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第六十三話:この世界を護るんだ

「シグっ! 菜緒ちゃん!」


 と、その瞬間、大部屋から結季奈の声がする。同時に、他のイコン達の慌しい声。


「……」


 一瞬、シグと相澤が顔を合わせる。


「……ハッ……もう終わったぞ!」


 そのままなんでも無さそうに扉へ少し大きめの声を放った。一瞬、沈黙が流れる。次の瞬間、扉を勢い良く開く音でその沈黙は破られ、一斉に来訪者達がなだれ込んでくる。


「シグ」


 誰かが呟く。


「シグ! 目が覚めたんだねー!」


 今度は宇琳とはっきりわかる声が飛び出した。そのまま一同はシグに殺到し、あっという間に取り囲んでしまう。


「やめっ……お前ら待てこのっ……!」


 わいわいと騒ぐ一団はシグを中心に喜びを爆発させた。その中で少し苦しそうにしているシグの姿を、結季奈は少し安堵したように見ていた。


「……私の世界、か」

「?」


 ふと、集団から一歩引いた所で誰かがぽつりと呟いた。なんの偶然かその言葉は結季奈の耳だけに届き、彼女を振り返らせる。その視線の先には──月姫がいた。

 再び、目が合う。


「あー、えっと……」

「なぁ、結季奈……どうして、お前は……」

「……」

「いや、そうだな」

「え?」


 月姫が結季奈を手招いた。その手招きには〝少し話がしたい〟という意味が込められていることを結季奈は瞬時に察し、黙って月姫との距離をつめる。


「……一周前にシグはいなかった」


 結季奈が月姫の傍へたどり着くと、月姫はそのまま話を続けた。今度は結季奈ではなくシグと、相澤へ目を向けて。


「少なくとも、私は出会わなかった。だが、本当は居たのかもしれない。私が関わらなかっただけで、どこかで顕現していたのかもしれない」

「……」

「もし……そうだったとして、あいつは幸せになれたんだろうか? 相澤に出会えていたんだろうか?」


 月姫の言葉が独り言のような響きを持ち始めた。しかし結季奈は何も言わない。こういう時、多摩川結季奈という人間は誰かの答えが欲しいわけじゃないと知っていたから。本当はもうわかっているけれど、ただ口に出して、自分の中で整理したいだけだと知っていたからだ。


「私は、もともとあったはずの世界を諦めるつもりはない。それは私の存在意義と言ってもいいからだ……だが……」

「先生?」


 月姫がそっと結季奈の肩に手を置いた。それは無意識から来る行動だったようで、その手には何も余計なものは乗っておらず、ただただ優しい感触だけがあった。


「あれは否定できんな。あれを無かったことにするだなんて、それこそ私が悪者じゃないか」


 月姫が目を落とす。いや、結季奈と視線を合わせる。結季奈が初めて見た月姫の表情には、確かに〝多摩川結季奈〟の面影があった。


「Eggでのお前の言葉。あれでわかった。なんだかんだと言って……結局私は、自分の帰る場所を守りたかっただけなんだろうな。世界を守るのなんのと高尚な理由をつけてその実、ただ自分の居場所を失いたくなかっただけだったんだ」


 笑った。月姫が笑った。月姫の笑顔などいくらでも見たことはあったが、これは違う。心の底から湧きあがる慈しみ、愛情、優しさ──それらから成る、底なしに美しい笑みだった。


「……そんなことないですよ。先生は確かに世界を守ってる。私がここにいるのがその証。あなたじゃない多摩川結季奈がここまでずっと笑っていられたのは、確かにあなたのおかげですよ」


「はは、そうか。嬉しいことを言ってくれるな」


 月姫が手を放した。二人の視界を遮る物は無くなり、二人の多摩川結季奈は、初めてしっかりと向き合った。


「私、自分には甘いから」

「本来の私はもっとドライだぞ?」


 結季奈が笑い、月姫もまた笑う。


「紫乃崎」


 ふと、横から三人目の声がする。見ると、いつの間にかシグが立っていた。


「迷惑をかけた」


 そう言ってシグが少し頭を下げた。月姫はそれがよほど意外だったのか少し目を見開いたが、すぐにもとの表情に戻り、


「謝る相手は私じゃないだろう。あの一件は私も悪者だったからな」


 そう続けた。少し沈黙が流れたが、ややあってゆっくりとシグが顔を上げる。


「そうだな……なら」

「シグううううううううう!」


 瞬間、シグにイコン達が飛びついた。あまりの勢いにシグは顔を歪めながらよろめいたがなんとか踏ん張り、転倒を回避する──かに見えたが結局派手に押し倒された。


「よかったよおおおおおお! 本当によかったよおおおおおお!」


 宇琳は小さな顔を破顔させ、


「無事なようで安心しました……! よく戻られましたね……!」


 忠雪は緊張の糸が切れたように可愛らしい笑顔を浮かべ、


「本当よぉ! アナタはもう……本当にッ!」


 センチュリオンは非常に汚い泣き笑顔を晒している。


「だから離せ……! お前らは、このっ……!」

「僕もあとでちゃんと謝らなきゃなぁ……」


 そんな様子を少し引いた場所で見ていたトーマが呟くと、ふと背後に気配を感じる。振り返ると、相澤が立っていた。


「菜緒ちゃん。もう大丈夫なのかい?」

「はい……それで、その……えっと」


 突然、相澤が深く頭を下げた。トーマはそんな相澤を見て驚いたような顔をした。


「ごめんなさいっ! あんなことをして……!」

「そんな、謝らないで……! 僕だって君達に謝らなくちゃいけないんだから……」

「で、でも……」


 相澤は頭を上げない。


「……それじゃあさ」


 すると、トーマが不意に相澤の前で中腰になり、肩に手を置いた。


「代わりに、シグにありがとうって言ってあげてよ」


 そこでやっと相澤が顔を上げた。ふとしたその視線の先には、自身にまとわりつく仲間達を引き離そうと躍起になっているシグの姿があった。


「……!」

「君を護り抜いたのは、彼なんだからさ」

「そう……ですね……! はい! そうします!」


 そう言って相澤はシグの復活を喜ぶ集団へと加わっていった。


「……負けられんな」

「うん。負けられないよ」


 代わりに彼の傍へ現れたのは結季奈と月姫だった。二人の言葉にトーマはゆっくりと振り返り、言った。


「勝とう。この世界を……護るんだ」






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