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第五十九話:どうして僕は愛してもらえないんだ

「うぅ」


 また場所が変わった。今度は──またあたりは闇に包まれていた。しかし足元の水はなく、自分の周囲も明るくはなかった。しかし自分の姿ははっきりと見え、まるで黒い台紙に貼り付けられたかのようだった。


「ここ、は?」


 顔を上げると、途端に結季奈の前に映画館の巨大なスクリーンが現れた。なんとなく見上げると、その中で一人の巨漢が誰かと戦っている様子が映し出される。これは──センチュリオンか?


「センチュリオンだ」

「おお、スーパーセンチュリオンの劇場版だ!」


 不意に背後から声がする、振り返ると、大勢の人間がスクリーンの前に立ち、それぞれ感嘆の声を上げながらスクリーンに見入っている。

 結季奈はなんとなく居心地の悪さを感じ、その前から立ち去った。少し歩くと、今度はまた別の集団に遭遇する。


「おい、新刊買ったか?」

「まだなんだよぉ。発売昨日だっけ?」

「一昨日だ。日向君の覚醒シーンが激アツだったぜ! ネタバレしていい?」


 その中からでてきた二人組とすれ違った時、そんな会話が聞こえた。

 ふと左手を見れば白黒テレビの中で殺陣を披露する忠雪とそれに見入る老人、右手を見ればカラーテレビの中で暴れまわるドットで描かれたシグと、コントローラーを握りながらそれを見つめる三人組の少年──


「これって……」


 イコン達に向けられる好意、感情。それらがイコンのエネルギーであり、全てであると言っていい。ふと、そんなことを思い出す。これは──そんな彼らの力の源泉の様子だ。

 ──トーマは。トーマはどこだ。

 使命感に近い何かを感じ、結季奈はトーマを探し始めた。きっとトーマはどこかにいる。どこだ。どこにいる。

 宇琳が表紙に大きく描かれた漫画を読みふける男性、夜の学校に出るというお化けの話をする少女達、正体不明の女医に手当てしてもらった、と話す全身包帯の傷病兵──結季奈はそれらをかきわけ、探す。あのカウボーイハットを。あの金髪を。あの屈託の無い笑みを。


「……!」


 かなり遠くまで来た。そう思った時、ついに見つけた。

 宙に浮かぶ大きなスクリーン。そこには白黒の荒野が映し出されている。間違いない。これは──チルドレン・フロンティアのワンシーン。ここはトーマがいる場所だ。

 そのスクリーンの前にはそれなりの人だかりができている。結季奈は無理矢理それをかきわけ、スクリーンの前まで出た。


「トーマッ!」


 ──いた。スクリーンの下に、無造作に積み上げられたダンボールの上にぼんやりとトーマが腰掛けている。


「トーマ! ねぇ! トーマ!」


 結季奈が何度も名を呼ぶが、トーマは一切反応を返さない。ぼんやりと、自分を見て好き勝手に何か言っている人だかりを虚ろな目で見つめている。


「あっ!」


 すると突然、ぐらり、と体勢を崩した。そのまま重力に引っ張られ、ダンボールの山から転げ落ちてしまう。


「だ……大丈夫!?」


 すぐさまかけより、声をかけた。


「どうして……」

「え……?」


 すると、トーマは消え入りそうな声で、ぽつりと呟いた。


「どうして僕は、愛してもらえないんだ……」

「何言って……」

「おい、あったぞ、チルドレン・フロンティアだ」


 声がする。顔を上げると、一組の男女がトーマの原典を手に取っている。それを認めると、トーマの表情は明るくなり、立ち上がって駆け寄っていった。


「や、やぁ! 君達、その作品に興味があるのかな!」

「これがポート監督の処女作だ。世間じゃ黒歴史なんて言われてるが、そのせいでレア物なんだよなぁ……どんだけひどいのか観てみようぜ」

「えっ……」

「そうだね、ま、皆最初は初心者だし、どんものなのかな!」

「ま、待ってよ! 待って!」


 トーマは二人を必死に呼び止めるが、そのまま二人はトーマに背を向けどこかへ行ってしまう。やがて影も見えなくなると、トーマはがっくりと肩を落としスクリーンの前へと戻ってきた。先程の表情が嘘のように、また虚ろな目でまるで死人のようにふらふらとしている。

 ちらと、人だかりを見やる。それにつられて結季奈も視線を向けると、そこにいる人々が先程とまるで違うことに気づいた。人自体は多く来るが、皆スクリーンを少し見ると、そのまますぐにどこかへ行ってしまう。

 ──まさか、こいつは──このイコンは──

 またトーマが倒れる。結季奈が助け起こそうとするが、腕が掴めない。実体が無くなっていた。


「そんな!」


 そうだ──チルドレン・フロンティアは──希少価値が一人歩きした作品だ。知名度は高いが、それは有名な監督の失敗作であるから。純粋なファンなど見たこともない。しかしなまじ知名度はあるからトーマはイコンに〝なれてしまう〟。誰にも愛されず、ただそこに存在しているだけ、ということがどれだけ苦痛か──トーマは、ずっとそんな地獄に囚われたまま生きてきたというのか。


「そういうこと」


 はっとして振り返る。すると、意地悪く笑うメアリーが立っていた。


「チルドレン・フロンティアはそうやって知名度を上げた作品なんだよ。知ってるでしょ?そうやって生まれたイコンは惨めだよねぇ。こいつ以外にもちょくちょくいるんだけどさ、ここまで重症なのは見たことないなぁ」

「あんた……これ知ってて」

「アンタだって知ってたでしょ?でも忘れてた」

「……!」

「なんなんだよ……僕が何をしたんだよ……」


 ぽつり、とトーマが呟く。


「トーマ……! ねぇしっかりして!」


 結季奈が声をかけるが、トーマには届かない。すぐ傍に結季奈とメアリーがいることに気づいてないようだ。


「皆……僕を笑う……誰も僕を……愛してくれない……」


 ゆっくりと、トーマの手が腰へと伸びていく。


「うっわぁすごい絶望感だねこりゃ」

「!」


 どろり、と突然トーマを中心にどす黒い泥が溢れてきた。一切の光を反射せず、全てを飲み込んでいく純粋な〝黒〟い色をした泥が。

 それがトーマと、その傍に座り込んでいる結季奈にまとわりつき、侵食を始める。


「ッ! 何ッ……これッ!」

「あはは、そうなっちゃったらもうどうにもなんねーわ」


 いつの間にか二人から距離を取っていたメアリーが笑う。


「こんなに……苦しいなら……いっそ皆、僕を……忘れてくれればいいのに……」

「待って!」


 侵食が早まっていく。同時にメアリーの笑い声も高まっていき、既に泥は二人の半身を飲み込んでいた。


「僕を……知ってる人なんて……いなくなっちゃえばいいんだ……!」

「やめて! トーマ!」


 腕を伸ばす。必死にトーマに触れようとするが、その腕は無常に彼の体をすり抜けていく。


「消してやる……僕を……僕を知ってる人を……!」

「トーマああああああああああッ……!」


 そのまま、二人は飲み込まれてしまった。










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