第五十七話:選ばなくちゃいけないんだよ
「とんでもない……こと?」
狼狽し、口が利けない結季奈の代わりにトーマが口を利く。
「〝気づいた〟の。私の正体、目的、世界の秘密……どうやったか知らないけど、ゴールにたどり着く前に全部看破した。そして戦う、なんて言い出したワケ。一周前の……そこの連中とは違うイコン達と一緒に。」
「……」
「〝私の夢〟のラストは燃える神保町で私に結季奈が捕まって、そのまま終わるの。そうして起点に戻って、また同じ一年を繰り返し……私は〝私の世界〟に辿りつく為に頑張る。そういう話だったのに……アンタは、一周前のアンタは……ゴールにたどり着かず、自分でループをリセットした! 私から逃げようとして、そのまま捕まるのがいつもの筋書きなのに、自分から向かって来て起点へと逃げた! おかげで一周前はいつもの終わり方を迎えられず、歪みもバカデカくなって、完全に狂った筋書きの一五四九九回目が始まった。それが今回。トーマや、シグとか月姫ちゃんとかがいる〝私の夢〟。ところでさ、起点に戻った一周前の結季奈はどうなったと思う? いつもはメアリー・スーとして起点に戻ってくるのに、多摩川結季奈として戻っちゃってさ。戻った先には新しい周の結季奈がいるはずなのに、今日この瞬間までどうしてたと思う?」
「一周前の……私……」
「そう。アンタじゃないアンタ。私を止めようとして起点に帰っていったはずなのに、まさか何もして無いワケ無いっしょ?」
そうだ──そうであるなら、確かにこの世界にはもう一人結季奈がいるはずだ。これまでメアリー・スーとして存在していたもう一人の結季奈は、メアリー・スーにならずに起点に帰ってきた。
と、なれば。どこかに、どこかにいるはずなのだ。メアリーを止めようと戦っている結季奈が。結季奈の知らない結季奈が、どこかに。
「可哀想にさ」
メアリーがもったいぶって口を開く。
「結季奈は私じゃないイコンと混ざり合って起点に帰ったの。そうして上書きを防いで、戦い続けようとした。でも、無理にそんなことしたから頭やられちゃって、結局〝記憶を無くしちゃってた〟みたいなんだよね」
「え……嘘、でしょ……」
ゆっくり、ゆっくりと──結季奈が振り返る。トーマの腕の中で、首を回し、振り返ると──
「先生……?」
月姫が、ひどくやるせなさそうな表情で立っていた。もうメアリーの言葉を遮ろうとしない。それが、メアリーの言葉は真実である、と無言で語っている。
「月姫ちゃんの正体は一周前の結季奈だよ。本来〝紫乃崎月姫〟っていうのは実体化できないほど力の弱い、闇医者の都市伝説のイコンなの。それが起点に帰るために結季奈と混ざり合って、こうして実体化した。でも惜っしいなぁ。私に見つかるより先に記憶を取り戻してたらなぁ。ワンチャンあったかもしんないのに」
「……お前は、何故私の記憶を自由に戻せたんだ」
「なんでもできる世界の主にそれ聞くぅ?」
悔しそうに言う月姫の言葉に対し、空中に見えないペンで何か書くようなジェスチャーを交え、メアリーが嘲笑う。歯軋りをする月姫の様子を見て勝ち誇ったような笑い声まで上げてみせた。忠雪に拘束されたままだというのに、妙に不敵な態度は一種の不気味さすらある。
「うーん話した話した!」
その笑い声の中、不意に言葉が放られる。笑いの中に唐突に現れた言葉に、その場にいた者全員が反応し、顔を上げた。
「しかしさ、がっかりだわ、月姫ちゃん。もうちょっとかっこよく戦ってよ。結季奈も結季奈でさぁ、ヒーロー邪魔するようなことすんなよなぁ」
「何を言って」
「ま、いいやこの段階はここらへんでいいかな。次行こ次」
月姫の言葉を完全に無視し、メアリーが指を鳴らす。
「えっ」
刹那、結季奈の視界が赤一色に染まる。かと思ったら今度は青に。滅茶苦茶に視界が塗りたくられ、気味の悪い湿った音が鼓膜を破ろうとしているかのように容赦なく震わす。それら一連の刺激が、目の前のビルが激しい光と音を発しながらその存在を作りかえられていることによるものだということに気づいた頃には、すっかり三省堂は別のものになってしまっていた。
「何……これ……」
結季奈が呟く。それは例えるならば──巨大な卵。しかしどす黒く、青筋のような膨らみがそこかしこにある。そして根を張り、胎動するかのように時々大きく蠢いた。
「Egg。〝私の世界〟を生み出す為の卵だよ」
声がする。見ると、いつの間にか忠雪の拘束を逃れたメアリーがEggの前に立っている。その手には先程消滅した黄金のペンが握られていた。
結季奈が何か言おうと口を開くと、まるでそれに被せるかのように、メアリーの背後からしゅるしゅると触手が伸び、メアリーを内部へと迎え入れるように取り込んでしまった。
「……待って! 待てメアリッ!」
すぐさま後を追おうとする。しかし直後に背後から羽交い絞めにされた。
「駄目です! 落ち着いてください結季奈殿っ!」
忠雪だった。忠雪は暴れる結季奈を抑え、落ち着かせようとしている。あの光の中でメアリーの抵抗にあったようで、左腕にひどい火傷ができていた。
「メアリーが言ってたこと、本当なの? 先生」
ふと、宇琳の声がする。半ば反射的に振り返った結季奈の視界に、悲しそうな表情の宇琳と、それに向き合って険しい表情をしている月姫が目に入った。
「……メアリー・スーの言うことなど」
「先生!」
言葉を濁す月姫に今度はトーマが鋭く言葉を投げる。
「……」
「……」
「本当、だ……ここに来る前、全部思い出した。私は……私は、一周前から来た」
月姫が顔を上げる、丁度、結季奈と目が合った。
「一周前、私はあることからこの世界がループしていることに気づいた。何回繰り返しているのかまではわからなかったが、あいつが世界をどうこうしてしまおうとしていること、そのせいで一度世界が作り変えられてしまっていることはわかった」
「それを止めようと……」
センチュリオンが呟く。
「そうだ。この世界は一度あいつに改変された世界……しかしその前には、あいつの手が入っていない本来の世界があるはずだ。私はその世界の住人。あいつに奪われた〝私の世界〟を取り戻す為にここまで来た。もう……失敗は許されないんだ!」
「待ってよ」
結季奈が呟く。月姫は目を細め、結季奈の言葉を待った。
「違う。多分、それは……違う」
「違う? 何が違うんだ。この世界はあいつに好き勝手に変えられてしまった世界なんだぞ!?」
月姫が声を荒げ、結季奈に掴みかかる。
「何故わからない!? お前は私なんだぞ!? 何故同じように考えない!? 何故──」
「わかんないよ!」
今度は結季奈が声を荒げる番だった。きっ、と月姫を睨み返し、まるで何かを吐き出すように言葉を続ける。
「先生だって!なんで私と同じように考えないの!? なんでわかんないの!? 上手くは言えないけどそれは違う! 絶対違う!」
「お前……!」
「待った」
突然、二人の結季奈の間にすっ、と散弾銃の長い銃身が割って入ってきた。唐突に現れた銃器に月姫も結季奈も面喰らい、口をつぐんでしまう。見ると、トーマも少し険しい表情をしている。
「ちょっと落ち着こうよ」
「トーマ! お前は……!」
「ここで喚いて何がどうなるの?」
「……!」
トーマの言葉に月姫が再び口をつぐむ。月姫が落ち着いたと見えると、トーマもまた表情を和らげ、少し微笑んで見せた。
「驚いたなぁ。結季奈は二人いたなんて」
「お前は……何故そんなに」
一転いつもの能天気な物言いになったトーマを前に月姫は小さくため息をつく。張り詰めた緊張が少し緩み、結季奈の方も脱力感を急に感じ始めていた。
「先生。僕も……結季奈に賛成かな。メアリをやっつけても、その後が大変かもしれない。正直、僕はその大変さに責任を持てる気がしない」
「じゃあどうしろというんだ。このまま世界が滅茶苦茶にされるのを黙って見てろというのかお前は」
もちろん違うよ、とトーマが少し慌てて訂正する。穏やかな口調ではあるが、少しいつもと何かが違う。彼もまた、平静を装っているだけで内心途方に暮れているのだろう。
「メアリをやっつけるのはまだ早いかもしれない。でも、メアリを止めなくちゃならない。それは間違いないと思うんだ」
そのまま、Eggに目をやった。相変わらず醜悪な卵は新しい世界を作り出そうと、静かに胎動している。
「僕、行くよ。この中に。メアリと話つけてくる」
「馬鹿を言うな!」
月姫が声を荒げる。
「今更正面から行ってどうにかなる相手じゃないぞ! あいつは……一周も、今回も、なんでもやった! この街を燃やし、私達を仲間割れさせ……! そんな相手に手段が選べるのか!?」
「でも、さ」
それに対し静かに、トーマが言葉を返す。
「選ばなくちゃいけないんだよ。多分、今回は」
そのまま踵を返し、Eggへと向かい合った。
「私も行く」
その隣に、結季奈が立つ。トーマが少し驚いたような顔をした。
「結季奈?」
「メアリは私の友達だから。私も行く」
「……そっか。じゃ、行こっか」
まるでなんでもないかのように、行きつけの飲食店にでも行くかのような気軽さでトーマが返す。
メアリは自分の友達だから。自分で言って、結季奈は自分のしようとしていることが何なのか悟った。
よくわからないが、友達が何か悪いことをしている。ならば、それを止めてやらなければならない。それが、友達だから。それが、メアリと親友になった自分の、結季奈の責任だから。
「待て!」
それを月姫が止めようとする、しかし──
「先生、駄目よ」
センチュリオンがその肩を掴んだ。
「センチュリオン……!」
「某も、お二人を信じたいと思います」
「忠雪っ……!」
「先生の気持ちもよくわかるよー、わかるんだけど……でも、宇琳もちょっと違うんじゃないかな、って思うんだ」
「宇琳……! お前ら、事の重要性がわかってるのか!」
三人のイコンが月姫を制した。その間にトーマと結季奈はEggへと歩みを進める。
「……じゃあ、ちょっと行ってくる!」
トーマが振り返り、そう言った。その瞬間、目の前のEggから大量の触手が飛び出し、二人を包んだ。そしてそのまま一気に中へと引き入れる。あまりの唐突さに結季奈は驚き、声を上げてしまう。
「うっ!」
刹那、トーマに手を握られた気がした。




