借金の足跡
翌日。古びたセダンの車内は、タバコと革シートの混ざった匂いが漂っていた。ハンドルを握るおっさんが、隣の帆高に低く言う。
「この街にはな、表向きは消費者金融って看板掲げてるが、実態は闇金みたいな連中がいくつもいる。今日はそれを順に回る」
「……青年と依頼人が住んでたのって、桜ヶ丘ですよね」
「ああ。あそこは表の顔と裏の顔が同居してる。金を辿れば、必ず尻尾が掴める」
車はさびれた通りに入り、外壁が黒ずんだ二階建ての雑居ビルの前で止まった。最初の消費者金融だ。
おっさんが先にドアを開ける。帆高は心臓を早鐘のように打たせながら後を追った。室内は薄暗く、カレンダーは去年のまま、灰皿は吸い殻で埋まっていた。
「いらっしゃい」
受付の男が面倒くさそうに声をかける。
ソファに腰を下ろすや否や、おっさんは青年の写真を机に置いた。
「こいつを探してる。借りに来たことは?」
男は写真を眺めて肩をすくめた。
「顧客情報は出せません」
おっさんはふっと口角を上げ、懐から紙を出した。金融業法の条文が赤線で引かれている。
「顧客情報だと? お前らの金利じゃ、この条文一発で業務停止だ。警察に渡したらどうなる?」
奥から、剃り込みを入れたスーツ姿の男が二人現れた。目つきは鋭く、空気が重く沈む。帆高は思わず背筋を伸ばした。
「……脅しか」
「事実を言ってるだけだ」
にらみ合いの末、奥の従業員のひとりが口を開いた。
「……俺、こいつと道でぶつかったことある。顔は覚えてるが、うちの客じゃない」
それ以上は何も出なかった。
その後も三軒、四軒と回ったが、全て空振りだった。築四十年は経っているであろう雑居ビル、湿気と煙草の混じる臭気、古びたソファ。どこも似た景色だった。
午後四時。最後の候補地に着いた。三階建ての事務所で、外壁には大きなひびが走っている。
中に入ると、イカつい男たちが数人、無言で睨んできた。おっさんは臆せず写真を差し出す。
数秒の沈黙のあと、一人が低く答えた。
「……ああ、知ってる。二百万近く借りてた。最初は利息すら払えてなかったが、ここ二、三ヶ月は利息に加えて元金も少しずつ返してる」
帆高は目を見開いた。
「……依頼人と付き合い始めた時期と、重なりますね」
おっさんは静かに頷いた。
「借用書、コピーでいい。出してくれ」
渡された封筒の中には、青年の署名と返済記録が並んでいた。
――事務所に戻る。
窓の外は薄暗く、蛍光灯が唸りを上げていた。おっさんはホワイトボードに「200万」と大きく書き、矢印で時系列をつないでいく。
「最初は返済不能。しかしここ二、三ヶ月は急に返済を始めた。金の出どころは?」
帆高は腕を組み、考え込む。
「依頼人と交際を始めた時期に一致します。もしかすると、彼女が資金を援助していたのでは……」
「……だとすれば、依頼人は普通の学生じゃない。大きな資産を持つ家の娘かもしれんな」
おっさんはペンで「依頼人=資産家の令嬢?」と書き込む。
帆高はさらに口を開いた。
「でも、それならどうして青年は姿を消したんでしょう。返済の道が見えてきたはずなのに」
「行方不明になった理由……金を巡るトラブルか。あるいは誰かに口を塞がれたか」
おっさんはもう一つ線を引き、ホワイトボードに書き足した。
『路地裏で何があった?』
青年が姿を消す直前、路地裏で何かが起こった。その可能性が濃くなってきていた。
蛍光灯の光が白く反射するボードに、疑問符が並んでいく。
•なぜ返済を始められたのか?
•行方不明の理由は?
•路地裏で起きたことは?
•依頼人は資産家の令嬢なのか?
帆高はペンを握りしめた。
「全部、一本の線でつながっている気がします」
おっさんは無言で煙草を取り出し、火をつけた。白い煙が静かに事務所に広がっていく。




