e'trange ami
絵は絵の具を塗りつけられた一枚の紙あるいは布だ、それと同時に
魂を持った生き物でもある。
画家がその絵にかけた情熱、見る者がその絵に傾けた心、その分だけ絵は心を持つのだ。
俺はそれを肌で実感することになる―――。
男の一人暮らしにしては少々広いマンション、その居間の壁に絵が掛けてある。
数年前になじみの画廊で気に入って買った。
昼下がりのオープンカフェで頬杖をついてうたた寝する少年の絵。
待ち合わせで長いこと待たされているのか、ヒマでただ時間を潰してるのか。
14〜16歳くらいかな。なかなか整った顔の造りをしていると思う。
もともとフランスで描かれた絵だと聞く。
実際街並みはそれっぽいのだが、髪の色や顔立ちを見るに
少年は純粋なフランス人ではなさそうだ。
どうでもいい日常の一コマだが丁寧に描かれているその絵を俺はかなり気に入っていて、
暇さえあればそんな風にいろんなことを考えていたものである。
俺はデザインやイラスト系の仕事を雑食して生活してる。
ホームページをデザインして作ってやる仕事、
女性誌の星占いページやなんかのイラストの仕事、
ライトノベルの表紙や挿絵、ワイングラスのデザイン、まあいろいろだ。
もっぱら仕事は家でやるがなかなか、実質的労働時間の割に稼げていいもんだ。
まあ、好きでやってる仕事だから楽に感じるだけかもしれないけど。
目を開ける。ベッドじゃなくソファで寝こけてしまった。
時計は10時35分をさしている。しょうがねえ、起きるか。
コーヒーを入れて伸びをする。
あちこちの骨がボキボキ言うしちょっと体が痛い。もう歳かなあ。
苦いそいつをすすっているとむこうからアクビが聞こえてきた。
「ふあ・・・あぁ」
何故だろう、初めて聞くはずなのに、とても聞きなれた声のように感じた。
振り返っても当然誰も居ない。
あれ?・・・・ん!?
絵。絵が。あれって頬杖ついて寝てる絵だったよな。
なんで絵が伸びをするんだ?
「うーん・・・はあ。ちょっと寝すぎたかな」
「・・・・え・・・・・ちょっ・・・・え?」
「おはよう」
絵の中の少年はくりくりした瞳をこっちに向けて笑った。
「お・・・おはよう」
「言っとくけど夢じゃないよ」
「えー!?」
「普通だったら話しかけちゃいけないんだけど、
あんたの生活ってただ見ててもつまんないんだもん」
「・・・・・」
「絵っていうのはこういうもんだよ。画家が込めた心、見る人が注ぐ心、
それが魂になることもある」
初めて見る少年の瞳は茶に近い金、そんな色だった。髪と同じ色だ。
どうやら――名前はアンリというらしい。
描かれた当時15歳、それから結構経つが絵は年をとらないから、と言う。
最初にフランスで描かれたのちイギリスへ渡り、そこの持ち主が亡くなってから
日本へ売られて来たようだ。
・・・絵の経歴を絵から聞かされる日がこようとは思わなかったが。
「ねえ、それよりおなかすいた」
「そうだな。朝飯まだだしなんか作るか・・・ってお前、物食えるの?」
「オマエじゃない。アンリ。食べ物の絵描いてくれればいいよ」
「へえ、そういうもんなんだ」
「ちゃんと色つけて描いてね。色鉛筆あったでしょ」
「はいはい」
なんか思ったより生意気だなこいつ・・・
まあ、せっかくしゃべれるなら寡黙よりはおしゃべりのほうがいい。
俺もどうせ暇だったところだ。
夢でも幻覚でも構わないさ、気が済むまで付き合ってやろう。
自分でトーストを焼きながら、てきとうな紙に色鉛筆でさくさくとパンの絵を描く。
フランスというならクロワッサンがいいかな。
それからバターにジャム、コーンスープ。湯気を描けば温かい食べ物になるだろう。
絵を描いた紙をさしだすとアンリは紙から料理を受け取る。
油絵の中で焼きたてのクロワッサンをほおばりながら、あんた絵上手いねと笑った。
アンタじゃない、俺は仁だ、と返す。
奇妙な共同生活のスタートだった。
暇ができるたびいろんなことを話した。
アンリは父親がフランスで母親が日本の出身だということ、
日本語がしゃべれるのは日本に長く居るからであって
絵には言語は関係ないとかじゃないらしいこと、
だから今のところ仏・英・日の3カ国語しゃべれるんだぞ、と威張ってみせた。
俺もいろんな話をしてやったし、いろんなものを見せた。
料理(の絵)も上達したぞ。ときどきおやつも作ってやったし、
そうそう、和食も食べさせてみた。
さして大きくもない油絵の中でアンリは慣れない箸にチャレンジしたり
焼き魚の骨を相手に格闘したりした。
梅干しは慣れると好きになったけど納豆はダメだったようである。
甘いものが好きな彼は団子や饅頭とは相性がよかった。
フランスのカフェの風景に不似合いな和食を
にこにこしながら食べるアンリがなんだかおかしかった。
俺の部屋にはたまに友達や担当も来るけど、
他人が来てる時アンリは基本的にだんまりだ。
ただときどき、そう、友達がアンリに背を向けているときなんかに
ふっとウインクしてみたりして俺をハラハラさせる。
しかもときどき見つかって
「あれ、これって寝てる絵じゃなかった?目開いてたっけ?」と聞かれたり。
まったく困った同居人である。
「なあ、アンリ。絵にも魂が宿るなら、いつか俺の絵もしゃべるかな」
「ジンの腕じゃ当分無理だね」
「なんだと!?ガキ!!」
「あはは。ジンが本当に心を込めて描いた絵で、
それを本当に心を込めて見てくれる人がいたら、きっとしゃべるよ」
結局夢は覚めないまま数ヶ月が過ぎ、今に至る。
壁掛けの絵は相変わらず生意気でよくしゃべるし食べる。
ときどき毒づいてきたり、からかいあったり、いろいろだ。
家に絵が掛けてある皆様はくれぐれも油断しないほうがいい。
案外見られているのはこっちだったりするから・・・。
どうも初めまして、鏡屋と申します。こちらには最近登録させていただきました。
ちなみにタイトルはフランス語で『奇妙な友達』という意味です。まんま。
本当はeの上に点がついてないといけないんですが、まあそこはしかたないということで。
感想などいただければ幸いです。