第5話 今、覚醒の時
「シャガハッ……!」
小屋オークが突進してきた。
刀を振りかぶって、猛然と振りおろす。
俺は剣でそれを弾こうとする。
大振りだし、ちゃんと見えているから、問題ない。
と思ったのだが、実際、剣を振りあげて小屋オークの刀にぶちあてると、弾くどころか撥ね返された。
「うおっ……」
「バッシャダッ!」
小屋オークは、間髪を容れずに刀で斬りつけてくる。
防ぐのは、無理か。手も痺れている。
俺はとっさに地面に身を投げだした。
それで、なんとかよけたが、櫓オークもきた。
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
「オッシュッ!」
オッシュ、オッシュの連続。連続オッシュだ。
小屋オークと櫓オークが、二人がかりで俺をしとめにかかっている。
「おぅっ、くそっ、むぁっ」
俺は転がったり、這ったりして、オークたちの刀から逃げまわる。
やばい。
強いぞ、こいつら。
俺も、逃げながら反撃のチャンスをうかがっている。
腰から下、脚なら防御しづらいはずだし、一撃加えてやれば、動きが鈍るだろう。
でも、とてもじゃないが、剣なんか振れない。
というか、剣が邪魔だ。
捨てたい。
とはいえ、剣を捨ててしまったら、攻撃する手段を失う。それもまずい。
「何やってるのよ……!」
と、イチカが割りこんできて、ショートスタッフで小屋オークを突こうとした。
小屋オークは盾でショートスタッフを弾き、イチカに向きなおる。
櫓オークのほうは、かまわず俺に刀を浴びせようとしたが、こっちも阻まれた。
「はにゃーっ!」
モモヒナだ。
なんと、モモヒナは、櫓オークに飛び蹴りをお見舞いしようとした。
櫓オークもこれには意表を衝かれたみたいで、飛びのいてかわすのがやっとだった。
だけど魔法使いなのに飛び蹴りって、モモヒナおまえ。
「にゃう! にゃっ! にゃう! にゃっ!」
モモヒナは止まらない。
積極的に櫓オークとの距離を詰めて、パンチを出す。
キックを出す。
ついでに、杖で殴ろうとする。
櫓オークは驚愕が抜けないのか、気圧されているのか、防戦一方だ。
「うははっ」
俺は思わず笑ってしまった。
「いいぞ、モモヒナ、そのまま押しきれ! おまえならできる!」
「はいよーっ。にゃにゃにゃにゃにゃにゃーっ!」
モモヒナのローキックが、櫓オークの膝横に炸裂した。
櫓オークはよろめいたが、それで頭にきたのか、刀を振りまわしはじめた。
「オッシュッ! オッシュッ! オッシュッ! オッシュッ!」
「ほにゃっ、ふにゃっ、ひにゃっ」
モモヒナは下がらないで、右に左に身体を揺らすようにして刀をよけているが、さすがに攻撃にはなかなか転じられないでいる。
というか、モモヒナの身のこなしが尋常じゃないんだが。
頭のネジがゆるいせいで、刀をまったく恐れていないのか。
いや、それだけであんな芸当は無理だ。
あの動きはたぶん、訓練されている。ここにくる前に、武術でもやっていたのか。
そんなふうには見えねーけどな。人は見かけによらないってやつか。
意外性の女だな、モモヒナ。
でも、じつを言うと、あっちは意外というほどじゃない。
「っ……! っ、っ、っ……!」
イチカはショートスタッフを駆使して、小屋オークと渡りあっている、と言ったら明らかに言いすぎだ。
小屋オークの刀を全力で回避しながら、ただよけるだけだとかえってつらいので、たまにショートスタッフで突いてみる。
そんな戦い方で、なんとかかんとかしのいでいる。
イチカは女にしては背が高いが、それだけじゃない。
けっこう筋肉があって、しなやかな身体つきをしている。
ちょっと見ただけでわかる程度には、運動神経がいい。
そんなわけで、イチカに戦士をやらせるという手も、なくはなかった。
ただ、傷を癒やす光魔法を使える神官はどう考えても必要不可欠だから、そうなると俺かモモヒナが神官にならないといけない。
神官モモヒナ。
ないな。
じゃあ、俺?
柄じゃない。俺は大英雄だし。
結局、神官はイチカ。そういうことにならざるをえない。
まあ、のろのろした神官よりは、キビキビ動ける神官のほうがいいだろう。
そうはいっても、所詮は神官でしかない。
オークと一対一はきついか。
「おら!」
俺は、イチカに集中している小屋オークの背後をとって、剣を繰りだした。
すると、小屋オークはくるっと反転して俺の剣を刀で打ち返し、すぐにまた反転、イチカのショートスタッフを盾でガーンと撥ね返した。
「おら! おら!」
俺はもう一度、二度と、立てつづけに剣で小屋オークを攻める。
俺としては必殺の一撃をぶつけまくっているつもりだが、小屋オークは軽やかに、くるっ、くるっ、と回転しながら俺の剣を的確に防ぎ、イチカをたじたじにさせて、あげくの果てに俺にまで攻撃してきやがった。
「おっ」
俺は思いっきりのけぞって、当然、小屋オークの斬撃をかわしたが、今のはちょっとやばかった。
いや、それでいいんだが。
そうだ。
ピンチに陥らないと、俺の隠された秘密の力は目覚めない。
「イチカ! おまえは下がってろ! そいつは俺がやる!」
「も、もともとっ! あんたが危なかったから、助けてあげたんでしょ!」
「いいから、下がれ!」
「そんなこと言われても!」
イチカは小屋オークに押しこまれている。あれだと下がろうにも下がれないか。
無理に下がったら、そこを衝かれて、やられてしまいかねない。
しゃーねーな。
「オッシュッ!」
俺はわざとオークの叫び声を真似して、後ろから小屋オークに襲いかかる。
自分でも、かなり強引だとわかっていた。
案の定、小屋オークは俺の動きを察知して、ジャストタイミングで盾を突きだしてきた。
ぶつかる。
盾に。
激突。
「ごあっ……!」
俺はひっくり返った。
「キサラギ……!」
とイチカが叫んだ。
「ダグッシュガッハッ!」
小屋オークが刀を振りかぶっている。
斬られる。
というか、あんな分厚い刀を叩きつけられたら、砕けて、潰れてしまいそうだ。
死ぬな。
絶対、死ぬ。
これ、ピンチだろ。
間違いなく、絶体絶命のピンチだ。くる。
きた。
俺の中で、何かが起きあがり、鎌首をもたげる。
きた。きた、きた、きた……!
「オッシュッ!」
小屋オークが刀を振りおろす。
俺は、カッ、と目を見開く。
力が。
秘められた力が、わきあがって……、
こない。
「うっそぉーん……!?」
俺はゴロンッと転がる。
ギリギリだった。
紙一重の差だ。
小屋オークの刀は、俺のすぐそばの地面をドッゴォーンとえぐった。
おっかしいぞ、と思いながら、俺は跳び起きる。
こんなはずじゃない。
なんでだ。
どうして目覚めない、俺の力。
「ゴッシャラァッ!」
小屋オークが立てつづけに刀を突き下ろす。
俺は死にものぐるいでかわす。
かわす。
かわさないと、死ぬ。
一向に目覚めようとしない俺の力に悪態をつく余裕もない。
ここまでやばい状況に陥っているのに、なぜ俺の力は目覚めようとしないのか。
もしかして、怪我くらいしないとダメだとか。
それは、でも、いやだ。
痛いのはいやだ。
怪我をするために一発食らうなんて、リスキーすぎるし。
だって、死んじまうかもしれないだろ。
死ぬわけにはいかない。
死んだら、大英雄にもなれないわけだし。
俺は小屋オークの刀をなんとかかんとかよけながら、ほんの一瞬だが、モモヒナの様子をうかがった。
モモヒナも攻め手がなくて、苦戦しているみたいだ。
イチカは俺を助けようにも助けられず、おろおろしている。
俺は決断した。
「逃げるぞ……!」
「ええっ!?」
と、イチカがすっとんきょうな声を出した。
モモヒナはイチカと違って、ものわかりがよくていい。
「はいよー」
そう答えながら、さっそく踵を返している。
「うおら……ッ!」
俺は一度、渾身の力を振りしぼって小屋オークの刀を打ち返すなり、駆けだした。
目指すは南だ。
オルタナの方向めがけて、まっしぐらに走る。
俺はパーカーにジーンズにスニーカーだし、イチカもモモヒナも軽装だ。
それに比べて、オークたちは重そうな鎧を着て、でかい刀に、盾まで持っている。
スピード勝負なら、俺たちに分があるはずだ。
走る。
走る。
走る。
俺は左右を確認する。
右後方にモモヒナがいる。
イチカの姿はない。
振り返ると、いた。
イチカは一人だけ、遅れている。
かなり一生懸命走っているみたいだが、顎が上がっている。
へばっているのだ。
オークとの戦いでかなり体力を使っていたせいか。
まあ、俺もそれなりにきつくて、息が上がりかけてるんだが。
「……やばいな」
俺は呟いて、舌打ちをする。
小屋オークが、もうすぐイチカに追いつきそうだ。
イチカと、目があった。
「わたしのことは……!」
「クソが……!」
何が、わたしのことは、だ。
自分のことはいいから、放っとけってか?
見捨てて逃げろってか。
ふざけやがって。
上等だ。
「伏せろ、バカ女……!」
「……っ!」
イチカは素直に言うとおりにした。
俺は剣を投げた。
横手投げした剣が、グルグル回転しながら飛んでゆく。
地面に伏せたイチカの上を飛び越して、剣は小屋オークを直撃した。
「グァフッ……!」
胸のところに剣を食らって、鎧のおかげで斬れたりはしなかったものの、小屋オークは転倒した。
しかも、うまい具合に、櫓オークが小屋オークにつまずいてくれた。
「こい、イチカ!」
「うん!」
イチカは起きあがって、駆ける。
常にそれくらい柔順だったらな。
「手間かけさせやがって!」
「も、もとはと言えば! あんたが後先考えないで、あんな相手にっ……!」
「うっせえ! 黙って走れ! 舌、噛むぞ!」
「もおっ! 人がせっかく……!」
俺は口をつぐんで、走ることに専念する。
脇腹が微妙に痛い。
まいったな。
歩くのは苦にならないのだが、走るのはそうでもない。
どっちかというと、嫌いだ。
わりと、大嫌いだ。