おりの幼稚園のはなし
朝、千恵ママは、むすめの奈美ちゃんといっしょに、おりの幼稚園に出発しました。5才の奈美ちゃんは、おりの幼稚園のなでしこ組です。
いつもは車で幼稚園の前までいくのですが、その日は、ちょっとはなれた公民館の駐車場に車をとめて、歩いていくことにしました。なぜって、ぽかぽかとあたたかい、よくはれた日だったから、千恵ママも奈美ちゃんもいつもよりうきうきしていたのです。
歩いていると、奈美ちゃんが、知らない人のお家を指さしていいました。
「あれ、ふくろうみたいね」
みあげると、お家のやねはふくろうの頭に、そして、まどはふくろうの大きな目にみえました。
「ほんとね!」
千恵ママは、奈美ちゃんのいうことに賛成します。そして、2人は、あちこちにあるお家をみあげながら、スキップして歩きました。
そのうち、奈美ちゃんがこんなことをいいだしました。
「ママ、あのお家、奈美とママをみてる」
いわれてみれば、なんだかお家のまどの目が、ぎょろりと2人を追いかけているようにもみえるのです。
千恵ママは何となく怖くなりました。そこで、奈美ちゃんをだっこして、なるべく早足で歩きました。
幼稚園につくと、先生がおでむかえしてくれます。ですが、奈美ちゃんがママにだきついたまま、なかなかはなれようとしないのです。先生とママは、顔をみあわせて笑いました。
幼稚園の中では、園児たちがバタバタと走り回っていて、先生はそれを止めようと中に入っていきました。奈美ちゃんが、千恵ママにしがみついたまま、こわごわといいました。
「先生、鬼だった」
「ええ?」
千恵ママが、奈美ちゃんのとっぴょうしもない言葉におどろいていると、別の園児とそのママが、車に乗ってやってきました。奈美ちゃんと同じ、なでしこ組のれいなちゃんと弓子ママです。
千恵ママは、奈美ちゃんをだっこしたまま、あいさつしました。
「奈美ちゃんが、先生が鬼にみえるっていうんです」
軽い笑いばなしのつもりで千恵ママがいったとき、弓子ママと手をつないでいたれいなちゃんが、急にわんわん泣きだしました。
「鬼がいる!」
千恵ママと弓子ママは、なんとなくぶきみに思いました。そこで、幼稚園の中をこっそりのぞくと、角をはやした青いおとなの鬼と、トラのパンツをはいたちっちゃな小鬼たちが走り回っていました。
さあ、たいへん。ママたちは娘をだっこして、いちもくさんににげました。幼稚園の中にいた鬼が、ママたちがにげだしたことに気がついて、おそろしい顔でおいかけてきます。弓子ママが、車にれいなちゃんと、奈美ちゃんと千恵ママをのっけて、かんいっぱつ、発進しました。鬼はしばらくすごいはやさでおいかけてきましたが、やがて、あきらめたのか、みえなくなりました。
弓子ママとれいなちゃんのお家につくと、4人はお家の中にかけこんで、かぎをしめました。奈美ちゃんとれいなちゃんがべそをかいていたので、弓子ママと千恵ママはあったかいお茶とクッキーを用意して、ちっちゃなお茶会を開きました。お茶をのんでいると、どんなにこわがっていても、なんだかほっとするのです。奈美ちゃんとれいなちゃんは、やっと落ち着いて、2人で仲よくあそびはじめました。
千恵ママと弓子ママがお茶をすすっていると、幼稚園から電話がかかってきました。
おそるおそる電話に出ると、担任の先生からでした。先生は、口を開くなり
「おにの幼稚園にいきましたね」といいました。
千恵ママがびっくりしていると、先生はこうおしえてくれました。
「おにの幼稚園は、鬼のこどもがかよう幼稚園なんです。中に入らなくて、ほんとうによかったですね。今から、おりの幼稚園にちゃんとくるには、しおを体にふりかけてから、車にのってくださいね」
そこで、千恵ママと弓子ママと、奈美ちゃんとれいなちゃんは、台所のしおをぱっぱっとかけました。それで、ちゃんとほんもののおりの幼稚園にいくことができたのです。
でも、千恵ママと奈美ちゃんは、この後も何度か、うっかりおにの幼稚園にきてしまうのでした。