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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
All you need is what編
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第30話 旅立ち


 一眠りしてから飯を食い、モモヒナを連れてあちこちで買い物をした。

 俺の手許にはまだ金貨十枚、十ゴールド以上あったが、九ゴールドほど使って財布代わりの革袋がだいぶ軽くなった。


 帰るとミリリュがいたので、晩飯にした。イチカは部屋に閉じこもって出てこなかった。俺は食堂でミリリュに明日出発することを告げた。


「明日、ですか……!?」

「おー。明日の朝一だ」

「……そんな、突然……急に……」

「ミリリュ」

「は、はい……?」

「世話になったな」


 俺がそう言うと、ミリリュは泣きだしてしまった。なんでそのでかいオッパイの谷間に涙がたまるほども泣くんだか。意味不明だ。


 それから俺は風呂に入ってガッツリ寝た。


 起きると朝飯の用意ができていたので、モモヒナと二人でそれを平らげてから家を出ようとしたら、イチカが仏頂面でついてきた。

「なんだおまえ。ひでー顔してんな。寝不足か」

「っ……!」

 イチカはショートスタッフで俺の頭を殴ろうとした。でも、マジで殴る気はなさそうだったから俺はじっとしていた。

 案の定、イチカは寸止めした。

「……あんたなんか、もとからひどい顔でしょ」

「そんなひどいってほどじゃねーだろ」

「よくはないじゃない」

「そうだな。よくもねーし、悪くもねえ。まあ、十人並みってとこだ」

 俺は自分の顎や頬を撫でた。

「ツラなんざ、どうだっていいんだよ。二目と見られねーような不細工だったら、鏡を見るたびにムカつきそうだけどな。そうじゃなきゃ、べつに関係ねえ。で?」

「……で、って?」

「俺とモモヒナは行くけどな。おまえはどうすんだ」

「もっ」

 モモヒナが何か言おうとしたので、俺は目で制した。


 イチカはうつむいた。

「……わ、わたしは……」

 唇を噛んで、ショートスタッフを抱きしめる。

「……わたし、は……」

「はっきりしろよ」

「い……」

「い? 何だ?」

「……い……っ……」

「聞こえねーよ」

「な、なんでそんなこと言わなきゃいけないわけ!?」

「逆ギレか」

「べつに逆ギレじゃないでしょ!」

「つーか、なんでそれくらい言えねーんだよ。俺はただ、おまえの意思を確認してるだけじゃねーか」

「そうだけどっ!」

「行くのか、行かねーのか。難しいことは訊いてねーはずだけどな」

「だから、いっ……」

 イチカの顔が真っ赤だ。汗もかいている。

「いっ……いっ……っ……」

「がんばれっ、いっちょんちょんっ」

 モモヒナが手でラッパを作って小声で応援すると、イチカの目が潤みはじめた。

「いっ……いっ……いっ……いっ……っ……っ……っ……」

「おい。イチカ、見ろ」

 俺は口をゆっくり動かしてみせた。

「い、く。い、く。こうだ。わかるか? い、く、だぞ。ほら、言ってみろ」

「……いっ……ぅっ……」

「違うって。い、く」

「いっ……うっ……っ……」

「はぁー」

 俺はため息をついた。

「わかったわかった。おまえの気持ちはよーくわかった。そこまで俺についてきたいんだったら、しょうがねえ。連れてってやる」

「誰もそんなことっ!」

「あ? きたくねーのか。あっそ。だったらくるな」

「い、言ってないでしょ!? 行きたくないとは、一言もっ! 行く! わたしも行くから! これでいい!?」

「いいも何も、おまえがいなきゃ困るだろうが」

「え……」

 イチカの顔が一瞬、ふにゃっと崩れそうになった。

 でも、イチカはすぐに無理やり表情を引き締めた。

「ご、ごまかされないんだからっ、そんなことでっ。あんたがモモヒナに変なことしようとしてた事実は変わらないんだからっ」

「はいはい。俺は何もしてねーし、しようともしてねーけど、おまえがそう思いてーんなら勝手に一生そう思ってろ」


 俺はモモヒナとぎゃーぎゃーうるさいイチカを引き連れて玄関のほうへと向かった。

 そこに、ミリリュだけならまあ想定内だが、ミリリュの父親までいたので少し驚いた。


 ミリリュの足許には背負い袋が置いてある。短めのマントをつけて、旅装という感じだ。


「キサラギ様」

 ミリリュはその胸にまだうっすらと残っている俺の歯形を指でいじりながら、俺の前に進みでてきた。

「どうか、わたくしもお連れくださいませ」


「どうしてもきたいっつーなら、追い払いはしねーけどな」

 俺は肩をすくめて、ミリリュの父親を見た。

「あんたはどうなんだ。許すのか。認めんのかよ。ミリリュは跡継ぎだろ。それとも、まだミリリュはエルフじゃねーとか思ってんのか」


「私は……」

 ミリリュの父親、メルキュリアン家当主エルタリヒ・メルキュリアンは、俺から目をそらさない。


 現在十九歳のミリリュが生まれたとき、エルタリヒは百九十歳だったというから、今は二百九歳か。人間の目からすると四十代後半くらいにしか見えないが、こいつらは平均寿命は二百五十年だから、もう老エルフだ。年がいってからできたかわいいかわいい一人娘が、チョコレートの魔力のせいでダメオッパイのエロフになっちまったり、ふらっと現れた人間族の大英雄様に仕えてみたり、決死の覚悟で祓禍の儀に挑んだり、そいつと一緒に出ていくと言ってみたり、なかなか気苦労が絶えない晩年だよな。


 同情できなくもないが、自業自得だ。


 で、あんたはどうする?


 娘がどんな思いで生きてきて、これからどうしようとしてるのか、あんたはちゃんと受け止めてやれるのか?


「私は、むろん、反対だ」

「……お父さま、ですが、わたくしはもう」

 ミリリュが反論しようとすると、エルタリヒはそっと片手をあげて制した。

「おまえが何を言おうと、私は反対だ。今回のことで私は気づかされた。たとえ何があっても、どんなおまえであろうと、私にとっておまえはかけがえのない娘なのだ。私はおまえを失いたくない。私のそばにいてほしい。だから、私は反対だ。しかし、おまえを引き止めることはできない。私は一度、おまえを見捨てたのだ。おまえを行かせたくはないが、止める権利など私にはない」

「お父さま……」

 ミリリュは感動しているのか目をうるうるさせているが、ちゃんちゃらおかしい。

「待て待て」

 俺は軽く首を振ってみせる。

「行かせたくねーけど、どうしても行くっつーならしかたねーって、何だそりゃ。あんた、七剣メルキュリアン家の当主だろ。ミリリュはあんたの娘で跡継ぎだろうが」

「……それは、たしかにそのとおりだが」

 エルタリヒは当惑しているみたいだ。

 俺に言わせりゃあ、だからあんたはダメなんだよ。

「あのな。ミリリュに任せる、好きなようにさせるっつーのは、ようするにあんたは何も背負わねーっつーことだろ。そんな無責任な話があるかよ」

 俺はエルタリヒに人差し指を突きつけた。

「あんたはちゃんと決めるべきだ。娘の意思を認めて、行かせるのか。それとも、自分の気持ちだの親心だのを優先して、行かせないのか。どっちかにしろよ、けったくそ悪い」

 エルタリヒは呆然としたように目を見張って、少し口を開けている。

 ミリリュは心配そうに俺と父親の間で視線を行ったり来たりさせていたが、やっとこさその父親がうなずいて、

「きみの言うとおりだ。私は自ら決断することから逃れ、ミリリュだけに重荷を背負わせようとしていた。不甲斐ない父だ。許せ、ミリリュ」

「……いいえ」

 ミリリュは両手をがっちり組みあわせて、父ならぬチチに埋めこんだ。

「とんでもありません、お父さま。謝らなければならないのは、わたくしです。わたくしのわがままを、どうかお許しください」

「行ってくるがいい。外の世界を見てくるのだ。リーリヤどのもアルノートゥを出た。おまえのような新しい世代のエルフには、そうした経験が必要なのかもしれぬ。そして……いつの日か、無事に帰ってきてくれ」

「はい……!」

 娘と父親はどちらからともなく自然と抱擁を交わした。


 しかし、娘のボディーがエロフすぎるせいで、どうしても純粋な気持ちで眺めづらい光景になっちまうな。オヤジも微妙に鼻の下のばしてるしな。


 ともあれ、こうして俺たちはミリリュの家をあとにし、リフトを使って樹上都市アルノートゥから地上に降りたった。

 リフト乗り場のすぐそばに繋がれていた愛馬テムジンが、俺と目があった途端、そっぽを向いた。


「おー。テムジン。久しぶりだな。いや、そうでもねーか。昨日も一回、買い物の途中で様子見にきたしな」

「ブヒンッ」

「よしよし。何だ何だ。蹴ろうとすんじゃねーよ。おい。蹴るなって」

「ブルルンッ。ブルンッ」

「いやおまえ、その蹄とかまともに食らったらシャレになんねーからな? 軽く死ねるからな? おい。荷物、落とそうとするんじゃねーよ。チッ。わかったよ。イチカ、おまえ、これ持ってろ」

 俺はアルノートゥ土産をつめこんでパンパンになっている鞄をイチカに押しつけた。

「……ちょっ。重っ。何が入ってるの、これ?」

「いろいろだよ。いろいろ」

「こんなの、持って歩けるわけないでしょ」

「大丈夫だって。おまえならいけるって。最初はきついかもしれねーけど、だんだんよくなってくるって」

「そんなわけないしっ」

「いっちょんちょん、あたしが持ったげようか?」

「イチカさん、わたくしもまだ、余裕がありますので」

「え? でも……い、いい。わたしが持つから。とりあえずは……」

 結局、自分から茨の道を選んでしまう。

 さすがイチカだな。


 俺はテムジンの鞍にまたがった。

「よし。んじゃ、行くか」

「れっつごーっ!」

 モモヒナがぴょんと跳んで拳を振りあげた。

「はい」

 ミリリュは何が楽しいのか知らないが、満面に笑みをたたえている。

 イチカは……、


 だいぶ重そうだ。


 肩にかけた鞄の重量で、身体が傾いでいる。


「おい、イチカ。なんなら、俺が持ってやってもいいぞ」

「あんたが押しつけたんでしょ!?」

 イチカはぷいっと横を向いた。

「いい! わたしが持つから!」

「そうか」

「……しばらくは」

「まあ、限界になったら言え」

 そう言っておけば、イチカは期待どおり限界を突破してくれるだろう。

 見物だな。


「ですが、キサラギ様」

 ミリリュがちょっとだけ眉をひそめて、上目遣いで俺を見た。

「どこへ行かれるつもりなのですか……?」

「ん」

 俺は北東のほうを指さした。

 ミリリュ、イチカ、モモヒナが俺の指がさし示す方向に視線を向ける。

 俺はそれから、その指を縦にして自分の唇にあてた。

「秘密だ」

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