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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
Soul Collector編
9/120

第8話 卒業


 俺は踵を返した。


「えええええええええ……!?」

「ほにゃーっ?」


 イチカが大騒ぎして、モモヒナもポッカーンとしているようだが、俺は気にしない。

「せいぜいがんばれよ!」

 そう言い捨てて、俺は駆けだす。


 走りながら、チラッ、チラッ、と振り返って、様子を確かめた。

 イチカも、モモヒナも、もう俺どころじゃない。イチカは小屋オーク、モモヒナは櫓オークの刀をよけたり、かわしたり、防いだりするので精一杯だ。

 ありがたいことに、オークたちも俺を追ってこない。俺のことは、イチカとモモヒナを始末してからでいい、とでも思っているのか。そうじゃなくたって、向かいあっている敵に背を向けるのは危険だ。多少力の差があっても、後ろからの攻撃は防御しづらいはずだしな。


 読みどおりだ。


 ここまでくれば、もう大丈夫だろう。


 俺はまんまとピンチを脱した。


「悪く思うなよ、イチカ。モモヒナ」

 俺はそのへんの木に隠れた。

「あんな下っ端っぽいオークごときにやられるわけにはいかねーんだ。何しろ俺には、大英雄になるっつー目的があるからな」

 膝に手をついて、息を整える。

 よし。

 俺はすらりと魔剣ソウルコレクターを抜いた。


 ソウルコレクターの剣身は、一言でいうと赤銅色だが、沈みかけた太陽が空を染める色、と表現したほうが近いかもしれない。

 その剣身には、文字とも紋様ともつかないものが彫りこまれていて、よく見るとそれらがほのかに赤く輝いている。

 黒っぽい鍔と柄には、薄い皮か何かが巻きつけられているようだ。それで黒っぽいのか。剥がすつもりになれば剥がせそうだが、今、やるべきことじゃない。中はもっと立派なのかもな。


 じっと眺めていると、引きよせられる。吸いこまれそうな気がしてくる。


「魔剣、か」


 一目瞭然とまではいかない。でも、見れば見るほど、たしかにこれは魔剣だ。

 サジとミネは、旧イシュマル王国領とやらでこの魔剣を手に入れたが、不死族の追っ手にやられて、結局、二人とも命を落とした。サジは最期、この剣に魂を捧げることになった。

 負けるなよ、魔剣に、とサジは言い残した。

 たとえば、魔剣自体に意思があったり、魔剣に悲劇を引き起こす力があったり、そんなことがあるとは思えない。俺は信じない。

 ただ、強大な力を秘めているものがあれば、その力を欲したり、魅入られたりする者がどうしても現れる。

 奪ったり、奪われたり。奪いあって、殺しあう。その連鎖が、魔剣の運命とも呼ぶべき「歴史」を織りなすのかもしれない。

 サジが言った、魔剣に負けるな、というのは、その運命にのみこまれるな、ということだろう。

 サジは、のみこまれて、死んだ。

 俺は、そうはならない。

 なってたまるかよ。


 俺は歩く。

 体勢を低くして、走りはしない。

 できるだけ音を立てないようにして、まあ、早歩きくらいの速度だ。


 行く手に木があれば、身を寄せる。

 木から木へと渡り歩くようにして、静かに移動する。


 ここだ。


 俺は木に背を預ける。

 呼吸、乱れなし。

 脈拍、平常。

 やるか。


 俺は木の陰から出る。

 やっぱり走らない。

 それでいて、急ぐ。

 気がつくと、視野が狭まっている。

 それで俺は、自分が緊張していることを知る。

 ちょっとだけ、動揺する。この俺が、緊張するなんてな。

 心臓が、きゅっと縮まっているみたいな、感覚。

 俺は、息を止めている。止めようとしたわけじゃないのに。いつの間に。

 無理に息をすることも、考えた。

 でも、やめておいた。

 いけ。

 このまま、いっちまえ。


 俺は、無言で、ソウルコレクターを突きだす。


 今まさに、イチカを斬り刻もうとしている、小屋オークの背中に向かって。


 鱗状の金属を貼りあわせた小屋オークの鎧は、布みたいにソウルコレクターの切っ先を通した。

 その先にある、小屋オークの身体に突き刺さる。


 流れこんでくる。

 何かが。

 ソウルコレクターの中に。


 俺は、見た。

 ソウルコレクターの剣身に彫られている文字だか紋様だかが、ぶわっと、赤々と、ほんの一瞬だが、不気味な輝きを増した。


「ハ……ゥッ……ッ…………」


 小屋オークは動かなくなって、同時に全身を弛緩させた。

 俺がソウルコレクターを引くと、小屋オークは崩れ落ちてしまった。


「……キサラギ……?」

 イチカは目を見開いて、呆然としているみたいだ。

「何、変な顔してやがるんだ」

 俺は小さくため息をついた。

 なんとか、間に合ったか。

「きれいな顔が台無しだぞ」

「き、きれいじゃないもんっ! ぜ、ぜんぜんっ、きれいなんかじゃっ!」

「わかってるっつーの」

「だろうけどっ!」

「なんでキレ気味なんだよ」

「キレてないしっ! てゆうか、あんた、逃げたんじゃなかったの!?」


「バーカ」

 俺は走りだす。

 まだ終わってねえ。

「この大英雄様が、子分を見捨てて逃げると思うかよ。作戦に決まってんだろ」


「こ、子分って!」

「いいから、ついてこい。この手は基本的に一回きりしかきかねーんだ。モモヒナを援護してやれ」

「するけど! 言われなくたって!」

「だったら、早くやれ!」

「むかつく!」


 イチカはそのむかつきをぶつけるように、モモヒナとやりあっている櫓オークに突きかかった。

「むかつく! むかつく! むかつく……!」

「シェアダハッ!?」

 この唐突な猛攻には櫓オークもやや驚いたようだ。

「うぉーっ、にゃにゃにゃにゃーっ」

 機に乗じて、モモヒナも攻勢に転じたので、櫓オークはたじたとなった。

「……ウダァッ!? ダイダガッシャッ!」


「よーし、いいぞ、おまえら」

 俺はほくそ笑む。

 すべて俺の計画どおりだ。


 形勢がイチカとモモヒナに有利だとはいっても、それがずっとつづくわけじゃない。イチカとモモヒナには、決定打を放つ力がないからだ。どんなに攻めても、櫓オークを倒しきることはできない。だから、やがては疲労困憊して、逆転される。

 そこで、俺の出番ってわけだ。


 勢いに押されて、それからたぶん、二対一の状況にまだ適応しきれていない櫓オークの背後をとるのは、そんなに難しい仕事じゃない。


 ……と思ったんだけどな。


「ルァガダッ! ドァンダッシャァッ!」

 櫓オークが右へ、左へと跳ぶ。跳んで、刀を、盾を振る。

 逆上して、闇雲に、寄るな、近寄るな、と大暴れしているかのようだ。

 めちゃくちゃなことをやっているように見えるが、こうなるとなかなか接近できない。

 そのうち、櫓オークは落ちつきをとりもどしてきた。絶えず木を背にして、囲まれないようにしている。


 ついでに、イチカとモモヒナの動きの質と量が極端に落ちた。

「……ふきゃー。ちかれたぴー」

「……っ……っ…………っ……っ……っ…………」


 へたばっているモモヒナも愛嬌があるし、疲れ果てたイチカは哀れっぽくて悪くない。

 とか言ってる場合でもないか。


「しょうがねーな」

 俺は櫓オークにソウルコレクターの切っ先を向けた。

「おい、オーク。おまえはよくやった。敵ながらあっぱれだ。褒めてやる」


「……キサラギ?」

 イチカがいぶかしそうに俺を見た。

 その顔は憔悴しきっていて、汗まみれで、気の毒に思ってもよさそうなものなのに、こいつ、もっとつらい目に遭わせたらどうなるんだろうな、と想像してしまう。何なんだろうな。嗜虐心をそそるっつーか。

 あと、そこはかとなく、エロい。


「もういいだろ」

 俺は肩をすくめてみせる。

「オーク。言葉は通じそうにねーけどな。バカじゃなさそうだし、なんとなくわかんだろ。見逃してやるから、おとなしくどっか行っちまえ」

「本気なの?」

 と尋ねるイチカに、俺はうなずいてやる。

「ああ、本気だ。三対一っつーのも卑怯っちゃあ卑怯だしな。大英雄とその子分には似合わねえ」

「にあわねーなー」

 モモヒナは何がおもしろいのか、うくくっ、と笑った。

「……でも」

 と、まだ何か言おうとするイチカを制して、俺は櫓オークに告げる。

「行けよ、オーク。生きて帰って、大英雄キサラギの名をオーク界に広めろ。ん? オーク界? あんのか、そんなもん。まあいい。とにかく、行ってよし。ほら、行けっつーの。イチカ、モモヒナ、おまえらは下がれ。道、あけてやれ」


 モモヒナは、

「にゅーんっ」

 と、わりあい元気に……って、もう回復してきたのかよ。体力あんな、こいつ。

 イチカも、しぶしぶといった感じで、櫓オークから離れた。


 櫓オークは、俺を見つめている。

 その目つきからして、俺が言っていることはたぶん、理解しているだろう。ただ、真意を測りかねて、疑っている。そんなところか。


 俺はソウルコレクターを下ろして、平然と櫓オークの視線を受け止めてやる。


 やがて、櫓オークも刀を下ろした。

 俺を見すえたまま、ゆっくりと歩いてくる。


 俺は、櫓オークの人間とは違う瞳に、人間と大差ない感情や思考の揺らめきを見ている。

 きっと、俺がオークの言葉を覚えるか、オークが人間の言葉を覚えるかすれば、意思の疎通は充分できる。

 相手は野獣じゃない。蛮族じゃない。人間とは違うだろうが、同じ人間だっていろいろ違う。

 俺はおそらく、櫓オークのことを、ある程度まではわかる。櫓オークもたぶん、俺のことをそれなりにわかる。

 その気になれば、俺たちはわかりあえる。


 だから、俺は感じてしまう。


 祈りながらも、そうだよな、と俺は思う。


 俺もおまえだったら、そうするかもしれねーしな。


 櫓オークが俺のすぐ脇を通り抜ける。


「ガナシュト」

 と、すれ違いざまに、櫓オークが言った。

 たぶん、別れの挨拶だろう。


 さよなら、と言われたら、たいていのやつは振り返ってしまう。


 俺も、そうした。

 櫓オークは、こっちを向いて、刀を振りかぶっていた。


 ……だよな。


 わかってたよ。おまえがそうするだろうって。


 だから、俺も用意していた。用意せざるをえなかった。

 おまえは俺を信用していなくて、俺もおまえを信用しきれていなくて、他の選択もなくはなかったが、結局、お互いこうするしかなかった。


 俺は櫓オークに突っこんだ。

 ソウルコレクターが櫓オークの腹にぶっ刺さって、魂を、吸う。

 一瞬のうちに、吸いこむ。

 櫓オークが俺に倒れかかってくる。

 すでに、絶命している。

 俺は何秒間かだけ櫓オークの重みを感じて、それから、向こうに突き倒した。


「あばよ、オーク」

 俺はもう一言、二言、付け加えようとしたが、俺としたことが、ちょうどいい言葉が浮かんでこなかった。


 俺は、空を仰いで、目をつぶる。

 オークを、殺した。

 義勇兵は、オークを殺して一人前。初めてオークを殺すことを指して、俗に、童貞卒業、と言ったりもするらしい。女だったらどうなんだと思わなくもないが、俺は見事、卒業したってわけだ。しかも、初陣じゃないが、初日の二戦目で。はっきり言って、偉業だ。


 そのわりに、喜びはない。

 満足感もない。


「ようは、それくらい、俺が大物だってことだろ」

 俺は呟いて、目を開ける。

 前に向きなおると、イチカが、モモヒナが、俺を見ている。

 俺は、笑ってみせる。

「勝ったぞ。俺のおかげだ。めいっぱい感謝して、俺を崇めろ。この大英雄様を」

なんとか土曜、日曜も更新するつもりです。

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