EP8 終わりに近付く”探査任務”
あのあとしばらく報告と議論を重ね、流石に疲れたのかザラ姉は真っ先に寝た。僕はなんだか意識が冴えて眠る気になれなかった。自然と身体が格納庫に赴いてしまう。気がつけば、旧文明の機械”巨大反物質加速生成機””重力変動源制御装置””先進細胞編集装置”の前に立っていた。しばらくそれらの機械の複雑な配線に視線を奪われていた。機械のタンク部分に手を添え、周りをゆっくりと歩きながら眺め、背を預けてみたりする。自分でもよく分からない、不思議な気持ちが沸き上がってくる。
ふと、身体の何処かが触れてしまったのか巨大反物質加速生成機が起動し、コンピューターのパネルが点る。今の状態では反物質を形成するどころか、そのために必要な準備もできない状態だ。今は何もできないはずの機械のパネルに僕は視線を注いでしまう。むかしレイヴィスに言われた言葉を思い出す。
【エルイムは好奇心旺盛ですね。言葉はすぐに覚えたし、我々の使う機器の仕組みもすっかり覚えてしまった。……探求は楽しいですか?】
は、と気づいて機械を見上げる。そうだ。初めてヨツリ族と出会ったころの気持ちが今、胸に宿っている。未知と出会った気持ち。未知を知りたいという気持ち。未知を求め、解き明かしたいという気持ち。
【もし敵を倒せたなら、我々が見ることのできなかった景色を、今度は君が見てきなさい。そのためにーーー我々の探求を終わらせないために君を作ったのだから】
今なら分かる。旧文明のホログラムが言っていたことの本当の意味を。僕は探求が好きだ。そしてきっと、旧文明は僕が道を追い求めるように造ったのだ。
「……旧文明に思い入れはない。でもこの気持ちは本物だ」
たとえ造られたものであってもここに存在する以上、僕の存在とこの気持ちは本物なのだ。レイヴィスが肯定してくれた言葉だけで充分だった。
「少し癪だけど、旧文明の言う通りにこの世界を全て解き明かしてみるのも良いな。ーーーでも、”敵”がいるんだよな……」
旧文明を滅ぼした”敵”。宇宙中に宇宙巨獣を解き放った”敵”。旧文明のホログラムの口ぶりでは、僕が探求を続ければやがて戦うことになるみたいだった。
「……邪魔だな」
床を蹴る。まるで自分の好奇心に蓋をされているみたいだ。もし戦わなければいけないのだとしたら、勝たなければいけないのだとしたら。
「ーーー決めた。僕、”敵”を倒すよ。僕の望みのためにも、旧文明のネガイのついでの為にも」
機械の前でネガイノツルギを握って誓う。
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ワープ装置を作ると決めた僕たちが最初に行ったのは、拠点とする星の選別だった。幸い近くに大気のある岩石惑星があったので、そこに着陸する。
「空がオレンジ色……二酸化炭素が多い証拠だね」
ザラ姉がどんな気候にも耐えられる多気候性服と呼吸ヘルメットを被って宇宙船の外に出る。僕も彼女の後について外に出る。
「まずは資源を探査しなきゃだね、ザラ姉」
大地に着陸する前に宇宙で発射しておいた人工衛星から送られる地表のデータをタブレットで確かめる。
「良かった。資源は豊富みたいだよ、ザラ姉。水もこの地下にあるっぽい」
「そっか。じゃあまずは定住の準備しなきゃね」
自動ポッドも駆使しながら様々な設備を地表に整える。機械井戸に実験棟、仮組みした工業棟、資源を採集し運搬するための各種設備。それらを酸素を含んだ空気で満たされた仮設通路で宇宙船と繋げる。宇宙船に居住しながら地表で大規模な仕事を行うためだ。作業の途中でふとザラ姉が話題を振る。
「旧文明は”敵”のせいで滅んだんだよね? 宇宙巨獣たちは敵の手先だとか……」
それはついこの前にザラ姉に報告した内容の一つだった。
「ああ。でも”敵”が何なのかは教えてくれなかった。”敵”を認識しちゃうと、”敵”もこっちに気づくらしいから」
「ふーん……。今も”敵”は生きているみたいに言うね」
「……あんまり考えない方がいいかもしれない。正体に辿り着いちゃった時点で”敵”にバレるみたいだから」
そう言い置いて僕が仮設通路の気密を調整しようとした時、開閉システムのプログラミングをしていたザラ姉の口が滑る。
「―――でも、”敵”を認識した瞬間にこっちも認識されちゃうなんて、神様みたい」
「ザラ姉!!!!」
「あっ!!!」
ザラ姉の指がキーボードの上を滑り、ディスプレイがエラーを吐く。
「……いいか、旧文明が言ったとおりにするんだ。何も考えないで。気になるのは分かるけど、なんせ物理以外に未知の理があるこんな世界なんだ。いつ何があるかわからない。他のことを……例えば、風の星にいるザラ姉の妹のことを考えるとか」
「……分かった。ごめんね。でもそんなに旧文明が念を押すくらいなら、風の星に戻っても報告しない方が良さそうだね」
「そうしてほしい。探査隊としては不本意なんだろうけど」
「……いいや。私だって世界が滅ぶようなことは望んでないもの。これでこの話はおしまいにしましょ」
そう言ってザラ姉はエラーの原因となるコードを消し、正しいコードを入力していく。僕も口をつぐみ、気体が通る配線を正しく組み替えていく。
諸々の準備が終わり、ザラ姉と一緒に多目的室で一息つく。
「ねえ、エルくん。いまさら気づいたんだけど、宇宙船に名前ってつけてなかったよね?」
「? それに何か問題が?」
「大有りだったわ! ずっと何か愛着湧きにくいな〜って思ってたら名前つけるの忘れたわ! それもあんな〜〜〜〜に長い間!」
「うーん、確かザラ姉たちが前に乗ってた宇宙船は”ノフトヌヌ号”だっけ? 意味は”科学の栄光”だとか」
「そうそう! でもこの船は実質的にはエルくんのものだから、エルくんが考えて」
丸投げである。仕方ないので少し思考を悩ませる。
「旧文明語からとって、エプエス・セルチとするのはどうでしょう。意味は宇宙探索。単純だけど……」
「うん……いいじゃない! エプエス・セルチ号! 宇宙船よ聞いたか! 今日からお前の名はエプエス・セルチ号だ!」
ははは、と互いに笑い合う。
「じゃあまた明起からよろしくね、ザラ姉」
「……なあ、一緒に寝ちゃダメか? 実はあの遺跡から脱出して以来、寝るときが一番寂しいんだ。だから……頼むよ、エルくん」
途端に思い出す、あの二人。そうだ、あの時から二人は居なくなった。それ以降、僕もザラ姉も寝るときには必ず無力感と悲愴感で潰れてしまいそうになることが多々あった。僕はこくりと頷いて手招く。
「やったあ。エルくんと寝るの好きだあ」
「僕もだよ」
正直、添い寝は僕も心が救われる。この様子をオーギュストが見たら、依存が悪化しているとでも言うのだろうか。でも、もう二人しかいない。二人で支えあうしかない。風の星に着くまではこれ以外に選択肢はない。
―――それに、弟としても姉を支えたい。
そう思い、ベッドに眠るザラ姉を抱きながら僕も眠りにつく。
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二百陽周後。僕は小型艇でガス型惑星の近辺まで来ている。採集機でヘリウム3を集めているのだ。
『ピーッ、ピーッ』
「ああ、集まったか」
舵を取り、船首をガス型惑星から拠点の星へと向ける。だが目的地は拠点の星じゃない。その上にある、僕たちが作った人工衛星だ。
星の上に人工衛星が浮いている。骨組みが目立つ簡素なソレの上に着陸し、ヘリウム3のタンクを人工衛星と繋げ、補給する。人工衛星の中に入っていくと、観測室でプログラミングをしていたザラ姉と目が合う。
余談だが、この二百陽周の間、僕とザラ姉は旧文明の齎した先進細胞工学を解明し、それを使った。”プログレス”と名付けられた細胞群体生物用細胞は、元々の僕の細胞よりも遥かに強固で多機能になっている。今の僕とザラ姉は、プログレス細胞を適用した細胞群体生物になっている。ザラ姉は生物学上ではもうヨツリ族じゃない。
「エルくん、燃料ありがとね。これでワープ実験ができる」
「……いよいよだね」
観測室の窓から外を見る。人工衛星の一番大きな部分が、ワープ実験装置になっている。実験の際にはワープ実験装置が人工衛星から切離されて単独ワープを試みるというものだ。
今思えば、今までに様々な紆余曲折があった。まず反物質や重力波の観測に必要なモノを作ることから始めなければいけなかった。船のAIに既存の理論を食わせて装置の設計図を書かせて僕たちで微調整し、専門知識があるわけではない二人で必要な部品を一から作らなければいけなかった。二人だけの星では誰かに部品を注文することもできない。必要な部品を作れるだけの精度を究めるのに百陽周もかかった。次は観測だが、これが最難関だった。装置の出力を間違え、重力波で星にクレーターができたこともあった。反物質の爆発でザラ姉が首だけになり急きょ僕が同化して助けたこともあった。実をいうとプログレス細胞を適用したのは同化したザラ姉を分離する為だったりする。
「反物質格納器の調子はどう? ザラ姉」
「問題ないよ。反物質形成器との接続もスムーズにできてるし」
「良かった。前みたいに宇宙空間で大爆発! とはならずに済みそうだ」
「それと、エルくん、カメラは設置した?」
「ああ。近くのガス型惑星の衛星の周回軌道上に置いてきた。此処からあそこら辺にワープができれば成功だな」
「……じゃ、1時間後に実験を始めるね。エルくん、それまでの間は色んな計器見てエラーがないか見ててね」
うん、と了承するものの、ザラ姉の顔にはどこか元気がなさげだった。緊張しているのだろうか。ともあれ、刺激しないほうがよいと思って口を出さずにいる。
時間になる。ーーー僕の中で心が湧き立つ。成功したらワープ航法をこの目で見る初めての機会になるかもしれない。そう思うと胸の高鳴りを止められずにいる。
ワープ航行用に組んだプログラムを走らせるスイッチをザラ姉が手に汗をかきながら押す。
ワープ実験装置が人工衛星から切離され、装置の周辺の空間が歪み始める。それと同時に、装置の中の反物質が物質と出会って莫大なエネルギーを生み出すのを待っている。
『10、9、8、7、6,5,4,3,2,1ーーー0』
莫大なエネルギーが装置の内部で爆ぜ、循環し、空間の歪みが泡状になって装置を包む。ーーー装置が人工衛星の近くで”消滅”する。
「目的地には……着いてる! ザラ姉、着いてる!」
ディスプレイには、ガス型惑星を背景にしてワープ実験装置が宇宙に浮かんでいる姿が見えた。装置のどこにも破損はなく、莫大なエネルギーの制御にも成功した。
「わーーーー! やったあ、エルくん! これで帰れるよお、風の星に! やったあああ!」
「まだエプエス・セルチ号用のワープ装置はできてないんだが……まあ、これで大きな一歩が踏めたのは確かだ!」
ワープ実験装置の回収ポッドを発射して人工衛星に回収するよう指示し、小型艇でザラ姉と一緒に地表に降りる。エプエス・セルチ号の周辺は昔とは比べ物にならないほど工業化が進んでいて、今やひとつの都市ができていると言えば信じてしまいそうなほどに高く広く厚い建物が立ち並んでいる。全てワープ装置を作るために必要なものを作り、実験するために建てたものだ。
「誰かに言っても信じないだろうな。私とエルくん二人だけでここに住んでるって言っても」
「誰かって誰よ。僕以外の誰かに会えるの?」
「風の星に着いたら会えるもん! あ、でも風の星に帰っちゃうわけだからここには住まなくなるか……」
他愛もない会話をしながら着陸する。ザラ姉はもう酸素のない世界に出るときヘルメットを被る必要がない。強い風を受けてザラ姉の赤い髪が靡く。
「う〜ん、おいしい空気が吸える! この身体をくれて旧文明ありがとう!」
「いや、自分で味覚操作して二酸化炭素まみれ酸素抜きの空気を美味しく感じるようにしただけでしょザラ姉。真空でも生きられる身体になったからって」
「いちいちツッこまないの」
ザラ姉の言葉にツッコミどころを探して彼女が呆れる。いつも通りの会話を繰り返しながら、ザラ姉の顔色が少し優れないのを観察する。何か悩みでもあるのだろうか。
「ザラ姉、今日は久しぶりに一緒に風呂に入らないか?」
「えっ?」
施設の点検や気候の様子見など様々な仕事をこなしたあと、エプエス・セルチ号に備え付けられている風呂に入る。
「どういう風の吹き回しなんだ? もう老廃物が出る身体じゃなくなったんだし、湯につかって気持ちよくなりたいならなぜ私を呼んだ?」
「まあまあザラ姉、まずは湯に入って」
まずザラ姉が浴槽に浸かり、撫子色の肌が湯に沈むのを見届けてから僕もサーモンピンクの身体を浴槽に浸ける。
「最近はワープ実験装置の完成が待ち遠しくて風呂に入ってなかったな。浸からなくても問題ないとは言え……ふ〜、気持ちいい」
「こんな細胞群体でも湯は癒やしをくれる。浸かって良かったでしょ」
暫し湯に浸かって今までの疲労を癒す。身体中に元気が戻ってきたところで切り出す。
「……ザラ姉。最近表情が良くないみたいだけど、何があった? 感じ取ったところ全くの健康体みたいだから、何か悩みがあるんじゃないか?」
「やっぱりその話か。……そうだよな、もうそろそろワープで帰れちゃうんだよな……」
少し長い時間ザラ姉が顔を湯につけて沈黙した後、顔を上げていう。
「旅が終わるんだな、って思ったんだ」
短い言葉。その背景には一万陽周を超える探査隊としての旅の歴史がある。オーギュストやレイヴィス、僕の知らない隊員たちとの色々な思い出が詰まっている。もちろん、僕と出会ったあと四人で旅した分もそこにあるはずだ。
「……みんながあの事故で死んじゃって、生き残ったあの二人も宇宙巨獣にやられて、碌な旅じゃなかった。それでも口惜しいというか、旅をしてきた今までがプツッと終わっちゃうことに少し抵抗を感じる」
「……ザラ姉」
「もちろん帰るのは決定事項だよ! 妹に会ってエルくんのこと話したいし、探査結果の報告をしなきゃだし、探査隊員の骨を家族たちに返さなきゃだし、オーギュストとレイヴィスの遺言もあるんだから!」
「なら良かった、ザラ姉」
これで懸念の一つは晴れた。だがもう一つ懸念がある。これは、自分のほうの問題だ。
「ねえザラ姉。風の星に帰ったあとは、どうするの?」
「……そうね。諸々が終わったらまずは妹のお家に帰ってベッドにダイブして寝る。その後は……うん、ずっと風の星にいたい。碌な旅じゃなかったし、もう重荷は背負いたくないし……エルくんには悪いけどね」
「そっか。でも故郷で過ごせるしいいじゃん」
どのみち僕は風の星に着いて諸々を済ませたらお偉いさんに頼み込んで最悪ひとりでも次の遺跡のポイントへ向かおうと決めている。でもザラ姉はそうじゃない、って今はっきりと分かった。心が沈み込むような感覚を覚えながら笑顔で返す。
「そうね。……でもまずは本格的に宇宙船用のワープ装置を完成させてから! 風の星に帰るまでが探査隊の任務中! 私もエルくんも気を引き締めていくよ!」
「おう!」
何はともあれ、まずは帰ってからなのだ。気持ちを引き締めて二人同時に浴槽を立ち上がる。




