俺と新世界
意識が戻ると俺はベッドの上で横になっていた。
「またベッドの上じゃん。アトラクションはどうなったんだよ」
しかし、何か周囲の様子が違う。
病院の集中治療室じゃない。洒落た洋館の一室だった。
何の気はなしに胸に手をやる。
そこには柔らかな弾力が感じられた。
「んだよ、これ」
枕元に手鏡があったので自分の顔を映してみた。
美女がきょとんとした顔で俺を見返していた。
穏やかな青い瞳。後頭部で結んだ金髪。知性を感じさせる薄い唇。
育ちがよさそうな若い娘だった。
「もう始まっていたんだな」
それにしても加美さん、俺の性別を変えて顔を整形までするとは。
これほど本格的なアトラクションは見たことがない。
俺が手鏡で自分の顔を眺めているとでっぷりと太った中年女が部屋に入ってきた。
「マリア、休憩は終わったかい? 30分に一回は休むんだからお前の病弱さにも呆れたもんだよ」
「なんだこのばばあ!?」
「ばばあ~!? なんだいその言い草は! いつからそんなに偉くなったんだい!」
「うるせえ! ばばあをばばあと言って何が悪い」
「や、やけにはっきり言うようになったじゃないか。 ご主人様に報告しておくからね!」
中年女は足音を響かせて部屋から出ていった。
全く、うるさいばばあだったぜ。死んだうちのお袋を思い出す。
部屋を見回してみる。
本棚に本がぎっしり並んでいるのを発見した。
「今週号のジャ○プあるかな。まだ読んでなかったんだよな」
しかし、置いてあったのは革表紙の何やら難しそうな本だけだった。
みみずがのたくったような字でタイトルが書かれているが解読できる。
知的好奇心に駆られ『我がハイランド王国の地理と歴史』と書かれた一冊手に取り読んでみた。
生来小難しい本は苦手な俺だったが、何故かスラスラと知識が頭に入ってくる。
――ハイランド王国は三方を山に囲まれ一方をバキラ連邦に接する高地の国である。
土地が貧弱な我が国では昔から牧畜を生業としてきた。
特産品として乳製品が有名である。
国歴512年に現在のハイランド国王グリューネ王が即位されてからは安定した政権運営の下、民の生活にも向上が見られた。
しかし、以前として王室に対する不満分子の存在や山岳地帯からやってくるモンスター等、治安は良いとは言えない。
また、隣国バキラ連邦との間で戦争が起こるとの噂もある。
ふーん、架空世界の世界設定にしちゃよく練り込まれているな。
「おお、マリア。体調が良くなったのか」
振り返ると、入り口に品のよさそうな初老の男が立っていた。その後ろにはさっきのばばあ、フローラもいる。
初老の男は天皇陛下と英国皇太子を足して2で割ったような顔をしている。
「心配したんだぞ。お前は気管支系に持病を抱えているからな」
「我が主人、グリューネ様。甘やかしてはなりません。こいつはまだまだ半人前なのですから」
「まあそう言うな、フローラ。マリアはよく働いてくれているよ。少し大人しすぎるのが玉に瑕だけどね」
「それがグリューネ様。マリアが私に暴言を吐いたんですよ。「ばばあ」って」
「まさか」
信じられないという表情でグリューネが俺を見たから、睨みつけてやった。
「言った通りでしょ、グリューネ様。この娘は呪いか何かをかけられて性格を変えられちまったんですよ」
「ううん、穏やかなマリアがこんな表情をするとは。魔導士に解呪の儀の手配をしてもらおう」
グリューネとフローラはそのまま出て行ってしまった。
なんだったんだ、あいつら。
「この世界には慣れましたか?」
加美さんが俺の後ろに立っていた。
「うわっ!? いつこの部屋に入ってきたんだ?」
「私はこの世界の神ですから好きな場所に出入りできるのです」
加美さんは施設のマスターキーでも持っているのだろう。
「アフターサービスにやってきました。ご希望があればお答えしますが」
「それじゃ、この世界の世界観を教えてくれない?」
「すでにお察しかもしれませんが、ここはファンタジー世界になります」
「剣と魔法が飛び交いモンスターが跋扈する?」
「そうです」
「つまらないな」
「そ、そうですか?」
「だってドラ○エみたいなゲームは何百回もやり尽したし」
「ドラ○エとは?」
「それより携帯ないの? 暇つぶしできなくてさ」
「けえたい……?」
「加美さん、携帯知らないの? 冗談でしょ? 世間知らなすぎでしょ」
「すみません。実は私、一つの世界を担当するのは初めてなので不慣れなことも多くて……」
「なんだ、新人かよ。分かりやすく言うとだな、携帯っていうのは遠くの人と連絡が取れる箱みたいなものだよ。
あと、いろいろゲームとかできるな」
「すごい道具ですね」
「しっかり想像してみてよ」
「しっかり創造してみますね」
「頼んだよ」
「分かりました。なるべく早くこの世界に「けえたい」を配備します」
加美さんは手に持っていた羊皮紙に書き込みをした。
「それとこれを渡しておきます」
「ブローチ?」
「はい。これを持って念じるといつでも私と連絡を取ることができます」
「すげえ! 携帯より高性能じゃん」
「これは私の自信作なんですよ」
加美さんは得意げだ。
「1日1回しか使えないのが難点ですが。何か困ったことがあったら私に言ってくださいね」
加美さんは窓の外から出ていった。
その少し後、グリューネが部屋の入り口から入ってきた。
「マリア、解呪の儀の準備が整った。聖堂に来なさい」