ルヴェルス
車のエンジンを切ると、夜の静寂が廃工場の錆びついた門の向こうに重く垂れ込めた。冷たい風が窓に触れ、湿った鉄と埃の匂いが混ざり、胸の奥まで沈み込む。帆高はシートに沈み込み、肩にまとわりつく夜の冷気に身を委ねた。
「ここで待て」
低く響く声に、帆高は頷く。窓の外、黒い建物の影が揺れるたび、何かが静かに蠢く気配を感じる。金属の擦れる音、遠くで響く微かな声――全て夜の闇に飲み込まれ、現実と幻の境界が曖昧になった。
廃工場の奥、朝比奈は影に溶け込むように歩き、黒いコートの裾を翻すと指先から淡く青い光が滲んだ。光は空気を震わせ、床や壁の影に触れると、そこだけが幽かに凍りつくように揺らぎ、動きが鈍る。
薄暗い倉庫内で、数人のチンピラ風の男たちが作業をしている。朝比奈の光が近づくたび、影が歪み、男たちの視界の端で青い光が揺れた。息を潜め、足を止める男たち。光の振動が空間に波紋を広げ、夜そのものが彼らの動きを押さえ込むようだった。
「――止まれ」
低く響く声に、影が揺れ、男たちは硬直する。光の帯が床や壁を伝い、指先から伸びる幽かな光が男たちの肩や足元に触れる。動こうとする者は小さく震え、身体が鉛のように重くなる。床を蹴ろうが、隠れようが逃れられない。
小さな爆発音が響き、埃が舞い上がる。光の軌跡が工場内を走り回り、まるで夜の闇が敵を包み込むように、チンピラたちを一瞬で制圧する。
制圧後、朝比奈は光を壁や床に這わせ、散らばる紙束や箱を浮かび上がらせる。そこに微かに残されたヤギの頭蓋骨の刻印、偽装倉庫番号、違法改造装置の型番――犯罪組織の痕跡が次々と明らかになる。青い光が触れるたび、符のような軌跡が空間に漂い、夜の魔法がこの廃工場を満たした。
「……ここか」
朝比奈は低く呟き、指先の光で一枚の書類を照らす。盗品の流通ルート、黒服の男の行動記録。幽かに青く浮かび上がる文字は、まるで闇そのものが秘密を語るかのように煌めいた。
奥の部屋に入ると、椅子に座らされた青年が微かに震えている。恐怖と疲労に沈む顔を、朝比奈の光が優しく包み込む。床や壁に浮かぶ青い符は、空間の緊張を柔らかく抑え、守られるべきものを示していた。
そのとき、廊下の奥で小さな爆発音。床が揺れ、埃が舞い上がる。車内で待つ帆高は拳を握り、息を詰める。「おっさん……!」
しかし煙の中、爆風を避けて無傷で立つ朝比奈。青い光の軌跡が闇を淡く照らし、まるで夜の魔法そのものが彼女を守っていた。
朝比奈は青年を連れ、再び青い光で床の動線を描き、迷わず出口へ向かう。夜の街を抜け、車の影に青年を導き込むと、帆高は深く息をついた。
エンジンが唸ると、朝比奈は静かに説明する。
「この廃工場、表向きは放置されているが、裏では犯罪組織“ルヴェルス”が管理していた。盗品の取引、拉致、やつらの悪行の痕跡が沢山あった。思わぬ収穫だ。」
「ルヴェルス……」帆高の声は震える。名前だけで街全体が重苦しい陰を帯びる。
「日本で起きる犯罪の大半にこの組織が関わっている。俺の宿敵だ。」
青年はまだ微かに震えているが、おっさんの穏やかな光に少しずつ落ち着きを取り戻す。事務所に着くと、椅子に座り、盗品の流れや黒服の男の行動、監禁の状況を口にする。おっさんは淡く幽かに残る光の軌跡のように情報を整理し、推理を組み立て始めた。




