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第六十六話:私もそこに行きたい!

「ケッ!」


 メアリーが腕を振るう。その一瞬で均衡が崩れ、トーマが横へ放られてしまった。


「やってみろよ!」


 そのまま一気に間合いを詰め、結季奈へ迫る。とっさに結季奈が拳を繰り出すが、難なくかわされ、そのまま腹部へ逆に拳を打ち込まれてしまう。


「うっ……!」


 体勢が崩れる。無意識に顔を上げると、メアリーの踵が視界に入った。


「あっ!」


 横面に硬い衝撃が走る。そして体が感じたことのない浮遊感を訴え、そのまま間髪入れず全身に衝撃と激痛が走った。一拍遅れて、自身が蹴り飛ばされたことを理解する。


「どう? ぶっ飛ばされた気持ちは」

「うう……」


 瓦礫の中で弱々しく声を発する。予想以上の激痛に、一撃で思考力が薄れてしまう。


「口ではいっちょまえなこと言っても、ただの人間がイコンにかなうわけねーだろ! 手間かけさせやがって……」


 そのままメアリーが拳を振り上げる。すると、その拳に背後から鞭が巻きついた。


「!」


 トーマだ。背後で鞭を手に持ったトーマが力いっぱい腕を引く。するとそれに引っ張られ、メアリーが大きく体勢を崩した。


「この……できそこないッ!」

「うっ!」


 メアリーが叫び、引っ張られる力を逆に利用しトーマに飛びかかる。そのまま組み伏せ、滅茶苦茶に拳を打ち込んだ。


「お前だよお前ぇ! お前も結季奈も……いちいち私の邪魔をする! たいして強くもないくせに! お前に至ってはただのできそこないだ! なのになんでこうも邪魔すンだ! どうしてここまでやれンだよ!」


 瞬間、拳が掴まれた。そのまま片手も振り下ろすが、それも掴まれた。


「どうしてかって? そんなの……決まってるだろ」


 肩で息をしながら、トーマが呟く。


「好き、だからさ……! この世界が!」

「この……ッ!」


 メアリーが腕を引き、背筋を使って無理矢理立ち上がる。彼女の腕を掴んだまま

だったトーマはそれに引っ張られ、不恰好に立ち上がらされた。そのまま何の前触れも無しに腹部に蹴りを打ち込まれ、その場に激しく転がる。


「あと一歩なんだ……邪魔、させるか……!」


 ふと、すぐ横のEgg跡地で何かが光った。あまりに唐突な発光に三人とも気を取られ、目を向ける。

 そこには、一つにの小さな光球があった。よく見てみると、その中に何か別の世界の風景が映し出されている。


「Eggの……核! やっと復活した!」


 メアリーが歓喜の声を上げた。そしてそのまま核へ向かって歩き始める──が。


「駄目だ!」


 背後からトーマがメアリーに飛びつき、動きを止めた。


「離せ……この……、できそこないッ! 邪魔すんじゃねぇ……ッ!」

「駄目だ……やらせない……!」


 メアリーがうんざりしたように言い、トーマの顔面に何度も肘打ちを打ち込む。しかしそれでもトーマは手を放さない。


「いい加減にしろ! もう終わってンだよアンタらは! これ以上──」

「終わってなんかない!」


 メアリーの言葉を遮り、トーマが叫ぶ。


「僕はこの世界が好きだ! 結季奈や、皆に会えた世界が大好きだ! 僕を救ってくれた世界が! 僕を愛してくれた……世界がッ!」


 トーマが腕を引く。メアリーの体が引っ張られ、核から遠ざけられた。


「こ……のッ!」

「だから……だから護りたい、無くしたくないッ! 絶対に……消させるもんかあぁッ!」

「……トーマ……」


 結季奈がぼんやりと、呟く。無意識に額に手をやると、指先にねっとりと何かがついた。それが何かを理解している。

 トーマが、戦っている。

 皆の為に、戦っている。


「あれが……ヒーロー……か……」


 こんな時に何を言ってるんだ、とは思った。だが、思ってしまうものは仕方ない。

 ──かっこいい。

 あの日、テレビに映る白黒の彼を見てそう思った。そして今、現実に現れた彼を見て、再度そう思った。

 誰かの為に、何かの為に。ヒーローとは、そういう存在だと思ってた。

 でも──多分違うんだと思う。今のトーマを見てそう思った。

 トーマは強い。同時に、弱い。それでも彼は自分が守りたいと思ったものは絶対に護りたい。そう思ったんだろう。

 つまるところ、ヒーローとはそういう存在なのだ。何かを護りたいと、心の底から思える者。そしてその為に、全力を尽くせる者。トーマにとってはたまたまそれが世界で、皆で、結季奈だった。それだけのことだったのだ。

 それがヒーローだ。手が届きそうで、届かない場所にいる存在。だが、もし──今結季奈の思うこの気持ちが〝護りたい〟であるなら──そしてそれが、彼らのいる場所へ辿りつく術なのだとしたら──


「私も……そこに行きたい!」


 意識が覚醒する。急に体に力が戻り、しっかりとした足取りで立ち上がる。

 ふと、右手に何か感触がある。無意識に見ると、そこには──金色のペンが握られていた。


「この……もういい……死ね!」


 メアリーの声。見ると、メアリーがトーマを振り払い、全力の拳を打ち込もうとしていた。


「駄目ッ!」


 反射的にペンを突き出した。瞬間、そのペン先から黄金の何かが飛び出し、メアリーとトーマの間に壁を作った。


「なッ……!」


 メアリーが驚愕の声を上げる。そしてそのまま、ゆっくりと結季奈の方を見やる。


「……」


 これは──このペンは。


「アンタ……まさか」

「メアリ」


 結季奈がゆっくりと口を開く。


「あんたがこの世界を作ったって言ったよね」

「……」

「でも、あんたがこの世界を否定して、この先の運命を決める奴はいなくなった」


 ──だったら。


「なら……この先の運命は私が決める」


 そう言い、ペンをメアリーに突きつける。


「私は!」


 そうだ。そもそも運命とは。


「この世界で!」


 他の誰でもない、


「生きてく! 楽しいことも、思い通りにならないことも、嫌なことだって! 全部抱えて! 生きてってやる!」


 自分が決めるものなのだ。

 ペンを振るう。すると結季奈を中心に黄金の旋風が巻き起こった。それは大きくなっていき、歪に変形した建物を修復し、生まれ出でるイコンのなりそこないを元の世界へと送り返していく。


「〝主人公〟が結季奈に移ったっていうの!? ふざけんな……! どいつもこいつも!」


 忌々しげにメアリーが言う。そしてそのまま結季奈からペンを奪おうと飛び出す。


「待てッ!」


 しかしすぐに横から飛び出してきたトーマに捕まり、その場に押さえつけられる。


「どけよぉッ!」


 すぐにトーマを弾き飛ばし、結季奈へ手を伸ばす。

 きっ、と目を向けた結季奈がペンを振る。一つ、悪夢が弾けた。ビルが一軒正しい姿を取り戻していく。


「やめろ!」

「嫌だ!」


 またペンを振る。今度は影達が呻き声を上げながら姿を消し始めた。

 しかしそこで消え行く影の隙間から手が伸び、結季奈の腕を掴んだ。メアリーだ。消えた影の中からメアリーの鬼気迫る顔が現れる。


「!」

「もう……やらせねえぇッ!」

「うああああぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあッ!」


 結季奈の咆哮。それに呼応するかのようにペンは一層激しく発光し、膨大なエネルギーを発し始める。メアリーはそれに弾かれ、結季奈はその光を押さえ込みながら願った。


「ここは……私の世界なんだあああああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁあッッッ!」

「やめろおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉおぉおぉおおッッッ!」


 メアリーが再度飛び出す。

 しかし不意にがちゃり、と目の前で音がした。


「もうここまでだ。メアリ」


 トーマだ。トーマが両者の間に割って入り、拳銃を真っ直ぐにメアリーに向けている。


「……ああああぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁああぁあッ!」


 標的を変え、メアリーがトーマに飛びかかる。真っ直ぐに、急所を狙って。鋭利な刃物とも変わらない手刀を放った。




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