EP5 辿り着いた目的地。そして明かされる、エルイムに込められたネガイ
ーーー五千陽周後。僕ことエルイムは今までの長い間、ヨツリ族たちに色々教えられたので旧文明語を操れるようになったし、情緒もだいぶ発達したと思う。ーーーそして僕たちは遂に旧文明が示した目的地に着いた。着いたはずなのだが。
「……どこにあるんだ?!」とザラ姉ことザライレムが叫ぶ。
僕たちが着いたのは、何もない宇宙空間。センサーの類は何も示さない。目視でも何もない空間しかない。目的地らしき目的地が見当たらないのだ。
「宇宙空間のモノは絶えず動きます。定められた座標にずっと居座っているわけじゃない。ここにあったものもどこかに行ってしまったということではありませんか?」
「うーむ、それはちと浅い考えじゃないか、レイヴィス。そこまで計算に入れたポイントを旧文明は入力していたはずだ。しかし、何らかの事故でコースがずれたというのならば考えられるな」
オーギュストとレイヴィスが議論している傍ら、ザラ姉が手招きする。
「エルくん、ここはひとつあの”ネガイノツルギ”に教えてもらえない? 五千陽周前は色々アレに教えてもらったって言うじゃない」
そう言ってザラ姉が指し示すのは、ブリッジ中央の窪みに差された剣の機械、”ネガイノツルギ”だ。随分前にずっと手に持っているのが鬱陶しくなったので、ブリッジにあると権限絡みで便利だという理由でここに差しておいたきりだった。さっそく”ネガイノツルギ”を手に取るが、反応はない。
「だめだ、ザラ姉。何も教えてくれない。……ん?」
その時、かすかな違和感が頭をかすめる。僕はさっそく船に込められた航行データを調べる。
「……やっぱり。船はここで止まってるけど、航行データはほんの僅か少し、宇宙船の先頭の少し先を示している。つまり、この船は本来止まるべきポイントの少し前で止まっていることになる」
「それがどうしたんだエルイム。誤差の範疇だろ?」とオーギュスト。
「……このデータに意味がないとは考えにくい。僕、ちょっと先頭の先に行ってくる」
”ネガイノツルギ”を窪みから引っこ抜き、心配するザラ姉に「大丈夫、すぐ戻るし宇宙巨獣もいないから」と安心させてから船の外、宇宙空間に出る。個人用スラスターを装着してふかして移動する。
「……やっぱり。見えない壁のような何かがある」
宇宙船の先に出ると、何もないはずのところに目に見えない壁があるのに気づく。試しに持ってきた”ネガイノツルギ”をかざしてみると突然として漆黒の壁が眼前に広がり、白色に光り始める。そして縦一直線の目地が入り、左右に分かれる。扉が開くと、そこには小さな宇宙船の発着場があった。宇宙船が再び動き始めたので先頭に備え付けられた取っ手を掴んで着陸を待つ。それからハッチに入って宇宙船内部に戻り、ブリッジに駆けつける。
「ザラ姉! やっぱり目的地の遺跡はステルスしてたんだ。だから目に見えないし、あらゆるセンサー類でも感知できないようにしてたんだ」
「そうみたいね、エルくん。……ここに入ってこれたのはやっぱりその剣のおかげか?」
「うん。こいつ、鍵としての役割もあるみたいだ」
ザラ姉はみんなを集め、ヨツリ族のみんなが宇宙服を着る。僕たちは宇宙船を降りて、漆黒の地面に立つ。ひと一人が通れるサイズの自動ドアがあったので剣を翳してロックを解除し、中に入ってゆく。どうやら小さな基地のつくりになっていて、狭い通路が続く。
「なあ、ひとつ疑問があるんだが。なぜこの遺跡はステルスしていたんだ? ……まるで誰かから見つからないように隠していたみたいじゃねえか」
オーギュストがそんな疑問を口にする。僕やみんなは、確かに、と相槌をついた。
「……他の遺跡に旧文明人の痕跡があまり残されていないのも、そうだと言いたいのですか?」とレイヴィス。
「ああ。おかげで俺たちァ旧文明に何が起こったか未だに分かってないだろう。どんな社会でどんなヒトが生きていて、どう滅んだのか。その足掛かりすら掴めてねぇ。意図的だぜ、これは」とオーギュスト。
「確かに……? でもおかしいじゃないですか? この遺跡はまだ分かりますよ。でも他の遺跡は違いますよ。第一、滅んだとしたら後から文明の生活の痕を隠すなんてことはできませんよね?」とレイヴィスが首を傾げる。
「……そうだな? だが、少なくとも隠されてるという点では一致してるぜ」
「私の考えでは旧文明には外敵がいたのではないかと考えている。そう考えれば、この遺跡がステルスされて隠されてることに納得がいく。……そして他の遺跡は、外敵によって痕跡が無くなるほど蹂躙され尽くしたのでは?」とザラ姉が予想を述べる。三人が議論している後を追うと、大きな扉の前で立ち止まる。丁度行き止まりになるところだ。ザラ姉が僕を促し、剣を扉にかざす。
『登録ノナイ人員ガイマス。登録サレタ人ノミ二ナッテオタメシクダサイ』と旧文明語でアナウンスが流れる。
「……ザラ姉。どうやら僕ひとりだけで行かなきゃならないみたいだ」
ザラ姉は少し視線を惑わせたあと、意を決して瞳を僕に向ける。
「しょうがないね。私たちは他の場所を探査してくるから、エルくんはこの先を探索してきてね」
ザラ姉たちがいま来た道を戻り、僕ひとりだけになると扉が開く。
『特令コード”エルイム”確認。ドウゾ、オトオリクダサイ』
扉の先へ踏み入ると、狭く暗い通路が真っ直ぐ続く。歩く。歩く。歩き続ける。ーーーその果てに、広大な空間が僕を待っていた。暗緑色のスケルトンの材質に包まれた空間のなかに、ひとつの機械の柱が聳え立っている。
『ーーーよく来た。エルイム』
突然、”ネガイノツルギ”の機械の目地が青色に光り出す。途端、僕の精神に旧文明語が流れ込む。ヨツリ族が解明した旧文明語よりも途方もなく膨大な量の単語と文法が判ってくる。平衡機能が不安定になって床に手をつく。精神と思考が落ち着き視線を前に戻すと、剣と同じく青色に光り出した機械の柱の前に”ヒト”のホログラムが浮かび上がる。腕は二つ。足も二つ。目も二つ。ーーー旧文明のヒトの姿がそこにあった。やはり、僕の姿は旧文明人の模造だったのだ。
『まずはここまで無事に辿り着けたことを祝おう。我々人類が一つ目の賭けに勝ったということなのだから』
「……賭け? 何を考えて……僕を作って、あんたたちはどうしたいんだ?!」
問いかけるが、僕の問いにホログラムは反応するそぶりもない。ホログラムはただの映像らしい。やはり旧文明はもう生きてはいないのだ。
『さて、エルイム。これから言うことは君にとって大切なことだから聞き給え。我々の世界はとある敵によって滅ぼされた。その敵を詳しく言うことはできない。君がその敵を明確に認識したとき、敵が君のことを探知する可能性が物凄く高いからだ。……そして我々がこの基地を隠したのは、その敵に対抗できる力を隠すため。本来はこの宇宙にも溢れていたものだったが、我々が滅ぶ間際になったとき敵は”物理”以外をこの世界から取り除き始めた。残念ながらステルスの中に隠せるものの量は決まっていて、ここに全部を詰め込むことは出来なかった。ーーー従って、エルイム、君にはあと四つの基地を巡ってもらうことになる』
「四つだと……?」
『そして我々が隠した力のことだが、これが最も重要だ。この基地を含めた五つの基地それぞれには、生命と宇宙の根幹を成す”物理”、時を超え魂と神秘の根源となる”魔法”、他の法則を容易く歪める特異のルール”超規”、物理とは相反するもう一つの根幹”ナゴウイレグ”、無限に拡大し続け収束することのない世界と光の”光則”の五つだ』
ーーー何を言っているのか分からなかった。ザラ姉たちから聞いた話では、この世界の科学では分子原子素粒子、反物質やヒッグス粒子の存在までは立証されている。逆に言えば、それ以外のルールなどあり得ないはずだ。魔法なんて言い出せば御伽噺の領域だ。
『……ここでもう少し詳しく話そう。我々エイアス人は生まれつき物理と魔法を持っていた。共通点を持たないと思われたこの二つは科学が発達すると、同じ祖を持つことが判明した。その祖のことを我々はこう名付けた。ーーー”時空素”と。”物理”か”魔法”どちらか片方でも欠けていたら”時空素”は発見できなかっただろう。そして面白いことに”時空素”から生まれたものは”物理”と”魔法”だけではないことに気がついた。それが先程言った”超規””ナゴウイレグ””光則”だ。本当は他にもいっぱいあるが、我々が解き明かせたのはここまでだ。……”時空素”は作り難く扱い難い。故に今のエルイムが”時空素”から研究を始めて五つの力を得ることはできない。我々が苦心して遺した基地に行くしか手段はない。そして五つの力を合わせることができたとき、エルイムは敵を倒せる力を得ることになるだろう。ーーー同時に敵も目覚めるかもしれないが』
「……信じるしかないか」
荒唐無稽な話だが、嘘をついてるとも思えない。それに、これを託すためにわざわざ”ネガイノツルギ”や宇宙船をも遺していたのだ。僕には、前に進むしか選択肢がなかった。そう思って前に進み出ようとすると、突然ホログラムが微笑んだ。
『ーーーエルイム。我々は宇宙の色々な景色を見てきた。しかし、宇宙の外側や高次元の景色を見ることは叶わなかった。もし敵を倒せたなら、我々が見ることのできなかった景色を、今度は君が見てきなさい。そのためにーーー我々の探求を終わらせないために君を作ったのだから』
”ネガイノツルギ”を持つ手が震える。いつかのザラ姉のように涙を目から零したい気分になる。不思議な気持ちになって身体が形を留め難くなる。
「ーーーあんたたちのネガイ、しかと受け継いだ。この遺跡に隠された力、しかと受け継ぐさ」
ホログラムは消え、機械の柱は沈黙する。機械の柱の後ろの床が開き、巨大な機械が迫り出す。近くに寄って機械がどんなものか見てみる。
「ーーー反物質技術と超重力技術に、更なる細胞強化工学? これであの宇宙船と僕を強化できるというのか……」
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時は少し遡る。宇宙空間に大岩が浮かんでいた。周りには何もない空間。そこへ宇宙船がやって来た。宇宙船からヒトが出てくると、何もなかったはずの空間に遺跡への入り口が出現した。ーーーその時、岩のなかで何かが蠢き始めた。
宇宙船は遺跡に入り込み、入り口が閉ざされて再び何も見えなくなる。だが、宇宙巨獣は知っている。そこに遺跡がある、と。そこに”人類”が遺した基地がある、と。
ーーーこうして、宇宙に浮かぶ岩から狼型の大柄な宇宙巨獣”フェンリル型”が多数、遺跡のある方へ飛び出ていった。フェンリル型は何もない空間に見えない壁があると認識すると、一斉に攻撃を始める。灰色の皮膚に覆われた身体で目に見えない壁を掘り起こし、遂に風穴が空く。フェンリル型たちが開けた穴を通って内部に入り込み、旧文明が遺した希望を探し始める。




