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EP7 暗い昏い宇宙の片隅にて

 視界が開ける。医療ポッドを内側から押し開け、身体についた治療液を備え付けのタオルで拭きながら起き上がる。鏡を見ると、腕が2つに足が2つ、目も2つのいつもの旧文明(エイアス)人スタイルに戻っているとわかる。途端に神経痛と共に蘇る記憶(ツイオク)

「オーギュスト……! レイヴィス……!」

 最後に見たのは、フェンリル型に立ち向かおうとする後ろ姿だった。身体の真ん中を杭で穴を空けられたような喪失感が襲い来る。いつも実験棟や展望デッキで色々なことを教えてくれたレイヴィス。僕がザラ姉呼びを始めた時にからかってきたオーギュスト。探査隊隊員として真摯に資源採掘任務などをこなしてきた二人。その二人が、もういない。

 悲しみで身体が押しつぶされそうになる。暫く医務室の片隅でうずくまる。そのうちに何故か僕は歩き始めていた。

 多目的室のドアを開け、見回す。何故だろうか、ここでオーギュストがいつも通りにコオネルを飲んでいるような気がしたのだ。そうして今の僕を見れば何かしらからかってくるのだろう、元気付けるために。でも、あの陽気な声はもう聞こえてこない。

 実験棟のドアを開き、様々な機器や標本などに触れると、レイヴィスの実験や観察の跡がそこかしこに残っていた。視界を閉じれば彼の動きが見えてくるようだった。それでも視界を開けば彼の姿はもう無い。

 通路に出て、そこらの壁を殴る。

「生きてると思ったか。僕のバカめが……」

 彼らが死んだのが夢であってほしかった。彼らの姿を探せばそこにいると思い込んでしまった。でも現実は非情だ。彼らはもういない。もうどこを探しても、見つけることはできない。

 しばらく通路の片隅で項垂れる。オーギュストとレイヴィスとの五千陽周間(ごせんねんかん)を記憶のなかで繰り返しながら、冷たい床にただ座る。深い悲しみの感情に身体中が押しつぶされて、身動きが取れない。

 ふと、ザラ姉はどうしているのだろうかと気になる。ザラ姉の顔を思い浮かべた瞬間、身体が動くようになった。立ち上がり、船内を探す。食堂。展望デッキ。ブリッジ。ザラ姉の部屋。思い当たる所を探すが、彼女の姿が見えない。

「……もしかして」

 最後の心当たりを探しに行く。そこは亡くなった探査隊隊員たちの骨を納め弔う部屋。予想通り、ザラ姉はそこにいた。壁に寄りかかり、絶望に塗り潰されて濁った赤い目をただ見開いている。悲しみと絶望のあまり排泄も忘れて、糞便にまみれている。

部屋を見渡すと、骨を入れた瓶を祀る壇の上に小瓶が二つ増えている。だが、透明な瓶の中に入っているのは骨じゃない。それぞれカップの欠片とゴム手袋の欠片だ。カップの欠片はオーギュストがよく使っていた私物のカップのものだ。ゴム手袋も、レイヴィスが愛用していたものだ。確かに二人の骨は拾うことができなかった。僕は壇の前に座って、冥福を祈る。

「オーギュストとレイヴィスの魂が風と共に在りますように」

「……みんな死んじゃった」

 祈る背後でザラ姉が言葉を発した。

「ねえ、エルくん……みんな死んじゃった」

 もう水分が足りていないのか涙は出ていないが、顔や服などはぐちゃぐちゃになっている。何も食べていないのか、皮膚に骨が浮き出ているように見える。ザラ姉は壇の方に這って動き、壇に手をかける。

「なあ、トーイ。お前は旧文明がどんな文明だったか論文を出してただろ。新しい仮説とか聞かせてくれよ……なんで死んじまったんだよ」

 ザラ姉が別の瓶に目を写しながらかける言葉を変える。

「ジャルルおまえ、探査の成果を持って帰って風の星の偉人になるんだって力説してたくせになんで死んでんだ! マッハラパフ、風の星に帰ったらどんな新しいゲームが出てるかなって言ってたよな……もうレトロゲームすら遊べねえじゃねえか……」

 ザラ姉が壇に項垂れ、今は亡き探査隊隊員たちへの思いを口から流し続ける。

「みんな……風の星を発つ前に誓ったじゃないか。必ずみんなで帰ってこようって!!! それがどうだ、今じゃわたしひとりだよ……!!! オーギュストもレイヴィスも逝った!!! 探査隊はわたしひとりだけになっちゃった!!! オペレーターのディータ、お前があんな提案をしたせいだぞ!! お前のせいだ!! 艦長もあの時なんで墜落をえらんだんだ!!! どうしてみんなわたしをおいていくんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 ザラ姉が暴れ始め、骨の入った小瓶を床に叩きつけようとする。

「だめだ!!」

 すかさずザラ姉の手首を捕まえて倒し、小瓶を手放させる。

「やめてよエル、わたしは、わたしは、わたしはああああああああああああああああ!!!!」

 狂乱になって叫び暴れようとするザラ姉を押さえつける。叫び声は徐々に小さくなり、遂に気を失う。

「……ザラ姉……」

 口と目を開けたまま気を失ったザラ姉を抱えあげる。すっかり呼吸も浅くなって、少しずつ弱くなっていっている。その証拠に肌の色がどんどんくすみ、筋肉も細くなってしまっている。

 足を一歩踏み出すと、散らばった小瓶が足にぶつかる。

「ごめん、あとで片づける……」

 ザラ姉を抱えて医務室に移り、服を全て脱がし、金青の蓋を開けて医療ポッドの中に入れる。若竹色の液体に満たされたポッドの中でザラ姉は静かに眠っている。重ねられた涙跡がゆっくりとけていって、元の綺麗な撫子色の肌色を取り戻してゆく。

「……ザラ姉……」

 ポッドに手を添えて名前を呼ぶ。ポッドの中で可憐な真紅の髪が舞う。僕は壇と小瓶を片づけにあの部屋に戻る。




 一眠(いちにち)が経った。金青の蓋を開けて、ザラ姉を引っ張り出す。充分な栄養が与えられたのかすっかり身体中が鮮やかな撫子色を取り戻している。だが、目の色にまだ生気がない。ザラ姉は医務室を見回し、何かを探すかのように机の下を覗いたり、椅子の上を見つめたりしている。

「ザラ姉。みんな死んだよ。どこを探してもレイヴィスはいない。オーギュストも」

「……やっぱり、そうよね。ごめんね、大人げないことをして」

「僕も同じことをした。気持ちはわかるよ」

 それ以上言葉が続かない。ザラ姉が言葉を続けようとしないのだ。生気のない瞳の奥に二人の不在の現実を突きつけられそうになる。沈黙に耐えかねてその場を去り、何故かレイヴィスの部屋の前まで足を進めてしまう。ふと、昔のレイヴィスとの会話を思い出してしまう。


『ねえレイヴィス、親しい人が死んだら葬式や火葬をするのはわかったけど他にすることはないの?』

『本当にエルイムは知りたがりだなあ。細かいところまで気になるなんてね。……そうだなあ、亡くなった人の物を片づけるかな。いつまで残しておけるわけがないからね』

『悲しくならないの?』

『悲しくはなるかな。ただ、気持ちの整理にもなる。……そうだ、僕が死んだら僕の部屋を片付けてくれるかい?』

『……レイヴィスが死ぬなんて嫌だな。それにオーギュストやザラ姉のほうが適任だよ』

『……あの二人は、これ以上誰かが死ぬのは耐えられないかもしれない。僕だってそう。実を言うと、もう誰かが死ぬ現実を背負いたくないんだ。だからエルイム、こんな頼み事を頼めるのは君しかいない』


 あの時はなぜ僕に託したのか分からなかった。でも今ならわかる。僕は三人とは違ってヨツリ族じゃない。風の星で過ごした記憶も無ければ、イルフⅡで死んだという隊員たちとは面識すらない。そんなだからこそ、僕には託しやすかったのかもしれない。……それでも部屋を片付ける役目をくれたのは僕を信じてくれたからだと思いたい。

 ドアを開ける。部屋の中は殺風景で、本棚には風の星で沢山ダウンロードしたという電子書籍のデータが詰まったタブレットひとつと、厳重に防腐・劣化防止処理された紙の厚い本が数冊だけ。机の上にはスタンドライトしかなく、他に部屋の中にあるのはベッドだけ。

「片付けろ、ったってこんなにモノが無きゃ無理だよ。……ん?」

 なんとなく机の引き出しを開けると、消炭色の薄い石の板がゴトッと姿を現す。レーダーで刻字された跡がある。―――遺言書だと一目でわかる。


『これを読んでいるのはザライレムだろうか、それともオーギュストだろうか。エルイムかもしれない。だが、誰であろうと伝えたい言葉に変わりはない。君がこれを読んでいるということは、僕は死んだのだろう。

 イルフⅡへの墜落で他のみんなが亡くなったとき、ザライレムとオーギュスト、僕の三人は泣かなかった。でも内心では大きな喪失感に襲われたし、ザライレムとオーギュストもとても悲しい思いをしているのは顔色を見れば分かった。それでも泣かなかったのは、まだ生きている僕たちお互いに泣き顔を見せたくなかったからだ。そんな顔を見せれば、使命が崩壊すると僕は思っていた。

今回、僕が死んだことでザライレムとオーギュストは今まで耐えていた心が決壊するかもしれない。エルイムは、初めてできた仲間の死に触れてパニックになるかもしれない。これを読んでいる君がどうなっているかは分からないが、これから言う僕の言葉だけは必ず肝に銘じてもらいたい。

 われわれ探査隊はまだ死んでいない。われわれが積み重ねてきた探査の成果や研究を風の星に持ち帰るまでは、今まで亡くなった隊員の誰も志だけは死んでいないのだ。ジャルルの志は宇宙観測研究のレポートにに芽吹いているし、トーイが宇宙船のなかで新たに考え付いた旧文明関連の論文にも彼の思いはまだ生きている。われわれ探査隊が本当に死ぬとき、それはエルイムを含めた探査隊隊員が最後のひとりまでも亡くなってしまった時か、誰か最後のひとりでも生き残って探査隊の成果と研究を風の星に持ち帰れた時、この二つのどちらか、だ。

 改めていう。われわれ探査隊はまだ死んでいないのだ。ザライレム、オーギュスト、エルイム、この三人のうち生き残った者たちでどうか我々を風の星まで送り届けてほしい』

 しばらく遺言から目を離せなかった。遺言状の字の向こう側が透けて、そこにいるレイヴィスが”任せた”という顔をしている。遺言状を持つ手が震える。生きた言葉が身に沁みて、思わず全細胞から涙を流しそうになる。

「分かったよ、レイヴィス。僕がザラ姉を守る。そして必ず風の星に着いてみせる」

 遺言状の向こう側がぼやけ始め、レイヴィスの姿が見えなくなる。遺言状を胸に抱え、ドアを跨ぐ。

「あ、エルくん」

 通路に出た瞬間、ザラ姉とばったり会う。ザラ姉の手元には消炭色の板が握られている。

「……それってオーギュストの遺言状?」

 ザラ姉がこくりと頷く。

「あいつ、言ってたでしょ。『遺言なら俺の部屋にあるから、もう言い残す言葉はない』って。だから私、探してたの」

「その顔だと、中身も読んだみたいだね。レイヴィスの遺言はこれ。……展望デッキに行って読み合わせようか」

 展望デッキで隣り合わせに座って宇宙の遥かな果てを塞ぐ”壁”に見下されながら、オーギュストとレイヴィスの遺言状を読み合わせる。オーギュストの遺言の内容はこうだった。風の星にある彼の父親の墓の前でオーギュストの活躍を話してほしい、と。それから生き残った僕たちに向けての励ましの言葉が載っていた。読み合わせをしながらザラ姉は静かに涙を流し、読み合わせを終えて二人の遺言状を抱える。ちょうど岩石天体の横を通り過ぎ、星が輝り返す銀色の光を浴びてザラ姉の涙が光った。僕のなかでより一層ザラ姉の存在が大きくなる。ーーー心が破裂しそうになるぐらいに。

「ザラ姉」

 ザラ姉の手を掴んで、顔を合わせる。

「生きよう。一緒に生きて、風の星に帰ろう」

 ザラ姉が破顔し、銀色の涙をそっと拭う。

「そうだね。みんなの思い、無駄にならないように頑張らなくちゃね」

 ザラ姉が少し逡巡し、つかの間そらした視線を戻す。

「ねえ、エルくん。私のことをもうお姉ちゃん呼びしなくていいよ」

「……どうして?」

五千陽周(ごせんねん)前のあのときはイルフⅡで仲間の殆どを失ってたから。私が救いを求めたくて、君に依存してしまったんだ。君の言葉に甘えて血の繋がらない姉弟関係を作ってしまったから……」

 ザラ姉の顎を掴んで上げ、彼女の伏せる視線を強引に合わせる。

「違う。あの時のザラ姉の言葉は僕にとって真実だった。それに五千陽周(ごせんねん)もの時を一緒に過ごしてるんだもの。こんなに長い時間をかけて築いた絆が偽物だなんて、僕は信じない」

「……こんなに恥ずかしい真似ができる弟を育てた覚えはないよ」

 ザラ姉が僕の胸に飛び込む。4つの腕で僕の存在を確かめるかのように強く抱きしめられる。僕はそっと抱きしめ返し、彼女の頭をなでる。彼女の嗚咽が終わるまで、ずっとそうしていた。




「ーーーええっ、物理科学の他にも4つの理があるの?!」

 ザラ姉が落ち着いたあと、僕はさっそく遺跡のなかで旧文明のホログラムに言われた事を報告した。

「うん。”魔法””超規””ナゴウイレグ””光則”って言っていた。更に僕気づいたんだけど、旧文明がくれた機械の中に次の遺跡への渡航データが入ってたよ」

 情報端末をザラ姉に手渡す。ザラ姉はまじまじとそれを見、そっと鞄に仕舞う。

「次の遺跡へのデータか。正直いまは風の星に帰りたいから、次の遺跡へは風の星に帰ってからにしましょう。ーーーでも、風の星まで約二万五千陽周(ねん)かあ……。退屈すぎて死にそうになるよぉ」

「それなんだけど、ザラ姉。見てほしいものがある」

 格納庫に移動し、旧文明が齎した機械を見せる。巨大反物質加速生成機。重力変動源制御装置。先進細胞編集装置。

「ーーーって、え?! 反物質?! 扱いがクソ難しすぎて風の星じゃどの科学者やAIもお手上げして資源化できなかったあの”反物質”?!」

「僕もこれを見た時は流石に驚いたよ。でも”反物質”があれば風の星で課題だったワープ渡航時のエネルギー問題が解決するね」

「そうか、ワープ……! それができれば風の星までの時間を大幅短縮できる! 重力技術もあれば船をワープに耐えられる船体にできる! 旧文明の進んだ細胞編集技術があればワープに耐えられる身体を得られる……! ……でも……」

 喜んでいたはずのザラ姉の顔がますます曇る。

「……でも、この3つの機械ってそれぞれの実験装置止まりじゃない。ワープ装置なんてまだ姿も影もないし。実用化するには……」

「うん、僕と二人で実験と研究を重ねなきゃだね」

「それってどれくらい時間かけなきゃなんないの?!」

「少なくとも二万五千陽周(ねん)よりは短くなるはずだから……」

「うわあああああああああ!!! そんなに長い時間頭を使えないいいいいいい!!! みんな生き返って!! みんなの手が要るううううう!!」

 途方も無い時間を二人きりで研究に充てなきゃいけないと知ったザラ姉が発狂してしまう。僕はくすりと微笑みながら、心の中でもう一度誓う。絶対にみんなが生きた証を風の星に帰す、と。

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