第55話 上等
ドワーフたちが肉と鋼の壁を作って、なんとかノールどもがトンネルに入りこんでくるのを防いでいる。
狭いから防御しやすいという利点はあるが、狭いがゆえにドワーフ自慢の戦斧を思う存分に振りまわすこともできない。実際のところは振りまわすどころかちょっと振るのも難しくて、突きだして引っこめてまた突きだすくらいが関の山だ。
赤髭隊の戦斧は斧槍みたいに槍の穂先みたいな刺先が突きでているわけじゃないが、斧頭の刃の尖った部分で軽く突き刺せるようになっている。それでノールをぶっ刺すのだが、よっぽど当たり所というか刺し所がいいか、勢いよく刺さらないかぎり、死ぬような傷は負わない。
まあ、ノールはいけいけどんどんで突っこんできやがるから、勝手に刺さって死んでくれたりもするのだが、何せやつらは数が多い。際限なく、次から次へと襲いかかってくる。
対して、こっちは一人やられただけでも大損害だ。まだ一人死に、一人が重傷で後ろに運ばれてイチカに手当てさせているだけだが、もし四人殺されたら俺たちは戦力の十分の一を失ったことになる。現実問題として、一人一人の重みがやつらとは段違いだ。
前にいるドワーフたちの隙間から銃を突きだして、射撃するか。考えてみたが、そうしたところでどうなるってわけでもなさそうだ。
「うおおおおおおおおおお……!」
「おおおおおおお……!」
「ずおおおおおおおおおおおおおおお……!」
「わっせい……!」
「どあっはあああああああああああ……!」
「ぬんぶらせええ……!」
アクスベルドとヴィーリッヒ、赤髭隊のドワーフたちは盛りあがっているが、たとえこのまま一時間、二時間、それ以上粘ったところで何にもならない。一人、また一人と死んでいって、最後には全滅するだけだ。意味がない。
見誤った。ノールクイーン。やつはノールキングよりやばい。何なんだ、あの「発射」は。俺のミスか。そうだ。くそ。くそ。くそが。くそったれ。
さあ、気がすんだか? そうだな。気がすんだ。反省なんかしたってしょうがない。そんなものはあとで、時間のあるときにゆっくりすればいい。次の手だ。
「どうする」
ゴットヘルドにそう訊かれて、俺は決断した。
「二隊に分かれる。一隊はここにとどまって、もう一隊はシュテハン支道のノール穴から広間を目指す。ここはアクスベルドとヴィーリッヒに任せることになるだろうな。シュテハン組は俺が率いる。あとはあんたとモモヒナ、ミリリュ、それから元込め銃を持ってる赤髭隊の六人を連れていく」
「ハイネマリーも一緒だッ!」
言うと思った。
俺はゴットヘルドと目を見交わしてから、うなずいた。
「じゃあ、こい」
「わたしは!?」
重傷者の治療を終えたらしいイチカが叫んだ。
俺は首を横に振って、
「おまえはここに残れ。誰かが怪我したら、すぐに治してやるんだ」
「……あんただって、怪我するかもしれないじゃない」
「しねーよ」
「したじゃない!」
「もうしねえ」
「したらどうするのって話をしてるの!」
「そのときはそのときだ。ここで敵を支えられなきゃ、そもそもこの作戦は成り立たない。敵はこっちに集中してるんだからな。被害はどうしたってこっちのほうが大きくなる。おまえはここにいろ」
「いるけど! いればいいんでしょ!」
何をそんなにプリプリしてやがるんだ、こいつは。馬鹿なのか?
「赤髭殿!」
俺は前で指揮を執っているアクスベルドに声をかけた。
「俺は逆から回りこんでノールクイーンをしとめる! 赤髭隊を六人借りてくからな! ここは頼んだ!」
「了解した! 一時間はもたせてくれよう!」
「そんだけありゃ充分だ! ヴィーリッヒ! 死ぬなよ!」
「おまえもな!」
「あったりめーだ!」
俺はモモヒナとミリリュ、ゴットヘルドとハイネマリー、それから元込め銃を持つ六人の赤髭隊員の合計十一人でその場を離れた。
大急ぎでカッテルベン支道のノール穴までとって返して、シュテハン支道のノール穴へと急行する。その間も何度となくノールが襲いかかってきたが、基本、無視して、ミリリュとハイネマリーが何匹か斬り伏せた。
ノールのトンネルにくわしいドワーフは元込め銃を持っている赤髭隊員の中にいたから、シュテハン支道のノール穴からトンネルに入ったあともスムーズに進めた。
ノールどもは今、広間に集中していて、アクスベルドたちを攻撃している。俺たちが攻撃を開始するまでこのルートはノールだらけだったはずだが、案の定、今はガラガラだ。
アクスベルドは一時間もたせる、と言った。ドワーフの中には鍛冶よりも細工物が得意なやつがいて、精巧な細工を作る。人間族やエルフより、ドワーフのほうが遥かに時間には正確だし、時間感覚も鋭い。一時間。
まだ一時間は経っていないはずだ。
そうはいっても、一分一秒を争うつもりで急げ。急げ。急げ。
広間。
この先だ。
炎が燃えていて、明るい。ノールどもの声が聞こえる。ドワーフたちの雄叫びも。
「止まれ」
広間に足を踏み入れる前に、俺はいったん全員を停止させた。
「いいか。勝負は一瞬で決まる。一撃で決めるぞ。ノールクイーンをぶっ殺す。俺らが飛び道具を使ったことで、あとでうだうだ文句をぬかす馬鹿もいるかもしれねえ。だけどな、手に入れた名誉は俺らのものだ。そいつを掲げることができるの俺らだけだ。何もしなかったボケには言わせておけ。俺は知ってる。おまえらがとんでもなく勇敢で、漢の中の漢だってことを知ってる。何も心配するな。ここでなら死んでもいい。俺が許す。死ぬなら今だ。どうせなら、ノールクイーンをぶっ倒して死ね。いいな。行くぞ。ぶちかますぞ。俺についてこい。俺が勝たせてやる。おまえらはこれから勝つ。必ず勝つ。おまえらは本物の漢だからだ。返事はいらねえ。気合いはとっとけ。ぜんぶノールクイーンにぶつけろ。突撃、肉薄して、一斉にぶっ放す。俺が合図するまでは撃つな。いいな」
みんな黙りこくったままうなずいた。いい兵士たちだ。こいつらは信頼できる。
「ハイネマリー。俺とゴットヘルドから離れるなよ」
「わかった。離れない」
「ん。いい返事だ。モモヒナ。俺たちが撃つ前に、ドカーンとやれ」
「はいよー。どかーんだねっ」
「ミリリュ、いざってときは」
「はい、キサラギ様。この身にかえても、わたくしがお守りいたします」
そこまでしなくたっていいんだが、やめろと言ってもミリリュはやるだろう。それがミリリュの望みなら、けちをつける筋合いじゃない。まあ、そんなことはならねーけどな。
やる以上は、だめかも、無理かも、なんて考えたりしない。やれる。成功する。成功させてやる。怖いか? 怖くなんかねえ。どのみちすぐ終わる。アタックは一回だ。二回目はない。この攻撃にすべてを賭ける。何もかも出しつくす。
「あっという間だからな。楽しむぞ」
俺は唇をぺろっと舐める。
目をつぶって、開ける。
「突撃!」
さあ、行け。走れ。走る。ノールクイーン。いる。やつはノールキングとは違う。前には出ない。後ろにいる。ノールどもを狂乱させて操っている。やつの周りには常にノールどもがいる。渦を巻くように、ノールどもが。その渦の端がアクスベルドたちに向かってのびているような恰好だ。ノールクイーンもノールどももこっちに気づいていないが、俺たちもその大きな渦をある程度は突き破らないといけない。そうしないとノールクイーンに近づけないからだ。斉射して外したらノールクイーンはいったん退くだろうし、逃げられたら追撃するのは難しい。だから、できるだけ接近して撃つ。頭をぶちぬく。確実に殺す。俺は何度も何度もその状況をシミュレーションしている。もう考える必要はない。行け。行け。行くだけだ。ノールが気づいた。こっちを向く。そりゃそうだろう。ずいぶん近い。俺はそいつを蹴倒す。さらに別のノールを蹴りのけて進む。ミリリュがミスリルの剣を振るっている。モモヒナは杖でノールを突き倒す。ゴットヘルドとハイネマリーは銃床でノールをぶん殴る。赤髭隊の六人は肉と鋼の弾頭と化してノールを押しのける。本当にあっという間だ。ノールクイーンはすぐそこにいる。五メートルってとこだ。ヘイ。ヘイ。ヘイ。ノールクイン。いるぞ。俺はここにいる。ここだ。おまえのすぐそばだ。見たぞ。見た。ノールクイーンが俺を見た。その黄色い瞳。俺はノールを蹴飛ばしながら銃口をノールクイーンに向ける。ノールクイーンは恐るべき相手だ。ノールキングより賢い。やつはあとずさった。わかっている。この武器がやばいと。まともにやりあったら自分でさえ危険だと悟っている。そのとおりだ。おまえはよくわかってる。おまえの目は、注意は、俺の、俺たちの銃に釘付けになっている。おまえはノールキングよりずっと頭がいい。ただし、おまえが警戒するべきなのは銃だけじゃない。
「モモヒナッ!」
「デルム・ヘル・エン・バルク・ゼル・アルヴぅ……っ!」
モモヒナが爆発の魔法を発動させる。ズドウゥン……ッ! ノールクインの右肩あたりで爆発が起こった。やつが俺たちに背を向けようとしていたせいで、少しそれた。
モモヒナが、
「あちゃっ」
と声をあげた。
「問題ねえ」
俺は引き金に人差し指をかける。
「撃てェー……ッ!」
ノールクイーンは、俺が思うにそれは正しい判断だと思うが、逃げようとしていた。が、モモヒナの魔法で邪魔された。
俺は、俺たちは撃った。俺たちが放った銃弾がノールクイーンに集中した。
次の瞬間、俺は次弾を装填しはじめていた。
ノールクイーンはただものじゃない。超反応だ。やつはしゃがんで、両腕で頭を抱えるようにして身を守った。あれだとおそらく、急所には被弾していない。それから、ついでにというか、やつは例の「発射」の号令をかけやがった。
俺たちはやつをしとめそこなった。
そして、猛り狂ったノールどもがアクスベルドたちじゃなくて、俺たちに襲いかかってくる。
そうなったら、俺たちはひとたまりもない。
押し潰される。
たぶん、跡形もなくなる。
俺は笑う。
「上等だ……!」
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