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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
Soul Collector編
7/120

第6話 運のツキ



 ……クッソ。

 いいかげんにしろよ、マジで。


 俺も、イチカも、モモヒナも、ぐったりしている。

 もうしばらくの間、こうやって木の陰に隠れているので、呼吸は乱れていないが、身体がだるい。

 オークめ。


 耳を澄ませば、足音というか、草だの枯れ枝だのを踏む音や、鎧がカチャカチャ鳴る音が、かすかに聞こえる。

 あとはたまに、オーク語の話し声。

 めちゃくちゃ近くではないが、そう遠くでもない。


 デッドヘッド監視砦のオークキャンプからオルタナ北の森まで、二キロか三キロは走っただろう。

 オークたちはすぐに追跡をあきらめるだろうと、俺は正直、たかをくくっていた。

 結果的には間違いだった。

 二人のオークがしつこく追いかけてくるもので、俺たちは森に入らざるをえなかったのだ。

 視界が悪い森なら撒けるだろう、あいつらもさすがに断念して引き返すだろうと思ったのだが、この予想も外れた。


 オークたちは、まだ俺たちを捜している。


 見つかってないわけだから、ここにとどまって、あいつらが去るのを待つべきか。

 それとも、移動したほうがいいのか。

 迷うところだな。


 イチカはさっきから、どうするの、と訊きたそうな表情で、こっちを見ている。


 モモヒナは、ぼんやりしているみたいだ。


 ダメだ。

 下手に動くのはまずい。

 落ちつけ。焦るな。

 まだそのときじゃない。

 チャンスを待て。


 オークが、どこかで何か言った。

 もう一人のオークが、さらにもっと遠くから、それに答えた。


 気配が、遠ざかっていく。


 行った……のか?


 いや、まだだ。罠かもしれない。


「ねえ」

 と、イチカが小さな声をかけてきたが、俺は無視する。


 目をつぶって、時間が過ぎるのを待つ。


 三十分くらいはじっとしていた。

 あれ以来、オークらしい気配は感じない。

 大丈夫そうだな。

 でも、油断は禁物だ。


 俺はイチカとモモヒナを見て、人差し指を唇に当ててみせる。喋るなよ、という合図だ。

 イチカはわかったようだが、モモヒナは首をかしげて、人差し指をちゅーちゅーしゃぶりはじめた。

 何やってんだよ。違うだろ。

 まあいいか。ずっとしゃぶってろ。


 俺はそっと、木の陰から出る。

 音を立てないように注意して、慎重に、そろそろと歩く。


 イチカが身を寄せてきて、

「……もう平気だと思う?」

 と俺に尋ねた。


「さあな」

 俺はため息をつく。

「とりあえず見あたらねーけど、そのへんに隠れてるかもしれねーわけだし」

 イチカはビクッとして、俺の背中を小突いた。

「やめてよ。脅かさないで。心臓に悪いでしょ」

「俺はただ、そういう可能性もあるって話をしただけだ。脅かされたと思うのは、おまえがビビリだからだろ」

「おまえって言うな」

「はいはいはいはい、わかりましたわかりました、お姫様」

「わ、わたしは、お、お姫様じゃないしっ」

「んなこと知ってるっつーの。これは冗談だとか皮肉だとか、いちいち説明しなきゃならねーのか?」

 イチカはもう一度、今度は強めに俺の背中を叩いた。

 暴力女め。

 むかつくが、腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいし、こんなアホ女を相手にしている場合でもない。


 森は、草っ原よりは一段、二段、危険な場所だ。

 いろいろな獣が棲んでいて、そいつらを狙う、泥ゴブリンのようなはぐれ者の異種族なんかもいたりするらしい。

 それに、俺はイチカのバカを助けてやるために剣をぶん投げてしまったので、素手だ。

 武器がないってのは、なかなか心細いな。


 歩いていたら、長い枯れ枝が落ちていたので、拾っておいた。

 何もないよりはまあ、いくらかはマシだろう。


 少なくとも森を出るまでは、周囲を警戒することに集中しないといけない。

 わかってはいるのだが、つい、あれこれ考えてしまう。

 たとえば、金のこととか。


 俺の所持金は、二シルバーと十二カパー。

 ギルドに入るのに八シルバー払ったイチカやモモヒナよりは裕福だが、余裕をぶっこいていられるような経済状態じゃない。


 俺は、激安でそうまずくない食い物を手に入れる方法や、安宿とも言えないような粗末すぎる宿を知っている。

 野宿できる場所も見つけてあるし、切り詰めれば一日四カパーでも生きていけないことはない。

 ただし、生活レベルは最低限というか、最低だ。

 イチカやモモヒナは女だし、とうてい耐えられないだろう。

 なんでこの俺が、イチカとモモヒナの心配なんかしてやらなきゃならないんだって話ではあるんだが。


 力。


 ピンチに陥れば、俺の中に隠された秘密の力が目覚めるはずだった。

 流れ的に、絶対そうなるはずだ。

 俺は確信してさえいたのだが、どういうわけか何も起こらなかった。


 もしかして、これは試練、か……? 試練を乗り越えなきゃいけない系?

 それとも、隠された秘密の力が目覚める系じゃない、別のパターンだとか?


「はふー?」

 と、モモヒナが変な声を出した。


 見ると、モモヒナが立ち止まって、どこかに目をやっている。


「どうした」

 俺が訊くと、モモヒナは、

「んとね、誰かいるよー。倒れてる」

「は?」

 俺はモモヒナの視線の先を見た。

 イチカが、

「あっ」

 と言った。


 たしかに、いる。


 人が倒れている。

 一人じゃない。

 二人だ。


 一人はうつぶせになっていて、もう一人は身体を横に向けている。


「……どうするの?」

 イチカはまたビビっている。ほんっとにビビリだな。

「どうするもこうするもあるかよ」

 俺は二人に近づいてゆく。


 見たところ、二人とも人間だ。死んだふりをしているとも思えない。

 というか、二人のうちの一人、横向きのほうは、肩がゆっくりと上下している。生きているのだ。


 しかし、尋常じゃないな。何なんだ、こいつら。


 二人とも、とにかく傷だらけだ。

 黒っぽい恰好をしたうつぶせのほうは、とくに満身創痍で、それなのに出血は少ない。傷口からは、黒っぽい粘液のようなものがにじみだしているだけだ。

 露出している肌が土気色なので、死んでからだいぶ時間が経っているのか。

 というかこいつ、腕が。


 腕が、二本じゃなくて、四本もある。


 俺は足を止めた。

「……人間じゃねーのか」


 あと、よく見たら、首がほとんど切れちまってるし。

 首の皮一枚、みたいな状態だ。


 ただ、横向きのほうは、れっきとした人間らしい。

 人間と、人間じゃないやつが戦って、相討ちになった?

 いや、人間のほうは生きているから、相討ちじゃないか。人間のほうが勝ったのだろうが、楽勝というわけにはいかなくて、死にかけている。そんなところか。


「おい」

 俺は声をかけながら、一歩一歩、距離を詰めてゆく。

「おい、あんた」


 横向きの人間が、ぴくり、と頭を動かして、

「……っ……っ…………」

 と、声にならない声を出した。どうやら、返事をしたらしい。


 俺は駆けよって、そいつのそばにしゃがんだ。

 汗や泥や血がこびりついた、髭面。もちろん、男だ。たぶん、三十歳くらいか。ひどく顔色が悪い。唇は紫色だ。男はギンバエみたいな色の鎧を着て、草色のマントを身につけ、赤銅色の剣を手に握っている。


「おい、あんた。大丈夫か」

「……義勇兵か」

 声が小さくてちゃんと聞きとれなかったが、おそらく男はそう言った。


「そうだ。たまたま俺たちが通りかかって、運がよかったな」

 俺はイチカのほうを見た。

「こい、イチカ。こいつを手当てしてやれ。早くしろ。急がねーと、死んじまうぞ」

「わ、わかった! 待って、今……」

 イチカが駆けつけてくる。

 男は、俺と、それからイチカを一瞥して、首を振った。

「……いい。無駄だ。やめておけ」

「え、でも」

 膝をついて、右手の五本の指を額にあてようとしていたイチカが、手を止めた。

「魔法で治療しないと、そのままじゃ」


「おまえたち、ルーキーだろう」

 男は、つらそうに笑った。

「無理だ。俺は……毒にやられてる。浄化の光の魔法でも、消せない……強烈な毒……死毒だ。神官、おまえが……光の奇跡でも、使えるなら……話は、別だが……」


「光の奇跡?」

 俺が尋ねると、イチカはうつむいて、首を横に振った。

「……わたしには、使えない。ていうか、わたしはまだ、癒しの手しか……」

「だろうな」

 男は目をつぶって、苦しそうな息をした。


 と、モモヒナが近くにきて、何をするのかと思ったら、いきなり男の頭を撫ではじめた。

 男が目を開けて、モモヒナを見つめる。

 その両眼に、かすかに涙がにじんだ。


 マジで、死ぬんだな。


 こいつは本当に、死のうとしている。自分の運命をよくわかったうえで、ここで、こんな場所で、たった一人で、終わりの瞬間を待っていた。気高い獣みたいに。


「あんた、名前は」

 俺が尋ねると、男は、

「サジ」

 と名乗った。

「……それから……ここには、いないが……俺の相棒は……ミネ。俺たちは、いつも……ずっと、二人だった……二人、だけで……旧イシュマル王国領を……ミネ……すまない、俺は……おまえを……助けて、やれな……かった……」


「そうか」

 俺はうなずいた。

「あんたがサジで、相棒がミネだな。覚えといてやる」

「……そいつは……ありがたい……な……そうだ、ついでに、これを……」

 サジは、赤銅色の剣を持ちあげてみせようとしたのだろう。でも、できなかったみたいで、サジの指が剣の柄から離れてしまった。


「こいつを」

 俺は剣を握った。

「どうすればいい」

「……これも、何かの……縁だ。おまえに、やる。魂、集め……ソウル、コレクター……魔剣、だ……旧イシュマル王国領の……奥地で……手に、入れた……そこに、倒れてるやつは……追っ手だ……不死族の……気を、つけろ……きっと、取り返しに……だが、魂を、持つ相手、なら……一撃、で……」

「わかった。もらってやる」

「……偉そうな、やつ、だ……」

「そうでもねーよ」

「……おまえ、みたいな……やつに……相応しい……の、かも、な……負ける、なよ……魔剣、に……」

「魔剣だか何だか知らねーけどな。この俺が負けるかよ」

「……そう……か……ああ……俺も……若い、ころ……は……ああ……くっ……」

 サジの顔が、ゆがむ。口を閉じて、鼻で息をしている。

 モモヒナがサジの頬や首をさわる。抱えこむ。

「痛いの、痛いの、とんでけー」

「ふっ……」

 サジは、笑おうとしたのだろう。でも、瞬間、微笑んでみせことさえ、難しいようだ。


「他に」

 俺はサジに顔を近づけて、言う。

「何かあるか。してもらいたいことは。俺にできることなら、やってやる」

「……もう……思いだす……ことも……尽きた……飽きて、きたんで、な……ひと、思いに……楽に、して……くれ……」

「そんな……っ」

 イチカが目を瞠って、俺を見る。

 モモヒナは、唇を噛んで、サジを撫でたりさすったりしつづけている。でも、俺が、

「どけ、モモヒナ」

 と声をかけると、モモヒナは逆らわないで、そっとサジを横たえて離れた。


「サジ、覚えとけ」


 俺は魔剣魂集め、ソウルコレクターを構えた。

 心臓を一突きしてやれば、これ以上、苦しまなくてすむだろう。


「俺は大英雄キサラギだ。おまえはツイてる。最後に会ったのが、この俺なんだからな」


 サジは顎を引くようにして、首を縦に振った。


 俺はソウルコレクターを突きだす。

 サジは鎧を着ている。しかもたぶん、それなりにいい品だろう。

 これが、でも、鎧の手応えなのか。紙とは言わないまでも、木か何かみたいだ。

 ソウルコレクターの切っ先は、サジの鎧を貫いた。

 その直後だった。


 流れこんでくる。

 何かが、ソウルコレクターの中に。


 ソウルコレクターが、身震いする。


 こいつ、喜んでやがる。


 俺はソウルコレクターを引き抜いた。

 魔剣。

 これが、魔剣か。

 魂集め。ソウルコレクター。

 そうきたか。これかよ。こっち系か。このパターンかよ。


 サジは息絶えている。


 俺はサジの腰から鞘を外して、その中にソウルコレクターを納めた。

 笑えるよな、サジ。

 笑いが止まらないはずなのに、笑えない。

 俺はため息をついて、パーカーのフードを被ろうとした。その寸前だった。音が、聞こえた。


 音というか、声だ。


 オーク。あれはオークの声だ。


 俺は周囲に視線をめぐらせる。いた。オーク。やっぱりオークだ。とりあえず一人しか見あたらないし、まだ遠いが、こっちに向かってくる。


「キサラギ!」

 イチカが叫んだ。

「逃げっ……」

「るわけねーだろ?」


 俺はいったん鞘に納めたソウルコレクターを、すらりと抜いた。

「言っただろうが。俺は手始めにオークをぶっ殺すってな。試し斬りしてやる」

次回「第7話 秘策あり」は……なんとか、明日か、明後日か、明明後日には、お届けしたいと思っております。

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