1 運命の人
「先生、結婚したいです」
むしろ今すぐすべきだと思います!
そう主張したのに、私の最愛の人は顔すら上げてくれなかった。
「先生聞いてますか! 私達、357回も転生してようやく何の障害もない世界に生まれたんですよ! 戦争無し! 呪い無し! 種族の差も無し! 物理的な距離無し! お互いに婚約者もなし! ああ、何て素敵なんだ地球! ありがとう日本! 最高だ21世紀!」
全身で喜びを分かち合っていると、突然最愛の人は私を足蹴りにした。
「お前、いい加減その気持ちに悪い妄想やめろ!」
「気持ち悪いって何ですか! これは事実です、運命です、時と世界を越えた愛です!」
まるで牛乳を拭いたまま1週間洗わなかった雑巾を見るような目で、最愛の人は私を見つめる。でもそれすらも素敵。最高にクール。むしろそんな目で見られるのはこの人生が初めてだからちょっと快感。
そう思っていたら、またしても足で蹴られた。
「いいからさっさとそのプリントやって帰れ」
「今は一秒でも長く貴方と一緒にいたい」
「てめぇ、補習の時間を何だと思ってやがる」
そう言う顔は本気で怒っていたようなので、仕方なく私は目の前に置かれた数学のプリントにさくっと答えを書いて彼に渡した。
勿論『褒めて褒めて』と言う笑顔つきで。
「……お前、やっぱりやれば出来るんじゃねぇか」
「当たり前ですよ。人の357倍生きてるんですよ、これくらいの問題へでもないです」
「だったらテストで赤点なんか取るんじゃねぇ!」
本気で殴られた。それもグーで。
「さすがにいたい! っていうか、恋人にグーは酷い!」
「だから誰が恋人だ!」
「私の他に誰が?」
むしろ他にいたら許さないと怒ると、彼はウンザリした顔でプリントを受け取る。
「お前とにかく一回病院いけ」
「そうですね。そろそろ子ども欲しいですもんね」
「何処の病院に行く気だおのれは!」
「でもたぶん問題はないですよ。ちゃんと生理も定期的に来てますし!」
「だからお前は……」
何か言いかけて、しかし彼は口をつぐんでしまった。
「どうしたの?」
「……疲れたから、帰る」
「じゃあ一緒に」
「帰るわけねえだろ!」
プリントに乱暴に丸をつけ、そして彼は私を置いて教室を出て行ってしまった。
そう言うつれないところも素敵。と思う一方、やはりちょっと切なくもある。
様々な障害はあったとはいえ、私達はどの時代のどの世界でも顔を見ればお互いの事がわかった。
けれど今回は何故だか彼は私を覚えていない。それはもう見事に、私が私だと気付かない。
「まあ記憶がないくらい、今までに比べたらどうって事無いけどね!」
だって私と彼は、357回も悲恋を繰り返した、運命の恋人同士なのだから。