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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
Soul Collector編
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第3話 俺は俺


 七日後。



 オルタナでは午前六時から午後六時まで、午前六時には一回、午前八時には二回といった具合に、二時間おきに鐘を鳴らして時間を報せる。


 北門の手前で、俺は鐘が三回鳴るのを聞いていた。

「遅ぇーぞ」


「どこが。時間ぴったりでしょ?」

 と言って、ふん、と横を向いたイチカは、青いラインが入った白い神官の服を着て、背丈くらいのまっすぐな棒、ショートスタッフを持っている。


 黒っぽいつばの広い三角帽を被り、同じ色の衣を身にまとって、木製の杖を手にしたモモヒナは、

「ごめんねー」

 と素直に謝った。でも、にこにこしているので、悪いとかはまったく思っていなさそうだ。


「まあ、いい」

 俺はさっさと歩きだす。

「行くぞ。初陣だ」


「ちょっと待って」

 と、イチカに呼び止められた。


 俺は振り返って、

「何だよ」

「あんた、その恰好」

「あ?」

 俺は自分の身体をざっと見る。

 青いパーカーにジーンズ。スニーカー。

 とくに変わったところはない。

「この恰好がどうしたんだよ」

「変わってなくない?」

「うぉー」

 と、モモヒナが変な声を出して、俺をまじまじと見つめた。

「あっ。剣、あるねー」

「ん?」

 俺は腰に吊っている剣を軽く叩いてみせた。

「ああ、これな。市場で、すっげー安くて、そのわりによさそうな掘り出し物を見つけたから、値切りまくって買ったんだよ。聞いて驚け。粘りに粘って、たった十五カパーだぞ。三食分くらいだな」


「……それだけ?」

 イチカは不審そうな、不安そうな表情を浮かべて言う。

「剣だけって、おかしくない? ギルドに入って、七日間の初心者講習を受けたら、そのあとで基本的な装備は、もらえるはずでしょ。たいてい使い古しみたいだけど」


「あたし、もらったよー」

 モモヒナが帽子を見せつけるように頭を振ってみせながら、杖をぐるんぐるん回した。

「おきにいりなんだー」

「おー。よかったな、モモヒナ」

 俺は思わず微笑んでしまう。

 モモヒナはだいぶ頭のネジがゆるいが、魔法使いの衣の下は例のチェックのスカートとオーバーニーソックスだし、イチカみたいにめんどくさくないので、ポイントが高い。


「よかったな、じゃないでしょ!」

 めんどくさいイチカが棒で、ガッ、と石畳を叩いた。

「わたしたちは真面目に修行して、神官と魔法使いになってきたのに、あんたはどうなのかって訊いてるの!」

「ああ。それね」

「それね、じゃなくて! あんたは戦士か暗黒騎士か聖騎士になるって言ってたでしょ!」

「俺は、戦士か暗黒騎士か聖騎士にでもなるかなーって言ったんだ。誰も、なるとは言ってねーし」

「じゃあ、なってないの……?」

 イチカはかなりショックを受けているみたいだ。何だかんだうるさいが、メンタル弱いよな、こいつ。

「まあ、そのへんはいいだろ。おいおいで」

「……いいわけないでしょ!?」

「行くぞ、ほら。初陣だ、初陣」

 かまわず俺は北門へと向かう。


 すたすた歩いていると、

「ねえ」

 と、イチカが後ろから声をかけてくる。


 めんどくさいので無視していると、

「ねえ」

 と何回も、何回も。

 しつこい女だな。


 しょうがない。俺は北門を出たところで足を止めずに、

「何だよ」

 と答えてやった。


「あんた、何のギルドに入ったの?」

「そんなに知りたいなら、当ててみろよ」

「はいはーい」

 と、モモヒナが、俺は前を向いているので見えないが、たぶんぴょんぴょん跳びはねながら挙手している。

 俺が、

「はい、モモヒナくん」

 と指名してやると、モモヒナは、

「戦士ー!」

「ブブーッ」

「じゃーね、てんとうむし!」

「虫かよ。なんで虫なんだよ」

「んーとね、それじゃーね、まねきねこ!」

「……あんのか。そんなギルド」

「ないかなー?」


「あるわけないでしょ……」

 イチカはため息をついた。

「ふざけてないで、教えなさいよ。キサラギ、あんたは何のギルドに入ったの?」


 城門の外は原っぱだ。

 一応、道らしいものが一本のびていて、向こうに森がある。

 ここからだと見えないが、北西に四キロほど行けばダムローという街があって、そこは街といっても人間は住んでいない。ゴブリンという異種族の巣窟だ。

 それから、北に六キロくらい進めば、デッドヘッドとかいうオークの砦があるらしい。



「一つだけ教えといてやる」

 振り返って、俺はイチカとモモヒナを見た。

「俺は俺以外の何物でもないし、俺以外の何かになるつもりもないし、なる必要もない。ようするに、そういうことだ」



「……はあ?」

 イチカは目を吊りあげて口をあんぐりと開けるという、ちょっと器用なことをした。

「何、それ。かっこつけてるつもり……?」

「わかったー!」

 モモヒナが手をあげた。俺は指名してやる。

「はい、モモヒナくん」

「キサラギくんが入ったギルドはぁー……俺ギルド!」

「正解」

「やったー!」


「え、ちょっ……」

 イチカは眩暈にでも襲われたようにふらついた。

「それ……って、どう……いう、え? 俺……ギルド? え……?」

「まあ、いいだろ。そのへんは。おいおいってことで」

「だから、いいわけないでしょ……?」

「そんな間の抜けたツラさらしてんじゃねーよ。せっかく美人なのに、台無しだぞ」

「び、び、びっ、びっ、美人じゃないしっ」

「何、動揺してんだ。冗談だろ」

「冗談っ!?」

「あ? 何だ、イチカ。おまえ、自分のこと美人だと思ってんのか」

「思ってないっ! べつに、美人じゃないから!」

「だったら、いいだろ」

「いい、けど……」


 ほんと、めんどくせーやつだな、と思いながら俺は歩きだす。


 しばらくすると、またイチカの、

「ねえ」

 が始まった。


「……何なんだよ、おまえは。黙ってついてこれねーのか」

「なんでわたしが、あんたなんかに黙ってついていかなきゃならないの」

「だったら、ついてくるんじゃねーよ」

 イチカは黙りこんだ。

 文句を言うだけで、この女には自主性とか自分なりの展望とか計画とかがあるわけじゃない。

 それなら、おとなしく俺に従ってろっつーの。


「……ねえ」

「またかよ」

「わたしたち、三人だけでいいの?」

「あ?」

「パーティって、普通は五人とか六人らしいじゃない。三人は、少ないでしょ」


 イチカが言ったことは義勇兵団事務所の所長、ブリちゃんことブリトニーの受け売りで、たしかに義勇兵はだいたい五人か六人の小団、パーティを組んで活動することが多いらしい。

 まあ、単独で動く一匹狼的な義勇兵も、かなりめずらしくはあるがいるようだし、二人、三人、四人のパーティもなくはないみたいだが。


「あのな……」

 俺は頭を引っかきまわす。

「義勇兵ってのは、たいてい俺たちにみたいに、どっからかここにきて、なんかよくわかんねーけど義勇兵になるしかないよねみたいな感じでなっちまうやつらだ」

「そんなこと、わたしだって知ってる」

「つまり、俺ら三人は一番新しい義勇兵で、俺ら以外は全員、俺らよりキャリアがあるってことだろ」

「ようするに、みんなわたしたちの先輩なわけでしょ。仲間に入れてもらって、いろいろ教えてもらえばいいじゃない」


「御免だね」

 と俺が言うと、モモヒナがくいっと首をかしげて、

「なんで、キサラギくんはあやまってるかなー?」

「……モモヒナ。俺は謝ったんじゃなくてだな、御免だねってつーのは……あー」

 阿呆の相手も疲れる。が、めんどくさい女よりはマシだ。

「とにかく、俺には嫌いなものが無数にある。先輩ヅラして能弁ぶった無駄口たたく無能なボケナスは、俺の嫌い嫌いランキングでも上位に食いこんでくる腐ったクソだ」


 イチカは小癪にも呆れ顔で、

「ただ単に、御山の大将を気どってられないと、落ちつかないってだけの話でしょ」

「イィーチカ。おまえみたいに、いちいち口答えするやつも嫌い嫌いランキング上位だ。三位か四位くらいな」

「あんたに嫌われたって痛くも痒くもない。あと、おまえって言わないで」


 俺はスルーして、

「ま、そういうわけだ。先輩とやらに拾ってもらいてーんだったら、勝手にどっか行っちまえ」

 突き放してみたが、案の定、イチカは離れるそぶりを見せない。

 きっと、そんなこと言われても……とか、今さら一人で抜けても、どうすれば……とか、ごちゃごちゃ考えているうちに引きずられて、抜けだせなくなる。そういうタイプだ。


 イチカはおそらく、自信がないのだ。

 とくに頭が鈍いわけでも動作がとろいわけでもない、見た目だって悪くないのに、自己肯定感が低い。

 ダメ男に、おまえがいなきゃダメなんだ、とかダメなことを言われて、もうっ、わたしがいなきゃダメなんだからっ、とかダメすぎることを思って、さんざん貢がされて最後には捨てられる。そういうタイプの女だな。


 そんなめんどくさくてダメな女と、何を考えているのかわからない、というかあんまり考えていなさそうなポケポケ女が、俺の現有戦力ってわけだ。


 笑えるよな。


 でもまあ、いないよりはいい。

 馬鹿と鋏は使いよう、という言葉もある。

 それに何しろ、こいつらを使いこなすのが他の誰でもない、この俺だしな。

 なんとかなるだろ。


 俺は歩く。

 歩くのはけっこう好きだ。歩くだけなら何時間でも歩いていられる。のんびり歩くより、早歩きするほうが好きだ。

 無心に歩いていると、身体の調子も、気分もよくなってくる。

 せっかくいい具合に歩いていたのに、またかよ。


「ねえ」


 俺は一度、無視した。


「ねえ」


 二度目も、無視してやった。


「ねえってば!」


 俺は舌打ちをした。

「……何だよ。うっせーな」

「どこに行くつもりなの? それくらいは説明する義務があるでしょ」


「ぎむ、ぎむっ、ぎむっ」

 と、モモヒナが歌いながら妙な踊りを始めた。

「ぎむっ、ぎむっ、ぎむーっ。ぎむっ! むぎっ、むぎっ、むぎむぎーっ。むぎーっ!」


 俺が、うはははっ、と笑うと、モモヒナは、

「にははー」

 と照れ笑いを浮かべて、イチカは、

「笑ってる場合じゃないでしょ!」

 と顔を真っ赤にして怒鳴った。


 モモヒナがしょぼんとして、

「ごめんねー、いっちょんちょん。唐突に、踊りたくなっちゃったんだー」

「……こっちこそ、ごめんなさい。大きい声、出して。でも、わたしはモモヒナに怒ったわけじゃないから」


「つーか、イチカおまえ、いっちょんちょんなんて呼ばれてんのか。イチカよりだいぶ長くね?」

「モ、モモヒナが、そう呼びたいっていうから……」

「いっちょんちょーん」

 モモヒナはなぜか得意げだ。

「会心の出来だよー。いっちょんちょーん」

「俺は普通にキサラギくんでよかったよ」

「なんでわたしは、いっちょんちょん……」


「さーて、そんっなくっだらねー話してねーで、行くぞ行くぞ。おらおら。歩け歩け」

「待って。どこに行くのか、まだ聞いてない」

 イチカの表情は真剣だ。マジになるなよな。めんどくさい。

「わたしが知るかぎりでは、見習いの義勇兵は、森とか、あとは、ダムローっていうところで、経験を積むものなんでしょ。だけど、森はもう行きすぎたし、ダムローは方向が違うじゃない」


「そうだな」

 俺はうなずいてみせた。

「森にもダムローにも行かねーからな」

「えっ……」

「いちいち文句垂れたりビビったり、忙しいやつだな」

「ビッ、ビビってなんかっ」

「あのな」

 俺はため息をついて、頭を人差し指で叩いてみせた。

「考えてみろよ。森にいるのは、動物だの泥ゴブリンだのだろ。ダムローはゴブリンの根城。どっちにしたって、雑魚じゃねーか」

「……雑魚でいいじゃない。まず、弱い相手と戦って、それで」


「御免だね」

 俺はモモヒナを、ビッ、と指さした。

「言っとくけど、今の、御免だね、は謝ってるわけじゃねーからな。そこんとこ、間違えるなよ、モモヒナ」

「はーい、先生ー」

「いい返事だな。素直なやつは大好きだ」

「やったー」


「じゃ、じゃあ」

 イチカの顔は軽く青ざめている。

「どこに行くつもりなの? わたしたちを、どこに連れていく気……?」


 俺はゆっくりと目指す方角、北のほうに人差し指を向ける。

「デッドヘッド監視砦。俺は手始めに、オークをぶっ殺す」


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