EP1 果てたネガイ、より
誰もが見上げてきた空。その先にある宇宙。人ならば一度思うことがあるだろう。この宇宙にはどれだけの未知の理に満ちているのだろうか、と。その行き着く最果てを”到達地点”と呼ぶ。
”到達地点”。全ての知を究め全てのモノを手に入れた者だけが辿り着ける最果て。全知にして最強にしか辿り着けず、最強にして全知しか存在することを許されぬ地点。故に全知最強の者で溢れ、無限の闘いが生まれる地点。そこからひとりの敗者が零れ落ちた。その敗者は二度と治らぬ負傷と敗北の烙印を背負わされ、理が許すあらゆる法則を失い、幾重にも重ねられた高次元から低次元へと崩れ堕ち、底知れぬ奈落を落ち続けていった。敗者は願った、これ以上堕ちたくないと。最低地点にぶつかる直前、かろうじて敗者は堕ちるのを止まれた。だが敗者はそこで見た。敗者よりも更に下層の、最低地点のどん底である”宇宙”から生まれて、遥かな高みを目指して昇ろうとする”人類”を。敗者を打ち破り”到達地点”を目指さんとするものを。
敗者は恐れ、激昂し、自分を打ち倒そうとする”人類”を徹底的に叩きのめした。絶滅させた。もう二度と敵対するものが現れぬように無数の獣を限りない宇宙に解き放った。もう二度と敵対するものが強くならないように宇宙から物理科学以外のあらゆる法則の力を取り払った。そして”敗者”は治らぬ負傷がこれ以上拡がらないために永遠の眠りに就いた。
だが人類は滅びの間際でも諦めなかった。人類の”ネガイ”を最後の”ひとつ”に託した。
ーーーかくして、”エルイム”は目覚める。
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けたたましいアラートが宇宙船の内部に鳴り響く。
「あの獣をなんとか振り払えんか!!」
「今やってます!! でも煙吹いてんですよ!」
四つの脚と四つの腕、四つの眼を持つヨツリ族たちが艦内を忙しなく走り回る。その中のひとり、女性の”ザライレム”が舵を取りながら艦長に反論する。
「逃げ切れと言うんなら、まず駆動装置外殻の修理を急がせてくださいよ! サーペントⅠ型の速度は知ってるでしょう!」
ザライレムが赤い髪を靡かせながら管制室のディスプレイに映る宇宙を泳ぐ蛇型の巨大な獣、サーペントⅠ型を指し示す。
「負傷状況は君も分かってるだろう! 今の速度で宇宙空間に生身で修理チームを出せと言うのか!」
「できなきゃ全滅だ!!」
艦長とザライレムが言い争っている間も防衛ビーム砲がサーペントⅠ型を照射するが、少し怯ませるだけでさしたる効果を出せなかった。
「本星の奴らめ、我々が探査チームだからって武装を渋りやがって! おかげでろくに身を守れねえ!」
「ザライレム! どうにかできんのか!」
「失礼ながら艦長、逃げ切る方法が一つだけあります!」
ザライレムと艦長の口論にナビゲーターが口を挟む。
「……宇宙巨獣の生態はわかってるでしょう。大気のある場所には降りてこない。なれば、眼下に控える大地に弾道軌道で突入すればよいのです!」
「なっ……!」
「装甲が剥がれて駆動装置が剥き出しなんだ! 自殺行為だぞ!」
ザライレムが閉口し、艦長が怒鳴る。しかしナビゲーターは一歩も引かない。
「このまま全員やつらの餌になるか、せめて数人かでも我々のうち誰かを生かすか、どっちがマシか分かりきったことでしょう!」
「くっ……!」
悩んでいる時間がないことは明確だった。艦長は一呼吸だけで気持ちのすべてを整え、ザライレムに命令する。
「本艦はこれより弾道軌道に入る! ザライレム、舵を切れ! 目標は、”遺跡天体 イルフⅡ”!! 全員、着陸に備えて多気候性装備に切り替えろ!」
「ーーーくそが!」
着替える時間がねえぞ、という怒号が何処かから聞こえる。ザライレムはヘルメットを被ると四つの腕を駆使して複数のレバーを引き、宇宙船をイルフⅡの大気へと突っ込ませる。サーペントⅠ型が追跡をやめるが、代わりに大気圏突入の熱が宇宙船を襲う。
ドッカアアアアァァァン!!!
宇宙船の後方のエンジンブロックが大気圏突入の熱を帯びて大爆発を起こし、宇宙船の後ろ半分が四散した。今ので何人死んだか分からない。ザライレムはチッ、と舌打ちをして心の中で祈る。
(どうか、奇跡が起きますようにーーー!)
大気圏を抜け、破損した断面から幾つかの荷物と船員を吐き出しながら宇宙船は大地に向かって滑走姿勢を取る。ズガアアアアアアアアアと地面を滑り、宇宙船の下面が削れる。やがて大きな山に衝突し船首が折れて宇宙船が止まる。
「イテテテ……」
電気が止まり、重力制御装置が切れたせいで傾いた管制室の中でザライレムが起き上がる。
「天井が地面になってるな……。他のみんな……は……」
自分に括り付けたベルトを外して立ち上がったザライレムが見たのは、惨たらしくなった艦内だった。艦長は破片のパイプに脳天を貫かれ、ナビゲーターは固定の外れた機器に押しつぶされて血を撒き散らしていた。
「……だっ、誰か生きているものはいないかー!」
あらん限りに声を張り上げる。管制室を出て生存者を探す。衝撃で壁にぶつかって潰れた遺体。かろうじて着陸に耐えたがヘルメットの着け遅れで窒息した遺体。愛する者と抱え合って幸せそうに亡くなった遺体のペア。そんな遺体たちを目の当たりにしていると、白髪のヨツリ族男性、整備班のオーギュストが瓦礫の下から姿を現す。
「無茶をやったな、ザライレム。……状況は?」
「今のとこ、生きてるのは私とあんただけだ。艦長も隊長も死んだ。まだ半分ほどしか探してないけど、この被害じゃあな……。……くそ」
「気にするな。艦長の決断だったんだろ? ……艦長も探査隊隊長も亡くなったんじゃあ、次点で偉いお前が暫定隊長か。指示をくれ」
「……私が隊長、か。責任重大だな。とにかく無事なら残りを探すのを手伝ってくれないか?」
二人は残りの区画を捜索した。結局、見つかった生存者は科学者レイヴィスひとりだった。
「……勢いで突っ込んできたけど、これからどうしようか」
「死者を弔ってるヒマは無いし、どうすっかなあ」
「……我々は探査隊です。探査対象のこの遺跡天体に我々はやってきた。ならやることは一つでしょう」
青い髪を切りそろえたメガネの科学者、レイヴィスが発言する。
「この遺跡を調べるのです。食料のもつ限り、命がある限り」
「……おいおい、食料つったってこの3人で30眠分しか無いんだよ。遺跡を調べるより先にやることがあるんじゃあないの?」
オーギュストが反論するが、レイヴィスの言葉は尤もらしいとザライレムが頷く。
「オーギュスト。この大地を見てみろ。乾燥していて、命の気配は当然ながら無い。水は探せばあるかもしれないが、ただの延命にしかならない。栽培は不可能だと分かりきっている。……後から本星の探査隊がこの天体に送られてくるかもしれない。その人達のために少しでも多くのデータを残すんだ」
3人が立つ大地は荒涼としていて、どこまで見渡しても赤茶色しか見当たらない。
「しかし信じられんな。こんな大地の下に遺跡が隠れているなんて」
オーギュストがぼそりと言う。体感ではザライレムも同感だったが、センサーは遺跡があることを告げていたのだ。
「とにかくやるしかない。元々、我々の目的だったんだ。……運が良ければ、宇宙船も見つかるかもな」
あり得ないと分かっていながらもザライレムは気休めを口に出す。レイヴィスが大破した宇宙船を振り返り、手を合わせる。
「それに、亡くなった仲間達の弔いにもなる。生者が本懐を遂げてこそ死者も本望だろう」
「その死者に我々ももうすぐなるけどな」
「ムダ口を叩いている暇はない。こうしている間にも我々の使える資源は減っていっている。オーギュスト、レイヴィス、さっさと作業を始めるぞ」
3人はまず大破した宇宙船から使えそうな機器を探す。運よく探査用の車両とセンサー一式が生き残っていた。センサーで遺跡への入り口を探し当てると、ザライレムは近くの大岩に道標を刻む。
「これで後からやって来た者にも分かるだろう。……さて準備は終わったな」
食料やら道具やらを2人が積み終えたのを見てザライレムは車両に乗り、4つの手でハンドルを握る。エンジンをふかす前に3人でそろって宇宙船のほうを振り返る。窓越しのそれは未だに黒煙を噴き上げていた。
「ーーーザライレム、オーギュスト、レイヴィス、以上3名。これより、”遺跡天体 イルフⅡ”の探査に出る! ……そしてあなた方の魂が風と共に在りますように」
壊れた宇宙船にもう繋がらないはずの無線を繋げてザライレムが声を張り上げ、亡くなった船員たちの冥運をヨツリ族の言葉で祈る。
エンジンをふかし、3人は地面に空いた洞穴に侵入していく。
遺跡天体イルフⅡは長い年月を経て表面が風化し、外見は岩石の星と見まがうほどになっている。その風化で自然にできた洞穴を抜けると、一気に人工の世界がザライレムたちの目に広がる。合金でできた壁。無重力技術があったのか、重力など知らないかのように天井や壁から生えている建物たち。人工の土台の上にあって朽ちて土が飛び散った公園。だがここに知的生命体の気配はない。
「……ようやくここまできた」
レイヴィスがそう呟いて拳を握る。オーギュストはカメラを取り出して遺跡内の様子を記録している。ザライレムは探査車両の360度ライトを照らし、センサーで周りのルートを探索しめぼしいものがないか探しながら車を進める。
ーーー19眠後。レイヴィスは右上の折れた腕を胸の前に固定し、オーギュストは転倒のせいで潰れた左目に眼帯をしている。ザライレムは身体に何ともなかったが、3人には車内で何度も寝起きして真っ暗闇な世界を進んできた気苦労が溜まっている。
「これじゃ何の成果もないままじゃないですか!」
何の発見もないことにレイヴィスがいら立って前の空席を蹴りだす。オーギュストは疼く左目を眼帯の上から覆って蹲っている。
「……」
何か答えようとして開けた口をザライレムは自らふさいだ。答えたところで何にもならない。ザライレムの4つの目の下にはくまが溜まり、運転もおぼつかなくなっていた。
(……食料と水は朝と夜の2回分にわけてまだあと11眠くらいある。でも精神が限界だな)
遺跡の内部に入ったときと代り映えしない景色。まるで同じ場所を堂々巡りしているのではないかという焦燥感。ザライレムの気が狂いかける寸前、センサーの画面に緑色の点が灯る。
「……あ?」
その瞬間、3人が食いつくようにセンサーの上の緑色を見つめる。
「……あの、オーギュスト、緑色の点ってことは……」
「生命体反応だぞ、間違いない! 喜べレイヴィス!」
後部座席で男ふたりが喜ぶ中、ザライレムは車を止めてハンドルに顔をうずめて泣きながら笑った。
「……は、はは……みつけた……みつけたぞ!!!」
次の起、休養をしっかりととって万全の体調に戻した3人は車を乗り捨て、センサーの反応があった場所に向かう。かつて人々が暮らしていたと思しき天井も壁も限りなく遠かった居住区画を抜けて、遺跡の中核に近く狭い通路と遺跡全体をコントロールするための機器が張り巡らされた管制区画に入ってゆく。
「……ここだ」
研究棟らしき区画の中にひとつの部屋を見つける。その部屋だけ他の部屋と違って、明かりが仄かについていた。ザライレムたちが部屋の中に入るや否やすぐに息をのんだ。
ーーー腕がふたつ、脚もふたつ、目もふたつしかない人間が培養槽の中で眠っていた。目を隠すほどの緑色の前髪が培養液の中でふわふわと浮かび、その長い肢体は生気をもったサーモンピンクの色で光っている。
「……オーギュスト、レイヴィス」
「ああ、ザライレム。……ああ!」
「やった。発見が……今まで一度も見つからなかった旧文明の手掛かりがあった!」
3人は抱き合った。長い長い苦労の果てに宝とも言える発見を成し遂げた喜びが、彼らの心を蘇らせた。
だが歓喜は続かない。徐々に熱は焼き鈍され、思考は現実に戻る。レイヴィスが培養槽の前で4つの腕を組む。
「これ、どういう存在なんですかね? 旧文明のヒト……ですかね?」
「まずは解放してやるしかないだろう。 ……けど放してやっていいか判断材料がない」
レイヴィスとオーギュストが議論する傍ら、ザライレムが培養槽の前のディスプレイに目を移す。試しに画面に手を触れると、真っ黒だったディスプレイの画面が白く映り、白い画面に旧文明の言語で”ELUIME”とのロゴが浮かび上がった。続いて、ディスプレイは旧文明の古代言語で埋め尽くされた。その中に数字と判断できるもの、ある程度は理解が進んでいて訳せる言葉もあった。その画面はどうやら中にいる”人型のソレ”についての詳細な説明と状態の分析があった。その一番下に”準備完了”の文字があった。
「このコンソールで操作できるみたい。しかもいま放せるって」
ザライレムがコンソールを触りながら言うと、2人もコンソールに目を向け、頷いた。
「……準備できてるなら放してやれ、ザライレム」
「僕たちに時間なんてありませんから、慎重にやってる暇もないというものです」
2人の言葉に背中を押されたザライレムはディスプレイの情報を全てメモに収めると”解放”のスイッチを押した。途端に培養液が流出していき、培養槽が開く。解放された人型のソレは眠ったまま前のめりに倒れる。返事もせず起きそうにない”人型のソレ”を毛布に包んで寝かせると、ザライレムは”人型のソレ”についてディスプレイから得られた情報を2人に教えた。
「……で名前はわかるんですか?」
「いや……名前はあるにはあったが、あれはただ”あの人型”の性質を表しただけの無機質な名前だった。だから私たちが彼を呼ぶなら……そうだな」
先ほどディスプレイに浮かんだロゴの”ELUIME”を思い出すザライレム。
「なら、ひとまず”エルイム”と呼ぶことにしよう」
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長い永い眠りの果てに、”エルイム”は目覚めた。最初の記憶は、何か暖かいものに包まれている感覚だった。自分の身体を包む、柔らかくがさがさとしたソレを疎ましく思いながら身を起こして目を開ける。
「※※※※、エルイム※※。ーーーー※※※※※※?」
”エルイム”が初めて見たのは、ザライレムだった。




