第53話 銃士
赤髭隊は総勢三十一名。全員、銀で彩られた赤い鎧兜を身にまとい、盾と長柄の戦斧で武装している。髪と髭まで赤いのは、染めているそうだ。ちなみに、親衛隊の髪と髭も黒く染めているんだとか。
赤髭隊の隊員は赤髭アクスベルドの縁者で構成されている。ようは身内だ。アクスベルドと仲が悪いローエンの下にはつきたくない武張った男や、文官になる才能はないが武官になるほど猛々しくもない中途半端な男、まあ、次男坊、三男坊、四男坊が多いらしい。やつらにとってアクスベルドは「尊敬すべき叔父貴」で、アクスベルドの言うことは基本的に何でも聞く。ローエンも身内を親衛隊に多く入隊させて身辺を固めているとのことだが、これはドワーフにとってはよくあることらしい。親族で一番優れた者をボスと仰ぎ、みんなそれに付き従って一族をもりたてていくわけだ。
そういうことだと、ローエンにしろ、アクスベルドにしろ、一般国民みたいにノール嵐を「祭」と考えていないらしいのもうなずける。
つまり、鍛冶と戦いに生き甲斐を感じ、命を燃焼させて華々しく散らせることを誉れとしている「持たざる者」と違って、権力を「持つ者」は自分や血縁者の命に価値を見いだしているのだ。
「持つ者」には富や名誉を分配する相手がいるし、その数が多ければ多いほど自分の力が強まる。子供がいれば、金や力を残したくもあるだろう。孫がいればかわいいだろうし、末永く一族を繁栄させたいと望むはずだ。
「持つ者」は「持たざる者」から「祭」をとりあげて反感を買いたくないが、自分たちはできるだけ参加したくない。無駄に死にたくない。親類縁者には死んでほしくない。
さんざんドワーフとノールに殺しあいをさせて、両方弱ってきてから決着だけはつけ、おおキングスレイヤー、すばらしい、ワンダフォーと褒め称えられてチャンチャン、はいおしまい、というのが理想だろう。
汚いやつらだ、とは思わない。誰だって自分と、自分の身のまわりの者たちが大事だ。自分たちの利益を最大化するために行動するのを非難するなら、究極的には自己犠牲しか認められなくなる。そんなのは馬鹿げている。
ようするに、エゴイストを否定するのは自分にとって不利益だからで、結局はそれも自分の利益を守るためだ。「みんなのために」の、その「みんな」の中には、普通、自分もふくまれている。自分の身を削って他人に奉仕する奇特なやつもいることはいるだろうが、それだってその行為に喜びを見いだしているはずだから、自分のためにやっていることに変わりはない。
あいつらにはあいつらの都合があって、こいつらにはこいつらの事情がある。
それぞれ違う理屈で動いている。
ただそれだけの話だ。
そして、俺は俺の理屈で動く。
俺の目的はノール嵐を止めることだ。
そのためには、まずノールキングを見つける必要がある。
それから、赤髭隊の三十一人+αで、確実にノールキングをしとめないとならない。
俺は赤髭隊を二人一組にして、一人目のノールキングを殺したときに入ったものをのぞく六つのノール穴に派遣し、慎重に監視させた。
一度目はこれでうまくいったから、二度目も通用するはずだ。だめだったらだめで、また別の手を考えればいい。
果たして、今回もシュテハン支道のノール穴周辺だけ、ノールの動きが明らかに活発だということが判明した。まず間違いない。当たりだろう。
ノールトンネルの構造にくわしいドワーフが赤髭隊の中にいて、そいつに言わせると、シュテハン支道のノール穴からずっと行った先にかつて倉庫として使われていた広い場所がある。そこには、シュテハン支道のノール穴とは別の、カッテルベン支道のノール穴から入っても、遠回りにはなるものの行けるようだ。侵攻ルートはそっちの道を選択することにした。
あとは攻めこんで、ノールキングをぶっ殺すだけだ。
俺には計画がある。
俺はゴットヘルドが今までに作った銃と弾薬筒を確保できるだけ確保して、赤髭隊にその使用法を教えた。
当然、やつらもドワーフだから、飛び道具なんて……みたいな意識がある。どいつもこいつも拒否感を示したが、アクスベルドに説得させた。アクスベルドは俺に協力的だった。べつに意外でも何でもない。アクスベルドには企みがあるのだ。おそらく、銃を自分の「力」にしようとでも考えているのだろう。親衛隊を率いるローエンに比べて、数で遥かに劣るアクスベルド派だが、銃の威力は絶大だ。ゴットヘルドの銃は、今後の権力闘争に大きな影響を及ぼすかもしれない。
まあ、そんなことはどうだっていい。俺は俺のやりたいことを、やりたいようにやるだけだ。
鍛冶仕事に慣れているドワーフの男は器用で、しぶしぶ練習してもすぐに銃を扱えるようになった。
旧式の先込め銃を持つドワーフが二十五人。
残りの六人に新式の元込め銃を持たせた。
アクスベルドも元込め銃。赤髭殿は部下よりも早く使用法を覚えた。
ヴィーリッヒも覚悟を決めたみたいで、元込め銃を何発か撃って使えるようになった。
モモヒナには魔法がある。イチカは治療要員。ミリリュには俺の護衛をさせる。
ゴットヘルドはもちろん、唯一といってもいいだろう銃士だ。
ゴットヘルドの家はノールどもに荒らされまくっていて、銃の完成品はほとんど残っていなかったが、部品は大量にあった。ゴットヘルドがそれを大急ぎで組み立て、ヴィーリッヒとアクスベルドも手伝って、これだけの数の銃をそろえることができたのは運がよかった。
まあ、あと一挺、残ってるんだけどな。
「……ハイネマリーは飛び道具など使わぬぞ。使うものかッ!」
「あっそ」
俺は野良犬でも追い払うように手を振ってみせた。
「じゃ、おまえは留守番な」
「何をォォ……ッ!?」
「あったりめーだろ。言うこと聞かねーやつは、いるだけで邪魔なんだよ」
「ハイネマリーは邪魔になどならぬッ! だいたい、そこなエルフや人間の娘らも銃を持っておらぬではないかッ!」
「モモヒナは魔法っつー飛び道具を持ってっからな。イチカは誰かが怪我したときに治さなきゃならねえ。ミリリュは俺のボディーガードだ」
「ハッ、ハイネマリーとて、キサラギの身を守ることくらい……ッ」
「いらねーよ。ミリリュがいりゃ充分だ」
「……そ、そんなにエルフを信頼しているのか……ッ」
「信じてなかったら守らせねーよ」
「キサラギ様……」
ミリリュがオッパイをボイイーンとさせながら目をうるうるさせている。オッパイをボイイーンとってどうやったらなるんだとか思うかもしれないが、ちょっと身をよじっただけでもマジでボイイーンとなる。ミリリュのオッパイを舐めないほうがいい。
「だが……ッ。しかし……ッ」
ハイネマリーはうつむいて、下唇をきつく噛んだ。
……って、噛みすぎだろ。いくらなんでも。
「おい」
俺はハイネマリーの顎をつまんで持ちあげた。
「やめろ、それ。口が切れちまうぞ」
「は……ッ」
ハイネマリーは目をぐるぐる回した。
「な、なッ、何をッ、なッ、こ、これはッ、この体勢は……ッ」
「ああ? 体勢って……」
「キサラギ」
ゴットヘルドが銃口を俺に突きつけた。
「言っておくが、娘は純潔だ」
「と、父さんッ!?」
ハイネマリーが目を剥いて、顔を真っ赤に染めた。
「……知るかよ、そんなの。つーか、銃を向けるな。何回言ったらわかるんだよ」
俺はゴットヘルドの銃の銃身をつかんで引ったくると、それをハイネマリーに向かって差しだした。
「ついてきたいならこいつを持て、ハイネマリー」
「……それは父さん、の……その男のものではないか」
「ああ。そうだ。俺の銃も同じだ。ぜんぶゴットヘルドが作ったものだ。おまえ、なんでゴットヘルドが銃なんか作ったか、わかってるか」
「なぜ……? そッ、そんなの……その男が、臆病者だから……」
「そうかもな」
俺は軽く肩をすくめて、
「ゴットヘルドはもう失いたくないから、銃を生みだしたんだ。まあ、それを臆病っつー言い方もできなくはねーだろうさ。俺は名案だと思うけどな。しかも、どんどん改良して、新式の銃は旧式に比べてずいぶん扱いやすくなってやがる。たいしたもんだ。正直、すげーよ」
「父さ……その男は、もともと名うての鍛冶だった。ハイネマリーだって、誇りに思っていた! でも、飛び道具なんか作りはじめたせいで、その評判も地の底に落ちた! せっかく並外れた腕があるのに……」
あー。
めんどくせえ。
「おまえな」
俺は髪の毛を引っかきまわした。
「母さんだとか兄さんだとか、戦って死んだんだろ。そのとき、どう思った」
「名誉の戦死だ」
ハイネマリーは即答したが、一瞬、顔が引きつった。
「もちろん、嬉しかった。母さんも兄さんたちも、よく戦い、よく死んだ。ハイネマリーは、嬉しかった」
「それだけか」
「……それだけって」
「おまえが嬉しかったってのが嘘だって言ってるわけじゃねえ。ただ、な。嬉しかったのかもしんねーが、悲しくもなかったか。寂しくなかったか。おまえは一人で泣かなかったか。そんなこと誰にも言えねーから、一人きりで」
「……ハ、ハイネマリー……は……」
ハイネマリーは口をへの字に結んで、首を振った。
「ハイネマリーは、か、悲しく、なんて……寂しく、なんて……」
「おまえの父さんは悲しかったし、寂しかったんだ。だから、おまえまで失いたくなかった。近づくことなく、こっちが傷つかないで、死ぬリスクを冒さずに敵をぶっ殺せる武器を作ったんだ。こいつは」
俺は無理やりハイネマリーに銃を握らせた。
「こいつは、おまえにこそ使ってほしくて、おまえの父さんが精魂込めて作りあげた武器だ。おまえのために作ったんだ。おまえを守るために。だから、おまえはこれを使え、ハイネマリー。そして俺の隣で戦え。俺と、おまえの父さんの隣で。俺と、俺の仲間と、おまえの父さんが、おまえを守ってやる。おまえを死なせない。わかったか」
ハイネマリーがゴットヘルドの銃を抱きしめて泣きだすまで、そう長い時間はかからなかった。
「……わかった」
「よし」
俺はハイネマリーの頭を撫でてやった。
「それでいい」
「キサラギ」
「あ?」
見ると、ゴットヘルドがよく切れそうなナイフの切っ先を俺の首筋にあてていた。
「……何してやがんだ、おまえ」
「責任はとってもらうぞ」
「何の責任だよ」
「フッ」
ゴットヘルドはかすかに笑ってナイフを引っこめた。
「まずは戦いだ」
その、今まで俺に見せたことがなかったゴットヘルドの生き生きした表情を目にして、俺は思わずにいられなかった。
こいつも結局、ドワーフなんだな。
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