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EP11 新キャラ登場! アルアリス・ガンロード!!

 遥か昔に起こった戦争によって風の星はヨツリ族が住める環境ではなくなった。宇宙で生き残った僅かなヨツリ族たちは”木目調の星”と呼ばれるガス型惑星の周りを回る資源豊富な衛星カリスタに居を移した。

 当時宇宙開発のための部品や資材などは風の星の工業力に依存していたため、衛星カリスタに逃れたヨツリ族は空気のない空間に囲まれた小さな地表コロニー内で豊富な資源を採集する手段を持たないまま極度の管理社会を構築して爪に火を灯すような生活を送らざるを得なかった。やがて小規模な採集から始めて気の遠くなるような時間をかけて、戦争以降失われた知識を取り戻しながら少しずつ衛星カリスタの地表を工業化していった。

 最初は空気の限られた小さな地表コロニー内に引きこもることしかできなかった宇宙ヨツリ族だったが、今では衛星カリスタ上にいくつもの巨大コロニーを築いて豊かな生活を送っている。そのコロニーのなかのひとつ、コロニー”ヤウデ”にある女性の科学者がいる。

 名を、アルアリス・ガンロードという。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「うーーーーーん……上に出す報告書をどう書いたもんか……」

 タブレット上の実験データを睨みながらキーボード上の両上手を迷わせる。文字を打っては消してを繰り返しながら右下腕で頬杖をつき、左下手でコオネルのカップを口に運ぶ。一度原点に立ち戻ろうと報告書のタイトルを見る。

【微小反物質の保存に関する実験について:第99987回目】

「もう、そんなに実験やったっけ……」

 研究を始めたのは三十歳の頃だろうか。そのときからもう数千は経っている。ディスプレイにうっすらと映る私の黄土色の髪と肌は未だに科学技術のお陰で若々しいが、その4つの眼は隈を溜めているように見えた。

 報告書を書き進められず倦んでいると、所長室に部下が入ってくる。

「ガンロード所長。これを受け取ってください」

 手渡されたのは辞表。心がズキりとするのを顔に出さず、努めて彼の顔を見る。

「……分かりきってるけど、一応理由聞いていい?」

「これ以上ここにいても進展がない。所長がいま書いている報告書のタイトルが百四十五回の報告書からずっと同じだろう?」

「そうね。反物質……そろそろ微小反物質の保存方法が分かればいい頃だと思わない?」

「……理論は確かにガンロード所長が著した通りありますよ。でも反物質を扱うための技術や素材は無い。我々ヨツリ族には手も足も出ない世界なんです。これが我々の科学の限界なんです」

 私はもう引き留めず、辞表をそっと引き出しに仕舞う。

「確かに受理したわ。それで、ここを出たあとは何をするつもりなの?」

「学芸員になろうかと。科学を好きな気持ちは変わっていませんから」

「……研究者ではないのね」

「研究者? 我々の手が届く科学はもう無いというのに? ヨツリ族はもう充分宇宙の秘密を解き明かした。1000陽周前(ねんまえ)に多くの科学者と数学者が共同で出した声明は聞いてないんですか?」

「”計算は完結し、全ては解き明かされた”か。私は支持していない。第一、宇宙巨獣の起源を解き明かしてもいないのに偉そうに」

「それでは宇宙巨獣の起源を追いますか? 旧文明探査隊のように、一万陽周(ねん)以上もかかり、未だ誰も帰って来ていない旅に出かけて」

「分かった、もういい。私と君では考え方も進む道も違うことが分かった。行き給え」

 彼は一礼し、私を軽蔑するような瞳を残しながら退出していく。たなびくコオミルの湯気を掻き消すように一気に飲み干す。それから棚に目を移す。科学学会の出版する科学の雑誌が並べられている。科学の進歩が著しかった頃は頻繁に出版されていた科学雑誌だったがいつしか出版に間を置くようになり、今では最後に出版されたのが少し遠い昔のように感じる。その最後に出版された科学雑誌の内容も今までの科学の振り返りといった内容で真新しい内容はなかった。

「……科学が行き詰まっている。それは否定しないが……」

 私も進退を問われているのだろう。私は反物質を扱えるようになればきっとまた科学は前に進み出すと信じている。だから反物質を研究し、私の研究した最善の方法で実験している。

「……でも私の方法でも反物質を安定的に扱うには程遠いんだよなあ……」

 すっかり寂しくなったカップの中を見ながら頬杖をつく。その時、タブレットにひとつの通知が届く。それを開く。送り主の名”ヨツリ・ゾーン宇宙政府”の文字を見た瞬間、目が覚めた。

「もしかして補助金の打ち切り?!」

 だが内容は違った。文面にはこうあった。

【まだ風の星が健在だった頃に宇宙に旅立った旧文明探査隊隊員が帰ってきた。新技術を持ち帰ってきている様子なので、科学者であるあなたにも彼らにあってきて欲しい】

「……旧文明探査隊?! そんな、まさか……」

 手が痺れる。背から頭へと衝撃が走る。

「祖母に聞いた風の星の昔話でしか聞かなかったが……た、大変だ!!!」

 タブレット上の”保存”を押してすぐタブレットを畳んでカバンに放り込み、白衣から外出用の正装に着替える。

 ーーー未知だ!!! ヨツリ族が最近しばらく出会っていない未知がやって来た!!

 ホバーカーに乗り込んだ私はそのまま政府のオフィスまで一走りする。




 政府のオフィスで一通り打ち合わせを行ったのち、行政官と文化人、政府高官二人を加えた私たち五人のメンバーで”エプエス・セルチ号”なる宇宙船が着陸している政府の宇宙港に向かう。そこで見た”エプエス・セルチ号”は特異的な形をしていた。旧文明に造られたというソレは主に前方に尖っている形状であり、攻撃的なアトモスフィアを漂わせている。ヨツリ族は丸っこい形状を好み、宇宙船も円状のかたちを取ることが多いから、文化が違うのだろう。仮設ラックの階段を上り、宇宙船の入口に立つ。政府高官のひとりが「ヨツリ・ゾーン宇宙政府だ」とエアロックのカメラに向かっていう。やがてエアロックが開き、内側から”ソレ”が現れる。

 私は、いや、私たちは目を見張った。腕と脚と目がそれぞれふたつずつしかない旧文明の産物、エルイム。何も知らないヨツリ族が見れば、そういう障害者だと憐れまれてもおかしくはない。……だが、緑色の髪と瞳は可愛らしく映えている。

「ヨツリ・ゾーンの人ですね。話は聞いています。ですが、探査成果やこの船に使われている旧文明技術が発見されたのは旧文明探査隊のヨツリ族の方たちです。ザラ姉……ザライレム・ガンロードが元気になるまで待っていただけませんか?」

 ザライレム・ガンロード。政府から事前に聞いた話では13番旧文明探査隊の唯一の生き残りらしい。いや、15ある旧文明探査隊全ての中で唯一なのだ。彼女は風の星の惨状に絶望し、廃人となっているらしい。

「そこをなんとか」と政府高官が頼み込むがエルイムは首を横に振る。

「とにかく、そういうことです。僕の細胞データは前にあげましたから、当分はそれで辛抱してくれませんか?」

 頑として首を縦に振らないエルイムの前に政府高官がガックリする。そのとき、私はエプエス・セルチ号のリングに目が行った。船体を囲むリング状の機械が二つ並んでいるのだ。

「……あの、エルイム様。あのリングは何でしょうか」

 思わず、疑問が口から零れ出る。慌てて口を塞ぐ。

「あっ、すみません! 私、科学者なもので疑問が口から出ちゃうので! でもザライレム様を待ってからで構いません!」

 早口で取り繕ってからエルイム様を見ると、何故だか儚げに笑っている。

「科学者だから疑問が口から出ちゃう……か。レイヴィスに似てるな」

「レイヴィス……とはイルフⅡに着陸した時点では生存していた者ですか?」

「そうですね。もっとも、その後に行った遺跡で死んでしまったんですが。……せっかくご足労いただいたので中に入りましょうか」

 宇宙船の通路を歩いていると、ふとある部屋のプレートに”慰霊室”と書いてあるのが気になった。

「ああ。その部屋は亡くなった旧文明探査隊隊員のうち遺体が確認できた人の指の骨を納めてあるんです。……骨をどうするかも、ザライレムが元気になってからで構いませんか?」

「その話は腰を落ち着けてからでいいでしょう」

 政府高官に言われてエルイム様が頷く。

 リビングルームでテーブルを挟んで我々とエルイム様が座る。政府高官が話を始める。

「単刀直入に言います。ヨツリ・ゾーン政府としては、風の星時代の方針を尊重して当分の間はあなた方を援助します。ですが、いつまでも政府直轄の港にこの宇宙船を置いておくわけにはいきません。かといって検証が済んでいなく危険性の分からない旧文明の技術の数々をおいそれと民間の手に渡すわけにもいかない。探査の成果物を見せてくださらないことには、我々として手を考えないわけにはいきません」

「……当然だよね。僕の言うことが貴方がたに迷惑をかけていることは分かっている。でも、僕はザラ姉、いや、ザライレムを待ちたいんだ」

「……期限を設けましょう。それまでにザライレム様が健康にならなければ、エルイム様が旧文明探査の成果を全て我々に提供してくださるか、ヨツリ・ゾーンを離れていただくかの二択になりますがいいですね?」

「……うん。そのときは僕が代わりに全部提供する」

 政府高官のひとりが得たり顔で頷く。科学者として少し居心地が悪い。

「……ちなみに、そのザライレム様がおっしゃっている妹って、どういう人なんですか?」

 空気を変えようと、つい私の口から言葉が出る。私のターンではなかったのに。

「ーーーああ。名前は”マルヘイム・ガンロード”って言うんだって」

 待って。いま、聞き覚えのある名前が耳を通らなかった?

「も、もう一回お願いできる?」

「えぇ? ザライレムの妹はマルヘイム・ガンロードって言うんですが」

 ーーー間違いない。そう手を打つと、いよいよ周りの全員が私を怪訝な目で見ているのに気付く。そうだよね、1人だけで納得しちゃダメだよね。

「マルヘイム・ガンロードは私の遠い先祖の名前です……間違いないです!」

 ガタッ、とエルイム様が立つ。続いて政府高官たちも立つ。行政官と文化人のほうは何のことか分からず困惑している。

「ーーーじゃあ、ザラ姉の遠い血縁なの?!」

「ええ、そういうことになると思うわ……」

「キミ、なぜ遠い先祖の名前を知っているのかね?!」

 政府高官が横から指摘してくる。そこで今一度周りを見回し、意を決して言う。

「私たちガンロード家には、マルヘイム・ガンロードが遺した遺言が代々受け継がれています。ーーーまさかエルイム様の口から先祖の名が出てくるとは思いませんでした」

「どんな遺言?!」

 エルイム様がテーブルの上に身を乗り出して私を真っ直ぐ見つめてくる。ああ、ザライレム様はエルイム様にとっても大切に思われているのですね。

「これはガンロード家の遺言。できることなら直接ザライレム様に伝えたいのですが……いいですね?」

 政府高官のひとりが何か文句を言いそうになったがもうひとりの政府高官に口を押さえられてしまう。その政府高官が私に向かって頷く。状況についてこれない行政官と文化人のことはこの際無視しよう。

「お願いします、アルアリス・ガンロード様」




 ザライレム様の部屋の前に立つ。胸が高鳴る。旧文明探査隊のさいごのひとり。本来ならば偉人と称えられてもおかしくない人。出会えるのだ。

「ザラ姉、入るよ」

 エルイム様がノックしても返事はない。エルイム様が部屋に入り、私が続きます。女性らしい可愛らしい装飾の部屋の中で毛布を被って伏せっている人がひとり。撫子色の髪と肌色をしたヨツリ族がいる。眼の赤色は生気を失ってくすみ、力なさげに口を開けている。

「ザラ姉、妹の子孫だっていう人が来たよ」

 ぴくり、と彼女の身体が動く。だが、それきりだった。

「……遠い子孫でしょ。妹じゃない。帰ってもらって」

「ザラ姉。……妹の遺言を伝えてくれるって。アルアリス様、お願いします」

 エルイム様が場を私に譲り後ろに下がる。虚ろな眼差しが私を捉える。怯みそうになるが、懸命に堪える。一歩踏み込まなければ、科学の先が得られない。

「遠い先祖マルヘイム・ガンロードからの遺言です。【座標N55、W160。オルデガニア民主国リレウン州ラストニア市5-10-300、オムラ叔父の家の地下に私達の全てを埋めた。子孫達よ、再び風の星に戻ることがあれば私達の遺したものを掘り起こしてほしい。願わくば遠くの星まで行った姉にも届きますように】。……姉って、ザライレム様のことだったんですね」

 ザライレム様の反応を伺う。しばらく観察していると、彼女の右上眼から一筋の涙が流れた。

「……行こう。そこへ。エルくん、ごめんだけど準備お願いできる?」

 毛布を押し上げて、のそりとザライレム様が動き出す。エルイム様は「はい!」と返事して嬉しそうに跳ねます。

「アルアリス・ガンロードといったか。よく見れば、妹の面影が無くはない。……付き合ってもらうぞ」

 ザライレム様が私の頬を撫で、顎を上げさせて顔を見つめてきます。

「はい!」

 私もエルイム様のように喜んで頷きました。

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