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EP9 帰還、風の星へ

 エプエス・セルチ号用のワープ装置が完成した。二つの極太のリングが船体を取り巻いているのがワープ装置だ。ワープ実験装置の実験が成功してからここまで約50陽周(ねん)もかかった。

 今、僕たちは拠点としていた無人星を離れ、宇宙空間に飛び出している。

「みんな、もうそろそろ風の星に帰れるよ」

 亡くなったみんなを祀る壇の前でザラ姉と一緒に手を合わせる。ザラ姉はたくさんの言葉をみんなの形見に投げかけ、思い出を語り、少しだけみんなが亡くなったことへの恨み言も言いながら、帰郷の喜びを語っている。

「私の故郷の国レガリアは今なんの季節かなあ。雪でも降ってるのかな? レイヴィス、君の故郷は北の国のノースリアだったね。ずっと雪が降ってるという……」

 昔日の仲間との語らいをその後もずっと続けていたザラ姉は、最後にこう締めくくる。

「……じゃ、これから帰るよ。”風の星”に」




 昔日の仲間たちとの語らいを終えた僕たちはブリッジでふたり各種データの点検をしている。

「ザラ姉、今までいたあの星の座標・運動データはとった?」

「うん。これで何かあったらすぐ戻れる。まあ風の星に帰るからこれは必要ないかもだけどね」

 ザラ姉はすっかり古ぼけたデバイスを取り出し、今までの宇宙航宙データと経過時間を入れる。すると風の星の現在地と渡航ルートが瞬時に出る。

「まあルートのほうは要らないか、ワープするんだし。ほい、ワープのデータ入力頼むね」

 ザラ姉が投げてよこしたデバイスの情報をもとにワープのデータを入力する。

「ほい。相対座標、入力したよ。シートベルトつけて座ろ」

 ブリッジの座席に座り、シートベルトで身体をガッチガチに拘束する。ワープには耐えられないため、全てのセンサー類とカメラ類をクローズにして、ブリッジの強化窓ガラスを強化シャッターで塞ぐ。

「じゃ、押すよ」

「うん。ザラ姉、いよいよだね」

 僕とザラ姉ふたりで手を重ね、ワープ装置起動スイッチを押す。ワープ装置が起動し、反物質と物質が出会ったことによる莫大なエネルギーが空間を歪ませて”泡”を作る。

「うああああ……! エルくん、大丈夫……?!」

「うぐううう……! な、なんとか……!」

 空間を歪ませる”泡”が安定するまでの間、船内の重力・質量・時の経過が不安定になる。今だって僕の右手と左手で時の経過が一ヶ月分違う。頭では一瞬の出来事なのに、下半身ではもう何百陽周(ねん)も経っている。細胞全体を駆け巡る情報に差が生まれ、奇妙な吐き気を催す。

「わああああああ……はあっ、はあっ!」

 やがて”泡”が安定し、宇宙船内の時の経過が一定になる。

「エル……くん……お久しぶり?」

「ザラ姉、そっちは随分時間がかかっちゃったんだね」

「うん……もうすぐ帰れると思ったのにまさかワープ装置の起動だけで長い時間拘束食らうとは思わなかった」

「……ま、あとはワープするだけだ。ザラ姉、一緒に押そう」

「うん」

 今度も再び手と手を重ね、スイッチを押す。刹那、船内が眩しい光に包まれる。身体中に強い衝撃を受けて意識が途絶える。




 意識が戻る。ゆっくりと視界を開ける。隣を見ると、ザラ姉はまだ気絶している。ワープ装置用の計器に目を向ける。

「……エネルギーが沈黙している。ワープは完了したってことか」

 ”泡”も消滅している。ソレを確認したのち、全てのセンサー類・カメラ類を復活させ、シャッターを開く。そこには今まで通り見分けのつかない宇宙空間がある。

「……ん……エルくん……着いた?」

 ザラ姉も気絶から目覚める。僕はディスプレイに目を向けて宇宙船の周りの星を観察する。

 ディスプレイに”星系”が映っている。赤く燃え盛る”恒星”を中心に”惑星”がその周りを回っている。岩石惑星が二つ、ガス型惑星が二つある。間違いない。この星系の特徴は、ザラ姉から教えてもらった”風の星”がある星系の特徴と一致する。

「ーーー漸く辿り着いたよ、ザラ姉。”風の星”のある星系に」

「うお……マジか?! ということはとうとう帰ってこれたんだ!!」

 ザラ姉が4つの腕全てを上げて喜ぶ。ぴょんぴょんと跳ね、辺りを走り回る。まるで大人げない行動こそがザラ姉の心の底からの喜びを表している。

「とはいえ、まだブリッジのガラスからじゃ風の星は見えない。ここからはオートパイロットで風の星に向かうんだよね、ザラ姉」

「うん。それじゃ自動操縦を設定ーーーいや、何か近づいてくる!」

 突然赤いアラートが船内に鳴り響く。センサーの画面の中に熱源が二つ現れる。

「ザラ姉! 宇宙巨獣がまた現れた?!」

「ーーーいや、この熱源は……宇宙船! 自動防衛システム、強制停止!!」

 ザラ姉が咄嗟にスイッチを押して自動防衛システムを止める。展開しかけた砲台たちが装甲の内側に引っ込む。各カメラから送られてくる映像に注視していると、そのなかの一つの映像の中に”宇宙船”が現れる。その宇宙船のフォルムはどこか見覚えがある。ーーーそうだ、イルフⅡで墜落した、ザラ姉たちが乗っていた宇宙船とそっくりのフォルムをしている! 

 エプエス・セルチ号のコンソールがピーピーと鳴り響く。ーーー通信が届いている音だ。

「エルくん。彼らはおそらく私と同じヨツリ族だ。私が応答する。いいね」

「どうぞ」

 ザラ姉が顔をマイクに近づけ、通信開始のスイッチを押す。ディスプレイに相手の宇宙船のブリッジの様子が現れる。

『こちらはヨツリ・ゾーン宇宙政府の宇宙軍である。此処はヨツリ・ゾーンの領宙である。宙外からやって来た宇宙船とお見受けするが、登録の無い宇宙船および登録の無い艦長は犯罪である。宇宙船の登録IDおよび艦長名を答えよ』

「……! その姿、その声はヨツリ族! 良かった、やっと、やっと、生きているヨツリ族に出会えた……!」

『遭難船か? だが登録がないのなら犯罪には変わりない』

「ザラ姉。感動してるとこ悪いけど捕まるピンチだよ」

「……あ。済まない。えっと……私はザライレム。一万数陽周(ねん)も前に風の星を発った、13番旧文明探査隊のひとりだ。艦長は亡くなった。探査隊は私を残して、みんな亡くなった。……ヨツリ・ゾーンだの、宙域だのは私がまだ風の星にいたときは存在しなかった概念だ。だから私の艦長としての登録はない。そしてこの宇宙船は遺跡天体イルフⅡで発見したものだから当然、登録もない。だが、風の星国際連合と私の故郷レガリア国政府に問い合わせてみてくれば私が旧文明探査隊の隊員だと分かるはずだ。法律は不遡及が原則だろう?」

ザラ姉が言い終えた瞬間、向こうのブリッジが慌ただしくなってスピーカーの向こう側が騒がしくなる。耳を澄まして聞いてみると、『探査隊? 聞いたことないぞ』『ばか、俺は記憶があるぞ』『遥か昔からやって来た人に何て接すればいい?!』などと言い争っていた。

「ま、そうなるか。エルくん、少し待とう」

 少ししてスピーカーの向こうの雑音が収まり、カメラが切り替わる。今度はブリッジではなく何処かの部屋のようだ。カメラの前の高級そうな椅子に強面のヨツリ族が座る。

『先程は申し訳なかった。私はこのポセダラ号の艦長、ヨツリ・ゾーン宇宙軍領宙哨戒科のガルフ少佐である。貴艦のことは私が預かった。宇宙探査隊のことは確かに古いデータベースにあるが、虚偽の可能性もある。そちらの乗組員は現在、何人だ? 申告せよ」

「私を含めて二人だけだ。ああ、このエルくん……エルイムはイルフⅡで我々が発見した人工生命体だ」

『ふむ。それでは二人で小型艇に乗り、こちらに来るのだ。貴殿が探査隊員のザライレムであることの信憑性を増すため、探査の成果物や身分証明書の類を持ってくるのだ。それとDNA検査も行う」

「DNA? まいったな、私は旧文明の技術で身体を改造しちゃったんだ。仕方ないから、我々の船を捜索してもいいよ。それと亡くなった隊員の遺骨をいくつか持っていくからそれで検査してくれない?」

『……良かろう。ただし貴艦の捜索より先にこちらの船に移ってもらって色々聞こう』

「分かった。行くよ、エルくん」

 ザラ姉に促されてガレージに向かうが、どこか少し違和感を感じる。ヨツリ族たちの宇宙船は、ザラ姉たちが乗っていた宇宙船と余りにも”そっくり”だった。例えるなら、まるで時間が止まっているような感じだった。

「ザラ姉、ヨツリ族たちの宇宙技術ってあんまり発達してないのかな? あの宇宙船、まるでノフトヌヌ号とそっくりだったけど……」

「……私も思った。でも目に見えない進歩の仕方をしてるかもしれない。油断は禁物だよ」

 ザラ姉はそう答えながら小型艇に乗り、僕を引っ張り込んだ。

 僕たちはエプエス・セルチ号を宇宙空間に留まらせ、ヨツリ・ゾーン宇宙軍の巡宙艦に乗り移る。小型艇発着場に降り立つと、重々しい宇宙戦闘服に身を包んだヨツリ族の宇宙軍兵士がずらりと並んで銃を構えながら出迎えてきている。間違いなく僕たちを警戒しているのだ。

「……銃の形状こそ違うけど、しくみ自体は私が発った時からさほど変化がない。エルくんの言う通りかも」

「でしょ」

 遠巻きに見ながら言い合っていると、兵士たちがずらりと並んだその奥からゆったりと歩いてくる人影が見える。

「改めて、私は艦長を務めるガルフ少佐。ようこそ、ポセダラ号へ。はるばる遠い旅、お疲れ様でした」

「ありがとうございます。改めて、ザライレム・ガンロードです。第13番旧文明探査隊の隊員を務めています。故郷の風の星があるこの天陽星系に帰還できたことを嬉しく思い、このような歓迎をしていただいたことに胸が打ち震えます」

 ふたりが破顔しながら握手しいくつかの言葉を交わしたのち、ガルフ少佐が先導して通路を渡り、僕たちもついていく。

「そういえばこの宇宙戦艦は風の星から随分離れたところを飛んでいますね。風の星が恋しくなりませんか?」

 ザラ姉の口から風の星という単語が出たとき、明らかにガルフ少佐の瞳が少し大きくなった。その強面の顔に何かを探られたくないかのような表情が見え隠れしている。

「いえ、私はふだん宇宙基地に駐屯しておるのですがなかなか快適でして。技術の進歩というものは素晴らしいものです」

 ガルフ少佐の言葉を聞いたザラ姉が4つある目のうち右下の目だけを僕に向けてくる。ガルフ少佐は何かを隠している、というアイコンタクトだ。

「こちらで細胞片を採集し、身体をスキャンさせてもらう。それが終われば反対側の部屋で質疑応答をいくつか行う。隊員の遺骨はこちらでDNAの確認をさせてもらう。よろしいですかな?」

「ええ、やってちょうだい。でも遺骨はあとで必ず返して」

 ザラ姉と僕は努めて逆らわず、ガルフ少佐の言うとおりにする。隊員の遺骨を預け、いくつかの検査を経てガルフ少佐との質疑応答に入る。ザラ姉が風の星を発った当時のことや僕がイルフⅡで目覚めた時のことなどを聞かれた。

「ふむ。あとは遺骨のDNA検査次第だが、ザライレム様は十中八九ザライレム本人と認められるでしょう。エルイム様も、ザライレム様とかなり長い期間寝食を共にしている事実、受け答えが明確で倫理観もしっかり備えているから危険性はないものと判断できるでしょう」

「それはよかった。ところで聞きたいんだけど」

 ザラ姉がさっきまで見せていた笑顔を引っ込め、鋭い眼差しをガルフ少佐に向ける。

「風の星のことで何か隠しているでしょう。なぜ私達に隠す? やましいことがあって隠すというのなら、私達もあなたがたがヨツリ族の正式な宇宙軍だというのが疑わしくなる。ーーー答える気はない?」

 ガルフ少佐は押し黙り、首を振り、やがて深い溜息をついた。

「……風の星に向かおうとするならいずれ知ることになることです、いま言ってしまっても順番が前後するだけでしょう。ですがザライレム様には心の準備をしてもらいたい」

「こっちは焦らされているんだ。風の星のことならどんなことでも聞きたいに決まっている」

「……承知しました」

 ガルフ少佐は深呼吸をし、ザライレムの真剣な眼に向き直る。


「風の星は滅びました」

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