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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
Soul Collector編
8/120

第7話 秘策あり



 赤と黄色の髪の櫓オークと、それから遅れて青と白の髪の小屋オークが、こっちめがけて猛然と駆けてくる。


「イチカ、モモヒナ! 準備しろ!」

 俺が命令すると、モモヒナは、

「はいにょ!」

 と即答して前に進みでたが、イチカのバカは俺を睨みつけて、

「はあ!? わたしが前に出るの!?」

「あったりめーだろ。レディーファーストってやつだ」

「そんなレディーファースト……」

「いいから、さっさとしろ。おまえらは囮になるだけでいいんだから、ぐだぐだぬかすんじゃねーよ」

 俺は唇をぺろっと舐める。

「ケリは、俺がつける。この魔剣ソウルコレクターでな」


「もう……!」

 イチカも前に出た。

「心配するな」

 と、俺は声をかけてやる。

「イチカ、おまえは運動神経がいい。ディフェンスに専念すりゃあ、オークの野郎だって、ちょっとやそっとじゃおまえを殺せねーよ。まあ、あと、おまえは顔もいい。スタイルもいい」

「よ、よくないもんっ! ど、どこがっ!」

 否定しながらも、イチカは明らかに喜んでいる。自己肯定感が低いから、他人の評価に敏感に反応してしまう。わかりやすいやつだ。


「オッシュッ……!」


 まず櫓オークがきて、モモヒナが迎え撃った。

「ちょいちょいちょーいっ」

 モモヒナは櫓オークの刀を杖で捌いて、ローキックを繰りだす。ミドルから、ハイキックに繋ぐ。

 櫓オークはモモヒナの反撃をよけない。まあ、鎧を身につけているし、身体自体、見るからに頑丈そうだから、わざわざかわすまでもないってことか。あれだと、急所というか、よっぽどいい場所にヒットしないかぎり、ダメージを与えられないだろう。


「……つーか、モモヒナ、おまえ、魔法使いだろ。俺、まだ一回も見てねーぞ、おまえの魔法」

「はぅっ」

 モモヒナは跳び下がった。

「そういえばあたし、魔法使いだったっ。忘れてたーよっ」

「忘れんなよ……」

「はーい、先生ー」

 モモヒナは、詰めよってきた櫓オークの刀を、やっぱり杖で受け流す。しっかし、うまいもんだな。どうやってやるんだ、あんな芸当。


 しかも、受け流すだけじゃない。


「マリク!」

 モモヒナは、櫓オークの刀を受けてそらしながら、杖の先でMとCをあわせたような文字らしきものを描いた。

「エム!」

 次は、EとMっぽい文字を。

「パルク!」

 そして、PとKっぽい文字を。


「おおっ」

 俺は思わず声をもらしてしまった。

 モモヒナは、なんと、櫓オークの刀を受け流しながら魔法の手順を完成させて、発動させたのだ。


 モモヒナの杖の先っぽから、拳大の光弾が発射される。

 光弾は櫓オークの顔面に命中した。

「……グボァッ!」


「やったーっ!」

 モモヒナはガッツポーズをして喜んでいるが、櫓オークは一瞬、よろめいただけだった。何だよ。期待して損した。たいしたことねーな、あの魔法。

「モモヒナ、その魔法はあてにするな!」

「はーい、先生ー」

 答えながら、モモヒナはまた杖で櫓オークの刀を防ぎつつ、

「マリク! エム! パルク! どーんっ!」

 と魔法の光弾を放って、櫓オークを、

「ギャフッ」

 と言わせている。どうもギャフッと言わせる程度の威力しかないようだが、モモヒナは楽しそうなので、まあいいか。


 それにしても、この状況を楽しめるってのは、たいした度胸だよな。モモヒナ。

 一方のイチカは、小屋オークに攻められまくって、切羽詰まりまくっている。


「っ!」

「オッシュッ!」

「っ……!」

「オッシュッ! オッシュッ!」

「くっ……! っ……!」

「オッシュッ! オッシュッ! オッシュッ!」

「っ! ふっ……! はっ……! っ……!」


 小屋オークの攻撃を必死によけたり、なんとかかんとかショートスタッフで払ったりしているイチカの姿を見て、俺は意外な発見をした。


 なんつーかこう、やられている、やられそうになって、追いつめられているイチカは、わりとかわいい。

 微妙に、というかけっこう、色っぽいし。


 イチカがちらっと俺のほうに目をやって、

「……黙って見てないで!」

 と叫んだ。

「バカおまえ、よそ見すんな。あぶねーぞ」

「っ……!」

「オッシュッ! オッシュッ!」

 イチカに襲いかかる小屋オークも、盛りのついた犬みたいに鼻息を荒くして猛っているから、案外、欲情しているのかもしれない。

 ないか。オークだしな。オーク的にはたぶん、オークの女のほうがよかったりするんだろうし。


 まあ、俺も黙って見てるわけじゃないんだが。

 ちゃんとオークどもの隙をうかがっている。まあ、うかがおうとはしている。


 ところが、よくわからねーんだわ、これが。


 だいたい、隙って何すか? みたいな話で。いやもちろん、俺としては、オークたちが目の前のイチカとモモヒナに集中して、俺の存在にはまったく注意を払っていない、そんな具合になったら、それは隙ってことになるはずだし、そうなったら一撃お見舞いしてやる、というつもりでいたことはいた。

 ただ、オークたちだって間抜けじゃない。俺がいることは知っているし、ちゃんと俺を警戒している。


 それでもあえて、狙いやすいほうを選ぶとしたら、モモヒナが相手をしている櫓オークだろう。

 モモヒナの魔法は、櫓オークに痛手を負わせることはできそうにない。とはいえ、魔法を食らって櫓オークが怯む瞬間はあるわけで、そこをつけば、なんとかなる。

 なりそうな気は、する。

 頭で考えるだけなら、できる、と言ってしまってもいいが、実際やるとなると、そう簡単じゃない。


 とりあえず、正面はダメだから、横か、斜め後ろ、できれば背後からズバッと決めたいところだが、オークたちも止まっているわけじゃない。激しく動きまわっているので、背後をとるのもなかなか難しそうだ。


 だいたい、剣だって、柄の部分をふくめて一・二メートルくらいはあって、それなりに重いしな。

 俺が十五カパーで買った剣よりは、この魔剣ソウルコレクターのほうがいくらか軽そうだが。そうはいっても、一・五キロ程度はあるだろう。

 両手で握ることはできるものの、杖だのショートスタッフだのと違って、手と手の間隔を広くとれるわけじゃない。両手で剣を扱おうとすれば、まあ、拳と拳をぴったりくっつける形になる。それでも、ゆとりはそんなにない。

 片手でも、両手でも使えるって感じか。

 ここだけの話、十五カパー剣でひそかにちょっとだけ練習もしてみたんだが、正直、自分が「使えている」のかどうか、よくわからない。


 でも、一発でいいんだ。たった一発食らわせるだけでいい。


 確実に一太刀浴びせるためには、どうすればいいのか。


 俺は考える。

 のんびり考えている場合でもないか。イチカがやばい。


「おらぁっ!」

 俺は威嚇の声をあげて、イチカを攻めている小屋オークに躍りかかった。

 正確に言うと、躍りかかるふりをして、小屋オークがこっちを向いたら、すぐに下がった。


 小屋オークはふたたび、

「オッシュッ! オッシュッ!」

 と刀を振りまわして、イチカを攻撃する。

「っ! っ……! ふっ……くっ……!」

 イチカはなまめかしい声をもらして、防戦一方どころか、ぎりぎりのところで踏みとどまっている。

「オッシュッ!」

「ぁっ……!」

「オッシュッ! オッシュッ!」

「……っ……ぅっ……!」

「オッシュッ! オッシュッ! オッシュッ!」

「んっ……ふぅっ……!」


 こんなときになんだけど、あれだな。イチカ、おまえ見てると、どこまで耐えられるか、ついつい試してみたくなるな。

 まだだろ。まだいけるんじゃねーか。まだだ。大丈夫、大丈夫。まだいける。がんばれ。我慢しろ。な。できるだろ。おまえはやればできる子なんだから。

 ……とか、思ってしまう。言いたくなる。言わねーけど。さすがに。


「大丈夫だ、イチカ! まだ三オッシュだろ! 五オッシュくらいまではいけるって!」

 言っちまったけど。


「……何!? 三オッシュって!?」

「質問かよ。意外と余裕だな、おまえ」

「余裕なわけ……っ!」

 イチカは飛びのいて、小屋オークの刀をすれすれのところでかわした。


 でも、そっちには木が。


「っ……!?」

 イチカは木を背にする恰好になった。


「オッシュッ!」

 小屋オークが身体ごとイチカに突っこむ。


 イチカは間一髪、木の後ろに回りこんで難を逃れたが、小屋オークは追う。イチカを追いかける。追いかけながら、刀を振る。小屋オークの刀がバツバツ木に食いこんで、木屑を散らす。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」

 イチカは、木から離れたら身を守るものがない、という意識になっているのかもしれない。木の周りをぐるぐる回る。当然、イチカを追っている小屋オークも、木の周りをぐるぐる回る。

 イチカと小屋オークが、一本の木をぐるぐるぐるぐる回っている。

 そのうち目が回っちまうんじゃねーのか。先に目を回したほうが負け、とか。何だ、その勝負。


 モモヒナはモモヒナで、

「マリク! エム! パルク! どーんっ!」

 と魔法の光弾を櫓オークにぶちあてること自体が目的になってしまっているみたいで、そうじゃねーだろ、と思わなくもない。やられる心配はなさそうだけどな。いや、そうでもないか。


 モモヒナの息が上がっている。

 だいぶ疲れているみたいだ。

 あいつ、魔法の使いすぎなんじゃねーのか……?


 なんにしても、こっちの流れ、とは言えない。

 というか、風向きはよくない。


 このままじゃまずい。


「イチカ! モモヒナ!」

 俺はソウルコレクターを鞘に戻して、軽く手をあげてみせた。

「やばそうだし、俺、逃げるわ。じゃーな」

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