21.鳶に油揚げ
真原に促されて、病室へと入るふたり。
病院のさらに深い所へ踏みこんでいるというのに、あの独特の薬品や尿のような臭気はなく、なぜか美術室で嗅いだようなにおいが充満していた。
それもそのはずだ。
ベッドのそばにはイーゼルが立ててあり、描きかけの風景画がかかっている。
「わがまま言って描かせてもらってるの。ほんとは怪我も病気も、入院の必要すらもないんだけど……」
真原はテーブルとソファが設置されたスペースに行くと、「座って」と、ふたりに促し、先に腰かけた。
「なんか、ホテルみたいだね」
鴫野が感心したように言う。
つばさも病室の豪華さに、思わずきょろきょろしてしまった。
ベッドだけは見慣れた病室のベッドという感じだったが、歓談用のスペースに加えて個別にお手洗いやバスルームもついているらしく、真原の家庭事情……というか、裕福そうな家柄が気になってしまった。
確か、入り口の表札には『特別病室A』と銘打たれていた。
「お見舞いに来てくれてありがとう。えっと……」
真原は戸惑いがちに鴫野の顔を見た。
「二年四組の鴫野磯子です。去年の夏に転校してきたの。この前、教室に来てたみたいだけど、それ以外だと初めまして、かな?」
「うん。結愛ちゃんたちからは話を聞いてたんだけど、名前もちゃんと知らなかったから」
つばさは山田たちが鴫野に対して「ゴンべ」という呼称を使っていたことを思い出す。鴫野は花園とはとっくに和解しているのに、いまだにカモ扱いか。
「鴫野さん、空木くん」
真原はおもむろにソファに座ったままテーブルに両手をついた。
「ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」
頭が下げられ、長い髪がさらさらと落ちる。
唐突な土下座紛いの謝罪につばさは慌てたが、鴫野は「わたしたちは大丈夫。それより、くるみさんは平気?」とそっけないくらいに軽く返した。つばさはそれに追従する形で相づちを打つ。
「これも、大袈裟なの。どうせ自殺とかいわれてるんだろうけど」
真原は絵の具で汚れた左腕の包帯を見せる。
「もしかして自分で?」
鴫野の問いかけにつばさは首をかしげた。自殺じゃないと言ったばかりだ。
だが、真原はうなずき、「自分でもやめられないの」と呟く。
「気づいたらやっちゃってる感じ。もっと小さなときからそう」
自殺でもないのに自分で自分を傷つける?
何かでそういうことをする人の話を見聞きした気がしたが、ぴんとこない。
つばさは「なんでそんなことを?」と、口をついて訊ねていた。
「構って欲しいから、じゃないかな」
突き放すような言い方をしたのは真原当人だった。表情が消えている。
「もう、こういうのはなくなったと思ってたのに……。とにかく、私みたいな面倒なのに関わっても得しないよ。自殺でもふたりのせいでもないから、気に病まないで。でも、お見舞い、ありがとう。それじゃあ、気をつけて帰ってね」
真原は台本を棒読みするように一気に言った。
だが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
潔との約束であり、つばさなりの正義へのこだわりともいえた。
「ぼくたちはきみの力になるために苦労してここまで来たんだ。よかったら、話を聞くよ」
能面のような表情が見る見るうちに朱に染まり、真原はうつむいてしまった。
つばさは黙って待つが、なかなか話し出す様子はない。
鴫野は沈黙に耐えかねたか、テーブルの上のかごに盛られたリンゴを手に取り、「ナイフある?」と訊いた。
リンゴを剥こうというのだろうが、真原は首を振り、鴫野は「勝手に探すね」と立ち上がる。
病室の一角にはキッチンも完備しているらしく、流しとIHコンロがひと口ついている。
「あの、探しても見つからないと思います。兄さんが隠してしまってるから」
「あのお兄さんね。入院中の女子にリンゴを丸かじりしろっていうのかな」
「兄さんはわたしを気遣ってくれてるんです。小さいときから、こういうことばかり繰り返してたから。パパやママも今度のことを知ってるはずだけど、心配してくれるのは兄さんだけ」
鴫野は戻ってくると、「つばさくんも心配してたよ。それに、わたしもだよ? あなたにとっては、トビに油揚げみたいな感じかもしれないけど」と笑い、先ほどよりひと席ぶん開けてつばさの隣に腰を下ろしなおした。
つばさは何がトビで油揚げなのかと首をかしげた。
だが、それが手応えのあるやり取りだったらしいのは感じた。
真原は、「私の油揚げでもないんだけどね」と、ようやく表情を崩し、「長くなるけどいい?」と、前置きをして話し始めた。
真原くるみの家庭は、芸術家一家だ。
父も母も有名な楽団の楽器奏者で、父方の祖父はテレビ出演をしたこともある骨董品の鑑定士、母方の祖母はイラストレーターだったという。
先ほど門番をしていた兄の雪笹も、バイオリン奏者を目指して音大にかよっている最中だ。
父や母の活動の舞台は日本国内に留まらない。楽団は世界を股にかけて演奏をしている。くるみは物心ついてから留守番ばかりで、兄や家政婦に世話をされて育っていた。
「幼稚園の頃に、パパとママがちゃんと帰ってくる時期があったの。活動が国内中心の時期だったとかそんなだと思うんだけど、うちにいるからといってふたりは私にあまり構ってくれなくて、楽器の練習ばかりさせようとしたの。バイオリンとピアノ。しかも、ふたりが教えてくれるわけじゃなくて雇われの先生だったし、先生も厳しい人で。私、人前だと赤くなって身体が固まっちゃうし、ふたりは有名なプロなのに娘の私はちっとも上達しなくて、すっかり楽器が嫌いになったの。代わりに、絵ばかり描いてた。家族の写真をまねてみたり、みんなで行ってみたい場所の絵を描いたり。でも、楽器をやらなくなったら、パパもママも構ってくれるわけがなくって。絵だけは家政婦さんと兄さんが、よく褒めてくれたから……」
くるみは一気に話すと、ソファに身体を沈ませながら、深く息をついた。
「私、癇癪持ちでね。ほかの家の子が羨ましかったからだと思うんだけど、幼稚園や学校なんかの行事とかで両親が来てくれなかったり、いっしょに出かける約束を破られると、すっごく寂しくなちゃって、自分でもどうにもできなくなることがあったの」
単に泣き止まなくなるだけでなく、じっさいに高熱を出したり、物に当たったり、頭を壁にぶつけたり、髪を引き抜いたりまでしたという。
真原は「頭のおかしい子供でしょ?」と肩をすくめる。
つばさと鴫野は返事をしなかった。
つばさは自己分析ができているのは偉いと思った。
自分や鴫野、祖父もそうだったが、どうやら不幸というものには自分を振り返らせる効能があるらしい。
「家政婦さんは手に負えなくなると、パパやママに連絡をするの。そしたら、帰って来てくれることもあってね。それを覚えちゃって、ヘンな癖になっちゃったの。一時期はわざとやってた。でも、また海外回りが増えたらさすがに来られなくなって、小学校の中学年くらいにはやらなくなったの。さすがに常識的に考えておかしいって分かるようになったのもあるし……。でも、たまに熱を出したり、家政婦さんやお兄ちゃんに八つ当たりをしてる。今でもだよ?」
真原は「サイテーだよね」と、また肩をすくめた。
つばさはそれには答えなかったが、「真原さんも、いるのにいない家庭だったんだ」と呟く。そして鴫野が「それも両方だね」と添えた。
「もしかして、ふたりの家も?」
「形は違うけど、よくあるフツーの家庭じゃないよね。うちはお母さんが浮気して離婚。しかも離婚する前からわたしとも仲が悪くて、無視しあってた。それで、つばさくんのところは……」
鴫野から視線でバトンをパスされる。
「ぼくは幼稚園の頃に、事故でお父さんとおばあちゃんが死んだんだ」
つばさはなるべく軽い調子で言い、「しかも、ずっと面倒を見てくれたおじいちゃんは、がんなのに治療拒否ときてる」なんて、真原がしたように肩をすくめてみせた。
「つばさくんのところは、亡くなっちゃってるんだね。うちは生きてるだけ、マシなのかな……」
「死んだらもう会えないのは確かだけど、生きてたら生きてたで苦労があるからね。ぼくはおじいちゃんと治療のことで揉めてるし、鴫野は……」
つばさはバトンを返し、鴫野はこの前の母親との再会のことを話した。
話を聞いた真原は「みんないろいろあるんだね」と、少し柔らかい表情で言った。
「それで、わたしがカモコって呼ばれてたことは知ってる?」
「うん、結愛ちゃんたちがよく話題に出してた……」
「あれがなくなったの、つばさくんのお陰なの。それでわたしたちは仲良くなったってわけ」
「そうなんだ……」
真原は視線をテーブルに落とす。
眼鏡の下の瞳はリンゴを睨んでいるようだ。
唐突にあだ名の話になったが、会話の筋に違和感を感じたのは、つばさだけのようだった。
「あ、そうだ鴫野さん。結愛ちゃんたちは、今はあなたのことをゴンベって呼んでるよ」
「ゴンべ?」
鴫野が眉をひそめる。といっても、不快よりも疑問符の浮かんだ顔だ。
「つば……空木くんはもしかしたら気づいてるかもしれないけど、あの子たち、学校図書の希望にふざけて絵本のかもとりごんべえを入れたの。結愛ちゃんたちはカモノさんのことが、その、嫌いみたいで……」
「カモノじゃなくて鴫野ね」
「あっ、ごめんなさい」
「あと、素直につばさくんって呼んだら? わたしたちもくるみさんって呼ぶし」
鴫野は呆れた様子だ。
真原……くるみが「呼んでもいいかな」と目で訊ねたので、つばさは「好きに呼んでくれていいよ」と許可する。
たかだが呼び方ひとつだが、くるみは「ありがとう」と頬を赤くした。
「わたし、山田さんたちにどうして嫌われてるんだろ?」
「その、たぶん、大した理由じゃないと思う。名前がダサいとか、クラスで浮いてるとか悪口言ってたけど……」
「まあ、おっしゃる通りってカンジ」
「カモノの頃」はともかく、今の鴫野に浮いている様子はない。
グループに囚われない交友関係を持っていて、いつも楽しそうだ。
問題といえば、野球部男子がいまだに「磯野」と呼んでしまってばつの悪い思いをしてしまうのと、新しい愛称の「イソぴょん」が、つばさになじまないくらいだ。
「どっちかというと、私のほうが理由があって嫌われてるんだと思う」
「わたしには理由がないのに、あんな酷いことしたわけ?」
「チョコレートにいたずらをしたのは、私への嫌がらせだと思う。私、結愛ちゃんたちとモメてたから……」
「モメてた?」
つばさは身を乗り出した。こういう具体的な話が聞きたかった。
「ゴンべ」が鴫野への蔑称として使われていたのがはっきりして、ちょうど腹が立ってきたところだ。
くるみは病室を見回すと、「うち、お金持ちなの」と言った。
「でも、私はお金だけの寂しい子。小学校のときは癇癪でみんなに避けられがちだったし、去年同じクラスになった結愛ちゃんたちが、まともに仲良くなれた最初の友達だったの。だから、バカなことしちゃったんだ」
くるみのした「バカなこと」とは、モノやカネで友人をつなぎとめることだった。
漫画やイラストを描くにもピンキリで、プリントの裏に鉛筆でゼロ円から、本式の画材を一式そろえて数十万円という幅がある。
つばさは山田たちが図書室で画材を広げていた光景を思い出した。
「最初は私が買って貸してあげる形だったんだけど、そのうちにあげちゃって。で、結愛ちゃんがそれとなく、あれが欲しいこれが欲しいというのにも応えちゃって」
だが、健気で愚かな少女に返されたのはうわべだけの友情で、山田たちは陰でくるみのことをバカにしていた。
「アニメや漫画がこんなに流行ってるのに、いまどき普通の絵画なんてナイでしょ、お金持ちだからお高く留まってて、漫画家になりたいあたしらをバカにしてる、って言ってるの聞いちゃって。別に仕事にするつもりで描いてたわけでもないし、まだそんなところまで考えてなかったんだけど。そんなふうに思われてたなんてショックで。生活費は兄さんが管理してるから、お金の工面も難しくなってきたところだったし、それで、もう買ってあげないって言ったんだけど……」
あんたが勝手にくれただけじゃん。
「返せって言ったら、トモダチ料でしょ。サブスクリプション解除! って笑われて」
「サイテーだ!」
つばさは思わず立ち上がった……が、鴫野に腕を引っぱられて座り直した。
「くるみさん、なんでまだそんな子たちとつるんでるの?」
「結愛ちゃんはああでも、ほかの子みんなと仲が悪いわけじゃないから」
「山田とつるむ彼女たちも彼女たちだ!」
つばさはまた立ち上がって手を引っぱられた。
「つばさくん、ちょっとおもしろいね」
くるみが口に手を当てて笑う。
少年は遺憾だ。真面目に怒っているというのに。
「結愛ちゃんは絵が上手いし漫画もたくさん持ってるから、しょうがないよ」
「モノ目当てなんて……」
言いかけてやめる。つばさにも覚えがあった。小学校時代には話題のゲームやおもちゃを持ってる子の家に集まる、なんてことは珍しくなかった。
もちろん、漫画もそうだ。じつをいうと、漫画を目当てに遊ぶ約束を取りつけた経験もなくはない。空木家も節制をしていたから、漫画雑誌なんて買うことはなかったし、単行本だって無理しておこづかいで買っても、全巻揃えるなんてできなかった。
「私も、お金を貰うときは何に使うのか言わなきゃダメだし、中学になって家政婦さんがいなくなってからは、兄さんがチェックしてるから、結愛ちゃんが持ってるような漫画や雑誌はさすがに買えなくって」
「え、お兄さんが全部チェックしてるの?」
訊ねた鴫野には露骨な嫌悪の表情が浮かんでいる。
「うん」
「……漫画だけ?」
「えっと、学校でいるものとか、服とかも全部そう。家事とかもしてもらってるから、私は楽ちんだよ」
「げーっ、サイテー!」
顔をしわくちゃにして舌を出した鴫野は、まるで子供向けの漫画キャラクターのようだ。
「その点、うちはマシだったかも。お父さんから生活費を貰って管理してたのはわたしだし。掃除も洗濯もわたしがやってたし。主婦代わりしてるようで、プライバシーが守られてたわけだったんだ。ねえ、くるみさん、中学生になってもそれってヤバいよ。お兄さんも気づくべき」
「兄さんはよかれと思ってやってるから……」
「甘い! 親しき仲にも礼儀あり、プライバシーだよ。プライバシー!」
気炎を上げる鴫野を見て、くるみは寂しそうに微笑んだ。
「どうせ兄さんも来年の秋からドイツに留学の予定だから……」
となると、ひとりぼっちということだ。
さすがに鴫野もそれ以上は言わなかった。
「でも、それでくるみさんや鴫野にどうこうするって、ただの逆恨みだ」
「結愛ちゃんたちがやった証拠はない……。あっ、でも!」
くるみは言いかけて、しまったという顔をする。
それを見た鴫野は大袈裟に腕を組んで、テーブル越しにずいと彼女に顔を近づけた。
「き、聞かなくっちゃって思ってたの。鴫野さんって、スマホを失くしたりとか、してない?」
ぎこちない口調だ。くるみは震えているようだった。
鴫野が「今も見つかっていません」と答えると、くるみは再び赤面した。
「や、やっぱり。前に一度、その、いいもの見せてあげるって、誰かのスマホの写真をたくさん見せられたことがあって。そのスマホや写真がなんなのか、はっきりとは言わなかったんだけど、こいつもつばさくんのことが……その……」
――やっぱりあいつらだったのか。
つばさの考えていた通りだったようだ。
山田結愛はなんらかの理由で鴫野を疎んでおり、金づるにしていたくるみをあてにできなくなったついでに陥れ、ふたりを不仲にして楽しむつもりだったに違いない。
ところが、くるみの癇癪が再発して自殺騒ぎになってしまった。
ある種、不幸中のさいわいともいえるだろうが、このまま放っておくわけにはいかない。
自分たちの学校生活は、まだ一年残っている。今学期にしたって、学年末テストだって控えている。くるみが学校に来られないで、山田がのうのうと漫画を読んだり描いたりしていていい訳がない。
力にならねば。潔も後押ししてくた。白山も背負い過ぎるなとは言ったが、これは広い視野で見れば学校全体の問題ともいえる。
ならば、山田を然るべき手法で懲戒し、くるみの席も取り戻さねばなるまい。
よしやるぞ。ここは強気で行かねば。
教諭たちに期待は持てないが、大人の事なかれ主義に負けてはならない。
「うん。だいたい分かった。じゃあ、つばさくんは外してもらっていい?」
「えっ?」
「女の子同士で話があるから、ちょっと出て行ってって言ってるの」
つばさは虚を突かれた。
鴫野は笑顔だ。しかし、言い得も知れぬ妙な圧がある。
まるでハシビロコウの顔面のような圧力だった。
つばさはとりあえず従い、廊下に立った。
それから、どうやって山田たちと戦っていくか頭の中でプランを練り始めた。
しばらくして、くるみの兄の雪笹が戻ってきたが、つばさが締め出されているのを見て首を傾げ、ことばを交わすこともなくふたり仲良く棒立ちをした。
そうして三十分だか一時間だかの長い時間が経過したのち、セーラー服と病院服の少女たちが出てきた。
「というわけで、くるみちゃんは今年度いっぱい学校はおやすみにします」
「は? なんできみがそんなことを」
「お兄さん! これはくるみちゃんが決めたの」
くるみは雪笹に頷いて見せた。
おや、なぜか彼女は鴫野と手をつないでいる。
「でも、まだ学年末テストもあるし、くるみさんを追いこんだ奴らは?」
つばさも慌てて訊ねる。
「山田さんたちは、ほっとくことにします。ゆすられたわけでもないし、諦めるって。その代わり、試験や三年のクラス編成がどうにかなるよう、先生たちに働きかけます。わたしと、つばさくんが。できたらお兄さんにも鬼電とかしてもらって」
鴫野は「ね」と手をつないだくるみを見る。
くるみは「兄さん、つばさくん、お願い」と頭を下げた。
「できれば、四月からはわたしと同じクラスになれればいいんだけど……。あ、そうだ、つばさくん。しばらくは一緒に写真、撮りに行けないかも。わたし、こっちでモデルするから」
「えっ、モデル?」
断定的かつ速やかに話を進める鴫野に、つばさはまごつくばかりである。
雪笹もしかり。
「で、でも、山田たちの被害に遭ったのは鴫野も同じじゃないか」
「わたしはいいの。あんなの眼中にない。それに、下手に関わると彼女たちにも同情しちゃいそうだし」
――あいつらに同情?
少し考えると、つばさにも合点がいった。
くるみの癇癪のように、何か裏に抱えた事情のひずみが、敵意や悪意に変換されているかもしれないということだ。
「それに、チョコの件とおんなじで、わたしが嫌いというより、希ちゃんのせいにしたかった説のほうが強いしね。わたしはオマケ」
そういえば、スマホ泥棒で最初に疑いの目を向けたのは花園希に対してだ。
鴫野は勢いとセーラー服という間の抜けた武器で挑んだように見えて、つばさよりもよっぽど冷静に物事を観れているようだった。
「了解……」
つばさはがっくりと肩を落とした。
せっかく、舵を握ったところだったのに、なんだか独り沖に流されて遭難したような気分になったのだった。
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