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09.ひっつき虫

「学校の知り合いか? なかなか別嬪(べっぴん)さんじゃないか」


 つばさは後頭部に白山からのからかうような視線を感じた。

 振り返ると案の定、白山は目をそらしてカメラをいじりだす。


「この前話した子ですよ」

「ほう、それがどうしてここに?」

「こっちが聞きたいです」

「カモを眺めながら、きみがこっちにやってくるのを目の端で見てたけどその後をつけてたんだよ。きみが鳥に向かってカメラを構えるたびに隠れてたから面白かったぞ」

「そんな前から気づいてたなら教えてくださいよ!」


 白山は「ははは」と笑うと、「何にしろ、きみに用事だろ?」と言い、上からつばさの頭を指差しながら、鴫野に向かって手招きをした。

 ちょうどつばさが大きな声を上げたから、木の陰から彼女は顔を出したところだ。鴫野は手招きを見ると、あからさまに顔をぱっと輝かせ、髪を跳ねさせながらこちらに駆けて来た。

 ちなみに今日は髪を結わずの放髪(はなちがみ)で、学校ではないからとうぜん私服姿だ。いつもは目印になっている赤いマフラーはつけず、膝上までのクリーム色のラシャコートを羽織っており、下からはグレー系の落ち着いた衣装が覗いている。スカートは制服よりも短かったが、黒のタイツで防寒対策はきっちりしているようだ。


 いわずもがな、私服姿の女子は普段よりも何歳か大人びて見えた。

 その上、


「おはよう、つばさくん」


 などと下の名前で呼ばれたので、つばさは思わず顔を逸らした。


 ――学校では一度も呼んだことないくせに。


 呼ばれたら呼ばれたで困るのだが。下の名前で呼ぶのは小学校から同じ男子くらいだ。


「ねえ、つばさくん、何見てるの?」


 そろそろ限界だ。と思った矢先、視界にある川の中州に生えた大きな裸木、その下のほうの枝先に青く輝く姿を見つけた。


 カワセミだ。身体は青や緑に光る構造色で、腹の部分は鮮やかなオレンジ。

 体はスズメ程度だが、頭が大きくてくちばしが頭と同じくらいあり、頭部の占める割合が多くて可愛らしい。

 見かけの華やかさと、水にダイブして狩りをする姿から、愛好家の多い鳥だ。


 つばさは「ちょっと待ってて」と川のほうへ歩み、ゆっくりとカメラを構えた。

 カワセミは小魚を捕まえたばかりらしく、横向きに咥えた魚の向きを変えようと、挟み加減を調整しつつ頭を上下に揺らしている。

 すぐには逃げないだろう。もう少し距離を詰めて、カワセミが魚を呑みこみ切ってしまう前にシャッターを切りたい。

 欲をいえば、魚を捕らえるために水に突っこむ瞬間が撮りたかったところだ。


「きみは行かないほうがいいぞ」

 白山の声が聞こえる。

 鴫野は「あっ、鳥が逃げちゃいますよね」と、物分かりがいい。

 だが、白山は「それもあるが、まあ、ちょっと見てるといいよ」と言う。


 ――なんだ?


 川のほとりは普段は葦原(あしはら)になっているが、管理公園であるため冬場は刈り取られてすっきりしている。

 雨が降るとぬかるみになってしまうが、今日は足元は確かだ。

 白山が鴫野にした警告が気になったが、つばさは何かの草をまたぐと距離を詰めるのをやめ、設定を微調整する。光量は充分、連射でシャッターを切った。

 ちょうど長いくちばしで魚を頭から呑みこむタイミングだ。

 カワセミは苦しげに自分の頭の長さほどもある魚を喉奥へと押しこもうとしている。

 もう少し連射すると、つばさはカワセミを驚かせないようにあとずさり、距離を取ってから振り返って白山たちのもとへ戻った。

 鴫野をまぶしく感じて逃げ口上に使ったカワセミだったが、いい写真が撮れて気分が昂る。


「ごめん、カワセミの写真撮ってた。おはよう、鴫野さん」

「いいの撮れた?」

「たぶん」


 連射された写真の一覧から先ほどのシーンを選ぶと、狙った通りの画像がスクリーンに映し出された。

 枝かぶりもなく、黒い瞳にハイライトも入っている。背景もボケてうるさくない。

 自分が撮ったカワセミの中では過去いちばんに思える。


「この鳥って、水が綺麗なところにしかいないんだっけ?」

「うん。渓流の宝石、なんて言われてる。これはメスかな」

「性別も分かるの?」

「くちばしの下側がオレンジだとメス、黒だとオス」


 そばで鴫野が「ふうん。すごいね」と感心すると、彼女の白い息が頬に触れた。すぐに冬の空気に冷やされてひんやりしたが、つばさの頬は熱くなった。


「いい写真が撮れたようだな」

 白山がそばに来る。

「だが、それ(・・)はなかなか取れない(・・・・)、だろうな」


 なんのことだろうか。白山はつばさの足元を指差している。

 カメラを触っていたつばさよりも早く、鴫野が「あっ」と声を上げた。


「つばさくん、ひっつき虫たくさんついてるよ!」


 数センチくらいの細く茶色い物体が、ズボンに大量に付着している。

 ひっつき虫の一種、アメリカセンダングサだ。

 虫とは呼ばれるがこれは植物の実で、他の生物にくっついて種を遠方に運ぶ。いろいろな種類があるが、とげとげとしたオオオナモミ以外は細かく、取り除くのに苦労する。


「な、ついて行かなくよかったろ? その服装だと大量についたと思うぞ」

「確かに。ありがとうございます」

「白山さん、なんでぼくには教えてくれなかったんですか!」

「教えてアメリカセンダングサを迂回したら撮影はどうなった?」


 言われてみればそうだ。

 カワセミが逃げるかもしれないし、角度が変わると枝が被ったかもしれない。

 あの写真が撮れたのなら、このくらいの面倒は安い。


「その代わり、ひっつき虫を取るのを手伝ってやろう」

「わたしも!」


 つばさの足元でふたりが手仕事を始める。

 なんだかハトに群がられているような気分だ。


「ひっつき虫もだが、足元は湿っていたりするし、草で切ったりもするから、フィールドに出る時は服装を見直したほうがいいな」

「そうですね。次に来るときは違う服できます」


 次もあるのか。というか、彼女は何をしに来たんだろうか。

 つばさは種を除去して貰ってお礼を言い、鴫野に用件を聞く。


「何って、散歩だけど。この近所に住んでるって言わなかったっけ?」

「そういえばそうだね。でも、つけてたみたいだけど……」

 鴫野が「バレてたか」と、笑う。

「ほんとは、つばさくんがいないかなって思って」


 白山が「おやおや……」と何か言ったが、それはいい。

 鴫野は「連絡先、交換しない?」とポケットから古びたスマホを取り出した。

 白山に見られている手前、理由をつけて断りたい気もしたが、そうしたところでどうせ彼は見抜くだろうし、鴫野をがっかりさせるだけだ。


 つばさは応じ、「そのスマホって古いの?」と訊ねる。


「うん。お父さんの前のスマホを貰ったの。高校に上がったら新しいの買ってもらう予定だったんだけど、無くなっちゃったから。一年繰り上げてもらって、四月になるまでこれで我慢。次はカメラ機能のいいやつにしてもらおうかな」


 連絡先を交換し終えると、鴫野は「ところで」と白山に向き直った。


「こちらのかたは? つばさくんのおと……」


 鴫野は言いかけてやめた。家庭事情は話してある。


「趣味仲間だ。きみがつばさくんの言ってた子か」

「えっ、つばさくん、わたしのこと何か言ってたんですか?」


 余計なことを。つばさは白山を軽く睨む。


「おう。いじめみたいだって怒ってたぞ。助けなきゃ、守らなきゃってな」

「べ、別にそんな……」


 言いかけるも、鴫野に遮られる。


「そっか。ありがとうね、つばさくん」


 彼女は、はにかんで、ちょっとだけ頬を染めて。

 つばさは「別に、花園に腹が立ってたから」と顔を背けた。


「ところで、わたし、邪魔しちゃいましたか?」

「いいや。面白いからいいぞ。つばさくんもたいそう喜んでる」


 別に喜んでなんか、と言いたいが、ぐっとこらえる。

 だが、彼女についてこられると野鳥観察もやりづらい。

 冷たくするわけじゃないが、撮影中は独りでいたい。

 白山とだって、公園で会いはしても撮影に関しては別行動がほとんどだ。


「せっかくだから、さっきやりかけてた競争をしよう」

「競争ですか?」

「ああ、二手に分かれて池の周りを半周して、より多くの種類を撮影したほうが勝ちだ」

「面白そう! じつは、わたしもカメラ持ってきてたりして」


 鴫野もバッグからコンデジを取り出した。

 日本の有名メーカーのものだが、カメラ性能は微妙そうだ。

 ちょっとした記念写真や子供の運動会を撮るのが精一杯だろう。


「これでも鳥、撮れますか?」

「そのカメラじゃ無……」

「ズームは足りないだろうが、この公園の鳥はよそよりも距離が詰めやすいし、ゲームとしては種類が分かればオッケーだから平気だ。何も大きく撮るばかりがいい写真ってわけでもない。ブレないようにシャッタースピードを上げるといい。なるべく明るい場所を選んで、設定方法や接近のコツは彼に聞くように」

「えっ、一緒に?」

「そうだよ。おれはこの公園にかよって長いからハンデだ。目がふたつのほうが見つけやすいだろ?」

「で、でも……」

「彼女がいるせいで鳥を逃がすこともないだろ。なんてったって、きみも気づかなかったくらいだしな」


 ぐうの音も出ない。なんとか理由をつけて鴫野と別れたかったが、白山は反対のことを考えているようだ。

 しかたない。ここは抵抗せずに、一緒に撮影することにしよう。


 つばさが「よろしく」と言うと、たっぷりの笑顔と共に返事が返され、鴫野はぴょんと跳ぶように一歩こちらに寄った。

 つばさは彼女のダブついたラシャコートの袖が、自分のウインドブレーカーとひっついたのを感じた。


***

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