EP6 エルイムの初めての別れ
「しかし、どうしよう」
目の前にある機械はどれもヨツリ族たちが現在持っていない技術のものだ。それだけに全部持って帰りたいが、巨大過ぎる。エルイムが思い悩んでいると、床にレールのようなものが浮かび上がり、機械がひとりでに動き出す。
「……用意周到、ということか。じゃあとりあえずザラ姉に連絡しとくか……っと?!」
突然、部屋が揺れた。壁にヒビが入り始める。まるで壁の向こう側を掘っている者がいるような響きだ。
「……! 機械を守らないと!」
ドゴオォン!
壁を破って入ってきたのは、狼型の宇宙巨獣、”フェンリル型”。僕よりひとまわりふたまわり大きいソレは皮膚のない灰色の肌に包まれた身体が気味悪く動き、灼きつくような赤い目が僕を捉える。
「ーーーネガイノツルギ! 起動しろ!」
ネガイノツルギの白熱した刀身を曝け出し、戦闘態勢に入る。フェンリル型の情報が流れ込んでくる。
「弱点は二点。ーーーあの目ふたつが脳と心臓を兼ねているのか。なんだ、随分脆弱なんだな!」
床を蹴って突進し、あっという間に距離を詰める。それを読んでいたフェンリル型が右前脚を薙ぐが跳んで避ける。
「ーーー僕が戦える身体で良かった。旧文明に感謝しなきゃな」
跳んだ勢いでそのまま剣を横に薙いでふたつの目を同時に斬る。フェンリル型は仰け反り、そのまま倒れた。
「……しかし、ここにやって来たのはこいつ一体だけか? ……いや」
遠くから幾つかの破壊音が、それぞれ違う方向から聞こえる。複数体いる。通信デバイスをONにする。
「ザラ姉! 宇宙巨獣フェンリル型が複数襲ってくる可能性が高い! こっちは旧文明が齎してくれた先進技術の機械がある。どうすればいい?!」
『なんだと、フェンリル型?! こっちは護身用装備がある。しばらくは持ち堪えられる。まずは遺産を守り抜け! 状況が変わったらまた連絡する』
ザラ姉がそう言って通信を切るが、実際どうしたものかと一瞬思考を巡らせる。そしてGPSマップを見る。
「ーーーこっちの方が早い!」
僕は駆け出してレールの上を高速で滑る機械の上に飛び乗る。ザラ姉たちがいま居るのは比較的宇宙船に近いエリア。ならば機械を搬送したあとで助けに行くのが近道だと決断した。機械は専用のレールが敷かれた通路を走る。その路上にフェンリル型が複数躍り出る。
「邪魔だァ!」
複数のフェンリル型を機械に触れられる寸前で斬る。斬る。斬る。白熱した刀身がフェンリル型の皮膚を灼き、弱点の眼を破壊する。風を切り、フェンリル型の灰色の血を拭いながら斬る。ーーーだが、数に限りがない。
「せめて遠距離攻撃手段があれば……!」
その時、搬送中の機械とネガイノツルギが共鳴しだした。なんだ、と叫んで振り返ると、超重力技術の機械の錐状の一欠片がゆっくりと浮き上がり、ネガイノツルギの柄の溝に収まってゆく。
「ーーー何となく分かる。お前ら全員潰れろ!!」
叫んで剣を前に突き出す。白熱の刀身が黒く染まる。瞬間、空間が揺れて通路の前にいたフェンリル型たちがぜんぶ地面に張り付くように潰れ、灰色の血も地面に張り付いた。
「使えるのはあと一回。エネルギーの消耗が激しいか」
重力波による攻撃を逃れた新手たちが現れる。だが数は少ない。再び剣を白熱させて斬り伏せ、何とか旧文明の機械が宇宙船に辿り着くまでに守り切れた。宇宙船は自動防衛機構が働き、対白兵戦用に外殻中に装着されている数多のパルスタレットを最大限に駆動して弾幕を張りフェンリル型を寄せ付けないでいた。
「死体の山ができてるな。宇宙船つえー……」
宇宙船の側面が開き、機械が中に納められる。それを見届けてすぐ走り出す。ザラ姉たちが危ない!!
「どけーーーーー!!!」
通路に立ち塞がるフェンリル型たちを斬り捨てて道を開き、走りまくる。
「無事か、みんなーーーー!」
GPSが示した場所に着く。みんなは壁が崩れてできた瓦礫の遮蔽物に隠れながら応戦していた。
「エルくん! 私達は大丈夫! あっちから敵が来る!」
まだあと10体ほどのフェンリル型が通路の先から襲ってきている。
「任せて、僕がやる!」
そう言って先陣を切り、一体を斬り伏せる。だが斬り伏せた死体の後ろから別のフェンリル型が大きく跳躍して僕の頭の上を通り過ぎる。そのフェンリル型が睨むはザラ姉。オーギュストが銃を撃とうとしたが、弾が切れたか、空撃ちになる。
「ーーーまずい」
瞬時に走り出す。フェンリル型よりも速いスピードでザラ姉の前に躍り出、フェンリル型の牙を受け止める。
「ぐっ、あ……!」
上半身の大部分を食い破られ、身体の形を保てなくなる。辛うじて残った下半身と首にフェンリル型の大きな口が迫る。僕はネガイノツルギを取りこぼし、フェンリル型の大きな口に喰われる。
暗転。
光が無く生臭い空間に放り込まれる。喰われたのだ。生々しい口内から食道を通る。バラバラに飛び散ってしまった僕の身体ではとてもフェンリル型を体内から突破する力は出ない。そのうち身体中に焼け付くような痛みが襲ってきた。酸性の消化液だ。
「……ぼく、ここでしぬの、いやだ……」
懸命に思考を働かせ、状況を打破する術を考える。
【お前は人の形を模しているが、ゲームで言えば”コアなしスライム”と同類ってことだ】
刹那、オーギュストの言葉が思考に浮かぶ。そうだ。僕は細胞群体。それも旧文明の進んだ科学によって造られた、超級の化物だった。―――ならば、他の生命体と同化することだって可能かもしれない! フェンリル型の胃の中でバラバラになっている僕の身体ともう一度同化する。流石に身体の形までは取り戻せないが、充分だ。不定形になった身体の一部を錐状に変化させ、思い切り胃の壁を突き刺す。傷がつき、灰色の血が迸る。続いて別の身体の一部を触手状に変化させ、傷口に思い切り捩じ込む。神経を探し、見つけ、接続する。
「準備完了。―――これからお前を僕にする」
フェンリル型の細胞と神経は僕のソレと繋がった。僕の細胞に浸食を命じ、宇宙巨獣の細胞を蝕み始める。グュプ、チュプ、と生々しく水っぽい音が宇宙巨獣の身体中から聞こえてくる。
(脳はどこだ、まだ脳に辿り着かないのか、この身体を完全に支配するには脳と同化しなきゃ―――)
あ。辿り着いた。
フェンリル型の脳に僕の細胞が辿り着いた瞬間、思考が揺らぐほどの神経痛と共に向こうの意識が殺到してきた。
喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ喰エ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ滅ボセ―――エイアスヲ喰イ滅ボセ!!!!!
(?! なぜ急に旧文明の名が?! ……まさか、宇宙巨獣は”敵”の手先……?!)
圧倒されるような捕食と破壊の狂気の奔流の中に旧文明の名前を見つける。その名を見つけた瞬間、僕の中で何かが爆ぜた。
(―――そうか、お前らが旧文明を滅ぼしたのか。別に旧文明に思い入れはない。けれども、破壊と殺意に塗れたまま文明を滅ぼすような狂気に塗れたケダモノどもがザラ姉たちのいる宇宙に蔓延っているのは気に入らないなあああああああああああああああああああああ!!!)
怒りが湧き、爆発し、瀑布となって注ぎ込まれ、渦流を生じ、濁流となって宇宙巨獣の狂気に正面から激突する!!!!!! 互いに思考が激震し、眩暈のように揺らぎ、神経痛に蝕まれる。―――それでも。
「勝つのは僕だ!!!!!!!!!!」
怒涛の怒りの奔流が狂気を喰い破り、同時にフェンリル型の脳を同化し終える。僕の目となったフェンリル型の目が開く。
―――”僕”になったフェンリル型の牙がザラ姉の首元近くにまで襲い掛かっていた。ザラ姉は泣きそうな顔になっていて、とても怯えた及び腰になっていた。レイヴィスとオーギュストはフェンリル型を近寄らせまいと奮闘しているがすぐ近くにまで近寄られている。僕は牙を引っ込め、返す尾でオーギュストらに近付く他のフェンリル型を纏めて薙ぎ払う。
「なんだありゃ、仲間割れか?!」
「……ボ、ボク、エル、イ、ム……」
発音がままならない。フェンリル型に乗り移って初めて体感する。器官のある身体はこんなにも不自由なのか、と。
「……エルくん?! どういうことなの?! その姿……」
答えたくても、フェンリル型の前に突き出たマズル口の構造が許してくれない。仕方ないので答える代わりに再び襲い来るフェンリル型を蹴飛ばす。改めて状況を確認すると、5体に減ったフェンリル型が僕の方を狙っているのが分かった。
(もっと力が必要だ。他のフェンリル型も同化できるか?!)
早速2体のフェンリル型が躍り出る。正面からやってきた来た方をいなして転ばせ、側方から襲い来るフェンリル型にわざと噛まれてやる。そうして至近距離になったところで相手の目に指を突っ込む! ずぷり、と生々しい感触が伝わってくる。そのまま指伝いに僕の細胞を伝播させて神経と繋ぐ。今度は相手の脳を一度潰しているため、先ほどのような捕食と破壊の狂気に触れることはなかった。そのまま二つのフェンリル型を操り、細胞と身体を変化させ、融合する。ボキ、バキ、グシャ、と骨が折れて変化する音が響く。グチュ、ズプ、グチャ、と肉が絶えず血を吐きながら変化する音が聞こえる。いま襲ってきて倒したフェンリル型は、乗っ取って僕の身体にしたフェンリル型の異形の右腕と化した。僕は今、異形の化物だ。それでいい。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
化物になって咆哮し、駆け出す。今度は4体同時に襲い掛かってくる。前方4方。異形の右腕を二又の触手に分けて突き刺し、勢い余って壁にぶつける。首元に噛みつこうとした正面の敵の隙を縫って逆に噛みつき、細胞を伝播させ、同化して殺す。残りの1体は左腕と尾であしらいながら戻した右腕の触手をうねらせて打ち殺す。―――終わった。
途端、僕の細胞全てを激しい神経痛が襲う。痛い痛い痛い痛い痛い。こんな痛みは初めてだ! ―――同化をやりすぎたんだ。慣れないことをやって、造りの違う敵の細胞を無理やり僕のモノにしたんだから、当然こうなる。
(―――早く戻さないと!)
僕を喰ったフェンリル型の胃の中に残る、僕だった身体をかき集めてくっつき、同化を解き、食道を通り、ようやく外側に脱出した。
「―――エルくん! フェンリル型になったエルくんが動かなくなったから心配したんだよ! ……こんな弱弱しいスライムみたいな身体になって、きっとダメージが酷いのね……」
ザラ姉が駆け出して僕を抱き上げる。いまの僕はザラ姉の4つ両腕で抱えあげられる程に小さくなってしまった。
「ザライレム、エルイムのネガイノツルギだ」とオーギュストがザラ姉に剣を手渡す。レイヴィスは銃に弾を装填しながら周辺を警戒する。
「しかし、助かったよエルイム。絶体絶命だった。ところで遺物はどうした?」
「……ア、遺物ナラ宇宙船ニ運ビ終ッタヨ……」
細胞が弱まっているせいか、声も弱弱しくなってしまう。
「……宇宙船に帰ろ、エルくん。そしてちゃんと身体を直そうね」
「ウン、ザラ姉……」
その時、センサーを見たレイヴィスの顔が強張った。
「……夥しい敵の反応です。あまりにも多い。急接近してくる!」
「えぇ?!」
「なんだと!!」
ザラ姉が悲鳴にも似た驚きをあげ、オーギュストが憤る。オーギュストはヘルメットの中で息を吸い、吐き、レイヴィスに問う。
「どの方向だ? 宇宙船のある方からか?」
「いえ、反対です。でもこのスピードでは走っても宇宙船まで間に合わない」
「そうか。お前、腹を括れるか?」
「? ……そういうことですか。せっかく墜落から生き延びたのになあ」
「泣き言を言うな。風の星を発つ前に、死ぬリスクを分かった上で探査隊の誓いを宣誓したんだろ?」
ヨツリ族の男二人の間で話が進んでいく。ザラ姉の表情が何とも言えない悲しげな顔に変わる。
「お、オーギュスト……何を言ってるんだ?」
オーギュストはザラ姉の問いに応える代わりに彼女のベルトから弾薬ポーチを剝ぎ取って奪い、代わりにオーギュストがこの遺跡で回収したらしい遺物を彼女のバックパックに詰める。
「いいか、聞け。俺たち二人で宇宙巨獣の群れを食い止める。だが少しの間しかもたない。お前はエルイムと剣、それからこの遺跡で拾った成果物を抱えて宇宙船まで駆け抜け、この遺跡を脱出しろ。俺たちの心配はするな。俺たちのことは捨て置け」
「でも!」
「探査隊ならば探査の成果をなんとしてでも持ち帰れ!! そう誓ったんだろ!! 俺たちは何だ?!」
「!! ……っ、私たちは探査隊だ。……分かった、お前の言う通りに……するしかないんだろ……」
ザラ姉が弱弱しい声で呟き、俯く。オーギュストはどうやら腹を決めてしまっているみたいだ。だけど、ここで見捨てたくない。そう思って話が通じそうなレイヴィスに声をかける。
「レイヴィス、……僕ヲアノフェンリル型のノ死体ニモドシテ。ソウスレバマダ戦エル……!」
「馬鹿言わないでくださいよ、そんなにダメージを受けて戦えるわけがないでしょう! それに、あなたはただの遺物です。仲間じゃない。黙って僕たち探査隊の言うことを聞けばいいんです!!」
―――ヨツリ族たちは僕のことを仲間だと認めてくれたじゃないか。レイヴィスにそう怒鳴りたかったが、悲しみの感情が勝って言葉を叫べなかった。オーギュストはポーチからV3と呼ばれる小惑星解体用の強力な爆弾を取り出して壁に設置しながらザラ姉に改めて向き直る。
「時間がない! さあ行け!」
オーギュストがザラ姉の背中を叩き、矢が放たれたようにザラ姉が駆け出す。
「ザラ姉! ザラ姉! 二人ヨホットイテイクノ?!」
ザラ姉は僕の言葉に応えず、ただ頬に涙を流しながら走る。角を曲がる前にオーギュストとレイヴィスの方を振り返ると、夥しい数のフェンリル型が二人に迫っていた。角を曲がり、二人の姿が見えなくなる。
「オーギュスト! レイヴィスーーー!」
僕は二人の名を叫び続け、ザラ姉は僕の声を抑えようと抱きしめながら無言のまま駆ける。爆音と銃声が遠くなっていく。
やがて宇宙船のある発着港に着く。宇宙船のタレットにやられたフェンリル型の死体たちの合間を縫ってザラ姉がハッチの前に辿り着く。ハッチを開き、エアロックを通り、完全に安全な宇宙船内に逃げ切った。だがザラ姉はそこで止まらなかった。ヘルメットを脱ぎ捨てるとブリッジまで僕を抱えたまま駆け抜ける。ブリッジに着くと僕を椅子の上に乗せ、荷物をそこら中に放るとコントロールパネルに手を付ける。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
突然叫びだしながら一心不乱に宇宙船の発進操作を進めるザラ姉。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!! なんで生き残ったのに、あいつらが死ななきゃなんないんだよおおおお!!!!」
やり場のない激しい感情を叫びの言葉に乗せて逃がしながら、遂に推進装置を発火させる。その時、オーギュストからの音声通信が宇宙船に繋がる。
「オーギュスト!!! 逃げるなら今のうちだ!!! 早く来い!!!」
『……無理だ。足が3本折れてしまってる。ああ、なんで通信繋げちゃったんだろうな俺。ザライレム、お前は無事か? エルイムはそこにいるか?』
「ああ、エルくんはいるぞ! 私も無事だ! 待ってくれ、いま宇宙船は発進待機中だ。宇宙船から使えるものを探して救助に向かう!」
『馬鹿言うな。V3爆弾はあと1分で爆発する。巻き添えになるぞ。そのまま宇宙船で出ろ。……戦闘で崩れた瓦礫に通路が埋まったお陰でこうして襲われずにいるが、奴らが瓦礫を掘る音がたくさん聞こえる。どっちみち俺は助からん。レイヴィスは頭を喰われた。……最期に、エルイムの声を聴かせてくれないか』
ザラ姉はくっと息を呑み込み、震える手で僕を抱えあげて通信装置の前まで持っていってくれる。僕の中で、オーギュストと話したいという気持ちが膨れ上がる。レイヴィスが死んでオーギュストもこれから死ぬという事実があまり呑み込めない。藁にもすがる思いでオーギュストに声をかける。
「……オーギュストハ、シナナイヨネ?」
『エルイムか。その声だとまだダメージは治ってないな。……俺はこれから死ぬ。最期にザライレムとお前の声が聞けて良かった。ありがとう』
『爆発マデアト30』
オーギュストの声に被ってV3爆弾のカウントダウンが通信装置越しに聞こえてくる。
「ソンナ、シナナイデ! ネエ、ザラ姉! ナントカタスケテヤッテ!」
「……私も腹を括る。エルくんと二人で脱出する。オーギュスト、通信を切る。言い残したことはないか?」
『遺言なら俺の部屋にあるから、もう言い残す言葉はない。……二人とも、生き延びてくれ』
ザラ姉が通信終了のボタンを押す。通信終了のボタンを押した指で宇宙船発進のボタンを押す。推進装置が本格的に駆動し、宇宙船が揺れる。
「ザラ姉! ザラ姉ッタラ!!!」
「うるさい」
助けたい気持ちが溢れて叫ぶも、非情にも却下される。宇宙船が浮かび上がり、宇宙空間に飛び出す。その瞬間、遺跡天体が青白いプラズマの爆発に巻き込まれる。爆風が宇宙船を巻き込み、船体が大きく揺れる。ザラ姉は2つの下腕で僕を抱えながら2つの上腕で手すりに捕まり、振動を耐える。ザラ姉の操作で宇宙船は遺跡天体のあったところから逃げるように加速して飛ぶ。
しばらく時間が経ち、宇宙巨獣の反応がない宙域に逃げ込んだ。各センサー類などを確認して安全を確信したザラ姉は僕を抱えたまま無言で医務室へと歩く。その頬は夥しい数の涙のあとで塗れていた。その4つの瞳には生気がなく、ただただ深い悲しみの暗がりが広がっていた。
ザラ姉は僕を医療ポッドに入れ、蓋を閉める。
「元通りになるまで、安静にね」
その言葉は鼻声だった。ザラ姉が医務室を出ていき、僕はひとりぼっちになる。激しい神経痛と二人を喪った絶望に襲われ、もはや思考の上に言葉を思いつく余裕もない。
疲れ切った僕は強烈な眠気に襲われ、意識を手放した。




