第7話 秘策あり
赤と黄色の髪の櫓オークと、それから遅れて青と白の髪の小屋オークが、こっちめがけて猛然と駆けてくる。
「イチカ、モモヒナ! 準備しろ!」
俺が命令すると、モモヒナは、
「はいにょ!」
と即答して前に進みでたが、イチカのバカは俺を睨みつけて、
「はあ!? わたしが前に出るの!?」
「あったりめーだろ。レディーファーストってやつだ」
「そんなレディーファースト……」
「いいから、さっさとしろ。おまえらは囮になるだけでいいんだから、ぐだぐだぬかすんじゃねーよ」
俺は唇をぺろっと舐める。
「ケリは、俺がつける。この魔剣ソウルコレクターでな」
「もう……!」
イチカも前に出た。
「心配するな」
と、俺は声をかけてやる。
「イチカ、おまえは運動神経がいい。ディフェンスに専念すりゃあ、オークの野郎だって、ちょっとやそっとじゃおまえを殺せねーよ。まあ、あと、おまえは顔もいい。スタイルもいい」
「よ、よくないもんっ! ど、どこがっ!」
否定しながらも、イチカは明らかに喜んでいる。自己肯定感が低いから、他人の評価に敏感に反応してしまう。わかりやすいやつだ。
「オッシュッ……!」
まず櫓オークがきて、モモヒナが迎え撃った。
「ちょいちょいちょーいっ」
モモヒナは櫓オークの刀を杖で捌いて、ローキックを繰りだす。ミドルから、ハイキックに繋ぐ。
櫓オークはモモヒナの反撃をよけない。まあ、鎧を身につけているし、身体自体、見るからに頑丈そうだから、わざわざかわすまでもないってことか。あれだと、急所というか、よっぽどいい場所にヒットしないかぎり、ダメージを与えられないだろう。
「……つーか、モモヒナ、おまえ、魔法使いだろ。俺、まだ一回も見てねーぞ、おまえの魔法」
「はぅっ」
モモヒナは跳び下がった。
「そういえばあたし、魔法使いだったっ。忘れてたーよっ」
「忘れんなよ……」
「はーい、先生ー」
モモヒナは、詰めよってきた櫓オークの刀を、やっぱり杖で受け流す。しっかし、うまいもんだな。どうやってやるんだ、あんな芸当。
しかも、受け流すだけじゃない。
「マリク!」
モモヒナは、櫓オークの刀を受けてそらしながら、杖の先でMとCをあわせたような文字らしきものを描いた。
「エム!」
次は、EとMっぽい文字を。
「パルク!」
そして、PとKっぽい文字を。
「おおっ」
俺は思わず声をもらしてしまった。
モモヒナは、なんと、櫓オークの刀を受け流しながら魔法の手順を完成させて、発動させたのだ。
モモヒナの杖の先っぽから、拳大の光弾が発射される。
光弾は櫓オークの顔面に命中した。
「……グボァッ!」
「やったーっ!」
モモヒナはガッツポーズをして喜んでいるが、櫓オークは一瞬、よろめいただけだった。何だよ。期待して損した。たいしたことねーな、あの魔法。
「モモヒナ、その魔法はあてにするな!」
「はーい、先生ー」
答えながら、モモヒナはまた杖で櫓オークの刀を防ぎつつ、
「マリク! エム! パルク! どーんっ!」
と魔法の光弾を放って、櫓オークを、
「ギャフッ」
と言わせている。どうもギャフッと言わせる程度の威力しかないようだが、モモヒナは楽しそうなので、まあいいか。
それにしても、この状況を楽しめるってのは、たいした度胸だよな。モモヒナ。
一方のイチカは、小屋オークに攻められまくって、切羽詰まりまくっている。
「っ!」
「オッシュッ!」
「っ……!」
「オッシュッ! オッシュッ!」
「くっ……! っ……!」
「オッシュッ! オッシュッ! オッシュッ!」
「っ! ふっ……! はっ……! っ……!」
小屋オークの攻撃を必死によけたり、なんとかかんとかショートスタッフで払ったりしているイチカの姿を見て、俺は意外な発見をした。
なんつーかこう、やられている、やられそうになって、追いつめられているイチカは、わりとかわいい。
微妙に、というかけっこう、色っぽいし。
イチカがちらっと俺のほうに目をやって、
「……黙って見てないで!」
と叫んだ。
「バカおまえ、よそ見すんな。あぶねーぞ」
「っ……!」
「オッシュッ! オッシュッ!」
イチカに襲いかかる小屋オークも、盛りのついた犬みたいに鼻息を荒くして猛っているから、案外、欲情しているのかもしれない。
ないか。オークだしな。オーク的にはたぶん、オークの女のほうがよかったりするんだろうし。
まあ、俺も黙って見てるわけじゃないんだが。
ちゃんとオークどもの隙をうかがっている。まあ、うかがおうとはしている。
ところが、よくわからねーんだわ、これが。
だいたい、隙って何すか? みたいな話で。いやもちろん、俺としては、オークたちが目の前のイチカとモモヒナに集中して、俺の存在にはまったく注意を払っていない、そんな具合になったら、それは隙ってことになるはずだし、そうなったら一撃お見舞いしてやる、というつもりでいたことはいた。
ただ、オークたちだって間抜けじゃない。俺がいることは知っているし、ちゃんと俺を警戒している。
それでもあえて、狙いやすいほうを選ぶとしたら、モモヒナが相手をしている櫓オークだろう。
モモヒナの魔法は、櫓オークに痛手を負わせることはできそうにない。とはいえ、魔法を食らって櫓オークが怯む瞬間はあるわけで、そこをつけば、なんとかなる。
なりそうな気は、する。
頭で考えるだけなら、できる、と言ってしまってもいいが、実際やるとなると、そう簡単じゃない。
とりあえず、正面はダメだから、横か、斜め後ろ、できれば背後からズバッと決めたいところだが、オークたちも止まっているわけじゃない。激しく動きまわっているので、背後をとるのもなかなか難しそうだ。
だいたい、剣だって、柄の部分をふくめて一・二メートルくらいはあって、それなりに重いしな。
俺が十五カパーで買った剣よりは、この魔剣ソウルコレクターのほうがいくらか軽そうだが。そうはいっても、一・五キロ程度はあるだろう。
両手で握ることはできるものの、杖だのショートスタッフだのと違って、手と手の間隔を広くとれるわけじゃない。両手で剣を扱おうとすれば、まあ、拳と拳をぴったりくっつける形になる。それでも、ゆとりはそんなにない。
片手でも、両手でも使えるって感じか。
ここだけの話、十五カパー剣でひそかにちょっとだけ練習もしてみたんだが、正直、自分が「使えている」のかどうか、よくわからない。
でも、一発でいいんだ。たった一発食らわせるだけでいい。
確実に一太刀浴びせるためには、どうすればいいのか。
俺は考える。
のんびり考えている場合でもないか。イチカがやばい。
「おらぁっ!」
俺は威嚇の声をあげて、イチカを攻めている小屋オークに躍りかかった。
正確に言うと、躍りかかるふりをして、小屋オークがこっちを向いたら、すぐに下がった。
小屋オークはふたたび、
「オッシュッ! オッシュッ!」
と刀を振りまわして、イチカを攻撃する。
「っ! っ……! ふっ……くっ……!」
イチカはなまめかしい声をもらして、防戦一方どころか、ぎりぎりのところで踏みとどまっている。
「オッシュッ!」
「ぁっ……!」
「オッシュッ! オッシュッ!」
「……っ……ぅっ……!」
「オッシュッ! オッシュッ! オッシュッ!」
「んっ……ふぅっ……!」
こんなときになんだけど、あれだな。イチカ、おまえ見てると、どこまで耐えられるか、ついつい試してみたくなるな。
まだだろ。まだいけるんじゃねーか。まだだ。大丈夫、大丈夫。まだいける。がんばれ。我慢しろ。な。できるだろ。おまえはやればできる子なんだから。
……とか、思ってしまう。言いたくなる。言わねーけど。さすがに。
「大丈夫だ、イチカ! まだ三オッシュだろ! 五オッシュくらいまではいけるって!」
言っちまったけど。
「……何!? 三オッシュって!?」
「質問かよ。意外と余裕だな、おまえ」
「余裕なわけ……っ!」
イチカは飛びのいて、小屋オークの刀をすれすれのところでかわした。
でも、そっちには木が。
「っ……!?」
イチカは木を背にする恰好になった。
「オッシュッ!」
小屋オークが身体ごとイチカに突っこむ。
イチカは間一髪、木の後ろに回りこんで難を逃れたが、小屋オークは追う。イチカを追いかける。追いかけながら、刀を振る。小屋オークの刀がバツバツ木に食いこんで、木屑を散らす。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」
イチカは、木から離れたら身を守るものがない、という意識になっているのかもしれない。木の周りをぐるぐる回る。当然、イチカを追っている小屋オークも、木の周りをぐるぐる回る。
イチカと小屋オークが、一本の木をぐるぐるぐるぐる回っている。
そのうち目が回っちまうんじゃねーのか。先に目を回したほうが負け、とか。何だ、その勝負。
モモヒナはモモヒナで、
「マリク! エム! パルク! どーんっ!」
と魔法の光弾を櫓オークにぶちあてること自体が目的になってしまっているみたいで、そうじゃねーだろ、と思わなくもない。やられる心配はなさそうだけどな。いや、そうでもないか。
モモヒナの息が上がっている。
だいぶ疲れているみたいだ。
あいつ、魔法の使いすぎなんじゃねーのか……?
なんにしても、こっちの流れ、とは言えない。
というか、風向きはよくない。
このままじゃまずい。
「イチカ! モモヒナ!」
俺はソウルコレクターを鞘に戻して、軽く手をあげてみせた。
「やばそうだし、俺、逃げるわ。じゃーな」