第56話 願い下げ
俺はゴットヘルドに一声かける。ゴットヘルドは、ああ、とだけ応じた。もう弾は込めているみたいだ。この男以外はすぐさま、瞬時に弾を込めたりはできない。ちらりとハイネマリーのことが頭をよぎった。守るとか言っちまったけどな。どっちにしても、ここを切り抜ける方法は一つしかない。俺とゴットヘルドは並んでノールクイーンを目指した。その間にハイネマリーが入りこんできた。血は争えねえ、か。俺たちの両サイドにはミリリュとモモヒナがついた。ミリリュが、乱舞、と叫ぶ。踊るような身のこなしでミスリルの剣を舞わせる。剣舞師。ミリリュはソードダンサーだ。その技を駆使してノールどもを斬って斬って斬りまくる。モモヒナも杖とキックでノールを蹴散らす。ノールクイーンは俺たちに背を向けている。逃げる。逃げてゆく。逃がさねえ。俺は撃つ。命中した。後頭部だ。やつはふらついた。俺は駆けながら弾を込める。ゴットヘルドとハイネマリーも撃った。ゴットヘルドの銃弾はノールクイーンの左肩を削ったが、ハイネマリーは外した。ノールクイーンがこっちに向きなおった。覚悟を決めたのか。いや。またきた。「発射」だ。ノールどもがよりいっそう狂乱する。走ってくるだけじゃない。あちこちから跳んでくる。俺の視界がノールに埋めつくされた。もちろん錯覚だ。そう見えるだけだ。ただ、俺たちとノールクイーンは六、七メートルしか離れていないが、そこにノールどもが壁を作ろうとしていることはたしかだ。もうほとんどできあがっている。そのときだった。
「うおらあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!」
赤髭隊だ。ミリリュとモモヒナのさらに外側から赤髭隊の六人が押しだした。もう銃は持っていない。戦斧だ。突っこんだ。グシャアアアァァンと衝突した。ノールどもの壁に亀裂が入る。割れる。裂け目ができる。ほんのわずかな裂け目だ。赤髭隊の六人はその突貫でノールどもを何匹も、たぶん十匹以上ぶっ殺したが、かわりにやつらもノールどもに噛みつかれ、目を爪でえぐられて、使い古しの武器であちこち刺されていた。おそらく、何人かは即死した。そこまでして、人間一人がどうにか入りこめるか入りこめないか、その程度の裂け目をノールどもの肉壁にあけることしかできなかったのだ。命を賭けて、細い、細すぎる道を、赤報隊のドワーフたちは切り開いてくれた。
俺はその裂け目に身体を滑りこませた。ノールどもが俺につかみかかった。俺の口に手をかけて唇の端を引きちぎり、俺の左目に指をねじこんで眼球を破裂させた。右耳はちぎれかけた。俺は何箇所かナイフみたいなものでぶっ刺された。胸の傷はどうも肺に達しているみたいで息が極端に苦しくなったし、臍の右上あたりの傷口からは腸がこぼれ出た。左腕をつかまれて、無理やり引き抜いたら肘がゴッといった。骨が折れたらしい。
幾多の手傷を負いながらも、俺はノールの肉壁を貫いた。
ノールクイーンは逃げるんだか逃げないんだか、曖昧な姿勢でこっちを見ている。
距離はたった二メートルくらいだ。
「よお」
俺は軽く挨拶をぶちかましてから、右腕と腋で可能なかぎり銃をホールドした。
近づいて、ノールクイーンの口に銃口を突きつける。
引き金を引いた。
ノールクイーンは、
「ひょんっ」
みたいな声を発してのけぞった。
やつが仰向けに倒れる前に、俺は後ろから髪を引っつかまれた。
あらがおうとしたが、脚にも腹にも力が入らない。
家に帰るまでが遠足なんだけどな。
……遠足。
意味はわかる。みんなでどこかへ行くことだ。行事。学校の。学校? 同じくらいの年のやつらが集められて、勉強を教わる。概念はわかる。なんとなく、俺はそこにいたことがあるような気もする。学校。遠足。
まあ、いいか。
いや、よくねーか。
俺は銃で俺の髪の毛をつかんでいるノールをぶん殴った。ノールは怯まず俺を引きずり倒した。
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁ……っ」
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁぁ……っ」
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁぁぁ……っ」
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁぁぁぁ……っ」
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
「しゃいぁいぁいぁいぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
遠くのほうでノールどもが弔いの声をあげている。
でも、このへんのノールはまだ興奮のあまりノールクイーンの死を認識できていないのか、俺をいいように袋叩きにしている。
「キサラギ様!」
「きさらぎっちょん!」
「キサラギ!」
「キサラギ……!」
銃声がした。
よってたかって俺をぶち殺そうとしているノールどもが一人、また一人と撃ち殺され、斬り倒されて、突きのけられる。
俺はじっとしていた。目はつぶらない。ひたすら見ていた。俺を殺そうとするノールどもを。俺を救おうとしているやつらを。俺は静かに見つめていた。
「きさらぎっちょーん……っ!」
モモヒナが俺のそばに膝をつき、俺の顔をさわろうして、やめた。
「やだようきさらぎっちょん! やだやだやだぁっ! きさらぎっちょぉーん……!」
何がやなんだ。
しゃべってもいいが、口が裂けてっからな。痛そうだ。
どこもかしこも痛ぇーし、同じことか。
「生きているな……!?」
と、ゴットヘルドが銃を撃つなり訊いた。
ああ。
そうか。
俺はくたばってるようにしか見えないようなざまで、それでモモヒナは勘違いしてるってことか。
「……たりめーだ」
俺がそれだけ言うと、モモヒナは目をぱちくりさせて、
「ふょよ? きさらぎっちょん、だいじょぶなの?」
「……それなりにな」
「父さん!」
ゴットヘルドと背中合わせになって、ハイネマリーが銃に弾を込めている。
「キサラギを守り抜く……ッ!」
「そうだな。未来の息子だ」
「なッ、何を……ッ!」
「ハハハッ」
ゴットヘルドの笑い声なんて、初めて聞いたんじゃねーか。
「アクスベルド様……! ノールクイーンはしとめました! こちらへ……!」
ミリリュはアクスベルドたちを呼びよせようとしているみたいだ。
「イチカさん! どうかお早く! キサラギ様が、お怪我を……!」
「もおっ! だから……!」
とか、イチカが叫んでいる。
だから、何なんだ。
何なんだろうな。
……俺、こんなとこで何やってんだ?
目ん玉一個いかれて、血の泡吹いて、腸はみ出させて、何やってんだろうな、俺は。
ここ……どこだ?
黒金連山。ノールの縄張り。そうじゃねえ。そういうことじゃなくて。
俺は、なんでここにいる? どうやってここにきた?
……学校。学校? 遠足。誰か。大勢の。知っているような、知らないような。一緒にいた。一緒。
俺はここじゃない、どこかずっと遠い場所にいた。
それがどこだかはわからない。
でも、俺はそこにいた。
なのに、気がついたらここにいた。
グリムガル。
辺境。
人間がいて、エルフがいて、ドワーフがいて、ノールもいる、オークも。
ここはどこだ?
ここは俺の居場所なのか?
……気が遠くなる。
ふと、帰れそうだと思った。このまま気が遠のいて、どこまでも遠くなったら、ここじゃないどこかにたどりつく。そこは俺がもともといた場所で、俺はそこに帰る。
そうしたら、俺は思いだすだろうか。
俺がいた場所のことを。
そして、俺は忘れるのだろうか。
このグリムガルのことを。
グリムガルで出会った者たちのことを。
「キサラギ……っ!」
イチカがモモヒナを押しのけて、俺の顔をのぞきこむ。
これくらいで泣くな、馬鹿。
「……遅ぇーんだよ。早く治せ」
「治すけどっ!」
「けど、何だ」
「治す! あとのことは……それからにする!」
「そうしてくれ」
俺はようやく目をつぶる。
帰る?
忘れる、だと?
願い下げだ。
ともかく俺は今、ここにいる。
おまえらと一緒に。
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