第2話
「1年の赤星侑利です。硬式野球部に入部希望です!」
入学式が終わり、校内の中庭では上級生たちが部活動の勧誘をしていた。
俺は制服のまま、まっすぐ硬式野球部のテントに向かっていた。
「ちょうどこれから練習あるけど、見学してく?」
「すみません!このあと楽式野球部にも入部届を出す予定なんです」
「……あ〜、今年の“変人枠”はおまえか」
へ、変人枠?
「毎年ひとりくらい、硬式と楽式の両方に入る奴がいるんだよ。今は3年にひとり、2年にもひとり。ふたりとも成績トップクラスなのに、筋金入りの野球バカ」
「じゃあ、俺が三人目の野球バカですね!」
変人=野球バカなのか?って疑問は残るけど、先輩たちは悪い感じじゃない。むしろちょっと嬉しそうだった。
「これからよろしくお願いします!」
俺は深く頭を下げて、待ち合わせの場所へ向かった。
「お、俺が最後か。遅れてごめん、硬式には出してきた」
「じゃあ、次は楽式野球部だな」
「おーっ!」
俺以外の4人がグーを突き上げる。全員で入部、改めて気合が入る。
同じ中学から進学した幼なじみ3人+親友1人。家もみんな商店街の中にあり、中学時代はずっとこの5人でつるんでた。高校でも同じ部活に入るなんて、改めて思えばけっこう幸せだ。
「そういえば、硬式と楽式の両方やってる先輩って二人いるらしいな」
「やっぱ、侑利と同じような野球バカなんだろうな〜」
「ぱっと見で分かりそうじゃない?“俺、野球しか興味ありません”みたいな顔してそう」
「その先輩たちに、硬式部の立ち回りとか教えてもらえるといいね」
「上下関係厳しそうだしね……。礼儀でマウント取ってくるタイプはちょっと嫌だな」
「あ、あれかな?」
和佳が指差した先には、硬式野球部とは違うデザインのユニフォームを着た男女が、入部受付をしていた。
「新入生のみなさん、こんにちは。楽式野球部への入部希望かな?」
「こんにちは!5人とも入部希望です!」
「うれしいっ!!しかも女の子が2人も! 私、3年の清水っていいます。ポジションはライト。入部届、こっちで預かるね。じゃあ、ここにクラスと名前、希望ポジションとか書いてもらえる?」
「ちょ、清水。テンション高すぎ。後輩ドン引きしちゃうって」
「あっ、ごめんごめん。でもね、男女混合って言っても、やっぱ男子が多いからさ……女子が入ってくれると、ほんと嬉しいの!」
3年の清水先輩は、女子部員が入ってきたことにテンション爆上がり中。悪い人ではなさそうだけど、だいぶ明るい。
名簿を渡され、ひとりずつ書いていく。
……が、なんだこの質問欄? 野球と関係なさそうな項目が多すぎる。
| クラス | 名前 | 希望ポジション | 好きなもの | 好きな食べ物 | 夢や野望 |
| ------- | ----- | ---------- | ------------- | ------- | -------------- |
| 特進科1年1組 | 赤星 侑利 | ショート&ピッチャー | 野球 | クリームソーダ | プロ野球選手 |
| 普通科1年3組 | 兼田 大 | キャッチャー | アイドル育成ゲーム・アニメ | 鶏の唐揚げ | 家業とアイドルの夢のコラボ |
| 特進科1年1組 | 福冨 颯真 | セカンド | ITガジェット | カレーライス | 不労所得で自由な人生 |
| 普通科1年5組 | 白瀬 和佳 | ファースト | 星型の小物 | ケーキ | 自分だけの“新星”を見つける |
| 特進科1年1組 | 本多 七海 | マネージャー | 本・漫画・小説 | あんこパイ | 物語を紡ぐ作家になりたい |
「夢や野望って……これ、何の参考にするんだろうな?」
「まさかポジション決めの参考にされたら困るな……」
「いや、むしろ面白いかもよ?夢とポジションがマッチしてたらテンション上がるし」
「和佳、“新星”って何?」
「ふふ、内緒」
こうして俺たち5人は、無事に“楽式野球部”へと仲間入りした。
全員が書き終えたあと、つい気になって名簿を覗き込んだ。
……やっぱり、俺の親友たちは正直すぎる。食べ物とか夢とか、よくそんなに素直に書けるな。
それにしても、好きな食べ物とかそのうち食べさせてもらえるんだろうか。うちのクリームソーダのアイスクリームよりもおいしいアイスクリームがあるのなら大歓迎だ。
「――あっ、光人だ!おーい、光人! ちょっとこっちにも顔出してってばー!」
突然、清水先輩がグラウンドの方へ叫んだ。
その声に気づいたのか、体操服にグローブを持った男子がこっちに向かって走ってくる。……って、あれ新藤先輩じゃん。
「……先輩、相変わらず声でかいっすよ。で、お前ら、久しぶりだな。まさか硬式じゃなくて楽式に入ったのか?」
「「「新藤先輩、お久しぶりです!!」」」
「え、知り合いなの?」
「全員、中学の後輩。しかも、全員同じ商店街出身」
そう言いながら、新藤先輩は大の頭をワシャワシャとかきまわすように撫でていた。
――これで確定。硬式と楽式を掛け持ちしてる2年の“変人枠”は、新藤光人先輩。
「へぇ、みんな商店街の子なんだ〜。光人んちは薬局だよね? みんなの家は?」
「俺んちは喫茶店。で、その隣が和佳んちのケーキ屋」
「洋菓子店って言って!」
(いや、ほぼ同じだろ……)
「僕の親はIT企業を経営してます」
「商店街の端っこにある、高いビルの最上階に住んでるお坊ちゃんだよね」
「あー、あれ、確かに目立つよな」
「お坊ちゃんじゃありません!ごはんも自分で作ってます!」
颯真が顔を赤くして否定する横で、新藤先輩はまだ大の頭をくしゃくしゃやっている。
「ボクんちは肉屋と、隣で焼肉屋やってるよ」
「私は、その斜め向かいの本屋」
「えっ、その本屋さん! 毎週、学校帰りに週刊漫画買ってます!」
今まで黙っていた先輩が、急に会話に入ってきた。多分、3年生。七海はすぐに丁寧なお辞儀を返した。
「いつもありがとうございます!」
七海、こういう時だけ本屋の娘っぽくしっかりする。
紙の本が売れにくくなってる今、七海の父さんは結構がんばってるらしい。手作りのポイントカードやくじ引きイベントとか、いろいろやってる。
「僕は楽式野球部の部長、後藤です。ポジションはサード。漫画大好きです」
柔らかい口調と雰囲気の人で、見た目も話し方も、ザ・文化系って感じ。
その後も新入生がポツポツとやってきたので、俺たちは一足先に先輩たちに挨拶をして帰ることにした。
「今日も、颯真んちの練習場、使わせてもらっていい?」
「もちろん。でも、父さんに捕まらないようにね。今週、新しい円盤出たばかりだから、きっと“鑑賞会しよう”って誘われる」
「えっ!?今週のって、あのライブの?」
「ボクも見たい!!」
「大は一回帰って着替えたらうちに来ていいよ。でも、視聴会は今度みんなでする予定だよ?」
「ライブは何回見てもいいの!!」
「はいはい、待ってるよ」
こうして、俺たちは校門を出て、いつもの商店街の方へ歩いていった。
それぞれの家の前で「またなー!」と手を振って別れた。
――やっぱ、家が近いって最高だ。
pixiv の方で、颯真が主役の二次創作も始めました。