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16.モズのはやにえ

 図書室での一件以来、つばさは山田結愛とそのグループを観察するようになっていた。

 山田のグループは一年生の頃にできあがったまま同じメンバーでいるらしく、現在のクラスはばらばらで、つばさのクラス内では山田ともう一名のみ、昼休みは利用者の少ない図書室に集まっている。

 メンバーはおもに漫画研究部と美術部と帰宅部で構成されており、放課後は部活ごとに分かれて活動している。彼女たちが「三月になって三年生がいなくなったら、自由に集まれる」なんて話をしているのを小耳に挟んだ。

 部室の私物化は問題だ。そういった行動のある者たちから代表が選ばれて学校図書の選定をするなんてもってのほか……。

 と、こう、見れば見るほどつばさの正義感を刺激するのだった。

 だが、肝心な「ゴンべ」や「スマホ」の話は、なかなか聞けなかった。

 そもそも、山田たちの付近にいれるタイミングが少ないのだ。

 生徒会の仕事のふりをして図書室に出入りをしていたが、あまり居合わせても不自然だし、向こうは向こうで前回のことで警戒している可能性もあった。

 連中の悪事を暴いて糾弾……は想像に留めるつもりだが、監視や尾行はどこか野鳥観察と重なるところがあり、つばさには正直なところ楽しんでいる節もあった。


『やるじゃないかと言ってやりたいような、あーあと言ってやりたいような、だな。ちなみに、おれは現役時代にひとつしかもらったことない』


 さて、それは二月も半ばのことだ。学生たちが色めき立つ十四日。

 その下校後、白山からの『あーあ』は、つばさもまったく思ってなかったわけでもないぶん、少し腹が立ったのでやり返すことにした。


『たったひとつのチョコは母親からとかですか?』


 笑ってる絵文字付きで煽ってやった。


『本命の話でだ。高校時代はいちおう付き合ってた子はいたからな。中学じゃ交際しているヤツはほとんどいなかったな。でも、一組だけ恐ろしいほどにオープンにいちゃついてるカップルがいたんだ。勝手に机を移動させて教室のまんなかでくっつきながら授業を受けて、教師からの注意も無視していたというつわものだ』

『それはエグいですね』

『今思えば、鳥同士の羽繕いの様子とそっくりだったな。で、チョコの差出人に心当たりは?』


 正直言って、ある。鴫野ではない。鴫野は『あーあ』だった。

 別に期待はしていないが、義理くらいはあるだろうとは思いこんでいたという話だ。断じて期待はしていなかった。花園たちの会話に感化されて恋愛に興味が出てきた、と言うわけでもない。ない。

 つばさは手渡しでみっつ、靴箱に忍ばされたぶんでひとつのチョコを貰っていた。ちなみに去年は十個を超えていた。

 靴箱のチョコには差出人の名前は書いていなかったが、去年とラッピングが同じで同一人物だという予想がついている。


『人気落としたか~』

『そんなことはいいんですけどね。靴箱のチョコをくれたっぽい子が、山田のグループの子なんですよ』


 真原(まはら)くるみだ。

 髪が長くておっとりとした雰囲気の少女で、眼鏡を掛けている。

 一年生のときはつばさと同じクラスだった。

 山田のグループはおもに漫画研究部で構成されているが、真原は美術部員だ。

 図書室での会合の参加率もやや低く、いないときは彼女のことがよく話題にのぼる。

 といっても悪口ではなく、絵や美術のセンスで褒められることが多い。彼女たちは原稿用紙に向かいながら、「くるみ画伯に背景頼みてー」などと言っている。

 じっさい、去年は美術の授業で注目を集めていたし、描いた作品が市長賞とやらを受賞して市の多目的ホールに飾られたりもした。

 彼女の作品は風景画が中心だ。その中にはいつも決まって一羽の鳥がいる。

 美しさと寂寥感の入り交じった作品だと、つばさは思う。

 

 真原は褒められるばかりでなく、茶化しの標的にもよくなっているようだった。

 それも、「空木つばさのことが好き」という話でよくやり玉に挙げられている。

 おせっかいなのか意地悪なのかは分からないが、つばさの聞こえるところでよくおこなわれていた。


 中学二年の男子が、こんな話をわざわざ血のつながりもない年上の趣味仲間に話したのは、鴫野のスマホ窃盗の疑惑の相談、あるいは推理を聞いてもらう習慣がついていたからだった。

 今回もその話に持っていくためのフックとして、バレンタインのことを話題にしたのだ。


『で、その真原さんが怪しいって話か? 違ったら酷い話だぞ。自分に好意を寄せてくれていることまで他人に暴露して』

『でも、心当たりはって聞いたでしょう』

『ただの野次馬根性だよ。きみの学校の子のことなんて知らないからな。それで、彼女がきみのことを好いていて、最近は鴫野さんがきみの周りにいるからやったって? 時系列がかみ合わないだろ』

『そうなんですよね。それに、そういうことをする子にも思えないですし』


 先に言われてしまった。「怪しいけど違うだろう」までをセットに白山に聞いて欲しかったのだ。


『だったらなんで話題に上げたんだ。適切な距離で付き合うべきなのは野生生物ばかりじゃないぞ。きみがなんでも事件に関連付けてしまうのと同じように、向こうだってきみの行動を関連付けるだろう。そうでなくとも、こういう年頃の女の子だ。厄介なことになっても知らないぞ』

『その時はまた報告します』

『いらん。というか、あまり頼るな。きみの倍以上を生きてるとはいえ、おれは大した人間じゃない』

『大した人間じゃないって、何か嫌なことでもありました?』

『何もないよ。ただ、期待をしすぎるなってことだ』


 先回りに加えてこれだ。つばさは取り残されたような気持ちになった。

 スマホ泥棒の件とは別に相談したい事もあったが、今日はダメそうだ。

 なんとか白山の気を引こうと、最近撮った写真をアップロードする。


『話は変わるんですけど、学校の近くの電線にこいつがいたんです』


 電線に一羽、茶色と白の小鳥がとまっている。

 目の周りが黒く、覆面みたいだ。


『モズだな。電線にとまってるのはちょっとレアだ』


 少し間が空いたが返信が来た。つばさは胸をなでおろす。


『最初、スズメだと思ったんです。こいつしかいなかったし、ちゅんちゅん言ってましたから。で、反射的に撮ってあとで確認したらモズだったという』

『モズは他の鳥の声をまねるんだ。漢字で百舌鳥と書くこともある。自分のさえずりに組みこんでメスにアピールするとも、弱い小鳥を呼び寄せて狩るとも言われてる。おれもウグイスのまねをしているのを聞いたことがあるが、はやにえは虫かトカゲしか見たことがないんだよな。そんなに大きな鳥じゃないから、ウグイスやメジロを狩るといったら大仕事だろうし』

『はやにえ?』

『なんだ、知らないのか? モズは狩った獲物を木の枝なんかに刺しておくんだ』

『あー、小学校の頃に干からびたカエルが枝に刺さってたのを見たことがあります。誰かのいたずらだと思ってました』

『これも理由は諸説あったんだが、近年研究が進んで、日本のモズは、はやにえをたくさん消費して栄養状態をよくすることでさえずりが速くなって、メスにモテることが分かったそうだ』

『なるほど、余るほど餌が獲れるのもアピールになりますもんね。三月になると、モズやヒタキ以外にもさえずる鳥が増えるんですよね?』

『ああ。縄張りの配置換えも起こるし、オスメスセットで見られるようになったり、普段は藪に引っこんでる鳥が目立つ場所に出てくることもある。あとは、早いとツバメも帰ってくるな』

『うちの近所にもツバメの巣が残ってるんですよ。今から楽しみです』

『だが、カモや冬鳥のたぐいは渡りでいなくなってしまう。地域差はあるが、カモメも冬に多く見られる鳥だから、今の時期を逃すとまた来年だな』

『カモメって海にいるものでしょう?』

『大きな河川や養殖場、釣り堀なんかに来ることもあるが、基本的に海に近い地域だろうな。ちなみにおれは、野鳥観察を始めて以来、カモメをはじめ海鳥を見たことがない』


 意外だ。とはいえ、白山も野鳥歴は二年程度だといっていた。

 あまり遠征するタイプでもないらしいし、いるところにしかいない鳥は見たことがないのだろう。

 つばさは話の流れを変えたが、海が話題に出たのを好機ととらえた。


『白山さん、ちょっと真面目な相談があるんですけど』


 つばさは鴫野が海の町へ帰って母親に会うことについて話をした。

 彼女は一人では不安だと漏らしていた。

 だから、彼女の力になってやれないだろうか。


『バカタレ』


 メッセージアプリのキャラクターが殴られているアニメーションが送られてきた。


『目の前にいたら、ホームセンターのときみたいにひっぱたいてたぞ』

『どうしてですか。鴫野も白山さんのことを信頼してますよ。海があるのでカモメもいるかも』

『バカにしてるのか? おれが(くちばし)(さしはさ)むことじゃないだろ。他人だし、年齢と性別も考えろ。警察に職務質問でもされたら連行されるわ。だいたいそれは、きみの役目だろうに』

『ぼくですか?』

『他に誰がいるんだ。っていうか、その話を聞いたのはいつだ?』

『ホームセンターのときです』


 速攻で『バカバカバカバカ』と返信がされる。つばさはちょっとむっとした。


『だったらあの場で自分が付き添うっていうべきだったろうが。こりゃ、鴫野さんからチョコレートが無くて、ほかも大幅減だったのも当然だ』


 ぐうの音も出ない。

 じっさい、振り返ってみてそうすべきだったと思うこともあった。

 しかし、いちど機を失した以上、相手から頼まれないと言い出しづらくなっていたのだ。

 白山には罵倒されはしたが、これで大義名分を得た気がする。

 つばさは『すぐいってきます』と白山に返信をすると、そのままの勢いで鴫野にメッセージを飛ばした。



『ほんと!? じつはまだ悩んでたの! すごく助かる!』



 返信がめちゃくちゃ早い。

 まるでメッセージを作って送信する準備をしていたのかと疑うほどに。


『土日だったらいつでも大丈夫?』

『平気』

『じゃあもう、春休み入る前に行っちゃおう。いますぐ、お母さんにメッセージ送ってみる』


 こちらも勢いに任せたが、あちらの勢いもなかなかだ。

 ここまで好感触が返されるとは予想しておらず、つばさは照れくさくなった。

 忘れないうちにと白山に『喜ばれました。ありがとうございます。やっぱり頼りになりますね』とお礼を送る。

 既読はついたが、特に返事はなかった。


『来週の日曜のお昼になった。向こうもわたしに話したい事があったみたい』

『了解』


 スマホを置き、長く息を吐く……と、ここでひとつの問題に気づく。

 買って出ておいてなんだが、時間と旅費の問題がある。

 在来線で往復三時間、三千円弱の切符代。

 三千円を自腹は厳しいし、昼をまたいで出かけるなら家族にひと声かける必要もある。

 先のホームセンターに行った日の様子からして、潔や恵は援助を惜しまないだろうが、その代わりにつばさは保護者どもからの好奇の目に耐える必要があるわけだ。


 苦笑いしながらもう一度息をついた。


『来週の日曜日、朝八時に駅に集合でお願いします。向こうでは喫茶店で話をすることになるんだけど、そこだけはわたし独りでなんとかするね』


 メッセージを読みながら、うんうんと頷くつばさ。


『ところで、チョコレートはもう食べてくれた?』


 思わず「は!?」と声を上げてしまう。待ってくれ、貰ってない。直接ではないからどこかに忍ばせたのだろうが、見落としたのか?


『なかなかの力作でしょ?』


 つばさは部屋を飛び出し、階段を駆け下りて玄関から外に出て、郵便受けをチェックした。からっぽだ。

 まさか家族に先に回収されたかとリビングやキッチンのテーブルを見るも、それらしきものは見当たらない。

 自室から出てきた潔に「何をばたばたしてるんだ?」と、(いぶか)しがられたが、「なんでもない」と流し、時計をチェックした。


 ――完全下校時間まで、あと三十分!


 つばさはとりあえず鴫野に『まだだよ。ありがとう!』と返事をして、制服に着替え直して学校へと走った。

 学校外周を走っている運動部に知り合いがいないのを祈りつつ、校舎へと飛びこむ。

 靴箱には無い。首をかしげる。今日の鴫野は女子とおしゃべりをしながらつばさを放って先に帰ったはずだ。つばさは生徒会の雑務を終えてからわざわざ教室に戻って机もチェックをしている。

 なんでもいい、教室に施錠がされる前に、もう一度確認をしなくては。


 教室のうしろのドアを開けようとすると、抵抗感と共にドアが騒がしく鳴った。

 失念していた。教室後方のドアは放課後すぐに閉められるのだ。

 だが、まだチャンスはある。前方は完全下校時間後に用務員がおこなう。


 前方の扉はすんなりと開いた。

 すると、教室のほこりっぽいにおいではなく、甘い香りが漂ってきた。



 ……「はっ」と、息を呑むような音が聞こえた。



 窓の閉め切られた教室。チョコレートのにおい。

 つばさの机には誰もいない。

 代わりに、鴫野の机の前に、見覚えのある女子の姿があった。

 彼女は振り返る。長髪が揺れ、眼鏡が南から差しこむ冬の夕陽を反射した。


「真原、さん? どうしてうちのクラスに?」

「つば……空木くん……」


 真原くるみの手には、ぎらりと光るナイフのようなもの。

 あれは凶器ではなく、確か油絵で使う美術用具、パレットナイフといったか。

 その先端には、白くて丸いかたまりが突き刺さっている。

 つばさにはそれが何かひと目で分かった。


 エナガだ。


 スマホが震動する。つばさは反射的にメッセージを確認した。

 鴫野からの写真付きのメッセージ。


 ホワイトチョコレートのボディにブラックチョコレートでデコレーションして作られた、まるでフィギュアのようなエナガのチョコの写真。

『ちゃんと食べる前に撮影した?』

 なんてメッセージ付きで。


「違う、私じゃない!」


 真原が叫ぶ。

 パレットナイフに刺さっていたお菓子の小鳥が、床にぼろりと落ちて砕けた。


***

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