第3話
入学式の翌日は土曜日で学校は休み――だけど。
新藤先輩からのメッセージに気づいたのは、颯真の家での自主トレを終えて帰宅したあとだった。
「明日から楽式野球部の練習始まるぞー。入部済み&検討中の1年生も参加OK。部長が言い忘れてたってさ」
硬式野球部の方は、1年生の練習開始は週明けから。それに対して楽式野球部は、参加希望者はもう明日から来ていいらしい。
俺だけじゃなく他のヤツらにも連絡が行ってたようで、グループチャットにはすでに「明日何時集合?」ってやりとりが始まってた。
「朝7時〜9時が練習時間らしいけど、早めに行っても大丈夫かな?」
「顧問の先生より早く着くと怒られる部もあるからなぁ」
「でもさ、準備とかどんな感じか偵察したくない?」
「うん、30分前には着いてたいかも」
そんな感じで、明日の集合時間は朝6時15分に決定。場所はいつもの商店街の端っこ。そこから、野球部専用のグラウンドまで歩いて行くことにした。
(翠嶺学園には、部活ごとにグラウンドが割り振られていて、野球部・サッカー部・運動部共通の運動場がそれぞれ別にある)
*
翌朝、6時ちょうど。集合場所に行くと、すでに颯真がいた。さすが、いつも時間ぴったりな男。
「おはよっ」
「うーっす」
そこから10分ほどして和佳が到着。
そして6時15分ジャストに、七海が大を引っ張ってやってきた。寝ぐせで髪がもじゃもじゃの大は、今日も七海にたたき起こされたっぽい。
「よし、行くか」
5人で並んで歩き、グラウンドに到着すると、すでに何人かの先輩たちが準備を始めていた。
ベンチには、品のある雰囲気の老人男性が座っていて、その隣には大学生くらいの綺麗な女性が立っている。……顧問の先生、じゃなさそう?
「うーっす。お前ら、早いな」
「おはようございます。新藤先輩も、もう来てたんですね」
「こういう準備も、いいウォーミングアップになるからな」
新藤先輩は、手にボールかごを持ったままニカッと笑った。
「ちなみに、ここでは“先輩後輩関係なく、来た人から準備をする”って方針だから。無理して早く来る必要はないぞ?」
そう言いながら、先輩たちはネットを動かしたり、倉庫から用具を出したり、自然な流れで準備を進めていた。
「部室はあっち。空いてるロッカーに荷物を入れて、着替えたければそこでどうぞ」
そう言って指をさしたのは、部長の後藤先輩。
俺たちは軽くお辞儀をして、案内された方向へ歩き出した。
「……あ、ちゃんと男女別だ(笑)」
「当たり前だろ! 運動部で男女一緒の部室なんて、色々ヤバすぎるだろ!」
たまに突拍子もないことを言い出す七海に、俺はいつものように即ツッコミ。
――このやり取り、きっと高校でもしばらく続くんだろうな。
「じゃあ荷物置いてくる。最初から練習着で来ちゃったし、みんなも着替えいらないよね?」
俺たち男子は【楽式野球部(男子)】の部室に入り、それぞれ空いているロッカーに荷物を入れていく。カバンからグローブを取り出しつつ、ふと思う。
今日はまだ守備練は無いだろうと思って、オールラウンド用のグラブを持ってきたけど……どんな練習するんだろ。
“楽しい野球”がモットーらしいし、ガチガチに厳しいメニューではなさそうだけど。
「ロッカー、結構数あるな。部員多いのか?」
「家庭の事情とかで、毎週来られない人もいるって話だし……人数だけは多いのかも?」
「何人いようが、俺はレギュラーを目指すだけだ。さて、行こうぜ」
……もっとも、楽式野球部に“レギュラー”って概念があるのかは知らんけど。
和佳と七海が女子部室から出てくるのを待って、俺たちはグラウンドに戻る。ちょうどそこに、後藤先輩がボールの入った箱を持ってやって来た。
「みんな、マイグローブ持参してるんだね。よかった。じゃあ軽くストレッチしてから、キャッチボールしながらボールのチェックを頼むよ。変形してるやつは省いてくれる?」
「了解です!」
ストレッチを始めると、徐々に人が増えてきた。先に来ていた上級生たちは準備を進め、新入生たちは先輩に促されながら、輪に加わっていく。
ストレッチが終わった人から順にボールを選んでペアを組み、キャッチボールへ。
和佳と七海はペアに、俺・大・颯真の3人は1対2に分かれてパスを回す。ボールの状態を確認しつつ、投げ合う。
「……あ、これダメだな」
柔らかすぎたり、縫い目がほつれてたり。そんなボールを外していく。
しばらくすると、後藤先輩の声がグラウンドに響いた。
「集合ー!」
先輩たちがベンチ前に集まり始めたので、俺たちもそれに続く。
「おはようございます」
その挨拶に応えるように、ベンチに座っていた年配の男性が立ち上がった。
「おはようございます」
全員が声を揃えて、しっかりとした挨拶を返す。手を抜かないあたり、好印象。
「私は、楽式野球部の監督をしている松澤です。そして――」
「松澤茉莉子です。監督の孫で、コーチとしてお手伝いしています。楽式野球部のOGです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ!」
なるほど。謎だったあの年配男性とキレイなお姉さんは、監督とコーチだったのか。ひとつ謎が解けた。
その後、監督と部長から部についての説明があった。
楽式野球部は、試合の相手に合わせてスタメンを変えていくスタイルらしい。対戦相手も草野球チームから小学生まで幅広い。
……小学生?と思ったが、自分が小学生のときに高校生と試合なんてした覚えがない。つまりこの辺の子じゃない可能性もあるってことか。
グラウンドは硬式野球部と共用らしく、朝9時半には完全撤収しないといけない決まりらしい。
説明が終わると、新入生の自己紹介が始まった。
「本多さん、さっきキャッチボールしてたけど、すごく上手かったよね? どうしてマネージャー希望なの?」
七海の番で、清水先輩が素朴な疑問を投げる。
「私、バットにボールが当たらないんです!」
――うん、本当に当たらない。
トスバッティングでさえ空振りの常連。キャッチボールは大の相手で慣れてるけど、打撃センスは皆無の残念マネージャー志望である。
「僕は中3の時に足をケガしてて、長時間しゃがむのがきついです。なので、キャッチャー希望ですが、試合では3イニングまででお願いします!」
大がケガしてなければ、硬式でも一緒にやれたんだけどな。
まあ、本人はアニメ研究会との掛け持ちを本気で考えてるし、楽式のゆるさがちょうど合ってるのかもしれない。
「特進科1年1組、福冨颯真です。セカンド希望。ちなみに、父もこの部のOBです。よろしくお願いします」
「おぉ、福冨の息子か。お父さんによろしく伝えてくれ」
監督と叶真さん、昔からの知り合いなのか? もしかして、あの頃から監督やってたのかも?
「普通科1年5組、白瀬和佳です。ファースト希望。私はソフトボール部と掛け持ちする予定です。よろしくお願いします」
和佳、やっぱりソフト続ける気か。試合日程が被らなければいいけど……今度こそ、和佳の試合も応援に行きたい。
新入生の紹介が終わると、先輩たちも順番に自己紹介してくれた。
20人以上はいるようで、紅白戦もできるっぽい。想像以上に“ちゃんとした部”だった。そして、もうひとりの掛け持ち組――3年の後藤田先輩もここで判明。見た目も立ち振る舞いも、“本物の野球バカ”って感じだった。
最後は、軽くグラウンドを3周→ストレッチ→キャッチボール。
その後は、上級生たちの練習を見学する時間になった。
「公式戦には出られない」とはいえ、動きのキレやボールさばきがすごい。
とくに目立っていたのは、新藤先輩と後藤田先輩――硬式・楽式の掛け持ちコンビだ。
……やっぱすげぇ。
俺も、負けてられない。