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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
Soul Collector編
11/120

第10話 予想どおり


 翌日、イチカとモモヒナは新しい魔法を覚えるために、それぞれ神官ギルドと魔法使いギルド入りした。


 それから、七日後。


 オルタナ北門の手前で、俺は鐘が三回鳴るのを聞いていた。午前十時の時鐘だ。

「遅ぇーぞ」


「……ていうか、何それ」

 イチカは俺を見上げている。

「ぽぉー」

 もちろん、イチカより背の低いモモヒナも同じだ。

 見上げられるってのは、気分がいいな。


「何って、見りゃわかんだろ」

 俺は思いっきりイチカを見下してやった。

「馬だよ、馬。これが馬以外の何かに見えんのか。だとしたら、目が腐ってんぞ」


「……馬だってことは、わかるけど!」

 イチカは少しだけほっぺたをふくらました。ガキか、おまえは。似合わねーし。

「その馬、どうしたのかって、わたしは訊いてるの」

「買ったに決まってんだろ。するかよ。馬泥棒とか」

「わふー」

 モモヒナは近づいてきて馬の背をぺたぺた撫でた。

 でも、俺の馬テンテイハカイオーは、ブヒーともフヒンとも言わないで、わずかに尻尾をぷらぷらっとさせるだけだ。テンテイハカイオーは愛想がない。数ある欠点のうちの一つだな。


 他の欠点としては、けっこうな老馬だとか。馬体はがっちりしているし、そんなにヨボヨボしているようには見えないが、やっぱりいろいろ衰えているらしい。

 それから、年とともに性格が頑固になってきて、すこぶる扱いづらいとか。まあ、まだ付き合いは短いものの、たしかにそんな感じはする。


 あと、毛並みがよくない。もともとはきれいな黒鹿毛だったらしいが、年寄りになったら手入れを拒むようになったんだとか。そのせいで、全体的に汚らしい。


 それから、これは年齢と性格に関係しているが、走れと言ってもまず走らない。尻に鞭をくれようが、腹を蹴ろうが、手綱をどうこうしようが、めったなことでは走ろうとしない。


「オルタナの南に農村っつーか、農家が点在してんだよ。そこを回って回って、こいつを……」

 と、俺はテンテイハカイオーの首を掌で、ぱすん、と叩いた。


 そうしたら、テンテイハカイオーが馬首をめぐらして、じろり、と俺を睨んだ。


 俺は負けじと睨みかえす。馬の扱いなんて知らないが、舐められたら終わりだ。増長を招く。こいつはきっと、そういうやつだ。


 やがてテンテイハカイオーが先に目をそらしたので、俺は許してやることにした。

「こいつを見つけた。役に立たねーから潰すかどうか迷ってるとこだったって話だったから、俺がタダで引きとってやるって言ったんだけどな。持ち主がそれじゃダメだって生意気なことぬかすもんだから、しょうがなく一シルバーで買ってやった」


「一シルバー……?」

 イチカは目をまん丸くした。

「それってなんか、だいぶ安くない……?」

「どうだかな。とりあえず、こいつも俺の子分だ。おまえらの同僚っつーかそんな感じだから、せいぜい仲よくやれよ。ほら、テンテイハカイオー、挨拶しろ」


 テンテイハカイオーは物の見事にそっぽを向いた。


 ……こいつめ。


 モモヒナは、

「よろりんだよー。モモヒナだよー」

 とか言いながらテンテイハカイオーをさわりまくっているが、イチカは、

「ぷっ」

 と噴きだして、

「舐められてるんじゃないの、あんた」


「んなことねーよ。テンテイハカイオーはシャイガールなんだよ」

「……え。その馬、女の子なの?」

「おう」

「なのに、そんな名前……」

「かっけーだろうが」

「まさか、あんたがつけたんじゃ」

「もちろん、俺に決まってんだろ。俺以外の誰がこんなクールな名前思いつくんだよ。もとは、何だったかな、マリアだかモリアだか、そんなありきたりな名前だったからな」

「……どう考えたって、そっちのほうがいいじゃない。長いし。テンテイハカイオーなんて。長すぎだし」

「てんていはかいおー……」

 モモヒナが真上を見て人差し指をくわえ、

「て、てん、て、い、は、かい、おー……ん、い、か、お?」


「もしかして」

 俺は頭をひねった。

「モモヒナおまえ、あれか、略称っつーか、ニックネーム考えてんのか」

「うん。そそそ。そだよー」

「それなら、テンテイかハカイオーでいいだろ」

「ぶーっ。もっと、ぴこっと略そうよ!」

「何なんだよ。ぴこっと略すって」

「ぴこっとだよっ!」

「わーかった。ぴこっとだな。ぴこっと。んー……」


 俺はテンテイハカイオーの頭の上の毛を、わしゃっ、と撫でた。

「よし。決めた。テンテイハカイオーはちょっと長くて呼びづれーかなって気はしなくもねーし、おまえ、今からテムジンな」


「ふぉーっ」

 モモヒナは目を輝かせた。

「ぴこっとしてる! テムジン、かっくいーっ!」

「……テしかあってないし」

 イチカは相変わらずうるさい。

「アホか。テだけじゃねーだろ。ンも入ってんだろ」

「順番が……もういい。好きにすれば……」

「言われなくたって、好きにするっつーの」

 俺は手綱を引いた。

「よし、行くぞ。出発だ」

「ちょっと待って」

 イチカは本当にうるさい。

「何だよ?」

「出発って、どこに行くの?」

「あ?」

 俺は北を指さす。

「あっちのほう」

「……そりゃあ、そっちだろうけど。南は天竜山脈だし」

「わざわざ説明しなきゃ、ついてもこれねーのかよ。めんどくせー子分だな」

「子分じゃないし!」

「こっぶん! こっぶん! ぶっ、んっ、こっ!」

「モモヒナは素直でいいわ。ほんと。かわいいし。イチカとは違うな。違いすぎ」

「どうせわたしはかわいくないですからっ!」

「そうやって逆ギレするとこは、微妙にかわいいけどな」

「えっ…………」

「嘘だけど」

「っ……!」

 イチカは顔を真っ赤にし、涙目になって地面を蹴った。うん。そうやって半べそをかいていると、かわいくなくもない。


「いいか。一回しか言わねーから、よく聞いとけよ」

 しょうがないので、俺は説明してやる。

「北へ行くと、オークたちが部隊を駐留させてるデッドヘッド監視砦がある。ここは前、行ったな。で、そこからさらにしばらく北に行くと、風早荒野っつーだだっ広い平原があってだな。ここには、セントールっつー半人半馬の種族が住んでるらしい。わかるか? ハンジンハンバ。上半身が人間で、下半身が馬なんだとよ」

「うぉーっ」

 モモヒナは大喜びだ。

「はんちんぱんぱんっ! ちーぱっぱだねーっ! ぷりんっ、ぷりんぷりんっ!」

「……いいけどな。モモヒナ。ケツはそんなに振らなくていい」

「のー・けつ・ぷりん?」

「ああ。ノーケツプリンノーケツプリン」

「了解でありまーぞふっ」

「よし。そんで」


 俺はもう一度、北を指さす。

「風早荒野の向こうに、影森っつー大樹海があるらしい。俺はそこに行くことにした」


「……大樹海? かげ、もり?」

 イチカはかなり不安そうだ。ビビリだからな。性懲りもなくビビっている。


 俺はうなずいて、

「そうだ。影森までは、三百キロくらいか。まあ、ざっと十日もありゃ行けるだろ。食料だの何だのは」

 と、テンテイハカイオー改めテムジンの鞍の荷台に積んである荷物を叩いてみせる。

「もう用意してあるからな。さっすが、俺。準備万端すぎ。抜かりなさすぎて濡れるわ。いや、濡れねーけど」

「ぬれるぬれるーっ。ひゅーひゅーっ」

 モモヒナは嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねて騒いでいるが、意味わかってねーで言ってるな、こいつ。


「……十日……三百キロ……」

 イチカは茫然自失の体で、今にも倒れそうだ。

「え……ちょっ……と、待っ……え? さんびゃっ……え? 嘘……でしょ? そんな遠く……だって、そんな……え……?」

 そんなふうに打ちひしがれている姿は、なかなか味わいがあっていい。


「嘘なんかじゃねーよ」

 俺は微笑みすら浮かべて言い放ってやる。

「おまえらに嘘なんかついたってしょうがねーだろ。目的地は影森。移動距離は約三百キロ。どうしてもこれがなきゃ困るって物が何かあるなら、今すぐ買ってこい。荷物はテムジンに運ばせるから、心配しなくていいぞ」


「やだ」

 と、イチカが呟くように言った。

「……やだ。行かない。行きたくない。なんでわたしが、そんなとこ。遠すぎるし。意味がわからないし。行かない。わたしは、行かない」

「はにゃー……」

 モモヒナがイチカの前にしゃがみ、首をかしげてイチカを見上げた。

「いっちょんちょん、行かないのー……?」

「い……っ」

 イチカは一度、唇をぎゅうっと噛んだ。

「行かない。モモヒナも、行かないほうがいいよ。影森なんて。何があるかわからないし。危ないに決まってるし」

「んー……でも、あたし、影森行くつもりになっちゃって、影森気分かなぁー」

「じゃ、じゃあ、勝手にすればっ」


「ほっとけ、モモヒナ」

 俺は、立て、と手振りでモモヒナに指示する。

「行きたくねーやつを連れてってもな。行こうぜ。俺とモモヒナとテムジン、二人と一頭か」


「むぅー……」

 モモヒナは何秒間か迷っていたが、立ちあがってこっちにきた。

 俺は馬上からモモヒナの頭を撫でてやって、あぶみをかけた足で馬腹を蹴りながら、テムジンに命じる。

「よし、進め、テムジン」


 ……言うこと聞かなかったらどうしよ。


 少し気がかりだったが、さいわいテムジンは歩きだしてくれた。よしよし。


 モモヒナも振り返り振り返りしながら、俺を乗せたテムジンについてくる。


「かまうな、モモヒナ」

 俺が注意すると、モモヒナは振り向くのをやめた。

 さて、どれだけ我慢できるかな。


 一。


 二。


 三。


 四。


 五。


 ……お?

 意外と粘るな。六。


 七。


 八。


 九。


 そろそろか?

 じゅ……、


「待って!」


 俺は手綱を引く。テムジンは止まってくれた。

 振り返ると、イチカが今にも崩れ落ちそうな姿勢でショートスタッフを抱きしめ、目にいっぱいの涙をためていた。

「わ、わたしも行く! わたしが行かないと、あれだろうし! わたし、神官だし! せ、せっかく、光の奇跡も覚えたし! しょうがないから、わたしも行ってあげる! 行くから、待って……っ!」

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