第51話 傾国の鉄塊王
鋼鉄造りの荘厳で広大な廊下みたいな部屋の奥に何段も高くなっている場所があって、そこは簾みたいなもので覆われていた。
どうやらその向こうにも部屋があるらしいが、鉄塊王は簾の中に鎮座している玉座に腰かけている……らしい。
何せかなり目が細かい簾で、中に玉座らしきでかい椅子があって、そこに誰かが座っているということくらいしかわからない。たとえどこぞのガキが玉座にちょこんと腰を下ろしていても、あれこそ王でござる、と言われたら、へーん、そうなんかよ、と思うしかないだろう。
簾の前には、キラキラした鎧兜を身にまとったこぎれいな女ドワーフが二人、立っている。
それからひょっとして、玉座の斜め後ろにも誰かいるのか。
直接声はどうこうとか言っていたから、鉄塊王は直接話さず、別のやつが代弁する仕組みになっているのかもしれない。
謁見の間には、鉄塊王らしき者と、玉座そばのおそらく代弁係、飾りか警護の女ドワーフ、あとは俺、イチカ、モモヒナ、ミリリュ、ゴットヘルドとヴィーリッヒ、それからハイネマリー、あとはアクスベルドしかいない。アクスベルドの部下たちは入ってこなかった。かなり広い謁見の間を護衛の兵隊に埋めつくされていてもよさそうなものなのに、閑散としている。
入れないってことか。
大多数の者はここに立ち入ることさえ許されていない。
ドワーフの気性をまざまざと見せつけられてもう辟易している俺には、ちょっと意外だった。
こんな奥まったところに引き籠もってレア度を売りにする王よりは、「どうだァッ! オレ様は強ぇだろッ、強すぎだろッ、メタクソ強ぇーオレに、野郎どもッ! ついてきやがれッ!」みたいなタイプの王のほうが、ドワーフ族には似合っているような気がする。
深窓の令嬢でもあるまいし、な。
俺たちが進んでゆくと、警護の女ドワーフが手をあげた。そこで止まれ、という合図らしい。
無視してやってもよかったが、アクスベルドが足を止めてひざまずいたので、俺も一応、立ち止まっておいた。
俺とモモヒナ以外は全員、膝をついている。
「にょえ?」
モモヒナはびっくりしているみたいだ。
「キサラギ、頭が高いぞ」
とアクスベルドが低い声で脅しつけるように言った。
俺は気にしない。
「ぬう……」
アクスベルドは腹を立てているようだ。立ちあがって俺の頭を押さえつけてでもひざまずかせたい。さりとて、王の前で立つわけにもいかなくて、ちょっと迷っている。そんなところか。
「よい」
と、簾の向こうから声がした。
女の声だ。代弁係の女なのか。
でも、アクスベルドの様子が変だ。呆然としたように目を瞠って簾のほうを凝視し、
「……な、なんと」
とか呟いている。
何だ……?
「そなたがノールキングを打ち倒せし人間か」
またさっきの女の声。
なんつーか、しっとりした、それでいてよく通る、品があって、聞いていて心地いい、やたらといい声だ。さすが、王の代弁係だけある……とは、俺はもう思っていなかった。
アクスベルドの態度から考えて、これはおそらく代弁係の声じゃない。
じゃあ、誰の声だ?
「あんたが鉄塊王か」
俺は、ふん、と軽く笑った。
「まさか、ドワーフの王が女だとはな」
「控えろ、キサラギ!」
アクスベルドが怒鳴ったが、俺は無視する。
「俺はあんたに会いたくてきた。あんたはどうなんだ? 俺に用があるのか」
「余がそなたとまみえること願わずんば、そなたが余のもとへと至りしことはなかったであろう」
「そうかよ。で? どうする? 俺の用とあんたの用、どっちを先にすます? 俺はどっちでもいいぜ」
「……キサラギ! 貴様ァァ……ッ!」
アクスベルドの顔はもう髭に負けないくらい真っ赤だ。今にも飛びかかってきそうだが、
「余がよいと申しておる、赤髭」
と鉄塊王がたしなめると、途端に平伏して、
「はッ、ははァーッ!」
それを見たモモヒナが人差し指をちゅぷっとくわえて、
「ねーねー、きさらぎっちょん」
「何だ」
「あたしはどうしたらいいかなー? 座ったほうがいい?」
「好きにしろ」
「えぇーっとぉー、じゃあねー、座るねっ」
モモヒナはちょこんと座った。
そこは座るんじゃなくてひざまずくところだけどな。まあいいか。モモヒナだしな。
すると簾の向こうで、王が、くすっ……と笑う気配がした。本当に微かだったが、間違いない。
それで俺はいっぺんに鉄塊王に興味を持った。
ドワーフの王なのに女で、仰々しい名前で、やけにいい声の持ち主で、モモヒナの行動で笑う。
どんなやつなんだ。
「人間、近う寄れ」
と鉄塊王が言った。
「……そ、それはッ! 陛下!」
アクスベルドがまた血相を変えて、止めたそうだがやつは止められない。王の意向には従うしかないはずだ。
俺は銃をゴットヘルドに預けて簾に近づいていった。
簾の中で玉座の斜め後ろにいたやつが歩いてきて、簾の一部を持ちあげた。そいつも女で、ドワーフにしてはずいぶんほっそりしている。人間基準でいえば、十二、三歳の黒髪美少女といった感じだ。薄いしゃらっとした衣を着ている。
「どうぞ、こちらから入られませ」
「ああ」
俺はそこから簾の向こう側に入りこんだ。
玉座のほうを見た瞬間、俺の息が止まった。
立派だが、無骨すぎる玉座だ。そう思えるのは、その玉座に腰かけている王が華奢だからかもしれない。
代弁係の女ドワーフもそうとう美しいが、王は格が違った。
髪は銀色だ。きらめく銀。瞳は青だ。宝石みたいに光をたたえた青い瞳。肌が白い。透きとおるように白い。俺は詩人じゃない。だから、王の美貌を適切に表現する言葉を持たない。言えるのは、別格だ、ということだ。身体つきは小作りで、顔も小さいが、目はでかい。鼻や口は小さめなのに、存在感がある。化粧をしているようには見えない。それなのに、アイシャドウが描かれているかのようだ。唇も信じられないほどきれいな薄紅色だ。圧倒的だ。美しい、ただそれだけでこんなふうに圧倒されることもあるのか。俺は初めて知った。唐突に俺は理解した。歴代の王がどうったかは知らないが、今、俺の前にいる鉄塊王がこうして「隠されて」いるのは当然だ。俺でも隠すだろう。隠しておくしかない。そうしないと、盗まれる。こんな女がいると知ったら、誰だって欲しくなる。力がある者は奪いにくるだろう。鉄塊王は大事に、鉄血王国の奥底にしまっておけ。そうするのが一番だ。そうしなきゃだめだ。
「いかがいたした」
この女の唇からこの声が発せられるさまを見ると、またものすごい感動が襲いかかってくる。この俺が、ただ女がしゃべってるってだけで感動しちまってる。
「どうもしねーよ」
俺は目をちょっと伏せた。この女をまともに見たらまずい。
俺は玉座の前までゆっくり歩を進めた。妙だ。足が地につかない。
息をする。鉄塊王に気づかれないように、ひっそりと深呼吸をした。
「あんたが鉄塊王か」
言ってから、さっきも同じこと言ったな、と思った。くそ。俺らしくねえ。
鉄塊王はわずかにうなずいた。
「さよう。余が鉄塊王じゃ。そなた、名はなんともうす」
「キサラギだ」
「なれば余はそなたをキサラギと呼ぼう」
「光栄だな」
……光栄、だと?
俺は舌打ちをしたくなった。したきゃすればいいのに、我慢してしまう。どうやったら俺は俺をとりもどせる? 鉄塊王のことをジャガイモだとでも思えばいいのか。ジャガイモにしては高貴で麗しい。こんなジャガイモなら争ってでも食べたい。
だめだ。
俺はすっかりおかしくなっちまってる。
「鉄塊王」
「何か」
「手を出せ」
「……調子に乗るな、キサラギ!」
たまりかねたのか、アクスベルドが叫んだ。
俺は顔を上げる。鉄塊王をちゃんと見る。くらくらする。驚きだ。俺は、ひざまずきたい。この女の前にひざまずいて、忠誠を誓いたい。この女に臣下として扱ってもらえるなら、他には何もいらない。もちろん、一時の気の迷いだ。それはわかっているが、そんな気の迷いの誘因となるだけの威力を、鉄塊王の美しさは秘めている。
鉄塊王が無言で右手を差しだした。
俺は進みでて、それを握ろうとする。握るまでが大変だった。さわっていいのか? 許されないんじゃねーのか? 俺ともあろう者が、とてつもない葛藤に苦しんだ。畏れ多い、というやつだ。
でも、俺はそれを振りきった。
鉄塊王の手を握った。
この世のものとは思えないほどすべすべした、微細な引っかかりもない、少しひんやりした、これ以上手ざわりのいいものはないだろうと思わせるような手だった。
そうはいっても、それは血の通った生き物の手だ。
俺が自分の手に力をこめると、鉄塊王の手にもちょっとだけ力が入った。表情も、微妙すぎるくらい微妙にだが変わった。俺は満足して、鉄塊王の手を放してやった。
まっすぐ鉄塊王を見つめる。
鉄塊王も俺を見かえした。
たしかに胸が震えるほど美しい。奪いたくなる。欲しくてたまらない。
ただ、それだけだ。鉄塊王を美しいと思うのは俺だし、こんな女なら奪いたい、欲しくてたまらないと俺が思う、それでも俺はそんなことはしない。俺は俺のままでいる。
「鉄塊王。俺はノールキングを一人、殺した。でも、ノール嵐が止まらない。ノールキングはもう一人いるはずだ。俺はそいつをしとめて、ノール嵐を止める。死にたいやつは勝手に死ねばいいけどな。死にたくねーやつまで巻き添えになることはない。あんたの権限で、俺に軍隊の指揮権をよこせ。この俺が片をつけて、終わらせてやる」
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