第4話
午前8時50分、全体集合の号令がかかる。
簡単な反省会が行われ、最後に監督の挨拶があって、今日の練習は終了となった。
「後半はずっと先輩たちの練習見てただけだったけど、楽しかったね」
片付け中、和佳がぽつりとつぶやく。
「練習中のかけ声とか、ツッコミどころありすぎだったよな。『このノックで10球連続キャッチできたら、ゆきちゃんに告白する!』って叫んでからノック受けてた先輩いたし」
「しかもノッカーの先輩、絶対捕れない場所に打ってきて、わざと失敗させてたし」
「で、もう一人の先輩が煽るように『お前は今日も告白できないな』って言っててさ…あれ絶対わざとだよね」
「うん、“中島先輩の告白阻止劇場”は日常らしいよ」
と、近くで聞いていた先輩が笑いながら会話に加わってきた。
「中島は1年ずっとあれを繰り返してるから、当然相手の子にもバレてるけど、いまだに何のリアクションも無い。……ってことは、まぁ、脈なしだろうなってのが部内の共通見解」
「うわ……なんか切ない」
「でも本人、めっちゃ楽しそうだし。あれで満足してるなら、それでいいんじゃない?」
中島先輩、たぶん根はめちゃくちゃ真面目なんだと思う。からかわれてるのをわかった上で、宣言を律儀に守ってるの、ちょっと尊敬する。
そんなことを話しながら、テキパキと片付けが進んでいく。
この空気――真面目すぎず、でもどこか暖かい。俺はけっこう好きだなって思った。
9時15分頃になると、急ぎ帰る生徒から順に部室へ戻っていく。
「さっき監督も言ってたけど、新入生の明日の参加は自由。来たい人はまた同じ時間にどうぞ」
「はいっ、ありがとうございました!」
「じゃ、俺はこれから硬式行くんで、お先に」
「俺も一緒に行きます! みんな、お疲れさまでした!」
後藤田先輩と俺は、足早に部室へと戻る。
入れ替わるように、硬式野球部のマネージャーたちが準備を始めていた。
しばらくして、帽子とグローブを変えた後藤田先輩と新藤先輩が戻ってきて、練習用具を運んでいく。楽式から硬式への即切り替え。……慌ただしいけど、これが“掛け持ち”ってやつか。
俺も後でいろいろ聞いておいたほうがよさそうだ。
*
楽式の練習が終わったあと、俺たち5人は荷物を持って一緒に帰る。
「女子の先輩たち、清水先輩以外にも何人かいたけど、みんな仲良さそうだったな」
「うん。2年と3年の間にも、あんまり上下関係なさそうだった」
「なな、あの先輩たちとなら、楽しく部活できると思う!」
七海が嬉しそうに大の顔を見ながら言う。
かわいいってだけで、過去に何度も上級生や同級生からいじめられた七海。だからこそ、俺たちはいつも彼女を守ってきた。
――もう、あんな理不尽な目には、絶対に遭わせたくない。
「ほんと、あっという間に家に着いちゃうよね」
学園から商店街までは、徒歩でわずか5分。
「どうせ後でうち来るんだろ? 話の続きはそこでしようぜ」
颯真の家――というか、ビル。
1階〜8階がオフィス、9階から12階がマンションで、彼らは11・12階のメゾネットに住んでいる。父親が社長のIT企業が建てたビルで、地下には社員向けの小さなトレーニングジムまである。
俺たちはよくそこでトレーニングしたり、親父さんの趣味に巻き込まれたりしている。
*
いったん家に帰ってシャワーを浴び、まかないの昼飯(今日のメニューはハヤシライス)を食ってから、颯真の家へ。
全員が集まったところで、颯真の父が用意したBlu-rayの鑑賞会がスタート。親父さんと大は、ライブ映像に合わせて全力でコールを叫んだり熱唱したり、毎度のテンション。
そのあとは各自自由行動。ゲームで遊ぶ者、漫画や小説を読む者、そして今日の練習の感想を話し合う者……だいたい毎週末はこの流れがルーティンになっている。
夕方になり解散すると、俺と颯真は近所をジョギングしてから、地下トレーニング場で素振りやキャッチボールをして、ようやく帰宅。
夕飯を食べて、少し勉強でもしようかと思っていたそのとき――
「侑利、起きてるー?」
和佳の声が聞こえて、ドアが開く。
うちの家は喫茶店と住居が繋がっていて、和佳はいつも厨房の親に「こんばんは〜」と挨拶してから、勝手に2階に上がってくる。喫茶店側の玄関は開いてることが多いから、鍵も不要。
「あれ?今日は勉強してないんだ?」
「まだ授業始まってないからな」
和佳はクッションを持ってベッドにもたれるのが定位置。俺は勉強机の椅子をくるっと回して、和佳の方を向く。
「ねえ、侑利ってさ……硬式と楽式、両立できそう?」
「まだ硬式の練習始まってないし、何とも言えない」
「そっか……。私もさ、ソフトボール部、土日は9時半から練習あるんだよね。時間、かぶらないかなって」
「まずは体験してから決めればいいじゃん。急がなくてもいいし」
「……うん、そうする」
そのあとは、今日の楽式の話をあれこれ語り合って、笑って、そして和佳は、満足げな顔で帰っていった。