラクションじゃないのか。 お前らはただのスタッフだろ!?」
「グリューネ。こいつを押さえておけ」
グリューネは「ごめん。これもマリアのためだ」と申し訳なさそうに呟いた後、俺を後ろ手に締め上げた。
その時。
聖堂の扉が開き、鎧装束の女が一人入ってきた。
「グリューネ様! 一大事にございます」
「何事じゃ、ミリアン」
「ああ、ミーナ様もここにおられたのですか。丁度良かった」
ミリアンは息を切らせてグリューネの元に駆け寄った。
「城下の領民達の間で呪いが蔓延しているのです」
「またか……」
「それでミーナ様に解呪の儀を施していただきたく」
「分かった。急いで向かおう」
ミーナは剣を収めた。
「ミーナ、マリアはどうするんだい?」
「事が済むまで適当な部屋にでも閉じ込めておけばよいじゃろう。
そうじゃ、ミリアン。この娘を見張っておけ」
「かしこまりました」
グリューネとミーナはマントを羽織り、聖堂から出ていった。
とりあえずは助かったらしい。一時しのぎだが。
腰に力が入らない。
「さ、あなたも行くであります」
ミリアンが俺を無理やり掴み上げた。
「もうこのアトラクションを止めたいんだけど……」
「……あとらくしょん?」
俺達は無言で聖堂を出て、元いた部屋に向かった。
俺が目を覚ましたあの部屋だ。
「元気がないでありますな」
「うるさい……」
「お、この窓から城下が見えるであります。丁度、解呪の儀が行われておりますな」
小さな窓からは小ぢんまりとした街並みが見下ろせた。
石造りの粗末な家が並んでいる。
その中に広場になっているところがあり、そこでグリューネとミーナがいた。
ぼろきれを纏った大勢の民たちが彼らの前に並んでいる。
民が一人ずつ前に進み出て頭を垂れる。
すると、ミーナが聖剣で民の首を切り落とす。
それはまさに処刑のようで。
切られた民の首から噴き出す鮮血がこれが現実の出来事だと俺に語り掛けていた。
「なにやってんだ、あいつら……」
「死を与えることで呪いから解放してあげているのですよ」
「……どんな呪いなんだよ」
「高熱と咳が止まらなくなる呪いですな」
「それってただの風邪じゃねえか! いくらでも治しようがあるだろう!」
「カゼとは何でありますか? あれはれっきとした呪いです」
「もういいよ! おい、加美! 聞こえているんなら返事しやがれ!」
俺はブローチに向けて思いっきり怒鳴った。
「俺はこのアトラクションを止めるぞ!」
ブローチから白い光が溢れ出した。