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12.鴨の水かき

 潔が治療を拒否する理由と想いを聞いたつばさだったが、それはなんとかくちばしは通ったものの、胸の中で硬いしこりとなって、つっかえたままだった。

 筋は通っていると思えたが、それと納得できるかとは別の問題なのだ。

 話し合いはできたはずだったのに、前よりも余計に死というものについて考えずにはいられなくなった。

 そのせいか、どうも気が落ちつかないことが増えて、ものごとに過敏となっていた。

 ニュースで流れる誰かにとって致命的な事件や事故はもちろん、いきつけの県営公園利用者のマナーにも輪をかけて敏感になり、学校でも軽はずみに「死ね」と口にするクラスメイトたちに無性に腹が立つのもしばしばだった。

 他人にはそれと知られぬように、なるべく自分を抑えるように努力をしていたが、やはり限界というものもある。


 白山に相談すると『自己と他者の境界が曖昧になってないか?』などと、禅問答のような返事をもらってしまった。


 確かに、周囲に気を配るのをやめればいい話なのだが、つばさにはそれができない。

 ふたをするのが可能なのは、まったく無関係な範囲だけで、ニュースを見ないようにするくらいだ。

 何かに没頭するのがいいのだろうが、勉強ばかりしていても息が詰まる。

 趣味ならば野鳥観察だが、それに関しては、自力で聞きつけた鳴き声を追った先の人だかりや、多数がわきまえて遵守しているルールを目の前でやぶられてむかっ腹を立てることもしばしばでプラスマイナスゼロだ。


 しかも、学校生活では以前の問題の延長で気がかりなことが起こっていた。


 生徒会の仕事で、図書室に置く娯楽書の要望書を回収しに行ったときのことだ。

 つばさの学校では学校図書の費用は独立して存在するが、漫画やライトノベルなどの娯楽寄りの書籍は生徒会費から出資することになっており、図書委員が生徒から集めたアンケートを生徒会が回収し、生徒会に加えて図書委員、漫画研究部からの有識者を交えた会議で内容を精査した上、生徒会会計が教員に報告するというシステムになっている。

 つばさは司書教諭からアンケート結果を受け取ったあと、ちょうど姿のあった漫画研究部の山田結愛(ゆあ)に会議の日程を伝えようとした。

 山田を中心としたグループは、ジャンルに縛られず漫画などに詳しく、一年生のころから図書購入に助言をしている。

 彼女たちはカウンターから遠いテーブルに集まって、おしゃべりに花を咲かせていた。

 テーブルに広げられた執筆道具がつばさの目に留まる。

 用紙は代替品ではなく、きっちり罫線(けいせん)の入ったものだ。ペンもそれぞれが何本か持っているし、なん十色もあるカラーコピックのセットもある。

 あれらがいくらするかは知らないが、かなりの力の入れようだ。去年会計の手伝いをしたときに見た漫画研究部の部費はスズメの涙ほどだったはずだ。

 要件だけ伝えにきたはずだったが、道具を見ているうちに会話内容が聞こえて、つばさは思わず固まってしまった。


「ゴンベ、マジで調子乗ってるよね」

「八方美人ってカンジ? 花園のところには行かないほうがいいって教えてあげたのに無視するんだもん」

「あいつ、つばさくんのこと狙ってるんでしょ?」

「スマホに彼氏の写真めっちゃあったくせにね。画伯、キレてたよね」

「面白かったよね。あんなに怒ってるの初めて見たもん」

「こっちじゃ花園みたいなのでもまだ恋愛ごっこなのに、田舎の学校は進んでるのかな?」

「そーいうことしかやることないんじゃない?」

「まあ、うちらは原稿用紙の上でもっとエグいことしてんだけど」

「まだ白紙の子がなんか言ってるな? 進捗どうですかあ?」


 爆笑に沸く女子たち。

 山田は教室ではほとんど口を利かないが、グループ内ではおしゃべりだ。言い方は悪くなるが小太りで、去年のクラスでは何もしてないのに容姿などをいじられていたと聞く。


 女子の一人がつばさに気づき、山田の肩を叩くとグループは静まり返った。


「空木くん。どうしたの?」


 山田はわざわざ席を立ち、小走りにつばさのほうへと駆け寄った。


「新年度に入れる娯楽書のアンケートを回収しにきたんだ。今回の会議は三月の三日だから」

「三月か。じゃあ先輩たちは抜きになるね。ちょっと見せて」


 アンケート用紙の束がひったくられ、山田の仲間も立ち上がって頭を突き合わせて覗きこむ。漫画やアニメの作品名が飛び交い、「ベタ」だとか「巻数が多すぎ」だとか、この場で会議が始まったかのように意見が出された。


「これは来月に文庫版がでるから、そっちのほうが安いと思う。人気もあるし、たぶん近いうちにアニメ化くるよ」

「あっ、これいたずらだと思うから抜いとくね」


 山田の取り巻きの一人が手を伸ばし、用紙が一枚抜き取られる。

 特に何かを疑ったわけではなかったが、いたずらというワードがつばさを突き動かし、用紙を取り返させてしまった。

 静まり返る女子たち。

 つばさはちょっと強硬な態度だったかと我に返り、「ごめん」と口にした。


 アンケート用紙には『かもとりごんべえ』と書いてある。

 確かにいたずらっぽい。匿名で集めているため、こういうことはたまにある。大抵は男子による有害図書の要求だが……まあ、これなら悪質ということもないだろう。


「さ、さすがにそれを読む中学生はいないでしょ? 絵本って高いしさ」

「うん、まあ、要求は通らないだろうけど……」


 またも用紙が奪われると、今度は取り返す間もなく丸められてしまった。


「じゃ、うちら原稿あるから。会議三月三日了解。頑張ってね、空木くん」


 なんだか妙な様子だったが、彼女たちの描いている原稿というものがちらりと見え、それが少しセンシティブな内容に見えたために、つばさはそのまま退散することにしたのだった。


 この一件はその日のあいだずっと引っかかっており、帰宅してからようやく、『かもとりごんべえ』から「ゴンべはカモコ」という仮説を引き出したのだった。


 ――鴫野のスマホをどうにかしたのが、山田のグループの可能性がある?


 その線はかなり濃い気がする。山田たちが花園たちを好いていないのは以前から見ていて分かったし、カモコ騒動の流れで鴫野のスマホがなくなれば、疑いの目は花園たちに向くだろう。


 ――これは犯罪行為だぞ。連中を問い詰めるか?


 しかし、確固たる証拠はない。会話の流れとしても、スマホが「ゴンべ」のものを指していたのか、「花園」のものを指していたのかがいまいち曖昧だ。

 決めつけてはいけない。柔軟な発想が必要だ。

 それに、被害者がどうしたいかが第一だろう。鴫野は犯人探しをあまり望んでいない様子だった。


『ねね、今週の土曜日って、公園で写真撮ってる?』

 その鴫野からだ。ちょうど自宅でこの件についてもんもんとしていたところの連絡だった。

 もっとも、最近は四六時中この件についてこねくり回している気がするが。別にそれだけ鴫野のことが気になっているということではない。

 ……と、つばさは思う。

 何かに意識を集中していないと、暗い深淵へと目を向けてしまうのだ。

 今朝もまた、祖父の咳きこみや、一瞬だけ見せた背中をかばう動作が網膜に焼き付いたままだった。


『土曜日は駅前の川を見に行こうかなって思ってる』

『駅前ってどっちの?』

『私鉄のある市街地のほうの』


 この市には上流より名を変えながら、大小いくつもの川を取りこんで海へと流れる日本有数の一級河川がある。ただ、同市とはいえ、つばさたちの住んでいるエリアとは数キロ離れているため、あまり気軽には行けない。


『えー、いいな。あっちの駅のほうって色々あるもんね』

『バス代もかかるから鳥を撮って終わりのつもりだけどね』

『もったいない! わたしも行っていい?』


 ダメ、とは言い難い。

 むしろ、『誘うつもりだったよ』とでも言うべきだろう。

 最初に写真をまた撮りに行こうと提案したのは自分だし、数日前も鴫野にせがまれて色いい返事をしたばかりだ。

 とはいえ、この前は流れでああなっただけで、クラスメイトの女子とふたりきりなんて気恥ずかしいし、せっかく遊びに出かけても山田たちとの件が気になってしまう。

 あの話を持ち出せば、楽しい雰囲気がぶち壊しになるのも必至だ。


 ――だから、仕方がない。


 困ったときの神頼み、ではないが、つばさは知人へとメッセージを飛ばした。


『土曜日も公園に行く予定ってあります?』

『あるぞ。土曜日はほぼ固定で休みなんだ。何か用事か?』

『遠征ってほどじゃないんですけど、私鉄の近所の川に行こうと思ってまして』


 我ながら意気地がないというか、ズルいというか。

 つばさは先に白山と約束を取りつけ、鴫野には『白山さんと行く予定だったんだけど、いい?』と返信をした。


『全然いいよ! むしろわたし、邪魔じゃない?』


 続いて、『そんなことないよ』と、返しつつ、白山のほうには反対に『鴫野さんが来たがってます』と根回しをする。

 なんというか、我ながらうまくやった気がする。とにかく、白山がクッションになってくれれば楽が出来そうだ。

 きっと、女子たちはこんな感じに複雑に人間関係を回しているのだろう。


 少年はスマホを眺めて満足げにうなずいた。


***

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