第59話 正妻
鉄血王国でノール嵐を終息させるという大偉業をなしとげた俺は、惜しまれつつもイチカ、モモヒナ、ミリリュを従えてテムジンにまたがり、新天地を求めて旅に出た。
出るつもりで、実際、出たんだが、なぜかハイネマリーまでくっついてきやがった。
「わはー……」
問題のドワーフ娘は、気がつくと空を仰いだり遠くを眺めたりしてぼけーっとしている。休んでいても、歩いていてもそうだ。
「うなっ」
……で、何かにけつまずいてすっ転びそうになったりする。
「……大丈夫か。おまえ」
「だ、大丈夫だッ」
ハイネマリーは、あはは、と笑ってみせて、
「すまない。見たことがないものばかりなので、つい。かのごときふつつかものゆえ、旦那様におかれましては、心配をおかけして申し訳ありませぬ」
「それ、やめろ」
「む? 何をやめればいいのだ?」
「旦那様っつーの」
「だ、だが、キサラギはハイネマリーを女にしてくれたッ」
「だからそれは……」
俺は鞍上でため息をついた。あれは行き違いというか、正直からかっただけだと何度も説明したんだが、どういうわけかハイネマリーは理解しない。
「しょうがないんじゃない」
イチカが、はっ、と笑った。
「あんたがやったことなんだから。ちゃんと責任とれば?」
「俺は何もやってねーよ」
「どうだか」
「何プリプリしてやがるんだ、おまえは」
「べつにプリプリなんかしてない」
「してるだろうが、明らかに」
「ぷりんぷりんっ」
と、いきなりモモヒナがミリリュのオッパイをつついて、
「ぷりんぷりんっ。ぷりんっ。やははははー」
「ちょっ、モ、モモヒナさん、やめてくださいっ、そこは……っ」
「んー。どうしよっかなぁー。やめぇぇぇぇぇ……ないっ。ぷりんぷりんぷりんっ」
「きゃあっ。い、いけませんっ。そこは、キサラギ様にしか……っ」
「チッ」
とイチカが舌打ちをした。
柄、悪いぞ、おまえ。
「とにかくだな」
俺は前髪をかきあげて、
「ハイネマリー。俺はおまえの旦那じゃねえ。女になるとかっつーのは俺にはよくわからねー概念だが、まあ何だ、そういう関係になるっつーのはようするにガキをこさえるようなことをするっつーことだろ」
「……ガキ?」
ハイネマリーは顔を赤らめて下を向いた。
「そ、そうだ。ええと、ハイネマリーもよくわからないのだが……そういうことだと、思う。たぶん。そして、それはハイネマリーが夜這いをしたことによって、成功してしまったわけだが……」
「いや、成功してねーからな」
「えッ!?」
「言ってんだろうが。何回も何回も。あんなおまえ、お手とかおかわりとか回れとかやってガキなんかできたら、そのうちガキだらけになってガキであふれるぞ。いや、普通あんなことはしねーだろうから、そうでもねーか」
「で、で、でも……」
「でもじゃねえ。俺とおまえはなーんにもやってねーんだ。まっさらの状態だ。いいかげん納得しろ」
「ならば、ここでやる! 今やる! ハイネマリーは何をすればいい!?」
「はいまりは何するのかなあ?」
モモヒナが目を輝かせてミリリュに尋ねた。
「そ、それは……」
ミリリュは顔が少し赤い。
「な、なんと申しあげればよいのか……つ、つまり……しとねをともにするというか、なんというか……」
「うぉー。しとねって何?」
「しとねというのは……お布団のことです」
「ふとんをともにする? 一緒にねむねむするってことかなぁー」
「そ、そうです……ね。それだけでは、ないと思いますけど……」
「ほかには何するのー?」
「それは、ハイネマリーも知りたいッ!」
ハイネマリーがミリリュに詰めよって、
「教えてくれ、エルフ! ハイネマリーはキサラギと一緒に寝て、それから何をどうすればいいのだッ!?」
「で、ですから、その……殿方の、ええと……ピーを……」
「ピーとは何だッ!?」
「ピ、ピーとは、ようするに……」
「わおーっ」
意味がわかっているのかいないのか、モモヒナはやけにはしゃいでいる。
「ピーをピーするんだねっ。ピーピーピーだねっ。わほーっ」
「もう、やめて……!」
イチカが頭を抱えて叫んだ。
「そんな話、しないで! そういうことするなら、こっそりやってよ! わたしは関わりたくない!」
しん、と静まりかえった。
俺にとってもどうでもいいことだし、じつはイチカと同意見だ。これで収まってくれるかと思ったら、ミリリュがイチカに向きなおって、えらく真剣な顔つきで、
「イチカさん。それはイチカさんの本心なのですか」
「……え?」
イチカは気後れしたような顔をした。
「そ、そうだけど」
「本当に、本当?」
「……本当、だけど?」
「正直に申しあげますが、わたくしは」
ミリリュはでかすぎるオッパイとオッパイの間に手を押しつけた。
「これまで遠慮してまいりました。何を遠慮してまいったのかまでお話ししなければわかりませんか」
「……わからない、けど」
「そうですか」
ミリリュはなぜか悲しそうな表情を浮かべた。
「では、お話しします。わたくしは側妻でよいと思っておりました。いいえ。側妻でさえなくてもいい。ただおそばにお仕えさせていただければそれで、それだけでよいと考えていたのです。なぜだかおわかりですか、イチカさん」
「……な、なんで……ていうか、ミリリュが何を言ってるのか、わたしには……」
「おわかりにならないのですか?」
「……わ、わから……」
「そうおっしゃるのでしたら、わたくしはもう遠慮いたしません」
「し、しなきゃいいでしょ」
イチカは投げつけるみたいに視線を斜め下に向けて、唇だけ変に笑わせた。
「わけわかんないし。何のことだか、さっぱり」
「そういうことでしたら、わかりました」
ミリリュは一礼すると、ハイネマリーに歩みよっていった。
「ハイネマリーさん」
「……お、おう」
ハイネマリーはあとずさった。
あのでかいオッパイを目の前に突きつけられたら、まあ、そうなるだろうな。
「な、何だ。どうしたのだ、エルフ。いきなり、あらたまって……」
「わたくしはここに宣言いたします」
「……宣言? な、何を……」
「キサラギ様は、あなたには渡しません」
ミリリュは傲然とオッパイを突きだすようにしてハイネマリーを見おろした。
「わたくしがキサラギ様の妻になります」
ハイネマリーは口をぽかんと開けて、
「なッ……」
「ちょっ……」
とイチカが目を瞠った。
「うひょーっ」
モモヒナは跳びあがった。
「や……待てッ」
ハイネマリーは血相を変え、挑みかかるように背伸びをしてミリリュに顔を近づけた。
「そ、そんなことはッ! 認めぬぞッ! そうだ、認めてたまるものかッ! ハイネマリーはキサラギを夫にするッ! そのために、ハイネマリーは国を出てキサラギについてきたのだからなッ! 父さんも応援してくれているッ! 次に里帰りするときは、父さんに孫の顔を見せるときだッ! ハイネマリーはすでにそう決めているのだッ!」
「どうやって子供を作るのかも知らないくせに」
「く……ッ、そ、それは、それは……創意工夫でなんとか……ッ」
「せいぜいがんばってくださいませ。わたくしは何をどうすればいいのか存じておりますので、そんな無駄な努力は必要ありませんが」
「……追いつけ、追い越せなのだッ」
「ああ、それから、ドワーフと人間の間には子供ができづらいのですよ。ですが、エルフはそのようなことはありません。過去、人間族との混血は、エルフにとってめずらしいことではなかったのです。お父上にお孫さんをお見せするというあなたの夢は、可能か不可能かという点においてもなかなか困難そうですね」
「……そ、そんなものは、気合いで……ッ」
「気合いを入れてお手やおかわりをしたところで、子供はできませんよ?」
「くぅぅ……ッ、性悪エルフめ……ッ」
「性悪にでも何でもなります」
ミリリュは一度、目を伏せて、きゅっと下唇を噛んだ。
「……キサラギ様の妻になるためならば。そのためなら、わたくしは何だって……」
「おい」
俺は首を左右に曲げた。
「もういいかげん、そのへんにしとけ。行くぞ」
「……へ?」
イチカがぎょっとしたような顔で俺を見た。
「行くぞって……この空気で、あんた、なんでそんな、平然と……」
「空気ィ?」
俺は呆れて笑った。
「知るか、そんなもん。それより、忘れんじゃねーぞ。俺は絶賛旅の途中で、おまえらはそのお供なんだ。どうでもいいことで俺の旅を遅らせるんじゃねえ。置いてっちまうぞ」
「……ど、どうでもいい?」
ミリリュの目が泳いでいる。
「ど、どうでもよい……ことなのですか? キサラギ様にとっては……」
「あったりめーだろうが。ツマだかツマミだかツバメだかソバメだか知らねーけどな。そんな煮ても焼いても食えなさそうなモノには興味ねーんだよ。だいたい、なんでおまえら、勝手に仲違いみてーなことしてやがるんだ? そんなことして、俺が喜ぶとでも思ってんのか? おまえらは俺を喜ばせたいのか? 不愉快にさせたいのか? どっちなんだ?」
「そ、それはもちろん! キサラギ様には喜んでいただきたいです……!」
「ハ、ハイネマリーだってそうだッ! キサラギには誰よりも何よりも、幸せでいてもらいたいッ!」
「うにぃー。あたしも、きさらぎっちょんがにこにこしてるほうが楽しいなー。いっちょんちょんはー?」
「え? わ、わたし……は……」
イチカはうつむいて、胸をかきむしるように押さえた。
「……わたしは……べつに……とくに、そんな……キサラギがどうだろうと……そりゃあ、楽しいほうがいいに決まってるし、不幸せよりは、幸せのほうが……で、でも、それは一般論っていうか、みんなそうっていうか、と、友だち、だから……友だちにはそうあってほしい、みたいな……ただそれだけで……」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ、おまえは」
俺はため息をついた。
「おまえは俺のこと友だちだと思ってて、友だちには幸せでいてほしいんだろ。それでいいだろうが」
「……そうだけどっ!」
「まあ」
俺はテムジンの馬腹を軽く蹴って進ませた。
「おまえのことを俺がどう思ってるかは、また別の問題だけどな」
「え……」
イチカが、それってどういう……とか言っている声を背中で聞きながら、だから、と俺は思った。
お供だって言わなかったか?
ラブコメは苦手です。><
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