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第六十五話:だから私も本気であんたを止める

「大通りに出るよ!」


 また手綱を切り、大通りへと飛び出す。月姫の言葉通り、もう小さな影は見当たらなくなり、メアリーに近づいているようだがその分空気も変わり、通信機が使えなくなってしまった。月姫のサポートを受けられない状態で細い路地を走るのは危険すぎる。


「それ!」


 道に倒れている電柱を飛び越え、大通りへと飛び出す。すぐにメアリーの下へ向け手綱を引くが、ふと背後に気配を感じる。振り返ると、細い路地を通った間にやり過ごしていた影が大挙してこちらに向かってきている。


「ト……トトトトーマッ! やばい! 来てる!」

「どれくらい!?」

「いっぱい!」


 結季奈が絶叫する。二人を乗せた馬は最大速度で走るが、わずかに影達の方が速い。じわりじわりと差は縮まり、やがて結季奈が影達の造形を確認できるほどにまで近づき──


「そこまでよぉ!」


 不意に、両者の間に何か巨大なものが降り立つ。結季奈が後ろを振り向いたままそれを見ると──


「ここから先は一歩も通さないわ! 私はスウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥパアアアアアアアァァァァァァァァァァァ……センッッッ、チュリオンッッッ!」


 派手なマントに大袈裟なポーズ、そして大音量の決め台詞が飛ぶ。


「センチュリオン!」

「立ち止まるんじゃないわよアナタ達! 余計なのは任せなさい!」


 首だけ振り返りながら言うセンチュリオン。その瞬間を狙って一体の影が飛び掛ったが、なんでもないようにはたき落とされた。


「さぁ……かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」


 センチュリオンの咆哮。それに合わせて標的を切り替えた影達が一斉に襲い掛かるが、それら一つ一つが丁寧に叩き潰され、間抜けに宙を舞っていく。まるでその場に竜巻が発生したかのように影立ちは次から次へと弾き飛ばされていった。

 ある者は高く打ち上げられ、反対に別の者は首から下をアスファルトにめり込ませる。横方向に殴り飛ばされた者は、先ほど打ち上げられ落ちてきた者と一緒に、ごみ収集所に突っ込んだ。


「すっご……さすがセンチュリオン」

「結季奈! 屈んで!」


 突然トーマが叫ぶ。反射的に結季奈が身を屈めると、つい一瞬先まで結季奈の頭があった場所を何か大きな塊が通っていった。


「な……何っ!?」

「もう一発! 来るよ!」


 見ると、前方に三階建てのビル程はあろうかという巨人の影がこれまた大きな棍棒を振り上げていた。


「うわわわわわわわわわ!」


 慌てて結季奈が身を屈めると、またしても間一髪の場所を棍棒がすり抜けていく。


「思ったより速いな……!」


 トーマが舌打ちし、手綱を操る。なんとか棍棒はかわせるが、先へ進めそうにない。


「!」


 不意に、馬が足をもつれさせて転んでしまった。トーマと結季奈は投げ出され、パニックに陥った馬はそのまま立ち上がると、よろよろとどこかへ行ってしまった。


「ああっ! ちょ、待て!」


 トーマが叫び手を伸ばすがもう遅い。ふと気配を感じ顔を上げると、二人の頭上で棍棒が振り上げられていた。


「う……うわああああああああああ!」


 そのまま勢い良く棍棒が振り下ろされる。巨大な棍棒は強かにアスファルトを打ち、腹の底に響くようなずん、という音を響かせた。


「あああ……あれ?」


 しかし二人は無事だった。目を開き、辺りを見ると、棍棒が二つに裂け、二人を避けてアスファルトに着地していた。


「忠雪!」


 この奇妙な現象の答えは目の前にあった。忠雪が刀を抜き、巨人と向かいあっている。


「行け!」


 忠雪は二人を振り返ることなく、ただそれだけ叫ぶと地面にめり込んでいる棍棒を足がかりにして巨人にとびかかっていった。


「……走れる?」

「うん、大丈夫!」


 トーマが結季奈の手を引き、立ち上がらせる。そのまま忠雪と大立ち回りを演じている巨人の股下を抜け、自分の足で走り始めた。


「……ご武運を」


 二人が声が届かない程遠くまで走っていったのを確認すると、忠雪は小さく呟いた。その表情は、とても人斬りとは思えない程優しく微笑んでいる。しかし次の瞬間には影と向き合い、厳しい表情に変わる。


「さぁ鬼退治だ。今、お前の前には吉備津彦がいると思え」

「……!」


 一方、そのままその場を脱した二人の目についに目的地が映る。あそこだ。さっき、Eggを破壊した地点。あそこに、メアリがいる。


「もうちょっとだ! 頑張って結季奈!」

「うん!」


 二人が一層加速する。しかし次の瞬間、新たに生み出された影が二人の前に突然現れ、道を塞いだ。


「ああもう……すぐそこなのに!」

「はーい! やっと宇琳の出番だねー!」


 場の緊張感にそぐわない間抜けな声。横から飛んできた声の方へ目をやると、道を塞いでいる影達の倍はあろうかという数の人形達がなだれ込んできた。


「うわっ!」


 慌てて二人が身を引くと、人形達はそのまま一目散に影に飛び掛っていく。


「ふふん、数じゃあ負けないよー!」


 人形達に少し遅れて宇琳が現れる。そして人形達とは違い、影ではなく二人の近くへ歩いて来た。


「頑張ってね。二人なら負けないと思う」


 そう言って結季奈とトーマの手を握った。いつものように長い袖に隠れて見えない両手は、とても優しい温もりを持っていた。


「……うん、ありがとう!」

「よぅし! 宇琳張り切っちゃうよ!」


 その言葉を合図に人形達が統率の取れた行動で道を開ける。二人はそこを振り返ることなく一気に駆け抜け、さらに先へと進んでいった。


「見てくれるお客さんなんてだぁれもいないけど……最高の演目にするよー!」

「はぁ……はぁ……っ!」


 走った。それから、ずっと走った。もう邪魔するものは無く、ただただ無心で走った。

 先を行くトーマは振り返らなかったが、結季奈を置いていくことは決してなく、二人は目的地へ向けて一心不乱に走っていく。


「メアリ!」


 そして、辿りついた。友の場所へ。メアリの場所へ。


「クソ、来やがったのか」


 Eggの跡地に一人佇んでいたメアリーがゆっくりと振り替える。その顔は煤け、こちらにも相応のダメージが見て取れた。Eggの破壊を強行した影響だろうか。


「なんでだよ」


 メアリーが口を開く。


「なんでアンタは……この世界に執着すンだよ。無かったことにしたくないって……わざわざ間違いを残しておきたいなんて意味わかんねーんだけど!」

「違う」


 メアリーの言葉を結季奈が遮る。その言葉には力強さがあった。先ほどまでとは違う、確固たる意思が。


「間違いなんかじゃない。私は今、この世界を生きてる。トーマや、シグや、皆と! 生きてきたし今も生きてる!」

「……」

「先生が……一周前の私が、一周前にシグはいなかったって言ってた……多分、トーマも、センチュリオンも、宇琳も……いなかったんだと思う」

「どうだか」

「いたんだとしても、今こんな風には出会ってなかった! 一緒にお茶して、テスト前に焦って、文化祭に皆で来てくれるなんてことも無かったと思う」


 表情が固まっていくメアリーの前で結季奈が言葉を紡ぐ。その背後では、トーマが腰に手を伸ばしている。


「私、楽しかった。本当に……本っ当に……楽しかったんだ。だから、それを無かったことになんてしたくない。始めからそんなことは無かったなんて……そんなの認めない!」

「うっせぇ!」


 メアリーが飛び出す。しかし瞬時にトーマが飛び出し、メアリーの拳を防いだ。


「ねぇメアリ。私、あんたのことも含めて言ってるんだよ」

「はぁ?」

「あんたにとっては一万何回もやったやりとりかもだけど、私にとってあんたは一人だけなんだ。あんたと過ごした時間だって、大事な記憶なんだよ」

「……」


 メアリーの腕に力がこもる。


「でも、だからこそ」


 一方、結季奈は前に出た。


「私はあんたを止める。涙なんかで本気は止められない。あんたが本気で世界を変えようとしてるのは痛いほどわかった。だから私も、本気であんたを止める!」







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