表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
Soul Collector編
1/120

第0話 それはよくある目覚めの風景







〝──目覚めよ(アウェイク)。〟









「……あ?」


 誰かの声が聞こえたような気がして、俺は目を開けた。


 暗い。


 まだ夜なのか。

 でも、真っ暗ってわけじゃない。灯りがある。

 蝋燭……なのか?

 どうやら、そうらしい。

 蝋燭が壁に据えつけてあって、それがずっと列をなして、向こうのほうにまで続いている。


 俺は頭を振る。何だ、ここ?


 寝てたのか、俺?

 こんなとこで?

 変じゃないか?


 だって、ここ……洞窟? みたいだぞ? だけど、洞窟に蝋燭なんてあるか?


「うぁ……」


 という声が聞こえて、それはもちろん、俺の声じゃなくて、どうも女の声らしかった。


 俺はあたりを見まわして、探す。

 いる。

 そんなに遠くじゃない。暗い中にも、女らしい輪郭が……一人じゃ、ない?


「誰か、いるのか? つーか、いるよな」

 と呼びかけて、少ししてから、

「……いるけど」

 という声が返ってきた。これはたぶん、さっき「うぁ……」と言った声とは別の女だ。

 そのあとで、

「うん、いるよ」

 という声。こっちが「うぁ……」の女だろう。


 最初の「……いるけど」はそっけないというか、ちょっと怒っているみたいな、ふてくされているみたいな感じ。


「うん、いるよ」のほうはなんだかぽやーっとしている、緊張感のない声音だった。


 俺はとりあえず、前者を「いるけど女」、後者を「いるよ女」と命名した。いるけど女は気が強そうで扱いづらそうだが、たぶんその実、内心ではけっこうびびっている。いるよ女は、どうもあまり頭がよくなさそうだ。


「他には?」

「……わたしたちだけ、じゃない?」

 と、いるけど女。

「だね」

 と、いるよ女が同意した。


「三人か」

 俺はうなずいて立ちあがる。変、だな。


 かなり変だ。


 俺はもう気づいていた。目が覚めたら、こんな洞窟みたいなところにいた。それも変だが、もっと変なことがある。


 思いだせないのだ。


 名前は、わかる。

 誕生日はたしか、二月二日。

 それだけはわかる。

 逆に言えば、それくらいのことしかわからない。


 住んでいたところも、昨日、何をしていたかも、一週間前に何をしていたかも、一年前、五年前、十年前のことも、それから、家族がいるのかも、友だちのことも、わからない。


 すごく、おかしな感覚だ。

 思いだそうとして、頭の中にある記憶のようなものにふれそうになると、それが、するっ、と逃げてゆく。

 どうしてもつかまえられない。

 そのうちに、というか、すぐに見失ってしまう。


 何だ、これ。

 どういうことだ……?


「おい、おまえら」

 と俺は、いるけど女といるよ女に呼びかける。

 いるよ女は、

「はい?」

 と、素直に返事をしたが、いるけど女は、

「……おまえって言わないでくれる?」

 ときた。


 俺は舌打ちをする。案の定、めんどくさそうな女だが、揉めるとさらにめんどくさそうなので、言いなおすことにする。

「じゃあ、キミタチ。行くぞ」


「行くって、どこに?」

 いるけど女はいちいちうるさい。


「あっちだよ」

 と、俺は蝋燭が並んでいる方向を指さす。

「決まってんだろ。それとも、おまえ、いや、キミは逆の方向に行きたいわけ? 真っ暗闇の中に突っこみたいなら、べつに止めはしないけどな。ここで、いつまでもじっとしていたいっていうなら、そうすればいいし」


「い、行けばいいんでしょ、行けば」

 いるけど女は慌てたようにバッと立ちあがった。

「あぁー。あたしも行くー」

 と、いるよ女も立ちあがる。


 頭より高い位置に据えつけられた蝋燭の列を頼りに、俺たちは洞窟の中を歩いてゆく。


 でも、洞窟というか、人が掘ったみたいな感じだな。自然にできたにしてはそんなにでこぼこしていなくて、歩きやすい。

 まあ、蝋燭もあるし。

 少なくとも、人の手が加わっているのは間違いない。


「おまえら……いや、キミタチ、名前は?」

「はあ? なんであんたなんかに教えなきゃならないの?」

 いるけど女は本当にめんどくさい。


「教えたくないなら、いいけどな。キミだのキミタチだのって呼ぶのもあれだから、勝手に名前つけるけど。おま……いや、キミは、ケメコとかでいいか?」

「い、いいわけないでしょ」

 いるけど女はため息をついて、

「わたしは、イチカ。でも……」

 イチカと名乗ったいるけど女は、何かもごもご言っている。

 たぶん自分自身のことを思いだせなくて、戸惑ったり不安に駆られたりしているのだろう。

 気持ちはまあ、わかるけどな。


「あ。あたしはぁー」

 と、いるよ女がなぜかくすくす笑いながら、

「モモヒナ、だよ」

 と名乗った。


「……ふうん。で、なんでそのモモヒナは笑ってんの?」

「わかんない。なんか、おもしろくて」

「何がそんなにおもしろいのか、訊いていいか?」

「えー。わかんない。何だろぉー。名前?」

「自分の名前じゃねーのかよ……」

「んー。だけど、なんか、自分の名前みたいな、そうじゃないみたいな、ふわっとした感じ?」

 妙なやつ。


 でも、モモヒナはモモヒナなりに、自分のことがわからない違和感を「ふわっとした感じ」として受け止めているのかもしれない。

 どっちにしても奇人のたぐいだな、こいつは。


「……で、あんたは?」

 と、イチカが俺に尋ねた。


 俺は答えずに、なんとなく足音を忍ばせて前に進む。


「ちょっと、教えなさいよ。こっちは教えたんだから」

 うっせーな。

 俺は前のほうを指さしてみせる。

「見ろ。何かある」



 それは、鉄格子みたいな扉、だった。



 蝋燭じゃなくて、壁に掛けてあるランプの灯りに照らされている。


 その向こうに誰かいるんじゃないか、息を潜めてこっちをうかがっているんじゃないかと、俺は疑った。


 結局、そんなことはなかったし、扉を引いてみるとあっさり開いた。


 扉の先は、階段だった。


 暗い階段を上ると、また鉄格子に行く手を遮られた。

 今度は、押しても引いても開かない。

 でも、鉄格子の向こう側に、人がいる。

 そいつの恰好がまたおかしくて、俺は首をひねった。


 なんで鎧とか着てるんだよ。兜とか被って。剣なんか持ってるし。


 鎧男は、呆気にとられている俺たちをちらっと見ると、鉄格子の扉を解錠して開けてくれた。

 そして、顎をしゃくってみせる。

 出ろ、ってこと?


 いや、そりゃまあ、言われなくたって出るけど。


 出ると石造りの部屋で、鎧男は壁の黒っぽい器具を引っぱった。

 そうしたら、重い音を立てて壁の一部が沈みこみはじめた。

 隠し扉、みたいな?


 開いた。


 その外は……本当に、外らしい。


「出ろ」

 と、鎧男が外を示して言った。

 何だ。普通に喋れるのかよ。ちょっと意外だった。だって、鎧男だし。


 俺はオレンジ色のラインが入った青いパーカーに、ジーンズ。

 イチカは黒の、ぴったりとしていて、身体のラインが丸わかりのワンピース。

 モモヒナは白いシャツ、チェックのスカート、ニーソックス。厳密に言うと、オーバーニーソックス。


 明らかに違う。

 鎧男と、俺たち三人とは。


 鎧に兜に剣って何時代だよって話だが、時代って何だよ。考えても、わからない。


 そんな鎧男が普通に喋ると、おやっ? みたいな感じがする。

 あれっ? とか思いつつも、俺たちは外に出た。


 夜明け前、か。

 空が明るくなろうとしている。

 ここは丘の上だ。

 振り返ると、塔がそびえ立っている。俺たちはこの塔から出てきたのだ。


 ──と、出てきた入口が、開いたときと同じような音を立てて閉まりはじめた。

 鎧男が手を振るでもなく、こっちを見ている。

 入口は間もなくふさがってしまった。


「何なの……」

 と、イチカが呟いた。

 まったくだ。

 こんなの、ありえない。

 俺は見上げる。

 月が出ている。

 満月と半月の中間くらいの、月が。


「真っ赤っかだね」

 と、モモヒナが言った。


「ああ」

 俺は唇を舐める。



 赤い、月。



「嘘……」

 イチカはかすかに震えている。やっぱりこいつ、見かけ倒しの小心者だな。



「どーもー」



 だしぬけに、俺でも、イチカでも、モモヒナでもない声がした。


 イチカはビクッとして、モモヒナは「ふゎ?」ときょきょろし、俺もさすがに驚いたが、声の主が塔の陰にいることはすぐにわかった。

「誰だ」

「きょわーっ」

 案の定、塔の陰から、小柄でツインテールの女が顔を出した。

「呼ばれて飛びでてみにょにょにょーん。誰だと問われたので答えようっ。ひよむーですよーん。おはよーでーす。お初でーす。元気ですかー」


「何だ、おまえ」

「ひよむーはですねー。案内人なのです。ようそろー、グリムガルへー」

「ようそろって、船かよ。それ言うなら、ようこそ、だろ」

「おーう。正しいツッコミ! 減点十!」

「減点かよ……」


 俺は髪を引っかきまわす。

 無性にむかつくが、イライラしたら負けだ。負けるのはどっちかと言うと好きじゃないので、イライラなんかしてやらない。


「案内人だっていうなら、さっさと案内しろよ。つーか、グリムガル? 何だそりゃ」

「きょへへー」

 ひよむーは塔の陰から、ひょこん、と出てきて地面を指さす。

「ここのことですよーん。グリムガルってゆーんです。ここは」


「グリム、ガル……」

 と、イチカが呟いて、考えこむようにうつむいた。

 モモヒナは指をくわえて、赤い月にご執心みたいだ。

「なんで、赤いのかなぁー」


「さて、はてっ」

 ひよむーはぴょんぴょん跳ねるような足どりで歩きはじめた。

「仕事、仕事。ひよむー、仕事させていただきますよー。行きましょ、行きましょ。義勇兵候補さん一行、オルタナにごあんなーい」


 グリムガル。


 オルタナ。


 赤い月。


 何だ?

 いったい、何がどうなってるんだ?


 ひよむーはツインテールを揺らして丘を下りてゆく。


 そのずっと先に、高い壁がある。

 壁にぐるっと囲まれた、ひょっとしてあれは、街、なのか。


「あれが、オルタナ、か」

 俺はちょっとだけ笑う。


 状況からすると俺は、というか俺たちは、記憶喪失になって、前にいた場所からどこかに運ばれた、といったところだろう。

 心許なさは正直、ある。

 でも、胸が躍っている。


「ねえ」

 と、イチカに袖を引っぱられた。


「何だよ」

「名前は? あんたの。まだ教えてもらってないんだけど」

 俺は、ふん、と鼻を鳴らして、ひよむーを追いかける。

「キサラギだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ