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22.春告げ鳥

 真原くるみの見舞いのあと、彼女の希望通りにことは運んだ。

 くるみの身の回りで起こっていたことは兄の雪笹にも詳細が伝えられ、むろん長年妹を気遣って生きてきた彼は激怒し、学校に対して苦情を入れ、犯人たちに罰則を与えることを望んだ。

 だが、山田結愛たちは否認。仮に否定しなくとも強請(ゆす)られたわけではなく、なかばくるみがみずから貢いだ形であるため、学校側は雪笹をクレーマー保護者として、学年末試験と出席に関する都合だけ約束し、生徒間の問題については無視する姿勢を見せた。


 ところが、実質のところたかり行為であったことや、くるみがおこなったのは単なる癇癪ではなく自殺未遂だった(・・・・・・・)こと、山田たちによってさらに別の生徒の所有物を破壊する行為やスマートフォンの窃盗があったことを証言した生徒が現れたことで対応を変えざるを得なくなった。


 そう、空木つばさだ。


 彼は中学校生活最後の任期となる三年生前期の生徒会会長の座を選挙にて勝ち取ったのちに、くるみと鴫野の件を学校側に証言していた。

 たかが生徒とはいえ、空木つばさがまっとうで勤勉であることは教員側も承知している。複数期のあいだ生徒会の役員を務めた実績もあり、生徒間での評判も悪くない。

 加え、彼の口からそれとなく、窃盗被害者の鴫野磯子と花園希を結びつける発言もあり、学校側はこの件を無視することができなくなった。

 花園希のグループは、校内風紀の乱れを誘う(といっても、中学生らしい恋愛興味へのムーブメントを起こしただけのことだが)として、職員会議で風紀担当の教諭にやり玉に挙げられた実績があったからだ。


「鴫野さんにはこの件を水に流すように、ぼくから説得します」


 万が一、山田たちの非行が校外に明るみになったら。

 今後、追加で鴫野やくるみに「いじめ行為」をおこないでもしたら。

 あるいは、この話が校内で広まって、山田たちのほうがいじめの標的にでもされたら。

 そして、ネットワークの中心である花園が問題に噛んできてしまえば、事態の収拾はつかなくなるだろう。


「新学年のクラス割りには配慮が必要だと思います」


 もちろん、これらは四人が口裏を合わせておこなったことだ。

 作戦の立案は鴫野で、実働はつばさと雪笹、裏では白山を相談役に置き、潔、鴫野の父にも話を通した上でおこなった。

 つばさと雪笹の意思としては、山田結愛に罪を認めさせ、なんらかの指導をおこなうべきだと考えていたため、少々消化不良ではあった。

 鴫野の父もスマホの件を知ったさいには、強硬な姿勢をとる様子だったが、そこは娘の磯子が上手く丸めこんだらしかった。


 こうして、一連の事件はクラス割りの融通にて幕切れとなった。

 春からつばさたちは同じクラスにかよい、山田結愛は別のクラスとなる。


 ところで、つばさには山田への罰とは別に納得のいかないことがあった。


 入学式の準備と歓迎の挨拶のために学校に来たつばさは、職員玄関に飾られた絵画を前に腕組をしていた。

 タイトルは『親友』。セーラー服の少女が窓際に座る絵で、窓のふちではエナガが遊んでいる。


「よく描けてる」


 言う割には不満そうだ。

 つばさの学校はブレザーだし、エナガが窓まで訪ねてくるのもあまり想像がつかないが、要するにこれは鴫野がモデルだった。

 鴫野は見舞い以降もくるみの病室を何度も訪ねた。

 絵のモデルになるためでもあったが、ふたりしておしゃべりに花を咲かせてもいたようで、スマホのグループメッセージでもつばさの知らない話題でよく盛り上がっている。

 くるみの入院はある種の社会的入院だから、身体に不調はない。

 じっさい、学校に復帰予定の四月までには特別個室を引き払っている。

 退院後には一度、県営公園にまでふたりで遊びに来て、くるみの作品の参考用の写真を鴫野に撮ってもらったりもした。

 つばさにも模写用にと鳥の写真をせがんできたが、つばさから見たくるみの態度はどこかよそよそしいというか、言語化できない鴫野との差を感じさせていた。

 仲がいいのはけっこうだが、少し前までは疑いや競争の相手だったはずだし、どちらもつばさとの付き合いよりも短いのに、差し置いて『親友』とはどういうことだろうか。

 最初の来訪時に病室から追い出されたときには何が話されたのだろうか?

 女子同士にだけ通ずる何かがあるのだろうか?

 絵の中のセーラー服とポニーテールの少女の横顔は、こちらでもなく窓の外でもなく、来訪したエナガを見つめるばかりだ。


 ――やっぱり女子って、分からない。

 

『ドンマイ、生徒会長くん』

 近況報告を聞いた白山に励まされた。

『何がドンマイですか』

『いや、鴫野さんを盗られてしまって。あるいは真原さんを?』

『別にそういうのではないですけど』

『空木少年的には、どっちが好みだ?』


 つばさは『だから、そういうのではないですって!』と返しつつ、ふたりの女子のことを思い浮かべる。

 鴫野との関係は良好だ。これまで関わった女子、いや友人たちの中で、いちばん近い距離にいるだろう。人物的には少々うるさいと思うときもあるが、思い切りのよさは尊敬しているし、からかい半分の挑発は魅力的に思えた。

 くるみはつばさを好いていてくれている。自発的な決断力に難を感じるも、庇護してやりたい気持ちが湧くのは否定できない。今回の件も表向きは自分が主軸に動いたとはいえ、参謀役だった鴫野に少し嫉妬してしまっていた。


『……なんて考えてるんだろ? 両手に花ってやつだな』

 白山におおよそ言い当てられてしまい、つばさはスマホを前に赤面した。

 とはいえ、こんなからかいは想定したうえの白山への報告だ。

 ここのところ相談や事件続きで、気軽な探鳥仲間として接せれてないのをつばさは少し物足りなく思っていた。


『ま、野鳥観察はひとりのほうが捗るので、これはこれで悪くないです』

『それはあるな。目が多いと発見しやすいのは利点だが、じっくり観察するなら単独に限る。そうだ、公園のカモはチェックしたか?』

『しました。この前までオオバンとオナガガモがびっしりだったのに、ほとんどいなくなりましたね。とうとう渡ったんですね』

『だろうな。オオバンは少し居残りがいそうだ。マガモも移動中らしく、一時期増えたがまた減ってる』

『マガモといえば、あの子はどうなりました?』


 翼の折れたメスのマガモだ。

 返信は短く、『いなくなったよ』。

 自然の状態で折れて曲がった骨が綺麗に治ることはまずないだろう。

 つばさが寸暇を縫って広く浅く撮影していたのに対して、白山は負傷個体の観察をじっくりとおこなっていた。

 彼はつばさが寄れてなかった時期の写真を何枚も送ってくれた。


『あれ? あの子、ひとりぼっちじゃなかったんですか?』


 多くの写真にほかの個体が写っている。どれも同種のメスのマガモだ。


『人工川のほうにしばらくのあいだメスのマガモが来ていて、行動を共にしてたんだ。ほかの個体が池と川と往復してる中、彼女だけは一緒だったな』

『へえ、仲がいいんですね』

『彼女もこの時期なのにペアの相手がいなかったみたいだ』

『でも、渡っちゃったんですね』

『そうだな。だが、彼女がケガをした子から離れるより先に、ケガをした個体がいなくなったよ。彼女は独りになってからも、ニ、三日はこの川に残ってた』


 見捨てたわけではなさそうだ。

 本能的なものなのか、情によるものなのかは人にははかれないだろう。

 ただ、白山の撮った写真には、羽根が折れて身体の片側がゆがんだメスのマガモに寄り添う、もう一羽のメスの姿が確かにあった。

 つばさは思う。鴫野磯子と真原くるみもそういう関係なのかもしれない。


『マガモがいなくなった理由って分かりますか?』

『公園に住みついている野良ネコは軒並み肥満だから、人間の線だと予想してる』

『人間がですか!?』

『そうだ。マガモは狩猟鳥獣に指定されてるからな。……といっても、あの公園も鳥獣保護区に指定されてるから、獲っちゃダメなんだが』


 白山が画像を送ってきた。県営公園の橋の欄干(らんかん)に立て掛けられたオレンジ色の玉網だ。


『この玉網の使用目的は分からんが、置きっぱなしになってた。回収してったのはアジア系の外国人だった』

『密猟じゃないですか! 通報しましょう!』

『証拠がない。勝手な憶測だが、こき使われてる技術実習生あたりじゃないかな。集団になってカモを指差しているのを見たことがある。物価差にもよるが、日本で数食ぶんの食費を浮かせれて仕送りに回せば、祖国の家族は数週間食いつなげたりもするしな』


 ――だけど、違法だ。

 と、つばさは口の中で唱えるも、貧困に関する話には弱かった。

 それに、翼が折れた上にオスも近寄らないメスのマガモだ。

 何者かの養分になるのが末路なのは変わらない。

 外国人のマナーの悪さにはつばさも憤慨することも多いが、白山のいう出稼ぎの人たちのことを思うと、責める気持ちも萎えてしまう。

 彼らの姿が暮らしやすい地を求める渡り鳥や、巣に甲斐甲斐しく餌を運ぶ親鳥と重なる。


『あとは猛禽の仕業が考えられる。オオタカあたりかもな』

『オオタカ!』


 一瞬にしてつばさの頭から密猟の話が吹っ飛んだ。

 ずっと探してはいるが、いまだに撮影できていない憧れの鳥だ。


『トビやミサゴも公園に来るが、トビは雑食であまり狩りに積極的じゃないし、ミサゴは魚が主食だしな。オオタカからすれば池のカモはごちそうの山だ』

『でも、カモはほとんどいなくなっちゃいますけどね』

『冬鳥が去れば、次は留鳥や旅鳥たちの季節だ。さえずりや営巣が始まる。夏鳥たちもじわじわやってくるな』

『公園ではオオルリやキビタキ、コマドリが見れるそうですね』

『コマドリ以外は撮ったことあるな』

『コマドリは来ないんですか?』

『ヒンカララと鳴き声は聞こえてたから来てたには来てたんだろうが、カメラマンたちに囲まれてた。ニ、三日で鳴き声もカメラマンも消えたな。その個体に関しては、今年はもう来ないだろうな』

『安心して暮らせないんじゃ当然ですよ』

『ま、どこかで達者にやってるさ。生きていればそれでよし』


 つばさはカメラマンのマナーについて気炎を上げた文句を打ちこんでいる最中だったが、白山の返信を見て手を止める。

 生きていればそれでよし。

 そう考えることができれば、祖父も治療を受けてくれるだろうか。


『ツバメも帰ってきたな。近所では先週あたりから見かけるようになった。駅前はまだだったが、今年もたぶん賑やかになるぞ』

『マジですか。うちの近所はまだ見てません。去年の巣はまだあるんですけど。雛や子育てをどうどうと観察できるのって、ツバメくらいなのに』

『焦らなくても、きっと来るさ。出会いも別れも、これからたくさんな』


 つばさは『急に詩的になった!』と茶化そうとしたが、送信前のメッセージを消した。

 反論や文句ばかりを浮かべる自分に、急に恥ずかしくなったのだった。


 つばさたちもいよいよ、中学三年生だ。

 今年度いっぱいでもう会うこともない人もいれば、来年から新たに知り合う人もたくさんだろう。

 つばさは未来のことを想うが、まだ霞がかって何も見えなかった。

 既に進学する高校は決めてある。大学も国立の予定だ。

 学部は未定。去年までは漠然と技術系の進路を考えていたが、今は海洋や農工、生物や自然に関わる仕事に就きたいと思い始めている。

 友人たちはどうするのだろうか。まだ聞いたことはない。

 鴫野やくるみとの関係はどうなっているだろう。

 女子とは疎遠になってしまうだろうか、まだつながっているだろうか。

 白山はまだ公園で写真を撮っているだろうか。きっと撮っているだろう。

 不思議なことにつばさは、彼はずっとそこに居て、これからもずっとそこに居続けるのだと感じている。

 では、潔はどうしているだろうか。病と闘っているだろうか。あるいはもう……。


 鳥のさえずりを聞きつけ、つばさは椅子から立ち上がり、窓を開けた。

 青く抜けた空に、少し強いが暖かな風。

 小鳥が、錐揉まれるように空へと舞い上がっている。

 春告げ鳥。あれはきっと、オスのヒバリだろう。


***

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