EP4 ヨツリ族たち
サーペントⅡ型との戦いから1眠が経ち、深い眠りから目覚める。疲労もダメージも癒えたようだ。今思えば、この宇宙船が出航してすぐ宇宙巨獣が襲ってきたせいで落ち着く暇がなかった気がする。宇宙船の外の景色を見ようと医療室を出る。
「「あ」」
通路を歩く最中、ザライレムとばったり出くわす。途端に何故だか気まずくなる。ちらとザライレムの顔を見ると、彼女の顔にはまだ涙と鼻水の跡がくっきり残っている。
「……え、エルイムくん、レイヴィスから聞いてるけど、無事だったんだね?」
「う、うん。流石にダメージはあったけど、軽かったから大丈夫。……僕を助けに来てくれてありがとう」
「エルイムくんを見捨てたくなかったからね。そうだ、砲台のことだけど、あのあとオーギュストとレイヴィスがポッドで修理したからまた使えるって。今度は戦い方を考えなきゃね、エルイムくんに頼る前に」
「良かった。僕、展望デッキに行こうと思ってたんだけど、ザライレムはどうする?」
「私も同じ」
足並みを揃えて横並びになり歩く。こうして歩いていると、気まずさはまだ残っているが胸が温かくなる。言葉少ないままに展望デッキに着く。防壁シャッターを開けると、ドーム状の空間の外側に星空、その向こう側に果てしない”壁”が広がる。僕たちはあまり言葉を交わさず、一緒にソファに座って星雲を眺める。ーーーそうしているうちに、”何か言わなきゃ”という気持ちが大きくなってゆく。
「ザライレム」
「うん?」
「……ありがとう」
「さっき聞いたよ」
「でも、ありがとう」
ザライレムは困ったような八の字の眉になってひとつの手を僕の頭に置く。
「お礼はそんなにいっぱい言わなくて大丈夫。ひと言で充分だよ」
「……うん、分かった」
その後も無言が続き、僕が再び沈黙を破る。
「ねぇ、ザライレム。僕さ、不思議なんだ」
「何が?」
「少し前から、僕の気持ちのなかでザライレムやオーギュスト、レイヴィスの存在が大きくなっているんだ。僕、こんな気持ちを知らない。だから不思議なんだ」
ザライレムは4つの目を大きくして息を呑み、目元を拭う。
「それはね、エルイムくん、その人たちが大切だって気持ちなの。それが人の心。エルイムくんはその気持ちを絶対に忘れないでね」
「うん、分かった。……でも、存在の大きさが人によって違うのはどうして?」
ザライレムは少し首を傾げ、微笑みを僕に返してくる。
「詳しく言ってみて」
ザライレムの顔を見ていると、これから言う言葉が恥ずかしくなる。でも僕に芽生えた気持ちを知りたい。
「ーーー実は、もちろんオーギュストやレイヴィスのことも気持ちのなかで大きくなってるんだけど、ザライレムのことがいちばん大きいんだ。これってどう思う? ザライレム。ーーーザライレム?」
僕が告白した瞬間、ザライレムは開いた口を塞ぐのを忘れて呆然と座り尽くす。それから震える声で僕に問うてくる。
「……それって、どうしてだと思う?」
「うーん……」
思い返す。そういえば、オーギュストやレイヴィスはもちろん僕のことを大切にしてくれていたと思う。でもあの2人よりも、ザライレムがいちばん僕のことを見ていてくれて僕のことを導いてくれたと思う。
「きっと、ザライレムがいちばん僕のことを大切にしてくれたからだと思う。……そうか、だから僕もザライレムのことを大切にしたいんだ」
彼女の鼻が赤くなって、昨起のように大粒の涙を流し始める。
「今ここでそういうこと言うの反則じゃん、エルイムくぅん……!」
「ごめん。僕自身、こういう気持ちは初めてなんだ。ーーーねえ、お互いを大切に思う関係って何て呼ぶのかな?」
「……かぞく」
「かぞく? それは出生関係や婚姻関係のことをいうんじゃないのか?」
「ちがうけど、私がそうとしか思えないってことだよ……! 私はエルイムくんがかわいいよ。だから大切にしちゃう。あんな遺跡にひとりでねむってて、何も知らないままめざめて、放っておけなかったのよ。……ああ、いま判った。エルイムくんを私はおとうとのように想ってるんだ」
「おとうと……。じゃあザライレムはぼくのお姉ちゃんになるってこと?」
泣きはらした顔の頬に赤みが増してザライレムが顔をそらす。
「……っ、そんな恥ずかしいことがなんで言えちゃうの?! ああ、遺跡で目覚めたばっかりの子だったわね、あんたは。 ……でも」
ザライレムは瞳を伏せながら僕の方に顔を戻す。ザライレムの喉がごくりと鳴った後しばらくして、彼女が意を決した。
「そうだね。ーーー私がエルイムくんの姉。悪くない。これからよろしくね、弟くん」
「うん、よろしくね。ザライレムお姉ちゃん」
僕がそう言うとザライレムはいきなり心臓のあるあたりを4つの腕で抱え始め、衝撃を受けたかのように後ろに仰け反った。僕がいくら心配しても顔を合わせてくれなくなった。後でレイヴィスに教えてもらったのだが、これは照れという感情らしい。
「よう、ザライレムの弟になったそうじゃないか」
オーギュストがコオネルを淹れたカップを片手に話しかけてくる。
「うん。弟が何なのかはまだ分からないけど、ザライレムのことは大切だから」
「……かあーっ、結構ギリギリだなあいつ」
何故かオーギュストは表情を歪めて落ち込むような仕草をとる。
「……ザライレムはストイックな奴だった。探査隊隊員としてあいつに課せられた使命を全うすべく動き回るやつで、あまり他人と仲良くするタイプじゃなかったんだ」
「……それはザライレムのイメージとちがう」
「ああ、俺もそう思う。でも宇宙巨獣に追われてイルフⅡに突入して仲間たちが殆ど死んだときからあいつは明確に変わった。いや、仲間たちを亡くしたあとでお前さんに出会ったときからかな。きっと、ずっとあいつの心には重圧がかかっていたんだ。あいつが特に信頼していた隊員は今は骨だし、俺やレイヴィスはザライレムとは距離のある方だった。そこへお前さんが現れた。……重圧ののしかかった心のはけ口をあいつは探していたのかもしれない。もちろんお前さんとの姉弟関係が紛い物だとは俺は思わない。でも気をつけろよ。ーーーあいつは、精神的に壊れかけてる」
彼のカップを持つ手が震えている。ザライレムと家族関係になったことがそんなに重大なことだとは思わなかった。だがなった以上、責任というものはのしかかる。
「ーーー分かった。僕はザライレムを支える。弟としても、仲間としても」
「……少しズレてるな。ザライレムとは少し距離をとって欲しかったが。だがひとまずはそれでいい。どうせ今のお前さんに難しいことを言っても本当の意味で理解できない。適宜おれがサポートする。……隊員は連帯責任だからなぁ」
「ーーーもしかしてオーギュストも責任を感じてる?」
当てずっぽうに放った言葉だったが、彼にとっては芯をとらえた答えだったらしい。彼はカップをテーブルの上に置いて隣に座る。
「……まあ、な。だがお前さんに言う話じゃねえな」
オーギュストはゆっくりとコオネルを飲み干し、空になったカップを見ながら再び口を開く。
「俺たちヨツリ族の母星、”風の星”では前時代までの課題だった老化をなくして寿命を永遠にする技術が普及しているんだ。ヨツリ族はみーんなこの技術を受けているから、事故や事件でもない限り死なないんだ。……この技術のおかげで、何千陽周もかかるような遠く離れた星に渡ることも理論上は可能になった。だけど普段から途方もない航宙ができるわけがない。ーーーわれわれ旧文明探査隊だけだ、ヨツリ族のなかで一万陽周以上も宇宙を渡っているのは」
ザライレムから教えられたことがある。一陽周はヨツリ族にとっては齢を刻む基準になるほどに長い時間だと。
「分かるか、エルイム。イルフⅡに来るまでだけで一万陽周かけた。もちろん精神的な負担を減らすためのコールドスリープを交代しながらやっていたが、それでも充分ながい時間を我々は耐えてきた。いま風の星はどうなっているか、そんな不安を抱えながら。……風の星の内情が変化するには充分すぎて過剰なくらい長い時間だ。おれは独り身だからいいが、ザライレムやレイヴィスは残してきた家族がいまも生きているか不安だろう。そういう気持ちもあいつらは抱えている。……気に留めてやれ」
そう言って彼はその場を立った。僕には分からない苦労がある、というのがありありと分かった会話だった。故郷のない僕と故郷のある彼ら。仲間ができたばかりの僕と仲間を失ったばかりの彼ら。僕には分からないことだらけだ。近づいたと思ったザライレムたちとの距離が離れていくような錯覚に襲われる。
「ーーーいや。僕もこの船に乗っているんだ。支えなきゃ、ザライレムたちを……ザライレムを」
自分に何かできることがないかと思って、僕もその場を立つ。
全員がブリッジに集まる。ザライレムが暫定隊長としてコントロールパネルの前に立ち、星地図のホログラムを展開する。
「これからについて説明を行う。旧文明が指し示したポイントまでは主要な天体や障害などは見当たらないため、このように最短の航路で行く。このようなルートで概算して、およそ五千陽周かかる。操縦はオートパイロットで、途中に資源天体があれば着陸して補給を行い、また出る。我々は私やエルイムくんを含めてこの四人しかいないため、緊急事態に備える意味でこの航宙のあいだコールドスリープは不可とする。休息は極力、通常の睡眠や休憩でとるようにしてくれ。……前の隊長みたいにはうまく説明できなかったが、質問はあるか?」
「質問も何も、俺たちで打ち合わせたことだぞ」
「もう出尽くしてますよね、エルイムからは何かないですか?」
「じゃあ、僕からはこの船の権限の取り扱い方について質問が……」
ヨツリ族たちと少々打ち合わせた後、すべての方針が決まった。いまの僕はきっと、探査隊たちと同じ目をしている。
「じゃあいくぞ。ーーー五千陽周の旅へ」
ザライレムがそう宣言し、宇宙船は駆動装置をふかし続ける。




