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5 問題児の涙

「いるのか?」

 ぶっきらぼうな言葉と共に扉をドアをノックすれば、部屋の中から派手な倒壊音がした。

 その後こちらを伺う気配があったので、もう一度同じ言葉と動作を真田は繰り返す。

「先生?」

「……言っておくが、ここに来たのは俺の意志じゃないぞ」

 どうせ勘違いするだろうが、せめて前置きはしておこうと声をかければ、千佳が扉に張り付く気配がする。

 しかし意外なことに、扉越しに聞こえてきた千佳の声はとても弱々しかった。

「ここ開けないで下さい。まだ試してないこと沢山あって」

「お前、何か変な遊びでもしてるんじゃないだろうな?」

「違いますよ。ただ、先生とちゃんと一緒にいられるように検証してるだけです」

 いったい何の検証だと思ったが、それを尋ねるよりも早く千佳から驚くべき言葉が飛び出した。

「だから先生にはまだ会えません、今すぐ帰ってください」

 別に期待していたわけではなかったが、自分の来訪を飛び上がって喜ぶと思っていた真田にはこの言葉は衝撃だった。

「あと2週間、いや3週間もあれば終わると思うんですけど、それまでは……」

「お前、そんなに学校休むつもりか?」

「だって先生が死んだら困るじゃないですか!」

 突飛すぎる発言、そしていつもとは違う千佳の様子に何故だか怒りを感じ、真田はドアの取っ手に手をかけた。

 鍵はないと判断すると同時にそれを押し開ければ、小気味良い衝撃音と千佳の悲鳴がひびく。

「ダメです!」

 ゴキブリを思わせる動きでベッドまで後ずさり、千佳は毛布をかぶってうずくまる。

 その動きは勿論、女の部屋とは思えない乱雑とした室内に真田が思わず息をのむ。

「掃除くらいしろよ……」

 床に散乱するなにやら怪しい書物に目を向ければ、見ないでと千佳の悲鳴が聞こえる。

 黒魔術とか名の付いている本もあり、本当に怪しい。まあ千佳の部屋に普通の本があってもおかしな気もするが。

「いつもはもっと綺麗です!」

「それに空気も悪いぞ」

 言いながら勝手に窓をあけ、それから真田は千佳のうずくまるベッドの側に立つ。

 毛布をかぶり芋虫のように丸まっている千佳に、勿論真田は渋い顔だ。

「いい加減顔見せろ」

「だめ、先生が死んじゃいます!」

「さっき見たけど死んでやしねぇだろ」

 真田の言葉に千佳が毛布のすき間からちらりと顔を出す。

 たった1週間なのにずいぶんと痩せた。

 その上目のクマも酷く、真田は思わず千佳から毛布を引きはがす。

「お前ちゃんと飯喰ってるか?」

「忙しくて」

「検証とかいうやつか」

「はい、早くすませて一日でも早く先生に会いたくて」

 学校ジャージにTシャツという何とも色気がない格好なのに、そう言って膝を抱える千佳の姿に何故だか真田はどきりとしてしまう。

 彼女の話を信じているわけではないが、時々千佳は不意打ちのように大人の女の色香を出す時がある。

 それこそが真田にとっては一番やっかいな種で、彼女と距離を置きたい一番の理由であったが、勿論それを誰かに言ったことはない。

 言えるわけがない。それを言えば、自分の負けを認めたも同じだ。

「とりあえずなんか食え、それか寝ろ」

「じゃあ、はいここ」

 と言って自分の横をとんとん叩く千佳を、思わず毛布にくるんで締め上げたのは言うまでもない。

「人が心配してやってるのにお前は!」

「だって先生が居なくなったら、また不安になって眠れなくなっちゃいます!」

「明日学校くりゃ会えるだろ」

「本当に大丈夫ですか? 明日まで生きてますか? どこか具合が悪いところとかないですか?」

「悪そうに見えるか?」

「記憶と性格以外は良さそうです」

 もう一度毛布で首をきゅっと締めてから、真田はため息をひとつこぼす。

 その直後、千佳が真田の腕を引いた。勿論受け身など取れるわけもなく、彼はベッドに倒れ込む。

 千佳の上に倒れ込むなんて最悪の状況にはならなかったが、体を起こした真田の腕には千佳の腕が絡んでいた。

「えへへ」

「えへへじゃない!」

 そう言って拳骨を落としたものの、回された腕をふりほどくことは出来なかった。

「やっぱりここが一番落ち着きます」

 そう言って真田の胸に頬を寄せる千佳は、笑いながら泣いていたのだ。

 ボロボロ涙をこぼし、真田の温もりを確かめるように彼の腕を掴むその手は震えている。

 その時初めて、彼は思った。

 妄想だと否定し続けた話は、戯言だと一蹴して良い物ではないのかも知れないと。

 とはいえ勿論全てを受け入れるわけにはいかないが、少なくともいまここで腕を振り払う事は出来そうもない。

「……お袋さんが帰ってくるまでだ」

「いいんですか!」

「嫌だって言ってもきかないだろう」

 それでも拒否するべきだとわかっていたのに、体に抱きついた千佳を真田は遠ざけなかった。

 そのまま二人でベッドに横になれば、千佳がようやく安心したように真田に頬を寄せる。

「こうやって一緒に寝るの、凄い久しぶりです」

「また前世の話か」

「はい。もう何十回も前に、二人でえっちしたのが最後です」

「そう言うことをさらっと言うな」

「気持ちよかったんですよ」

 千佳の額に強烈なデコピンをお見舞いすれば、ようやくお喋りな口が閉じる。

「良いから寝ろ」

「側にいて下さいね」

「わかったよ」

「寝たらすぐ居なくなるとか、ダメですよ」

「しばらくは居るって」

「しばらくってどれくらいですか?」

「それ以上きいたら今すぐ帰るぞ」

 千佳が、真田の体に腕を回す。

「ずっとじゃなくても良いんです。でも今だけは側にいてください」

「ずっとなんていてやるか」

「それでもいいです。だって、もしかしたらまた……」

 何かを言いかけて、しかしその続きを繋いだのは穏やかな寝息だった。

『私達、もう357回も恋をしているんです』

 千佳の口癖をぼんやりと思い出しながら、彼は無意識のうちに彼女の髪を撫でていた。

 彼女の言う357回のことを真田は覚えていない。そもそもそれが自分だとも思えない。

「俺はお前の騎士様じゃねぇ」

 言葉にすると本当に現実味がなくて、真田は思わず苦笑した。

 一体お前は誰に惚れてる。

 そんな問いかけが溢れそうになって、真田は慌てて口は閉ざす。

 けれども千佳の髪を撫でる右手だけは、何度止めようと思っても止まられなかった。

※11/9誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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