第6話
今日からいよいよ、硬式野球部の練習に参加することになった。うちのクラスで硬式に入ったのは、どうやら俺だけらしい。
放課後、一人で部室に向かおうと廊下に出ると――目立つ二人組が立っていた。
……いや、“立っていた”というより、“目立っていた”が正しい。
後藤田先輩と新藤先輩。2年と3年の、しかもイケメンの先輩たちが1年教室の前に立ってたら、そりゃ女子たちもざわつく。他クラスの女子が教室から顔をのぞかせて、明らかにキラキラした目でふたりを見ている。
「赤星、よ〜っす」
「お疲れさまです!」
「今日から硬式の練習だろ? 一緒に行こうぜ」
「え、わざわざ迎えに来てくれたんすか?」
「お前のクラス、他に入部者いなかったって聞いたからさ。ひとりじゃ寂しいかと思って」
「えっ……マジすか……」
「――ってのは冗談で。楽式と掛け持ちのヤツって、最初のうちは同級生にハブられがちだからな。辞められないように、今から囲いに来た(笑)」
「えぇ……なにそれ……」
「まあ、そのうちわかるよ。じゃ、行くか」
新藤先輩の言葉、ちょっと引っかかるけど……
俺は何を言われようと、1年のうちにレギュラー取るつもりだし、気にしない。……たぶん。
でも、迎えに来てくれたのは普通にうれしかった。マジで、先輩たちいい人だな。
部室に向かうと、すでに数人の1年生が体操服姿で部室の外に並んでいた。先輩たちはゼッケンのないユニフォーム姿だから、学年の違いは一目でわかる。
「赤星も、ここで体操服に着替えたら外で待機してて」
「了解です」
部室に入る前、「1年の赤星侑利です。今日からよろしくお願いします」と声をかけると、中にいた先輩がロッカーの場所を教えてくれた。
「ありがとうございます!」
「着替えたらすぐ外に出るように」
「はいっ!」
急いで着替え、荷物をロッカーに押し込む。外にいた1年生たちは誰も自前のグローブを持っていなかったので、俺も手ぶらで外へ出る。
並んでいる中に「よろしくお願いします」と声をかけて加わると、自然とクラスごとに固まっているのがわかった。……やっぱり、クラスに1人だけなのは俺だけか。
「今日までに入部した1年生はこれで全員だな。よし、グラウンドに案内するぞ」
「「はいっ!」」
向かったのは、楽式でも使っている野球部のグラウンド。まだ準備はされていなかった。
「1年は、2年から準備の仕方を教わって、練習できる状態に整えること!」
「「はいっ!」」
2年生の先輩たちが、道具の出し方やラインの引き方を丁寧に教えてくれる。倉庫からネットやベースを運んで、手分けして配置していく。遠くの方では、3年らしき選手たちがストレッチや走り込みを始めていた。
ふと見ると、後藤田先輩が1、2年に混じって準備をしている。
――3年なのに、ちゃんとやってんだ。なんか、そういうとこカッコいい。
それから、マネージャーらしき先輩が3人。男子1人、女子2人で、俺たちに色々教えてくれた。まだ始まったばかりだけど、なんとなくこの部の空気、悪くないな――そんなことを思った。
グラウンドの準備が終わると、「全員集合!」の号令がかかり、部員たちが一か所に集まった。顧問の先生と部長からあいさつと説明があり、そのあとに自己紹介の時間が設けられた。
3年生から順番に自己紹介が始まり、後藤田先輩の番になると、近くにいた1年の誰かが小声でつぶやいた。
「えっ、あの先輩、3年生だったの?」
2年生と一緒に準備をしていたから、勘違いされたらしい。いや、むしろ見た目は3年どころか、社会人にも見えなくもないけどな。
そして、いよいよ1年生の番になった。俺以外はそれぞれのクラスから複数人で入部しているようで、何となく雰囲気が和やかだ。
「特進科1年1組、赤星侑利です。希望ポジションは、1年のうちにレギュラーが取れるなら、どこでも構いません! よろしくお願いします!」
正直、キャッチャーだけはやったことがない。でも、ポジションのこだわりよりも、実戦経験を積むことの方が大事だと思っている。試合に出て場数を踏めば、それだけ自信がつくし、メンタルも鍛えられる。
そう思って言っただけなのに、何人かの上級生と同級生が、明らかに険しい目でこちらを睨んできた。ああいう連中って、自分の実力に不安があるから、他人を蹴落とそうとするんだろうな。よし、しっかり顔を覚えておこう。
自己紹介が終わると、上級生たちは準備運動を済ませ、すぐに練習へと入っていった。一方、俺たち1年生は、ストレッチをしながらその様子を見学することに。
が――
(……誰も声、かけてこねぇ)
周りは自然と二人か三人ずつ組んでストレッチしてるのに、俺は一人だけ取り残されていた。話しかけようにも、輪の中に入りづらい雰囲気が漂っていて、結局、一人で黙々と身体を伸ばすことにした。
目の前のグラウンドでは、内野守備の練習が始まっていて、後藤田先輩がファースト、新藤先輩がセカンドを守っている。同じポジションの数人がローテで回っているが、その中でも二人の動きは段違いだった。
最初の一歩の速さ、球際の反応、正確なスローイング――どれも明らかに抜けていて、見ているだけで「スゲェ……」と思わされる。あの二人がレギュラーなのも納得だ。
もっと見ていたかったけれど、まだ日が落ちるのが早い季節だ。ボールが見えづらくなる前に球を使った練習は終了し、最後は筋トレとランニングで締めくくられた。
「お疲れー。やっぱりぼっちだったねぇ」
後片付けをしていた俺に、新藤先輩がニヤニヤしながら声をかけてきた。
「やっぱ、特進科ってだけで浮きますか? それとも楽式部員ってのもあって?」
「両方、かもね。でも最初だけだよ。あとは、実力でねじ伏せる」
……つまり、この人もそうしてきたってことか。
ふと視線を向けると、後藤田先輩は3年生なのにまだ片付けを手伝っていて、しかも1年や2年に声をかけながら動いていた。他の3年生はとっくに部室へ戻ってるってのに。
ああいう姿を見て、「自分もそうなりたい」と思う部員がいないのか。不思議だ。時間を惜しんで練習したいのか、楽をしたいだけなのか……よくわからない。
そうして、硬式野球部での初日の練習が終わった。部室を出ると、後藤田先輩と新藤先輩が俺を待っていて、一緒に帰ることに。
(この二人、いつも一緒なんだろうか?)
新藤先輩は俺と同じ商店街だから完全に方向は一緒。でも後藤田先輩は自転車通学で、途中の交差点で別れた。どうやら隣の市から通っているらしい。
「硬式野球部って、楽式と雰囲気違いすぎて驚いたでしょ?」
「そうですね……雰囲気も、先輩との関係性も、楽式の方が肌に合ってる感じはします」
「俺もね。楽式の方が好きだけど、硬式は硬式で“何も言わせない”っていうのが、面白いよ」
……やっぱこの人、強すぎる。顔よし、頭よし、運動神経よし、野球センス抜群――敵に回したくないタイプ、確定。
とりあえず俺は、今日のことを踏まえて決めた。1年生の中で誰にも負けないために、夜のトレーニングメニューを少し増やそうと思う。もちろん、和佳が来る時間だけは除いて、だけど。